ストライクウィッチーズ World End Sky 作:Xn-i
今回よりAct2です。
物語りは大きく動き出す。
『Friday the 13th(13日の金曜日)』
1944年のガリア解放、そして1945年初夏にヴェネツィア奪還と、西部戦線のカールスラント到達。
連合軍にとって大きな一歩であり、人類はこの大戦終結の兆しが見えた、とする余裕すら出てきた。
上層部は誰も予測していなかった。
西部方面軍司令部が置かれているブリタニアは1944年以降、ネウロイの侵攻を許しておらず。
解放後のガリアに至ってはガリア人達主体による復興活動のみならず、506統合戦闘航空団を巡る政争すらしている暇まであり。
ヘルウェティアという天然の要塞を有する地中海方面もじりじりと押し上げてきていて。
東部戦線も西側と協調してカールスラント方面へと戦力を投入しようとしていた。
だからそれについて、誰も予想もしていなかった。あまりにも予想外過ぎたのだ。
それは高度五万メートルから、各地へと降り注いだ。
”あの日、彼女が伝えきる事も倒す事も出来なかった”巨大ネウロイは、欧州全土の各地に数体ずつながらも襲来したのだ。
「―――――――――――おい、あれはなんだ?」
平和な筈のロンドンの空に突如現れたそれを見て人々はざわめきだす。
かつてブリタニアにまでネウロイが到達していた時ですら、襲来するネウロイはここまで規格外じゃなかった。
数百メートルの塊が、いきなり街に降ってきて無数のネウロイを中から吐き出し始めるなんて、誰が予想するのか。
『連合軍司令部! 敵襲だ!』
『こちらロンドン、直ちにブリタニア陸軍を展開し、迎撃準備を』
『ブリタニアだけじゃない! こちらリヨン! 巨大なネウロイが降ってきてネウロイを吐き出している!』
『なんだってリヨン!? すぐにパリの連合軍に―――――――――』
『こちらマドリード、ヒスパニアにも巨大ネウロイが来ている! 防衛線はどうなっているんだ!? 最前線はもっと先だろう!?』
『ブリュッセルにも敵が来ているぞ!』
『ロマーニャからネウロイはいなくなったんじゃなかったのか!? 至急援軍を!』
『西部戦線全域から悲鳴が上がって来ています! 奇襲は西だけじゃないのに、カリーニングラードにも巨大ネウロイが出て来たぞ!』
『カスピ海沿岸からも報告が来ています!』
『東部戦線はただでさえ二方面なのに、最前線の合間にまでネウロイが飛び込んでくるなんて…!』
ダイナモ作戦の頃から久しく使われていなかった、ロンドンの連合軍司令部地下の防空壕。
つい先ほどまで司令部のミーティングルームで午前のお茶を楽しんでいた将官は手近な椅子か、椅子が無ければ籠城用に置かれた缶詰の木箱か、それすら無ければ立ったまま連絡兵や将校が運び込んできた資料と報告の束をそれぞれ食い入るように手にしている。
被害報告とネウロイの数。
大型ネウロイから無数の陸戦や航空ネウロイが吐き出されて、一大戦力として各地で大暴れしているという。
最前線ならばともかく、ロンドンも含めて前線から離れた地域の防空も完全ではない。ブリタニアだって1944年のガリア解放以来ネウロイの侵攻を許しておらず、それらの戦力もガリアやベルギカに向けていた。
ヒスパニアに至ってはカールスラントやガリアの避難民の避難先として、完全に後方になっていた、にも関わらず、そこも襲撃されている。
西部方面司令部の範囲だけでなく、地中海、東部戦線、バルトランドにスオムス、中東―――――――。
「これは奇襲作戦だ…奴らの」
ようやく将官の一人が震え声で絞り出した。
「援軍要請はそこら中から飛び込んできています。西部方面だけでもパリ、ブリュッセル、リヨン、トゥーロン、ロッテルダム―――」
「もういい! 各方面に送れる戦力は!?」
「ノイエ・カールスラントとリベリオンへの要請をしていますが、既に投入している戦線への増援が先のようで。ライン川沿岸とベルギカに」
「援軍が整うまでは各自の戦力で各個撃破する他あるまい」
将校の報告を遮り、扶桑海軍の将軍がそうゆっくりと返した。
「扶桑からの輸送となると、時間がかかる。リベリオンとカールスラントに、輸送機の融通を申請しましょう」
「輸送機はどこも不足しがちだ」
「リベリオンの工業力ならば容易に生産できるでしょう。我が国よりも、早く、確実に、多量を」
彼の言葉に、末席に座るリベリオンの将軍は何も返さない。
リベリオン合衆国は列強諸国の中でまだネウロイによる損害が軽微であり、同時にその国力は世界一を保ち続けていても過言ではない。
