ストライクウィッチーズ World End Sky 作:Xn-i
オラーシャ帝国南西部
カスピ海 バクー油田 海中
海は今日も穏やかだった。
オストマルク軍や扶桑軍が長い撤退戦を経て行き着いたカスピ海周辺は比較的穏やかで、戦前から開発が進んできた海底油田から産出される原油はブリタニア領インドを経由し、欧州とアフリカの戦線を支える二大原油供給ラインの一つを担っている。
もう一つの原油供給ラインは扶桑領パシフィス島でこちらは原油のみならず鉄や銅のラインでもあるが、扶桑海事変の頃に大陸での拠点を喪った扶桑としてはもう一つラインが欲しいと東南亜州に進出したとか。
閑話休題。
ともかく、自分の任務はそんな戦線で戦う軍人やウィッチ達の大事な原油を供給するバクー周辺の油田から伸びる海底パイプラインのチェックである。
何故海底なのか、と言えば陸上を通れば万が一億が一でネウロイに襲撃されてしまえばひとたまりもない。
そこで我らがオラーシャ帝国が誇る栄えある科学者殿が思いついたのは「海底ケーブル敷設理論を流用して海底パイプラインを作ってしまえばいいじゃないか、同じ管なんだもの」という市民には思いつかない素晴らしい発想を用いて潤沢なる人員を投入してカスピ海の沿岸部の浅い海底を縦断するパイプラインを敷設したのである。
まあ、カスピ海から先まではネウロイはたぶん来ないだろうしそこから先はオラーシャ領でもないので後はブリタニア辺りに任せてインドまで運べばいいのである。こまけぇこたぁいいのである。
「008号より。チェックポイント・チャーリーからデルタ間、異常なし」
『母船了解。チェックポイント・エコーまで移動する。はぐれるなよ』
「命綱があるから大丈夫。はぐれたら死んでるよ」
少なくとも、潜水士が母船からはぐれる時は命綱と有線通信と空気供給ホースの全部が切れてる事になるのだ。
そうなりゃ間違いなくお陀仏だし、そうならないように三本がつながっているのだ。
サメに食われでもしない限り大丈夫な筈。幸い、まだサメに出会った事は無いが。
「ん…?」
なんだ、おかしい。つながっている筈の母船が動いていないように見える。
視線を上に向けると、母船は先ほどと同じ位置にある。
「008号より。どうした? 動いていないが」
『母船より008号。待機してくれ』
「空気さえ送ってくれれば文句はないさ、潜水服は重いしな」
『わかっている…008号…008号! 不味い事になった!』
「008号より母船! どうした? 何が起こった!?」
『非常浮上か…いや、どうする? どうすればいい、船長! 水深は20メートルを超えている! とてもじゃないが―――――』
直後、海底にいても聞こえる程の轟音が響いて。
目の前の海を突き破るように、巨大な黒い影が降って来た。
それはいる筈のないものだった。
それは海に落ちてくるはずがないものだった。
それはあり得ないものでしかなかった。
そして嫌な音と共に堕ちてきた黒い影は――――どう見ても、空からやってきたあの怪異達でしかなくて、オラーシャをはじめ多くの国々を蹂躙してきた怪物でしかなくて。
目の前の海中を、千切れた三本のホースが横切っていく。
通信のホースと。
母船と己をつなぐ命綱のホースと。
そして海中で活動するための空気供給のホースと。
それを理解するのに、一秒もかからなくても、その現実を認めるのに一秒かかった。
ありえない。有り得ないんだ。
なんで、こいつがここにいるんだ。ここは前線から離れてる筈なのに。
そしてなんであれが千切れてるんだ。
あれが千切れてしまえば、あれが千切れてしまえば。
潜水するための装備は一揃いで八十キロを超えて、自力で脱着なんて不可能だ。
浮力がかかる海中ですら、泳ぐより海底を歩く事しかできないほど重いのに。
そんな中で命をつなぐホースが切断されてしまえば。
いやだ。いやだ。いやだ。
大きく呼吸をした時、海と自分を隔てている筈の真鍮のヘルメットの中に構わず海水が流れ込んでくる。
外せない。動けない。どうしようもない。
いやだ、こんなところで死にたくない。やめてくれ。
