この異世界に名探偵を! 作:匿名
好きだけど、作るのがだいぶ難しいですね。
「......理屈に合わねーだろ!」
これまでもそうだったが、あまりにも理不尽な状況に思わず声が出た。
『ウルサイ。タベルヨ』
「喋った!?」
『シャベッタラダメナノ?』
「喋れるとは思ってなかったから。」
ドラゴンの口は閉じたままのはずだが、言葉が直接頭の中に響く。
『シャベレルヨ。オマエハ、ドラゴンジャナイノニ、シャベレルンダネ』
「う、うん。ところで俺たち今どこに向かっているのかな?お嬢さん?」
『オカアサンノトコロ』
( .....オカアサン?
え?
この巨体でコイツ子供!? じゃあ親もいるのか......いや、それより食われる!?
俺は、このトカゲ野郎のファストフードになるのか!?)
『ウゴカナイデヨ、オトシチャウ』
圧倒的な情報量に混乱して暴れそうになった俺を、ドラゴンが嗜める。
見下ろせば、いつの間にか雲の上。ここから落とされたらひとたまりもない。
俺は深呼吸をして思考を落ち着かせる。
「なぁ、俺ってこれからどうなるんだ?食べられるのか?」
『ワカンナイ。スダチ?ニヒツヨウダカラツレテイク』
( 巣立ち、か?食料目的じゃねぇなら、まだ交渉の余地はある…よな。)
考えを巡らせていると、雲を割ってひときわ高い山が眼前に現れる。
岩肌には猛烈な風化によって穿たれたような巨大な洞窟が見える。おそらくあれが目的地だろう。
激しく翼をはためかせ、突入する勢いを殺しながら、ドラゴンが洞穴の入り口に着地した。
俺は衣服を牙に引っ掛けられたまま、洞窟の奥へと運ばれる。
洞窟の入り口から少し進むと、一寸先も見通せない完全な闇だった。
洞窟に滴り落ちる水の音と、自分を咥えるドラゴンの生暖かい息遣いだけが聞こえる。
『ツカレタ』
「ヘ?うわああああ!」
唐突なホールド解除。
さっきまで浮いていた俺の体は、容赦ない重力に従って地面に叩きつけられた。
「イッテー!バーロー、もう少し優しく降ろせよ!」
受け身を取れたものの全身が痛む。俺は小言を吐きながら、立ち上がった。
(暗闇の中でどう動く?
あのトカゲの視覚がどうなっているのか分からねぇが、この隙に逃げ出せねぇか?)
「はやくいこ。」
背後から不意に声がした。
腕時計のライトをつける。薄い光が洞窟の壁を鈍く照らし出す。
振り向くと、一枚のボロ布を身に纏った、俺と同じ背丈のヒトが立っていた。
細身で、男か女か区別できない平坦なシルエット。
顎のあたりまで伸びた無造作な長髪と、片目を遮るように垂れた前髪が、異質感を漂わせていた。
腕時計のライトに照らされた瞳は、青く光っていた。
「君、なんでこんな所に......!ここは危ない、逃げるぞ。」
「にげちゃだめ。」
ガシッ、とその子供に手首を掴まれた。
その瞬間、背筋が凍った。細い腕からは想像もつかない、万力のような握力。
俺はそこから一歩も動けなかった。
「バーロー、何すんだ!逃げないと食われちまうぞ!」
「たべないよ。すだちに必要だから。」
「すだちって......まさかオメー、さっきのドラゴンの仲間か!?」
「ちがうよ。つかまえたのは私だよ?」
( ......は?)
