Beyond the Northern Sea 作:魂魄妖霧
回収した記録の解析によって、ヴェール海の謎はさらに深まりました。そして、その異変はついに第二空母打撃群そのものへと及び始めます。
それでは、第九話をお楽しみください。
第一観測基地の調査を終えた第二空母打撃群は、基地海域を離れ、ヴェール海の外縁部へ向けてゆっくりと針路を取っていた。
調査隊が持ち帰った記録媒体は厳重に保管され、本部への報告準備も進められている。
しかし、艦内にはどこか落ち着かない空気が漂っていた。
「艦長。」
副長が戦術画面を見ながら報告する。
「基地周辺を離れてからも、未確認反応が断続的に確認されています。」
アンナは静かに頷く。
「距離は?」
「およそ十海里。」
「一定の距離を保ったまま、こちらと同じ針路で移動しています。」
「分かりました。」
「引き続き監視を続けてください。」
「はい。」
その時、見張り員が双眼鏡を下ろした。
「艦長。」
「右舷前方の霧が不自然に動いています。」
アンナは艦橋の窓から海を見つめる。
確かに、霧が風とは違う動きを見せていた。
渦を描くようにゆっくりと集まり、一つの場所へまとまっていく。
やがて、その中心に黒い影が浮かび上がった。
「艦影を確認!」
見張り員が叫ぶ。
しかし、レーダー画面には何も映っていない。
副長が眉をひそめる。
「目視のみ……。」
「前にも同じ現象がありましたね。」
アンナは静かな口調で命じた。
「記録を続けましょう。」
「刺激しないように。」
「了解。」
霧の中から現れた艦影は、古い巡洋艦のようにも見えた。
細長い艦首。
高い煙突。
だが船体全体が青白く霞み、輪郭は絶えず揺らいでいる。
その姿は実体というより、幻影に近かった。
誰もが息をのむ。
すると艦影は、ゆっくりと「ほうしょう」の進路を横切った。
衝突する。
そう思われた瞬間だった。
艦影は霧のように薄れ、そのまま海へ溶け込むように消えていく。
「消失!」
見張り員が報告する。
同時に、電子戦担当士官が振り返った。
「艦長!」
「艦影の消失と同時に、強い電磁波を観測しました!」
「機器への影響は?」
「現在のところ異常ありません。」
アンナは小さく安堵の息をついた。
「引き続き監視をお願いします。」
「はい。」
その直後、通信士が小さく首をかしげた。
「艦長……。」
「どうしたの?」
「自動録音装置に、通信記録が残っています。」
「でも、この時間帯には送受信を行っていません。」
「再生して。」
通信士が録音を再生する。
『……帰れ……』
低くかすれた声が、艦橋に響いた。
わずか一言。
それだけだった。
乗組員たちは互いの顔を見合わせる。
「発信源は?」
アンナが尋ねる。
「不明です。」
「どの周波数にも一致しません。」
静かな沈黙が流れる。
アンナはゆっくりと前を向いた。
「誰かの悪意だとは、まだ決めつけられません。」
「でも、この海が私たちに何かを伝えようとしている可能性はあります。」
「すべてを記録しましょう。」
「いつか、その意味が分かる日が来るはずです。」
その言葉に、艦橋の全員が力強く頷いた。
ヴェール海は沈黙したままだった。
しかし、その沈黙の奥では、人類の知らない歴史が静かに目を覚まそうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
幻の艦影と謎の音声は、ヴェール海がただ危険な海ではないことを示し始めています。
次回はいよいよ第2章の最終話です。更新はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちいただけると嬉しいです。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。