ストライクウィッチーズ World End Sky 作:Xn-i
大きなマホガニーの扉を開けると、そこは千年王国の夢の跡。
遠くの方に純白の数十メートルはある大理石に刻まれた四人の魔女の顔がじっと見下ろす下。
数多の兵の夢の跡ではなく、時代と共に怪異と戦い続けた魔女達の安息の地であり、生きた巨大な図書館。
緑の道を抜けて、数百数千の月日の先で、セカイが書き連ねた歴史書の残骸。
左手側には「永遠の愛」を誓った黒薔薇の花壇が並んでいて、右手側には「奇跡」を目指す青い薔薇の花壇が並んでいる。
左手側には純白のテーブルクロスがひかれた長テーブルが一つあり、右手側には黒い装飾の丸テーブルが幾つも並んでいる。
そこは魔女達の庭園茶会。茶会への参加資格は千年王国に名を連ねるような魔女であるか否か、だ。
少なくとも今のオレはまだ茶会への参加は許されなくて、会場の入り口に立ったまま、ヒョウタンみたいな変わった形のストロー付き水筒を渡される位だ。
憧れの彼女は黒い装飾の丸テーブルに腰掛けているのに、オレはその近くに座ることすら許されないのだろう。
「これ、なんだ?」
ヒョウタン型のストロー付き水筒の中身はお湯か何かなのか結構熱くて、落とさないように気をつけながらオレにそれを渡してくれたセーラー服の魔女に問う。
「サウスリベリオン大陸で古くから飲まれてるお茶で、マテ茶っていうんだそうです」
セーラー服の下にちらりと見えるのは扶桑海軍のボディスーツというだけあってか、扶桑海軍の魔女なのであろう彼女はオレと同じように会場の入り口で立つしか許されない魔女達にマテ茶を配り続ける。
どこかで見た覚えのある顔だと思えば、少し前の新聞の主役だった。
ロマーニャ戦役終結の為のヴェネツィア解放の立役者で、年上だけど後輩だったリーネや、エリーの友人であるクロステルマン中尉と同じ501部隊の魔女だ。
そう、宮藤芳佳だ。
彼女ほどの魔女ならば茶会に参加することを許されるぐらいなのに、会場の入り口でマテ茶を配っているのは何故だろうか、と思いつつストローを銜えてお茶を啜る。
実に香ばしい味わいで、ブリタニア魔女にとっての必需品である紅茶とはまるで違う。
そして地獄のようなコーヒーともまるで違う、香ばしさの奥にある苦味と爽やかさ、これはいいものだ。
「うまい」
「ノイエ・カールスラントで最近流行ってるそうですよ」
ヴェネツィア解放の英雄はそう笑いかける。茶会に座る魔女達は多種多様で、長テーブル側では古今東西の叡智の魔女達が談笑している。
百年戦争時代のガリアの魔女とブリタニアの魔女が並んでクッキーを分け合う姿なんて、こんな場所でしか見られないだろう。
まあ、それはさておきマテ茶がノイエ・カールスラントで本当に流行っているかどうかはカールスラント人に聞きたいところだが。
オレの知っているカールスラントの人物というのはだいたい茶会の参加を許されてる人々だ。気安く話しかけるべきではない。
少なくとも黒い装飾テーブルの一つにミーナ・ヴィルケ、ハンナ・ルーデル、グンドュラ・ラルに加え、アドルフィーネ・ガランド少将閣下に、ゲルトルート・バルクホルンにハンナ・マルセイユ、エーリカ・ハルトマンとハイデマリー・シュナウファーと、小さな丸テーブルにカールスラントのエース達が押しくら饅頭状態のカオスなテーブルまであるのだ。
この八人だけで世界の魔女達が撃墜したネウロイの数の3割ぐらいは行きそうだ。数えた事は無いが。
そもそものところ気安く話しかけるべきでない相手云々ならばヴェネツィア解放の英雄である宮藤芳佳相手に敬語抜きとはよく言ったものだ。確か階級は同じ軍曹だった筈。たぶん軍曹のはず。