一瞬、脳内の論理パズルが完全にフリーズした。
「いこ?」
コイツの正体は推測できる。できるが、理解ができない。
ハハッ。何がどうなってんだよ。
「どうやったら20メートルの爬虫類が俺と同じ背丈になるんだよ!」
俺は思わず、暗闇に向かって全力で突っ込みを破裂させていた。
「理屈に合わねーだろーがあああああ!」
「うるさい。たべるよ?」
「......そろそろ手を放せよ。もう逃げねぇからさ。」
「や」
人間の姿になったコイツはきっぱりと首を横に振り、手を離さない。
それどころか、つないだ手をさらに握りしめてくる。
「っ、痛てて!オメー力が強ぇんだよ!やめ、やめろって!」
「えへへへ」
何がそんなに面白いのか右手に持ち替えたと思えば、今度は指を絡めてくる。
さらに頬をぺたぺた触り始めた。色々としつこく引っ張られながら、俺たちは暗闇を進む。
(ここから逃げ出すにしても、まずはコイツの素性を引き出すか)
「......君さ、名前は?」
「なまえは大事なものだから、教えちゃダメだって、おかあさんが……」
「俺は工藤新一。君は?」
「ピジャン・チャンティコ・マフイカ!それとね、ティコ!」
自分を親指で指して名乗ってみせると、まんまと釣られて、嬉しそうに胸を張った。
長いのが本名で、後者は愛称だろう。
「ティコって呼ぶね。俺のことは新一って呼んでよ。
ところでティコ、さっき言ってた『巣立ち』って何なんだ?」
「わかんない。ひとりぐらし?しゅうしょく?するために必要って、おかあさんが言ってた」
ティコは繋いだ手をぶんぶんと振り回しながら、無邪気に言葉を続ける。
「シンイチしってた?しゅうしょくしないとごはんが食べれないんだって!
ごはんなら森にいっぱいあるのに、変だよねー」
無邪気に笑うティコを見て、俺は小さく息を吐いた。
(ドラゴンも就活すんのかよ......。
一人暮らしに就職、要するに卒業試験の真っ最中ってわけか。)
そんな話をしながら暗闇を進んでいると、前方が赤く揺れていた。
地面に空いた巨大な縦穴。底で炎が燃えている。
「じゃあ俺を捕まえたティコはもう巣立ちできるんじゃねぇのか?」
「うん!ひとりで『肉』を捕まえられたら、すだち出来るんだって。
キノコとか木の実じゃダメなんだよ?」
(やっべぇ、やっぱご飯としてカウントされてる)
ティコの理解力だったら騙せるか?やるしかない。
「そっかー残念だけど俺、実は毒があるんだよ。食べたら死ぬかもしれない。」
「どく?」
「そう。見た目は普通でも、危ない生き物とか教えてもらってないか?俺もそれだ。」
「でも毒の匂いしないよ?」
(駄目か。匂いまでは誤魔化せないな。母親を使うか。)
「毒ってそんな匂いじゃないんだ。」
「ほんと?」
「本当だ。」
「うーん......」
「それに、お前が毒で倒れたら、お母さんに怒られるんじゃないか?」
「うぅ......どうしよう。おかあさんにまた怒られちゃう。」
ティコは泣きそうな目でオロオロし始めた。
(完全には信じていない。でも隙ができた。)
俺を掴んでいた手が緩む。
今だ!
俺はティコの手を振りほどこうとする。
「ダメ!」
また、手を掴まれ引き戻される。
「離せよ!俺はもう必要ないだろ。」
「私だけもどったら、おかあさんに怒られちゃう!いっしょにきて!」
「俺この後、日本で山ほど未解決事件が待ってんだよーーーっ!」
「おーねーがーいー!」
「オメーのお母さんはまだ来てないみたいだし、もう一回別の肉を取りに行けばいいだろ!」
「おかあさんいるもん。あそこ」
ティコが指した先、地面の縦穴。
激しく燃え盛る炎の向こう側に、黒々としたドラゴンの鱗が浮かび上がっていた。
ティコと同じ色だが、サイズはひと回り小さい。
『すべて、聞こえてるよ。』
鳥肌が立つほどの冷えついた声が洞穴に響く。
『よく帰ってきたねティコ。』
横たわっていたドラゴンは首をもたげ、長い舌でティコを舐める。
「ごめんなさい、おかあさん。今日もダメだった。」
『いいんだよティコ。お前は肉なんかより凄いものを持ち帰ってきたんだから。』
「そ、そうなの?」
『ああ。』
ドラゴンの赤い瞳がゆっくりと俺へ向く。
『人間なら知っている。この数千年、掃いて捨てる程見てきた。』
『だが、お前のような人間は初めてだ。』
巨大な瞳に射抜かれ、背筋が凍り付く。
『怯えているな。死ぬほど怖がっているな。』
『それなのに、逃げる算段を考えるのをやめない。』
『まるで自分が喰われる側ではないかのように。』
視線だけで、自分の内側まで見透かされている気がした。
『なあ、人間の子よ。』
『お前はどこから来たんだい?』
言葉を間違えたら死ぬ。それだけの圧が俺にのしかかる。
「......俺は異世界から魔王を倒すために来た工藤新一だ。」