俺はアレクシス、この国の王太子だ。
表向きは自由奔放な遊び人として振る舞っている。
だが、それは仮面だ。
父王の厳格な期待、王位継承の重圧、宮廷の陰謀。
すべてから逃れるための、ただの仮面に過ぎない。
ある夜、俺はまた変装して裏街の賭博場に足を運んだ。
刺激が欲しかった。
現実から逃れたかった。
店は魔晶の灯りと煙に満ちていた。
俺は席に着き、カードゲームに参加した。
隣に座ったのは、黒髪の美しい女性だった。
彼女は配られたカードを眺めながら、艶かしく微笑んだ。
「今夜は運が良いみたい」
その横顔に、俺は一瞬胸を射抜かれた。
彼女はメルクリアと名乗った。
その夜、俺たちはカードゲームに興じた。
メルクリアの調子は異常によかった。
彼女の勝負勘は見事で、俺は彼女の賭けに丸乗りした。
そして、とにかく勝ちまくった。
「君は……本当に強いな」
俺は笑いながら、彼女の隣で酒を煽っていた。
その日、最後の賭け。
「これでお願い…今日の勝ち分を、全て突っ込むわ」
メルクリアは勝負に出た。
俺は一瞬迷ったが、彼女の自信に満ちた笑みに乗った。
「俺も……君に賭ける」
結果
見事に負け。
俺は一瞬固まったが、すぐに大笑いした。
「はははっ!全部吹っ飛んだな!でも……なんだか気持ちいい!」
メルクリアも笑いながら言った。
「あはっ!あ、あなた、面白い人ね!負けてもこんなに楽しそうに笑えるなんて!どこぞのお坊ちゃんかしら?うふふっ」
その夜、俺たちは負け仲間として、酒を酌み交わした。
俺は彼女に聞いた。
「メルクリア……賭博にはよく来るのか?」
「まぁ、気まぐれにね」
それから、俺たちは何度も賭博場で再会した。
賭博をして酒を酌み交わす、の繰り返し。
メルクリアの妖艶さと気さくな性格に、俺は夢中になった。
そして肉体関係になるのも、時間の問題だった。
俺は今まで、王太子として生きていた。
メルクリアと出逢うまでは。
自堕落な王子を演じ、父王の期待から逃げ、宮廷の目を気にしながら、仮面を被り続けていた。
そんな俺の孤独を彼女は溶かしてくれた。
宮廷では誰もが俺を”王太子”として扱う。 誰も本当の俺を見てくれない。
メルクリアは俺をただの”アレクシス”として見てくれた。 遊び人として、負け犬として、ただの男として。 彼女と一緒にいると、仮面を外せる。 初めて”自分らしく”いられる相手だった。
初めての本気の恋をした。
今まで、女性は遊びの対象だった。 心を動かされたことは一度もなかった。
メルクリアは違う。 彼女の妖艶な微笑み、気まぐれな態度、ゆるい言葉。 すべてが俺の心を掴んだ。 彼女を抱くたび、俺は彼女に夢中になった。
彼女だけが俺に安心感を与えてくれた。
宮廷は常に陰謀と監視に満ちている。 俺は誰も信じられない。
メルクリアは俺を裏切らない。
彼女は俺の弱さを見ても、笑って受け止めてくれる。
メルクリアを軽く口説く度に「こんな場末の女に本気になっちゃダメよ」と謙遜して彼女は回答をはぐらかす。
それでも、なんだかんだで俺のそばにいてくれる。
メルクリアと結ばれるには、王太子としての未来を見据えた決意が必要だ
俺はいつか王になる。 そのとき、俺の傍らにいてほしいのは、貴族の娘ではなく、メルクリアだ。 彼女となら、王として生きていける気がする。 彼女は俺の弱さを補い、俺を強くしてくれる。
そしてメルクリアを失うことを想像しただけで、胸が締め付けられる。 彼女がいない人生なんて、考えられない。
メルクリア……君は俺のすべてだ。
君と出会うまで、俺は本当の意味で生きていなかった。
君がいれば、俺は王として生きていける。君を、妻にしたい。
どんな反対があっても、俺は君を守る。
君だけは、絶対に失いたくない
俺は意を決した。
メルクリアを妻に迎え入れる。
何とか父を説き伏せ、職務に忠実になり、王族としての責任感に目覚めた。
そしてある夜。
俺は彼女に本当のことを話した。
「メルクリア。俺、本当のことを話さなきゃいけない」
彼女はグラスを傾けながら、気軽に言った。
「ふふ、なあに?お金持ちのくせに、借金でも作ったの?」
俺は深く息を吸い、静かに告げた。
「俺は……この国の王太子、アレクシスだ」
メルクリアの動きが止まった。
「……は、ハァ?」
彼女は珍しく目を丸くし、呆けた顔で俺を見た。
「王太子……?え、マジで?あの、王族の?ウソでしょ」
俺は頷いた。
