※本格的ファークファンタジーではありません 作:あるくれいん
最強最悪の力を持つ敵、と聞いてどんな能力を思い浮かべるだろう。
核兵器のように、大地を焦土に変えられる殲滅力だろうか。
何度殺しても、平然と復活する再生力か。
時間や空間を操るような、理外の能力だろうか。
自らの快楽のために他者を蹂躙する、残忍非道さか─────
この回答は正であり、否である。すなわち最悪の敵、とは。
それら全てを併せ持つ、『魔王エリーヌ』のことなのだから。
魔王エリーヌの体躯は、五フィート(152cm)にも満たない小柄な少女だ。
艶やかな細工人形を思わせる、腰まで届くしっとりと長い金髪。
深夜には紅月のごとく怪しく光る、硝子のような瞳。
その外見は何処か神秘的で、無機質な美しさを孕んでいた。
だがその可憐で麗らかな見た目とは裏腹に、エリーヌの性格は残忍で粗暴だった。
伊達や酔狂で「人類史上で最強最悪の敵」と評されてはないのだ。
では彼女はいったいなにをしたんだろう?
たくさんの人間を襲い、殺し、蹂躙したのだろうか?
否である、その程度では最強最悪などと謳われない。
そもそも、魔族が人間を襲うことは昔から多々あった。
人間を襲いまくって殺された魔族など、吐いて捨てるほどいる。
ではなぜ、エリーヌだけが最強最悪なのか。
その理由は、大きく分けて二つある。
一つ目の理由は、前述した彼女の能力にある。
彼女は
それだけでも厄介なのだが、彼女はその種族特性に加えて─────
エリーヌ固有の能力として、時空間操作を行うことができた。
ただし時空間操作と言っても、時間を止めたり過去に移動したりはできない。
彼女が時空を操れるのは、彼女の周囲一フィートの範囲だけである。
そして出来ることは時間を停止させるか、0.5秒巻き戻すだけ。
魔王の能力と言えどそんなものか、と思うかもしれない。
だが、それだけでも優秀過ぎる能力だった。
例えば彼女の周囲だけ時間を止めれば、それは『時空の鎧』となる。
時の止まった空間は、あらゆる攻撃を問答無用に防いでしまう最強の防御なのだ。
これだけでも、魔王エリーヌに手傷を負わせることは不可能に近かった。
しかし彼女の能力の本領は、その先にある。
もし仮に、万が一、負傷してしまったとしても。
それが致命傷で、命を落とすことになったとしても。
意識を失う前に『負傷前まで時を戻せ』れば、ピンピンと復活してしまうのだ。
0.5秒だけ、肉体の時間の巻き戻せる能力。それは疑似的な、万能回復魔法となる。
だからこその、人類史上で最強最悪の敵。
鎧に籠ったエリーヌを、傷つける手段はない。
致命傷を負わせたとて、即死じゃない限り無限に復活する。
この特性により、人類がエリーヌを滅ぼすことは不可能に近かった。
そしてもう一つ。こちらが、エリーヌが真に『最強最悪の敵』と恐れられた理由。
それは彼女が一人で暴れず、『魔族』を率いて人間に戦争を仕掛けたことだった。
魔族とは人間に似た姿をして、それぞれ別の進化を遂げた人類の亜種だ。
例えば湿地帯に適応すべく、爬虫類のような鱗を手に入れた
鉱山火山に住み着いて、小柄で筋肉質な体を手に入れた
森や植物の恩恵を享受し、高い魔力を持つ
夜行性に進化し、他種族の生き血を啜る
繁殖力に特化し、短いサイクルで世代交代を繰り返す
そんな亜人種を、人類は纏めて『魔族』と呼んで恐れた。
人類は魔力が乏しく、筋力も弱い、か弱い生き物だ。
正面きって、人類に負ける亜人種は存在しなかった。
体格で勝る炭鉱族やトカゲ族はもちろん、小鬼族にすら素早さで負けてしまう。
そのため人類は魔族たちに狩られ、僻地に追いやられていった……。
……などと、いうことはなく。
むしろ人類はそんな魔族を狩りつくし、蹂躙していった。
なぜ人間は、自分より強い亜人種を蹂躙することができたのか。
その理由は、人類は『戦闘では弱い』が『戦争に強い』種族だったからである。
亜人種と比較し、人類の優れた特性は三つある。
一つ、
戦争においては数が大事だ。
そして亜人種の中で、人類に匹敵する繁殖力を持つのは
二つ、
人類の兵士は、装備の質が高かった。
自力で勝てずとも、強力な武器を持てば戦闘の結果は変わる。
三つ、
人間は多種族を狩るとき、卑劣な策をいくつも用いた。
騙し、裏切り、人質を取って、魔族を攻め滅ぼしていった。
単体だと弱いが、集団だと最強。それが人類である。
そして人類は数を増やしていき、そのまま地上を支配するかに思われた。
そんな折に現れたのが、人類にとって最悪の敵。すなわち、魔族王エリーヌであった。
彼女は歴史上はじめて、表舞台に立って人類に宣戦布告し。
人類に対して『魔族での連合を組んで』戦争を仕掛けた。
これが人類にとって、大きな転機となった。