すがるようにヘルメットの通話口に叫んでみたって返事はない。
命をつなぐはずのホースから後から後から流れ込む海水が足を満たし、胴体を満たし。
やがて少しずつ迫っていく死という現実が。
この仄暗く何も届かぬ海底へと迫ってくる。
断末魔すら許さぬ非情の死が、覆い尽すまでそう長い時間はかからなかった。
冷たい風だ、とリュドミラは長い銀髪が顔にかかるのを払いながら思った。
この冷たいオラーシャの大地ではもう冷たい風が吹く時期になってきたのだ。そんな冷たい台地は、ネウロイ共の侵略で両断され、人の気配が消えた寒々とした世界を作り上げている。
それでも、このムルマンスクにまでネウロイが侵攻するようであればかなり大ごとだ。サンクトペテルブルクなどからはカールスラント方面へと進んでいるし、こちらからはシベリア方面へ攻勢に出ている。
仮にもネウロイが侵攻してきたならこちら側のみならず、カールスラント側で戦う部隊も後ろから攻撃を食らってしまう。
そんなことが起きて欲しくないし、そうならない為にもリュドミラは今日も夜の空を飛ぶ。
”Black Red Swarm(悪魔の艦隊)”
1945年9月11日
リュドミラ・イリンスキー大尉
オラーシャ空軍第6航空師団第2夜間戦闘飛行隊
オラーシャ帝国北西部 ムルマンスク
「イリンスキー大尉よりムルマンスク。夜間哨戒を始めます」
『了解。貴機の幸運を祈る』
滑走路から管制塔に呼びかけ、やがて空へと飛び立つ――――――ウィッチとはいえ、空を飛ぶのはどこか自由になった気がする。鎖から放たれた、ここが戦場であることを忘れるような、自由に飛ぶ渡り鳥のように。
『サンクトペテルブルクよりムルマンスク。夜間哨戒の予定はあるか?』
『こちらムルマンスク。空軍第6航空師団がその任務についている。どうした?』
『あー……カスピ海側からシベリア方面より南下してきた敵影があった、と報告が来ている。そちらに何かないか?』
『何も映っていないぞ。レーダーの故障じゃないか?』
『こちらもそう考えているが……通信障害が激しくて、要領を得ない』
『そんなバカな。シベリア方面からカスピ海に向かったんなら、こっちも捕えてる筈だ。誤報だろう』
『通信障害があるから、少し気になったんだ』
『了解。こちらも注意を払うが、あまり気にしすぎない事だ』
『ああ。ただ、もちろん異常時は連絡を頼むぞ。ウォッカを一杯ひっかけたいが』
『奇遇だな。こんな夜にはウォッカだ』
PTRSシモノフライフルを背負い、周囲に気を配っていると、通信が入った。
『ムルマンスクよりイリンスキー大尉。聞こえるか~い?』
あまりにも普段より軽すぎる通信にリュドミラは軽くこめかみを抑えたくなる。人が寒いなと思えばこっちはホットなのか。
「……あなた、一杯飲んでる?」
『寒いからさ!』
リュドミラの問いに管制官はそう答えた後で、言葉を続ける。
『サンクトペテルブルクから報告だ。カスピ海側の部隊がシベリア方面から南下してきた敵影あり、と言い張ってるそうだ。おそらくレーダーの故障だろうが、通信障害があるので万が一もあるから気を付けてくれ、だそうな。まあ、杞憂だと思うがね』
赤ら顔で喋っているのか、やや早口だがその情報はナイトウィッチであるリュドミラには聞き逃せないものだ。
「了解。注意を払う」
魔導針に特には何もないが、念のため固有魔法も併用した方がよさそうだ。
リュドミラはそう判断すると、呼吸を整える。
ウィッチとしてストライカーを履いて空を飛ぶ、或いは地上で戦う少女の数は限られている。
しかし、そのウィッチの中でも限られているのは固有魔法の有無だ。あるものと、無いものがいる。
ナイトウィッチの訓練を受けるものに固有魔法持ちが多いのは夜飛ぶからこそ、そういう固有魔法が役に立つからだと昔同期が言っていた、とリュドミラは思い出す。
それはさておき、一度目を閉じて再度深呼吸をする。
リュドミラの固有魔法は魔眼だ。魔力の流れを整えれば、もう世界は通常よりもはるかに広がる。
魔導針の領域の半分ぐらいは見渡せるぐらい。つまり、広範囲。レーダーでは捕捉しきれない隙間まで見える。まるで、隙間を縫うような。