そんな事を考えながらマテ茶を啜り続けると、茶会に参加を許された魔女達と、入り口に立つことしか許されない魔女、双方に飲み物は行き渡ったようだ。
参加者には茶菓子も出ている。こっちにも欲しいがしょうがない。
「まあ、それは贅沢すぎるよな」
口の中でオレがそう呟いてると、魔女達は会議を始めていた。
「さて。今、空を飛んでいる子達は、こちら側に座らないことを祈るよ」
カップを手にそう挨拶したのは、古めかしい扶桑の衣装に身を包んだ魔女だ。
だが、そんな彼女を遮ったのは第一次ネウロイ大戦時代の魔女。恐らく、ブリタニアの魔女であろう。
「そうは言われても解ったもんじゃない。ガリアとヴェネツィア、二つが解放されてもカールスラントもオストマルクもまだ勢力下にある。私達の頃とは時代が違う」
「そうは言われてもだな、アジアの事でも気を抜けないんだ。特に南方は無茶苦茶だ。主に国技が陰謀の星のせいでな」
それを言われてしまうと、そんなリベリオン煙草を愛煙するオレの立つ瀬がなくなってしまうどころかリベリオンの魔女達が辛いことになってしまう。
見てみると、長テーブル側にリベリオンの魔女はいなくて、黒テーブルに点在するリベリオンの魔女は肩身が狭そうだ。
「連中、セントラルリベリオン辺りで何か考えているらしいぞ。そもそも、ガリア解放の時だってそうなんだ」
「まったくもってその通り」
長テーブル側に座っている魔女は確かにカールスラント空軍の軍装をしている。だが、彼女は長テーブル側に座っていた。明らかに、最近の軍装なのに。
長テーブル側の魔女は皆、古い魔女が殆どなのに。
「まあ、なにはともあれだ。これから地獄がやってくる事だけは勘弁ねがいたいものだよ」
彼女のそんな言葉の意味が、なんとなく気になった。
まるでこの後に地獄がやってくるかのように。
「コーデリア」
そんなオレに気付いたのだろうか。エリーは紅茶のカップを傾けながら、口を開いた。
オレとは顔を合わせないまま、それでもオレに呼びかけている。
「こんな言葉を知ってるかしら。『棺桶に片足を突っ込んでいる』」
どこかで聞いたことのある言葉だな、と思っているとエリーは続ける。
「魔女として戦場に立つならば、常に死と隣り合わせ。空を仲間達と飛んでいても、死は一人ひとりに平等に訪れる」
「まあ、そりゃそうだろ。命は一つしかない。誰にだって、どんな生き物にだって」
そう、猫は九つの命を持つなんてのは単なる御伽噺。
大自然の脅威に、忍び寄る病魔に、不幸な事故に、人は死ぬ。どんな生き物も、死ぬ。そして二度と、その人が蘇ることなんてない。
「私達と同じぐらいの普通の女の子達にはない、怪物に殺されることが、私達にはある」
「魔女となった時から、それはそうだろうけど」
「ううん、コーデリアはまだ、その事をしっかり解ってないの」
どうしてそんな事を、とオレが言うより先にエリーは背を向けたまま言葉を紡ぐ。
「喪失の悲しみと苦しみ、そして恐怖。それは自分だけじゃない。自分以外の大切な誰かにも…訪れうること。どんな魔女にも、戦う理由はあるでしょう。でもその理由は必ずしも、その訪れを乗り越えられるものじゃない」
「それが乗り越えられるかどうかは、その魔女次第。乗り越えることが常に正解とも限らない」
「オレは乗り越えてみせる。オレだって魔女だ。どんだけ辛いことでも、どんな難しい任務でもやってやる」
自分が一人前と見られてないような感じがして、オレはそう叫ぶ。だが、エリーは首を振る。
「まだ、コーデリアには解らないと思うわ」
「けど…!」
オレが再び何か言うより先に、別の魔女が遮る。
「いいか、よく聞くんだ。コーデリア・ブラウニング」
軍人的な口調。威圧感のある、綺麗な英語。