「そうだ。変装して街に出ていたんだ。君と出会ったときは……ただの裕福な青年だと思っていただろう?」
メルクリアは一瞬沈黙した後、深いため息をついた。
「まじかよ…………へ、へえ。王太子だったのね。………面倒くさい事この上ないわ」
彼女の声は急に冷めたものになった。
「王族と関わるなんて……政治的なしがらみ、宮廷の目、陰謀とか……全部面倒くさいことばかりじゃない。私はそんなの御免だわ。もう、会うのもやめましょうか」
彼女はグラスを置き、立ち上がろうとした。
俺は慌てて彼女の手を掴んだ。
「待ってくれ、メルクリア……せめて、もう少しだけ話を聞いてくれないか?」
俺の声は切実だった。
「俺は……本気だ。今まで、女性にこんな気持ちになったことはなかった。君に会って初めて、恋をしたんだ」
俺はメルクリアの手を両手で包み、熱っぽく言葉を続けた。
「王太子として生きてきた俺は、いつも仮面を被っていた。父上や宮廷の期待に応えるため、完璧な王子を演じてきた。でも、君の前では素の自分でいられる。……君を、妻にしたい。身分違いだと思われるかもしれないけど、俺は本気で君を迎えたいんだ」
メルクリアは少し驚いた顔をしたが、静かに首を振った。
「アレクシス……あなたは本当に素敵な殿方よ、間違いなくね。でも、私は……王族の方と一緒に生きる覚悟が、ないの。それに…仮にそうなったとしても…あなたはきっと後悔する事になるわ」
彼女に拒絶されても、俺は必死に訴え続けた。
「それでも……このまま君を失いたくない。君がいない人生なんて、考えられない。頼む……もう少しだけ、俺と一緒にいてくれ。君のためなら、どんな茨の道も歩く」
メルクリアはしばらく沈黙した後、小さくため息をついた。
「……はあ………あなた本気なのね……まあ、このスペアボディが駄目になるまでなら…添い遂げてあげても、良いかなぁ…」
彼女は少し困ったような、でもどこか流されそうな表情で言った。
「……まぁいいか……そこまで言うなら、もう少しだけ……付き合ってみるわ」
彼女は俺の申し出を快く了承してくれた。
メルクリアを王宮に迎え入れてから数週間後。
彼女を正式に妻とする準備を進めていた。
しかし、王侯貴族の反発は想像以上だった。
ある夜、俺は王宮の私室で、貴族派閥の首謀者である公爵と対峙していた。
公爵は冷たい笑みを浮かべて言った。
「殿下。メルクリアなる女を王太子妃に迎えるなど、到底認められません。彼女は身分も不明瞭、素性も怪しい。おそらく、隣国からの工作員か、魔女の類でしょう」
俺は声を低くした。
「彼女は俺の妻になる。それ以上、何も言う必要はない」
公爵はゆっくりと首を振った。
「殿下……お考え直しください。もしこのままメルクリアを妃に迎えるなら、我々は王国の安定を守るために、行動せざるを得ません」
俺は眉をひそめた。
「……行動?」
公爵の目が冷たく光った。
「率直に申し上げますが…反乱、です。我々はすでに主要貴族の支持を得ています。メルクリアを殺さなければ、明日にも王宮に兵を入れ、殿下を王位から引きずり下ろします。もちろん、父上である国王陛下の命も……保証できません。この通告が、我々に出来る”最大の配慮”なのです」
俺は息を飲んだ。
「脅す気か?」
公爵は静かに続けた。
「脅しではありません。これは、王国を守るための忠告です。殿下がメルクリアを守るために我々と戦えば、王国は内戦に陥ります。何万人もの民が死ぬでしょう。殿下は……それを望まれますか?」
俺は拳を握りしめた。
メルクリアを守れば、民が死ぬ。
王国が分裂する。
俺は、王太子として、民と王国を守らなければならない。
公爵は最後に、冷たい声で言った。
「今夜中に決断を。メルクリアなる悪女を殺すか、王国を滅ぼすか……殿下の選択次第です」
その後俺は一人、部屋で膝を抱えていた。
「メルクリア……俺は君を愛している。君と出会って初めて、本当の意味で生きている気がした。でも……王国を守らなければならない。父上から受け継いだ王国を、俺が守らなければならない……」
俺は震える手を握った。
俺は隠れ家でメルクリアと向かい合っていた。
手に握った杯が、重い。
派閥から渡された毒酒。
苦しまずに死に至る、静かな毒だ。
彼女を逃そうとした。
でも出来なかった。
彼ら監視の眼を逃れて、彼女を無事に帰す事はもはや不可能だった。
本当に、これでいいのか?