一つ一つの亜人種には勝てても、連合を組まれれば話は変わる。
自分たちより戦闘力で勝る魔族が、同時に多方面から攻めてきたわけだ。
当然ながら、対応できるわけがなかった。
魔王エリーヌを筆頭に、魔族は連携して人間の領土で暴れまわった。
その結果、人類はどんどんと数を減らし、絶滅寸前まで追い込まれた。
エリーヌの見た目は、金髪紅眼の小柄な少女だ。
街に紛れれば、人類と見間違えても不思議ではない。
しかし彼女は人類にとって、まさに『最悪の敵』だった。
『……ん? 何だお前』
少年が初めて魔王エリーヌを見たのは、水汲みの帰りだった。
いつものように水瓶を背に括り付け、街から離れた水源に出掛け。
いっぱいに水を汲んで帰り、各家庭に売って歩く。
それが、少年にとっての日課。
『ああ、この家の子供か』
そこで、少年は見た。
自宅の屋根から吊るされた、自らの父母や姉弟の遺体を。
『くくっ、こっちにおいで』
少年は、硬直して動けない。
口の周囲を血で汚したエリーヌは、そんな少年に気が付いた。
『うーん、でももうお腹いっぱいなんだよな』
ヒタヒタ、と。少年に、魔王エリーヌが近づいていく。
恐怖と憎悪で、少年の頭がどうにかなりそうになる。
『よし、お前は少し寝かせておこう』
眼に涙を浮かべ、歯をカチカチと鳴らす、家族を殺された少年は。
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべる、魔王エリーヌに頭を撫でられた。
『私の名はエリーヌ。魔族を率い、人類を滅ぼす亜人の王』
彼女の掌は、少年の家族の血でベッタリと濡れていて。
生暖かい、赤黒い水滴が少年の頬を伝った。
『さぁ私を憎め、恐れ、慄け。その感情が、お前の血を美味にするんだ』
エリーヌの真っ白な指先が、少年の唇を犯し。
少年の家族の血が、舌に鉄の味を覚え込ませる。
『私だけを想い、恨み、そして殺しに来てくれ』
魔王エリーヌは一歩も動けぬ少年に、そう妖艶に語り掛けた。
そしてジュルリ、と小さく舌なめずりをしたあと。
『十年も憎悪を寝かせたら、君は美味な生き血となるだろう……♪』
そう言って、少年にキスをして立ち去った。
死ぬ前の人間の感情で、血液の味は変わる。
自分に向けられた憎悪が濃ければ濃いほど、濃厚な味わいとなる。
魔王エリーヌはワインを寝かせるように、少年を放置して立ち去ったのだ。
その日から、少年は復讐に囚われた。
憎悪のまま、魔王エリーヌを殺してやるという衝動を胸に抱え。
山奥に籠り、様々な剣士に師事し、修行を重ねていった。
その後しばらくエリーヌ率いる魔族は快進撃を続けた。
魔王エリーヌになすすべがなく、人類はなすすべなく敗北を続けた。
エリーヌは首を飛ばされようと、銀の杭を心臓に突き立てられようと、消し炭にされようと、数秒後にはピンピンとして復活してしまう。
いくら頑丈な吸血鬼とは言え、その再生力は驚異を通り越して異常だった。
そのからくりが『時空間操作』だと突き止めるまで、人類は負け続けた。
致命傷を受けようと、死ぬ前に『時空巻き戻し』さえ発動しておけば、彼女は無傷で復活する。
ならばどうにか、その時空魔法を発動させない方法を探そう。
人類が、そう考え始めたその時。
─────復讐に人生を捧げた男が、一本の剣と共に戦場へと現れた。
『そうか、君の一族は。君の持つ魔法は─────』
その男は、十年前に家族を目の前で殺された少年だった。
エリーヌへの憎悪を胸に修行を重ね、確固たる実力を身に着けていた。
『いける、君ならいけるぞ!』
『魔王を殺せるとしたら、君しかいない』
そして、これは本当に偶然だったのだが。
彼の持つ『固有の魔法』は、魔王エリーヌに対し特攻といえるほど相性が良かった。
人類で、彼以外にエリーヌを殺せる存在などいない。
魔王エリーヌが、人類にとって最悪の敵なら。
その男は、魔王エリーヌにとって最悪の敵だった。
『厳しい戦いになる。命を落とすかもしれない。でも、我々には君の力が必要だ』
『どうか、人類のため。力を貸してくれないか』
『無論。エリーヌを殺すのは、この俺です』
彼はエリーヌの言葉通り、十年ずっとエリーヌを
平穏な日々、家族との思い出、感傷をすべて故郷に置き去りにして。
復讐以外の何もかもを捨て、愚直に努力をし続けた。
『分かった。では露払いは任せてくれ、
『人類は何としても、君を魔王エリーヌの前に連れていく』
そして男は、人類に垂らされた蜘蛛の糸となった。
いつしか皆は、彼をこう呼び始める。
─────勇者アルクレイン、と。
『君さえいれば、勝機はある』
『まだ諦めなくて良い、俺たちは戦える』
それが、勇者アルクレインの伝説の始まり。
彼が戦列に加わったその日、人類の反撃が始まった。