それを紡いだのは、世界最高のエースと呼ばれる、アフリカの星。
「今の自分が高みだと思うな、常に上があって、上を目指す事を意識するんだ」
世界一のエースの言葉は、あまりにも重すぎた。
「お前は自分が思っている程、優れていない。現に自分の部隊章を見てみろ。”叡智の魔女”はどこに消えた? お前はまだ”危険な魔女”だ。白薔薇とは比べ物にならないだろう。せいぜい薔薇につくアブラムシだ」
あ、あ、あ、あ。
「あ、アブラムシぃ?」
流石に無茶苦茶な言われようでマテ茶の容器を落としてしまうが、それでもハンナ・マルセイユは紅茶のカップを傾けながら悠々と口を開く。隣りでゲルトルート・バルクホルンがスコーンから干しブドウを取り除く作業を眺めながら。
「お前は誇り高きブリタニアの剣に選ばれた筈だ。だが、今はそれに相応しくないからそこにいるんだ。白薔薇の背中を任せるにも相応しくない。ケイ・カトーが砂漠で代用コーヒーを飲むよりも不毛だ」
「まあまあマルセイユ」
遠慮ない言葉を浴びせ続けるハンナ・マルセイユをゲルトルート・バルクホルンがたしなめた。
「彼女はまだ若い。戦場で目指すものを、魔女として持つべきものを、まだ見つけていない」
「そんな奴がジーニアスウィッチーズの隊員だったなんて。ブリタニア空軍はスピットファイアと同じでパワーだけあって中身はカラッポなのか?」
「それだけの素質がある。そしてまだ、羽化していない。変態の準備も始まっていない。喩えるなら、まだピューパだ。蛹だ。クリサリスにも程遠い」
ゲルトルート・バルクホルンは、変態の準備すら始まっていない蛹だ、と喩えた所でようやく干しブドウを取り除き終えたスコーンに齧り付き、残った干しブドウはグンドュラ・ラルが紅茶の中へと落としていく。
「コーデリア・ブラウニング。お前が白薔薇の背中を追うならば、その背中に相応しくなるならば、まずは探すんだ。お前が飛ぶ理由を」
「オレが飛ぶ理由? それは―――」
「今はまだ、言うな」
穏やかな口調で紅茶のカップを片手に、スコーンの屑だらけの手でオレを制する。
「それが必ずしも正しいか否かではない、それが自分の本当の答えであるかどうかすらも、まだお前は解っていないだろう」
そう続けて、ゲルトルート・バルクホルンは紅茶のカップを掲げた。
「さっきのお茶を思い出すんだ。そう、マテ茶を渡してくれたヨシカ・ミヤフジの事だ。まずは彼女を見てみるといい。私が出会った時の彼女もまた、ピューパから始まった」
「そして、蝶へと羽化していくのを見た。お前はどうだ? まだ蛹だ」
ゲルトルート・バルクホルンの満足げな微笑みをオレはしっかりと見ていた。
「コーデリア」
エリーが再び口を開いた。
「いつか、その答えを聞かせてね」
その微笑がどこか寂しいように見えた時、庭園からはじき出されたオレの体は再びマホガニーの扉が目の前で閉じられて―――そして視界は、どこかの天井へと戻っていく。
”Naked Stories(上手く紡げないけど)”
1945年9月2日
コーデリア・ブラウニング軍曹
連合軍第1特殊作戦飛行隊”デンジャーウィッチーズ”
ロマーニャ公国 サルデーニャ島
そこで、目が覚めた。
最低の夢なのか最高の夢なのか、古今東西の偉大な魔女と顔を合わせても、面と向かってアブラムシ扱いされて気分のいいものは無いだろう、多分。
それが世界最高のエースだったらなおさら、だ。
アフリカの星とイコールで結ばれることは無いだろう。だが、オレはいつかそれだけのエースになりたいと思っている。
エリーの背中を任されたい、エリーの横に並んで戦いたい。ブリタニアの剣。攻めの翼だったオレは。
今、この危険な魔女達の中で、オレは何をしている?