メルクリアを……俺が殺すのか?
でも……王国を守らなければならない
民を、何万人も死なせるわけにはいかない
俺は震える手で杯をメルクリアに差し出した。
「メルクリア……これを、飲んでくれ」
メルクリアは杯を受け取り、静かに中身を見つめた。
彼女はすぐに、それが毒だと気づいていた。
彼女の目は冷め切っていた。
「…そう言う事……………わかったわ」
彼女は杯を一気に飲み干した。
口付けは出来ない。
彼女を抱き続ける。
やがてメルクリアの体から力が抜ける。
「ふふ…そんなに苦しい顔をしないで、アレクシス……ありがとう……あなたと出会えて、本当に楽しかったわ……だからもう、大丈夫…………あぁ…そうだわ………この際だから、言うけど…心から、あなたを愛している…これだけは、本当よ……うふふっ………」
そう言ってメルクリアは静かに息絶えた。
その瞬間、俺の世界は音を立てて崩れ落ちた。
「メルクリア……!」
俺は彼女の冷たくなった体を抱きしめ、激しく嗚咽した。
「メルクリア……俺は……俺は……!ごめん……ごめん……!」
涙が止まらなかった。
俺が……俺が殺した……
愛する人を……自らの手で……
胸が締め付けられ、息が苦しい。
メルクリアの最期の言葉が、耳に焼き付いて離れない。
その言葉が、俺の心を抉る。
君は……俺を愛してくれていたのに……
俺は……君を殺した……
俺はメルクリアの亡骸を抱いたまま、崩れ落ちた。
「メルクリア……俺は……本当に、最悪だ……君を……失った……」
その夜、俺は一睡もできなかった。
メルクリアの冷たい体を抱きしめ、彼女の温もりが失われていくのを、ただ感じ続けていた。
数日後
側近が震える声で報告した。
「……殿下。メルクリア様の……遺体を調べた結果が……」
俺はゆっくりと顔を上げた。
「何だ?」
「メルクリア様は……妊娠しておられました。まだ初期でしたが……間違いありません」
俺は一瞬、呼吸を止めた。
「……妊娠?」
その瞬間、世界が完全に暗転した。
メルクリアが……俺の子を……?
俺は……俺は……
愛する人だけでなく、その愛の結晶までも……壊してしまった……
俺は膝から崩れ落ち、激しく嗚咽した。
「メルクリア……俺は……本当に、最悪だ……君の……子まで……殺してしまった……」
胸が張り裂けそうだった。
俺は王太子として王国を守った。
でも……メルクリアを失った。
君との間にできたはずの子供も……
俺の手で壊してしまった……
俺は床に額を押しつけ、声にならない叫びを上げ続けた。
その後、俺は王族としての義務を果たすために有力貴族の娘を妻に迎えた。
婚礼は華やかに行われ、王国は新たな王太子妃を得た。
しかし、俺は妻を抱く夜も、心はどこか遠くにあった。
妻が俺の子を孕み、王太子の跡継ぎとなる子を産んだときも、俺はただ静かに見つめるだけだった。
愛など、微塵も感じていなかった。
ただ、義務として、王国を守るための子を産ませているだけだった。
夜な夜な、俺は一人で隠れ家に足を運び、メルクリアの遺品を抱いて過ごした。
「メルクリア……俺は……本当に、最悪だ……君を……子を……失ってしまった……」
冷たい王座に座る俺の心は、永遠に空虚なままだった。
もし王侯貴族に反対されていなかった場合ですが…
主人公はその義体が活動限界を迎えるまでは、アレクシス君と添い遂げるくらいの覚悟を決めていました。
そのくらい彼との時間が楽しかったんですね。
残念だったねアレクシス君!