それがウィッチと、機械の違いなのだろうか、とリュドミラは息を吐く。
機械は自ら声を発する事も自らの意志も無いが、修理すればまた動く。
ウィッチは声もあげるし意志もある、死ねばそれまで。
大戦が始まって以来の戦死した兵士の数より遥かに少ないとはいえ、それでも失われたウィッチの数も多いのだ。
リュドミラが大尉の位置に駆け上がるまでに、どれだけのウィッチの死を見てきたかも忘れたけれど。
数えてもしょうがないし覚えたところで何もできないのだから。
広い視界で空を見渡しても、特に気になる所は―――――――あった。
「ん……?」
強化された視界でも、麦粒のようにしか見えない大きさで、それは遥か高い場所を飛んでいた。
航空機はそんな高度は飛ばない。ウィッチはロケットブースターを使えば不可能ではないかも知れないが、それにしては移動は遅いように見える。流れ星にしては明るくない。
念のために通信機を起動する、が。
「……イリンスキー大尉より、ムルマンスク、どうぞ」
『………………大尉……した?』
「繰り返す、イリンスキー大尉よりムルマンスク、応答を」
『イリ……………』
通信はまるで意味をなさない。ノイズだらけである。
リュドミラは盛大に舌打ちしつつも電源は切らずにおく。通じるようになったら使えばよい。
「通信障害ってことは、お客さんだろうけど……」
PTRSシモノフライフルをそいつへと向ける。射程外で役に立たないのは分かり切っているが、主に心象だ。
そうでもなければ腹の虫がなんとやらというのだ。啼きはしなくても怒っている。
ふと、次に反応があったのは魔導針だった。
「え? 魔導針に……?」
そんな馬鹿な、とリュドミラが思った時、魔導針に次々と小粒のような影が映る。高度は同じく、有り得ない高さ。
先ほどの麦粒とは離れているが、それでも…。
その数は、多すぎる。
仮にこれがネウロイだとすれば、いいや、ネウロイ以外有り得ない。
だがその数は多すぎる。百は下らない。これがレーダーの観測手ならば「冗談いうなウォッカの飲みすぎだぜ馬鹿野郎」で結論が出てしまう世界だが、リュドミラはナイトウィッチであり、固有魔法の魔眼でも見えて魔導針にも反応しているのだ。
つまりこれは。
悪夢であって欲しいけど現実な結論だ。
「お…大型のネウロイの大群、確認! 百は下りません! 繰り返す、イリンスキー大尉より、東部方面軍全軍! 大型のネウロイの群れを確認! 百は下りません! 東部方面軍全軍に通告! どこか応答を!」
どんなに叫んでもノイズだらけの通信機で届いているかどうかも解らぬ、しかしリュドミラは叫ぶ。
それを知らせなければいけないのだ。それが彼女の使命であり、命にかえてもやらねばならぬ。
「ええい……どうにか通信が届く範囲まで移動して報せないと!」
しかしそれまではたった一人でこの大群から逃げるのだ。
赤と黒の軍団から。
「できれば気付いては欲しくない」
夜闇の中で麦粒のような無数の敵影を見ながらそう呟く。高度を上げれば通信は届くかも知れないが、それだけ敵に発見される確率は高くなる。
静かに視界から離れていき、通信を取る。だが、通信が遅くなれば遅くなるほど、味方が迎撃できなくなる。なにせあの多量なのだ、どこに向かっているかすらも解らないのに。
寒い空の筈なのに、汗をかいていることにリュドミラは気付いた。
拭っても拭っても取り切れないそれが、自身をまさに現している。ストライカーの飛行は、精神状態にも左右される。そうだ、なにせ魔力の大本は自分自身なのだ。
ライフルを支えのように持つ。もうこの恐怖を取り去る為にぶちかましてやりたい。そうすれば一撃であの忌々しい赤黒を叩き潰せるのではないか。
いいや、そんなはずはない。現実は非情だ。一発でも撃ち込めば奴らにバレて蜂の巣だ。
あの大きさと数からしてたとえシールドを使っても防ぎきれるものではない。
昔、東部戦線でシールドを張った戦友が陸戦ネウロイにシールドごと極太ビームで吹き飛ばされてしまったのを見た事があるリュドミラとしてはそんな風に考え始めた時点で危機が自覚できるほどだ。
頼むから気付かないでくれ、怪異よ!