太陽が西に傾き、オレンジ色の世界の中でオレは起き上がると、サイドテーブルを探って五つの星が特徴的なデザインの煙草の箱を引きよせた。
火を点けて、紫煙が部屋へと立ち上る。
今はまだ、蛹。蝶にいずれ変わる。それだけの素質がある。
でもそれは、蝶になれるか否かは、これからのオレ次第。
ハンナ・マルセイユはアフリカの星だ。誰もが認めるエースで、偉大な魔女だ。
オレはイコールでは結ばれない。オレはコーデリア・ブラウニング。今はまだ、蛹の魔女。
オレが飛ぶ理由。オレが飛ぶ理由。
エリーは言う。今はまだ、オレは戦場に魔女として立つ事を理解していないと。
オレは一人前として見られていないのだろうか。エリーに電話で聞いたら、エリーはそうじゃないというかも知れない。でも、それは本当だろうか。
さっきの夢のように、本当はオレをまだ一人前としてみてないんじゃないだろうか。
その答えは、まだわからない。でもいつかは。
あの人に認められたい。あの人の、横で。
そう強く拳を握り締めても、今日はまだ、危険な魔女のままだ。
手の中で、煙草を握り締めると、消えない火種が、少しだけ指を焼いた。
手の中で煙草をもみ消すのは、何かの映画か何かの仕草であった、と大酒飲みは言っていたけれど。
映画なんてろくに見た事も無いオレにとっては、その意味は解らなかった。
だからじゅっと、手から灰皿へと押し付けて煙草の火を消す。それだけ。
オレ宛の呼び出しが流れるまで、手の火傷跡と灰皿の吸殻を見ていた。
「おー、きたなF.N.G。流石に上官の前で咥え煙草は無いか」
部屋に入るなり、既に集まっていた同僚達の間から大酒飲みのハーマイオニーがそう口を開いた。
「ねぇよ。だからオレはそこまで礼儀知らずじゃねぇよ、ブリタニア淑女だ、ブリタニア淑女。シャトー・ディフの囚人かっての」
そんな返事をすると、ジュリエットが少しだけ笑った。
「ブリタニア淑女がガリア文学について語るのもどうかとは思うけどね、コーデリアのそういうところ、好きよ」
「気持ち悪いぜ」
少なくとも上官や同僚に色々やらかした逸話はコーデリアだって知っている。ジュリエット・ソレル曹長とはお近づきになりたくない。
そんな事をオレが考えていると、部屋の中で苛立ちの顔を見せていた机に座るヒゲを蓄えたカールスラントの上級将校が咳払いをした。
「座りたまえ、軍曹」
「どうも」
椅子に腰掛けると、将校は口を開いた。
「本作戦は地中海に出現した大型ネウロイの撃破作戦である」
「は? 地中海に?」
「さよう。ボニファシア海峡……ガリアのコルシカ島との間にある小さな海峡だ」
「コルシカねぇ。ガリア第一帝国の皇帝陛下の故郷とサルデーニャは呆れるほど近い」
コーデリアの軽口にも上級将校は黙って地図を差し出す。海峡から更に西の海に、小さな×印。
「謎の大型ネウロイが地中海に不時着した。それの撃破だ」
「不時着? 海に?」
水を嫌うネウロイが何故海にいるのか。コーデリアのそんな疑問に対して、ロッテが口を開く。
「それがわかんないから調査の名目もあるんじゃないかな。で、下手に海にもネウロイが出たーとなれば市民の動揺を誘うし、解放されたばっかのヴェネツィアあたりも混乱しそうだしねー」
味方殺しの異名はダテではないのか、それなりに考えてはいるようだ我らが長機ロッテ。
つまり、問題があるとすれば。
「そいつが厄介な奴か否かって事かよ? ま、オレららしい仕事だけどな。なにせデンジャーウィッチーズだ」
トラブルを起こすか戦場に立つかのどちらかだ。
「そういうことさ。いつも通りにやればいい。ホットワイン一杯引っ掛けてから行っても済んじゃう仕事だよ」
我らが隊長はそう言って大笑い。まあ、本気ではないに違いない。本当に飲むならホットワインじゃなくてホットウィスキーと言うだろうから。
「へいへい。それじゃ、新しい拳銃を探してから行くぜ」
コーデリアの返答に、ジュリエットが笑いながら口を開いた。
「そういえばコーデリア。この前、ヴェネツィアにいつもの拳銃を忘れたものね」
「おまけに古すぎるせいで返事は『もう捨てちまった』だしな」
なにせ第一次ネウロイ大戦時の古いリボルバーだ。せっかく3丁揃えたのにヴェネツィアに駐留する連合軍はゴミと間違えたらしい。まったく酷い話だ、とコーデリアは更に悪態をついた。
「拳銃は必要か?」
将校の言葉に、コーデリアは頷く。
「空をうまく飛ぶにはいつも通りにやることだって誰かが言ってたぜ」
その返事に将校は再度ため息をついた。
「出撃までになんとかしてやろう。とにかく、準備をしてくれ」
「だとさ。行くぜい、皆。さっ、ホットワインとしゃれ込もうか」
ハーマイオニーがそう言って立ち上がり、他の面々も立ち上がった。
「本気だったのかよホットワインの下り」
「飲まないのか?」
「アイリッシュ・コーヒーなら飲むさ」
恐らくこの時の将校の顔は見ていないが相当酷い顔をしているに違いないだろう。
格納庫前で煙草に火をつけて最後の一服を楽しんでいると、件の将校がやってきた。
「一本もらえるかね?」
「どうぞ」
コーデリアはポケットから煙草を探り出し、ついでにマッチも渡す。
スピリット・オブ・ファイブスター。五つの星が五色で描かれた、リベリオンでもマイナーな、でも煙草葉だけの煙草。
「リベリオン煙草だな」
火をつけて二本目の紫煙が舞う。先ほどより柔らかいような言葉だった。
「混じり気なしの銘柄だからさ」
「そうか。それなら、これも気に入るだろう」
将校が持ってきたのは、大型の自動拳銃。
リベリオン軍正式採用、ハイパワーが売りな、45口径からの。
「M1911?」
M1911だ。少し大きめだろうが、大丈夫だろうか。
「ただのM1911じゃないぞ。リベリオン軍の友人からの贈り物でね」
確かに見てみると、それは洗練された銃だった。
ごくありふれた45口径なんかじゃない。
「すげぇな。こんなにカスタマイズされた銃は初めてだ」
独自のスリードットサイト、少し細めに創られた高級木材のサクラを使ったグリップ。トリガーガードとトリガーは片手の咄嗟の抜き撃ちに対応できるよう、少し大型のタイプ。
「トリガー軽いんだな」
大型拳銃にしては軽く、ウィッチでも片手で引けそうなトリガー。放り投げた空き缶が空中にいる間に全弾撃ち抜くのだって出来そうだ。
スライドも速射に対応したのか、ノーマルのものとは違う。強化されているようだ。
「空でも頼りになるだろう。ホルスターに放り込んだままより、戦ったほうがいい」
カールスラント軍の上級将校は、少しだけ笑っていた。
そう、それは洗練された銃。持ち主も、そしてカスタム化した人も大事にしていたのだろう。
「いいのかい? こんなのを?」
「武器は使うものさ。しまっておくものじゃない」
「……最高に頼りになる相棒じゃないか。COOLだ」
親指をトリガーガードに引っ掛けてガンスピンさせてみると、驚くほどぴったり手に馴染み、そのまま腰のホルスターにしまっても問題なし。
コーデリアにとって、まるで昔のブリタニア貴族が決闘に使うピストルのようだ、と思うほどに馴染んだ。
「だから生きて帰れよ」
上級将校は煙を吐き出しながら続けた。
「一度使い手になったからには、長く使ってもらう方が、銃も喜ぶんだ」
その言葉に、コーデリアはサムズアップで返した。
日が暮れる頃。
六機の魔女が空へと上がった。相変わらずハーマイオニーはスキットルを傾け、アリョーナはチョコレートを齧り、そんな彼女の尻をジュリエットが触り続けている。
「新しい銃は見つかった?」
そして長機のロッテの問いかけに、コーデリアは頷きで返した。
「そうか。物好きだねぇ」
「なにがだ?」
「あのコーデリアのおめがねにかなう拳銃がホイホイあるってことにさ」
「あのな」
オレがそんな気難しいわがまま娘に見えるのだろうか、とコーデリアは思った。
そんな我侭娘であった事なんて。あの誇り高い叡智の魔女だった頃にはそう見えたのだろうか、と少しだけ昔を思う。
「少なくともウチの隊の他の連中より気難しくねぇよ。おかしくもねぇ」
「どうだかね」
「味方殺しが言える台詞じゃねぇよ、クソたれ」
悪態をつきつつ、やがて海上へと出た。
もう太陽は西に沈み、薄暗い赤紫色の中で夜が迫ってきている。
「おい、これじゃネウロイ見えないんじゃないか?」
「まあ、アタシらにナイトウィッチはいないからね。でも、その時はその時さ」
ハーマイオニーはまだ笑っている。すると。
「おでまし」
アリョーナが前方を指差すと、海上に直立する謎の塔が見えた。