祈るように両手でライフルを握りながら、ストライカーを動かして空へ。
高い空へ。
星だけを背負う、黒い空に、黒と赤の艦隊を通り抜けて。
大型ネウロイの大群とすれ違う。その大きさは百メートルはおろか、数百メートルはあるだろう。
この大戦が始まるより少し前、リベリオン映画のフィルムを街に家族と見に行った折、巨大類人猿が木登りするよりも大きかったのが天を貫く鉄の建物達。
サンクトペテルブルクでも少ない建物がたくさんありすぎるリベリオンはすごいなぁと、幼いリュドミラも思っていた。
だが、そんなバカでかい建物が空を飛んできたとなればどうなるだろう。
タチの悪い事にそいつは怪異で瘴気と破壊の光線を撒き散らす怪物であるという事で、そして最悪な事にそれがたくさんすぐ真横を飛んでいるという事だ。
太すぎるそれの横を飛んでいく―――――――息が白く凍る夜空を、少しずつ、すれ違う様に。
額を伝う汗が、目の中に入って来た。それはリュドミラに気付かないで、変わらぬ速度で飛んでいく。
見えていない程に間抜けだったか、それとも見逃す良心を持っているか―――――――または、細かい目標を無視して飛んでいかねばならない程に、辿り着きたい標的があるか。
「なんて大きさ……」
そう呟きつつ、魔眼を向けてみる。
それはあちこちにいるのだ。百以上。巨体が、そこら中にいる。
気が狂いそうな無数の宿敵の中で、飛んでいる。
彼らが本気を出せば一人のナイトウィッチなど簡単に塵一つ残さず消せる、だが消さない。
それだけの辿り着きたい標的がある。標的の前の些事として扱われる。
人類の希望としての、ウィッチだというのに。彼らにとっては、一つの些事。
そしてその標的に辿り着いた奴らは、死と破壊の花を咲かせていく。
通信はまだ直らず、ノイズだけがインカムから響く夜の孤独の中で。
リュドミラはライフルを握り直す。それは殆ど自殺行為だ。解っている。解り切っている。
だが、もしここで一機でも落とせるのなら、それだけは救える筈なのだ。
この巨大な赤と黒の艦隊から一隻を落とすだけでも、その一隻がもたらす分の命は救える!
正気の沙汰なんかじゃない、だけれども!!!
「たった一匹の蜂でも―――――――――――――獅子の群れを苦しめる」
魔力が込められた14.5mm徹甲弾ならば、装甲に傷をつける事だって出来る!
「夜で散れ、命に代えても」
夜空に火花の花が咲く―――――――――
――――――――――その結果は如何なるものか?
容易に想像が出来る通り、無数の艦隊の中で十数発の弾丸を放った所で、大した傷を与えられる事もなく。
そして”彼ら”はそれでも標的に向かう前の些事だと認識していた。
銃口から立ち上る硝煙、背嚢に背負ってきた予備弾丸全てを撃ち尽くしても、黒と赤の艦隊は一隻たりとも沈んでおらず、一隻たりともその赤い心臓部を露出させることもなかった。
荒く息をつきながら、悠々と去っていくその艦隊を見送る事しかできない。
それ程、それは何とも間抜けな光景で酷い有様だった。一人の死者も”今のところ”出ていない。
今後どうなるかは解らない――――――――――見送ったそれがどんな惨禍をもたらすか、彼女には解らないのだ。
何が出来たか、という問いかけを受けるのならば。
”何も”
その答えだけが、正しい。
リュドミラ・イリンスキーは去っていく悪魔たちを見送る事しかできなかった。
無数の汗をかいて、ただただ呆然と。
定時連絡が途絶えた事に気付いた捜索隊に発見された時でさえ、呆然としたままで何かを語る事もなかった。
彼女が口を開いたのは、それから2日が経過した日だったと記録されている。
同日
エリザベス・メイソン中尉
ブリタニア連邦 ヘレフォード空軍基地
「エリー! 手紙が来てるよー!」
ブリタニアのいつもである曇り空の下、基地の中庭の一角の白薔薇を眺めていたエリーは同僚のメリッサの呼びかけに気付いた。
振り向くと、メリッサはいつものように封筒をひらひらと振っている。
「コーデリアから。また新しい本でも送ってくれじゃないかな?」
「あの子は読書家だから」
苦笑しつつ封筒を受け取る。かつての僚機である部下は慇懃無礼だが、エリーに対してだけは忠実だった。