否。
それがネウロイだった。海上に墜落したという謎のネウロイ。
よく目を凝らすと、周囲をロマーニャ海軍のMAS魚雷艇が数隻浮いており、無理やり外付けされたであろうサーチライトで照らしている。
しかし、魚雷艇から照らせる距離にいるというのに、ネウロイは動いていない。
生身の人間があれだけ近距離にいるのに、瘴気すら放っていないのだろうか。
「あれ、ネウロイか? 魔女でもない生身の人間があんなに接近してるのによ。しかも大型で」
「解らないわよ。用心するにこしたことはないわ。扶桑海事変の頃じゃ、低空飛行でレーダーすり抜けようとしたのもいたもの」
珍しくマッドドクターがそう口を挟んだ。
「まあ、あれだけ大きければバラしようもあるけど」
前言撤回、いつものマッドドクターだ。
「目標を目視で視認したぜ! あー、各自、ロッテごとに左右上の三方向からアプローチ。魚雷艇には当てるなよ。的はあっちの方がでかいんだから」
ハーマイオニーの言葉どおり、六機は三方向に分かれた。
決して難しい任務ではない。
「誤射注意、誤射注意! できればその魚雷艇ごと離れてねー!」
あまりにも珍しくまともな事を言うジュリエットに、マッドドクターは目を丸くしつつも続けた。
「千切れた腕は拾うけどねー!」
「ドクター、私、男には興味ないの」
「奇遇ね、ジュリエット。私は血肉に男女の貴賎はないと思うわ」
「それは奇遇とはいわなぇよ何一つニアピンどころかニアミスじゃねぇよ! それと魚雷艇はさっさと離れろ! サーチライトの光を外さないようにしろよ!」
コーデリアの罵声に魚雷艇は慌てて離れるべく、まずはエンジンを始動。
「…ん」
喧しくなる夜の海。光で照らされ続ける赤と黒の影。
それに気付いたのは、アリョーナだった。
「どうしたアリョーナ? 夜食が欲しいなら魚雷艇から貰うか?」
「ちがう」
ハーマイオニーの問いかけにアリョーナは首を左右に振りつつ、背負っていたパンツァーファウストをネウロイに向けた。
「お? 撃つ? 撃っちゃう? 大物食いする? ま、潰してくれたらアイリッシュ・コーヒーをごちそうだ」
「ノルマンディ・コーヒーなら貰いたいけどな」
コーデリアがそう口を挟むと、ハーマイオニーは更に笑う。
「カルヴァドスは品切れでね。よく、考えればアイリッシュ・ウィスキーもないんだ。スコッチしかない」
「ゲーリック・コーヒーじゃねぇかよ」
そんな悪態をついた直後、アリョーナはパンツァーファウストを照準を定め、引き金を引く、まさにその瞬間――――――。
ネウロイの装甲が、中から破られて黒い影が飛び出した。
「!」
狙いが大きくずれたパンツァーファウストは海へと突き刺さり、盛大な爆音と水柱をあげる。
「アリョーナ、避けろ!」
「わかってる」
黒い影に狙われるより先にアリョーナも身体の向きを変え、少し離れた場所へ飛んだ。
飛び出してきた黒い影は―――――まるで、ストライカーを履いたウィッチのようだった。
「なんだありゃあ? ウィッチ型ネウロイか?」
「そうだと思うけど、用心しなよ。ジュリエットはすぐに離れる! 懐に飛び込まれたら手出しできない! ドクターとアリョーナは魚雷艇の退避の援護!」
真っ先に平静さを取り戻したのはロッテで、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
隊長であるハーマイオニーが酔っ払い過ぎる上に、次に先任のロッテは実戦経験が豊富なほうだからだろうか。
だが、それでも。
「ウィッチに擬態したネウロイね」
なんとも不思議なものだ、とコーデリアは思う。
「コーデリアはどうにか牽制! 魚雷艇から引き離しなよ!」
「了解…」
BARを構え、しっかりとホールド。
だが、ネウロイはこちらを向くなり―――――左手に持っていた、ライフルのようなものを向けてきた。
それはフロンティア時代の新世界を駆け抜けたガンマンのように。
百年戦争の時代に誇りを賭けて戦い抜いた騎士達の馬上戦のように。
扶桑列島で必殺の一撃と共に死合う侍達の一騎討ちのように。
あまりにも当然に向けられた。
そしてその瞬間、コーデリアもまた既にBARを向けている。
だからその瞬間で終わる筈なんてなかった。それは向こうも解っていた。
お互いに一発も撃たないでシールドを使ったのは、相手の方が早いと思っていたから。
「タイミングが早すぎたな、畜生!」
悪態をつきつつ、コーデリアは横へ回る。相手の攻撃を外すように誘う動きが大事だ、とエリーからも言われている。
相手の攻撃を誘ってからのカウンターもまた立派な戦術だ。
「どうした? 撃ってみろよ、その銃は飾りか?」
「F.N.G、ネウロイに怒鳴ってどうするのさ?」
「駆け引きってのは重要だぜ!」
ハーマイオニーの口挟みには答えているが、どうやら向こうは挑発には乗らないようだ。
それなら、次は搦め手でやってみよう。正攻法だけが武器じゃない。
エンジンを力強く轟かせ、横方向から上下方向へと機動を変える。
「ロッテ、カバー!」
とにかく長機に対してもそう叫んでからとにかく上下に振り回す。
それでも奴は引っかからず、ネウロイは確実に距離を保ちつつ、ビームを向けてくる。
辛うじて回避する、ついでに援護も無い。
「距離が近いよ、F.N.G!」
「なんとかしやがれ、お前ら仲間だろ!」
そう叫んだ直後、そのネウロイはコーデリアの目の前にいた。
全てがスローモーションに感じた。
光がネウロイの持つライフル状のものに収束すると同時に。
咄嗟にBARを構えたコーデリアも同じくそれに照準を合わせる。
照準同士が重なる瞬間。
その攻撃も重なる。
放たれた閃光と、重なった銃撃。
はじけ飛ぶ、BARとライフル状の何か―――きっと、相手も同じように驚いていた。
だからこそ、その瞬間に反応が遅れた。
いっぽう、コーデリアは重なった次の瞬間には左手をそれに回していた。
それこそ早撃ち自慢をしていたガンマンのように、左手で引き抜いた45口径を突きつけて、強烈な反動と共に引き金を引いた。
音が聞こえないほど、風が感じられないほど、瞬きなんてしたくもないほど、ゆっくりと流れた時間の中で。
放たれた弾丸はネウロイの顔の部分に吸い込まれていき、そして弾けた。
「命中したかF.N.G!?」
「ああ、当てたぜ! けど…」
やはり、所詮は拳銃弾一発。顔面に当てたとはいえ、コアではないのか、ネウロイは高度を落としながらもまだ飛行している。
しぶといとは思わないが、最低限もう一発当ててやる。
BARは大破してしまったので、手持ちの武器はこのM1911だけなのだ。
コーデリアが体の向きを変えて旋回すると、ネウロイも向きを変え、再び正面から向き合うかたちに。
騎士たちが真正面からぶつかりあうが如く。
「次も当ててやる」
「気をつけろよ、お前が狙ってるとき」
ハーマイオニーが隊長らしくそう口を挟む。
「相手もお前を狙ってる」
そりゃよくある話だな、とは答えずに速度を上げる。
拳銃だけを握りしめて。
両手でしっかりと、狙いを定める――――コーデリアは思い出す。
叡智の魔女として許された時、最初に言われた事も。
エリーに最初に教えられたことが、拳銃は。
思っている以上に射程が短いものだと。
だからもう一度だけ狙いを修正する。
刹那、判断が遅れれば撃墜される。向こうも同じようにこちらを狙っているのだ。
そしてもう一度だけ引き金を引く。
今度は片手で、素早く撃つ。
相手は見ない。当たってるとか思わない、当てに行くんだ。
ど真ん中を撃ちぬいた。
「ナイスショットだ」
顔面ど真ん中を撃ち抜かれたネウロイは海へと落ちていく。
夜の闇に支配されつつある世界で、黒い影を曳きながら黒い海へと落ちていく。
それはさながら、夕暮れの世界で群れからはぐれた渡り鳥が力尽きていくような。
どこか悲しげな咆哮を聞いた気がした。でもそれはネウロイの叫びだったのだろうか。奴らは悪魔のようにすべてを奪い去っていくだけだと思っていたのに。
しかしそれは幻聴だ、とコーデリアはかぶりを振る。
ネウロイは敵で、コーデリアはそれを倒すのだ。
ウィッチである限り、その誇りを捨てない限り、命をベットしたギャンブルに勝ち続けるのだ。
負けると帰ってこないのは、ギャンブルと一緒だ。
コーデリアが何気なくそれを眺め続けていると、遠くの方で海に墜落した巨大ネウロイが動き出すのが見えた。
「おい、動くぞ!」
ハーマイオニーの叫び通り、慌ててウィッチたちは戦闘態勢に戻る。コーデリアは拳銃しかない。
ところがどっこい。