否、エリーでなければ言う事を聞かせられないぐらい、なかなか心を開かない子だった。
だけど読書家で、お菓子も好きで、勉強家で努力家。口は少々悪すぎて淑女からは離れていたけれど。
ある意味、全てに対して平等に見ていたコーデリアを、エリーは好いていた。部下としてではなく、人として。
だからこそ、目をかけていたのだろう。
ブリタニア空軍の誇りであり、グローリアスウィッチーズと並ぶ両翼と称されるジーニアスウィッチーズに彼女がやってきた時も。
そこから連合軍最大の問題児部隊といわれるデンジャーウィッチーズに配属になった時も。
そして、コーデリア・ブラウニングが淑女である事を捨て、戦士であろうとした時も。
かつてコーデリアが語っていた。
彼女はロンドン郊外にある資産家の家庭で生まれたという。しかし、早くも転機は訪れ、三歳の頃、家業が傾き満足な育児が出来なくなると判断した両親はロンドンにある孤児院に彼女を預けた。
コーデリアは孤児院の先生たちの言うように、「いい子」で「ブリタニア淑女」でいる事に執心して、両親が迎えに来るのを待った。
とは言ったものの、一桁の子供だったというのもあり、ロンドンのあちこちを遊び場にする行動力だけは当時からあったらしいが。
そんな風に待ち続けて五年、八歳の誕生日の日に。
待ちきれなくなったコーデリアは、学校に行く振りをしてかつての家まで冒険をした。
そこには、信じがたい光景があった。
家業が傾いた時、綺麗な家具や装飾の多くが運び出されて殺風景だった屋敷は―――――――家業が持ち直した両親の手により、前よりも遥かに立派になっていて。
そんな庭の中で、両親が優しく抱いていたのは、自身の知らない妹の姿。
この時、コーデリア・ブラウニングは八歳ながら悟ったのだ。
自分が捨てられた、と。
本当に捨てたかどうかは定かではなく、判断できないとエリーは今も思っているが、少なくともコーデリアはそう思った。
家族の前に出る事も出来ずに、涙を押し殺して孤児院に戻ったエリーは、猛勉強を開始した。
立派になって、家族を見返してやる、家族以上に綺麗に立派になる、そう決意して。
初等学校を首席で卒業した日。孤児院の先生方と共に街を歩いていた折、魔力適性検査の勧誘を受けた。
当時既にガリアをはじめとする欧州からの避難民もロンドンにやってきていて、避難民の女の子がその列に並んでいたのを見てコーデリアは何を感じたか、検査を受けた。
そして適性があると判断された時、彼女はウィッチとなる事を決意した。
そこからは記録にも残っている。
ウィッチ養成学校でも知能・身体能力・魔力適性全てで好成績を収めたコーデリアを巡り、ジーニアスウィッチーズとグローリアスウィッチーズが取り合いをしたほどだとか。
ブリタニア淑女の見本として、コーデリア・ブラウニング軍曹はジーニアスウィッチーズに入隊し、叡智の魔女の一員となってエリーの元にやって来た。
本当にその頃は淑女の見本のような少女で、落ち着いた言動と敬語―――――そして日々吸収しようとする知識と努力で、期待の新人だった。
でもそれもまた、コーデリアの一面でしかない。
ある日、ヘレフォードに三人の親子連れがやってきた。
コーデリアの両親と妹が、ウィッチとなったコーデリアに会いにやって来た。休暇に帰る家に戻す為に。
だがコーデリアは拒絶した。
その時、初めて感情をぶちまけたのだろう。口汚い言葉で散々に罵り、椅子も机も蹴飛ばして、自身を捨てた家族の事をもう信じられなかったのだ。
まだまだ不安定な少女達である魔女にとって、家族と会う時間はささやかな喜びだ。
コーデリアにとってはそうでなかった。もう、自身を捨てたものが今更会いに来ても、もう入り込む場所なんてないのだ。
その後のコーデリアは淑女とは程遠いものになった。
口汚い言葉が当たり前で、同僚にもきつく当たり、飲酒も喫煙も隠さない。
それでも、長機のエリーに対しては、それでも敬意を忘れなかった。
どれだけ行動も口も荒んでいても、その心は、どこか真っ直ぐなのだ。
だからきっと、この空のどこかで彼女はまた。
口汚く、泥まみれな道を真っ直ぐ進もうとしているのだろう。
このどんよりとした曇り空の下で、何かを見ているのだろう。