「…沈んでる?」
ロッテのつぶやき通り、巨大ネウロイは、徐々にその身を下降させて黒い海へと沈んでいく。
「……なんてこった」
ハーマイオニーも驚き、ロッテに近づいた。
「で、どうするよ? これ、敵さん沈んじまったぜ」
「連中は水は苦手だもんねー…ま、探しようがないことにするか」
「だね」
海の上に墜落したネウロイそのものはそれで済ます事にしたようだ。
さて。
もうすぐ夜が来る。
子供の頃ひどく恐ろしかった夜が来るのだ、とコーデリアは呟いた。
「なんか言ったか?」
「いや、なにも。ゲーリック・コーヒーは忘れんなよ」
「この時期にゲーリック・コーヒーは熱すぎるよ。キューバ・リブレなんてどうだい?」
確かに、まだ9月なのだ。そっちの方がうれしいだろう。
まったく、隊長も時にはいいことを言う、と魔女たちは笑った。
使い込まれた拳銃を抱いて眠りにつくと、もう一度だけマホガニーの扉を叩いた。
遠くの方に純白の数十メートルはある大理石に刻まれた四人の魔女の顔がじっと見下ろす下。
数多の兵の夢の跡ではなく、時代と共に怪異と戦い続けた魔女達の安息の地であり、生きた巨大な図書館。
緑の道を抜けて、数百数千の月日の先で、セカイが書き連ねた歴史書の残骸。
左手側には「永遠の愛」を誓った黒薔薇の花壇が並んでいて、右手側には「奇跡」を目指す青い薔薇の花壇が並んでいる。
左手側には純白のテーブルクロスがひかれた長テーブルが一つあり、右手側には黒い装飾の丸テーブルが幾つも並んでいる。
だけど前に来た時と違うのは、純白のテーブルクロスがひかれた先には誰もいなくて、幾つも並ぶ黒い丸テーブルにも一人しか座っていない。
エリーだけが、紅茶を飲んでいる。
「コーデリア」
エリーがゆっくりと、口を開いた。
「うん」
「今のあなたは、私の隣にいない」
「わかってる」
紅茶を飲むエリーの背中を見ている。
「だけどいつかは隣に立ちたいんだ。また、あの時のように」
それがいつになるのか、それがどうすればできるのか、うまく、伝えられないけれど。
「そうなりたい」
「そうなることを信じてる」
何故ならエリーは、コーデリアの憧れであり、目標であり、過去の長機であり、未来の長機だ。
共に並べるようになるまでに、どうすればいいかもまだ解らないけれど。
きっと世界最高のエースが、ハンナ・マルセイユが言うようにまだまだ白バラにつくアブラムシなのかも知れない。
だけどいつかは開化する。ゲルトルート・バルクホルンが例えるように。
コーデリア・ブラウニングは必ず空で白バラと並び立つ英雄になる。
「…だからエリー、あのさ」
「なぁに?」
「いつかしっかり会って、話したい」
「そうね。きっと夢から醒めた私も同じことを言うと思うわ」
紅茶のカップを置いてエリーは笑った。
「なあ…やっぱり考えたんだけどさ」
「なあに?」
「失う事の苦しみと恐怖と哀しみ、それと戦う理由についてさ」
この前言われた事でもある。
エリーは紅茶のカップにもう一度口をつけた。
いつの間にか紅茶はなみなみと注がれている。
でもそれを入れたであろうポットは、白いテーブルクロスがひかれた長テーブルの方に置かれているんだ。
どうしてだろうか、それを疑問に思っても口に出すのがはばかられた。
左右で違うテーブルも、花壇の薔薇の色が違うことも。疑問なんて幾らでもあるのに。
「…聞かせて」
「どうあっても、オレはきっと乗り越える。乗り越えなきゃいけないと思う。それがどんな事であっても」
力強く答える。エリーは何も答えない。
「ウィッチになった時からもう、未来を賭けてるようなもんなんだ。震え上がって、逃げてるだけはウィッチになったからにはもう無くていいんだ」
それはこの翼を得た時から心に決めなければならない事。
たとえ家族を失っても、それ以上に守るべき理由があるからこそ、飛ばなければいけない。
天使の翼を得たように。
その勇気を振り絞って、恐怖と悲哀を置いていくんだ。
「コーデリア…」
「だからそれに負けない為に。怪物に殺されないように、戦うんだ。この背中に背負うのは、自分でつかみ取る未来。ただ、それだけだ!」
その答えが本当に正しいのか解らない。
だけど、目を覚ましたら、目を覚ましたら。
あなたに会う約束をしよう。だから、いい夢を。