それ故に、列強諸国内部での政争もまた然りだ。東南アジアで、扶桑とリベリオンが資源を巡って小競り合いを起こしたというニュースは耳に新しい。
「とにかく、今はロンドンを守らねばならぬ!」
空気を打開するべく、ブリタニアの将軍が声をあげる。
「どこか動かせる戦力は!?」
「陸軍をかき集めていますが、やはり満足な数では」
「航空支援だ! 航空支援を送れ! ウィッチを出すんだ!」
罵声に将校は慌てて資料の束を探り出す。
「グローリアスウィッチーズの半分以上はガリアにいます、今なら……22戦闘飛行隊がヘレフォードに」
「ブリタニアの攻めの翼に、ロンドンを守ってもらう事になるとはな」
「直ちに出撃命令を!」
曇り空の下で妙な胸騒ぎがして、彼女は思わず手にしていた白い薔薇を手折っていた。
薔薇を手折るのは、出撃するときだけと決めていた筈なのに―――エリーがそう思った時に。
「ロンドンに攻撃だ!」
だから、その白い薔薇を胸に付けた。
西部戦線の英雄だなんて言われていても、白薔薇を愛でる少女でもあるのだという証明に。
”Friday the 13th(13日の金曜日)”
1945年9月13日
エリザベス・メイソン中尉
ブリタニア空軍第22戦闘飛行隊”ジーニアスウィッチーズ”
ブリタニア連邦 ロンドン
眼前に広がる街からは黒煙と、空襲を示す警報の音だけが鳴り響く。
ありったけのスピードを出そうとする車に、歩道も車道も構わず荷物を背負って走る市民――――そこから百メートルも離れていない道路を、蜘蛛のような多脚型ネウロイが歩いていく。
本当に信じられない光景だ。
ブリタニア連邦の首都が、沈まぬ太陽と称された祖国が、怪異に蹂躙されているなんて。
エリーがそう考えていた直後、すぐ脇を飛んでいた僚機がブレン機関銃を構え、ネウロイに向けている。
「パティ! まだ交戦許可は出ていません!」
「でも、中尉! ロンドンが!」
エリーの僚機であるパティ・アップルビー軍曹は泡を食ったように叫ぶ。
「市民がすぐ近くにいるんです! さっきから警察や消防の無線も混線してますけど、無茶苦茶です!」
軍用回線だけでない、あちこちを飛び交う通信。
そのどれもが泡を食って蜂の巣をつついた騒ぎで、それでいて絶叫混じり。
奴らに交戦規定もルールも無い。ただ、破壊を撒き散らす。
「どこから攻めるかの、指示を仰いでからよ…下手に刺激をすると余計に悪化する事もあります……フレミング中佐、ネウロイは東側からシティ・オブ・ロンドンに向けて向かっているのを視認」
目を凝らすと、東方のテムズ川沿い、アウター・ロンドンの辺りに見慣れぬ黒い塔が立っているのが見えた。
そして同時に、その表面にはネウロイ独特の赤と黒の六角形の紋様。
あれは塔じゃない。ネウロイなのだ。
エリーがそう気づいて額に汗が流れた時、インカムからは隊長であるフレミングからの声だ。
『こっちも見てる。ジーニアスウィッチーズ全機、対症療法で行くしかないわ! 各ロッテは任意に散開! 一機でもネウロイを仕留めて! 他のウィッチや陸戦部隊と適時連絡を密に!』
「交戦許可!」
『了解、中佐! こっちは西から大きく回ってきます! エリー、援護要請があったらよろしく』
「ええ。メリッサ、気を付けて。パティ、交戦許可が出たわ。行きましょう!」
「了解!」
パティは指示が出るなりすぐに遠慮なく道路を歩くネウロイ目掛けて、弾倉が空になるまで撃ち続ける。
一体潰すのに弾倉が空になるまで撃ち尽くしては弾が足りなくなる、経験不足もあるかも知れないが、それほどまで頭に血が上っているのだろう。
「パティ、落ち着いて。頭に血が上り過ぎては駄目よ」
「…了解、中尉」
それに、撃ちまくられたネウロイはまだ倒れてもいない。
陸戦はこちらに気付くなり、ビーム数発で応戦してくる、が、大した火力でもなく、ビームを放つ為に止まっていたネウロイの頭部に、エリーは狙いを定めつつ、ブレンの弾倉を流用出来て、取り回しの良い事から使い続けているチャールトン自動小銃の引き金を絞り、数発。
コア持ちではなかったネウロイは遂に沈黙し、爆散した。
「今だ! 地下鉄まで走れ!」
直後、声が響き、警官が道路の様子を見つつ促す脇を、市民が次々と地下鉄の入口へ駈け込んでいく。
市民の避難もまだろくに終わっていないのに、こんな近くまでネウロイが来ていたのか。
「メイソン中尉より、報告。市民の避難はまだまだ終わってません。地下鉄の入り口近辺の援護を重点的に!」
『ごめん、エリー。それはあなたにお願いできる? 陸軍の援護もなかなか整わなくて』
フレミングの辛そうな応答である。
幾ら第22戦闘飛行隊がブリタニア空軍、否、世界の空軍の中でも精鋭いえども、ろくに援護も無い状態では難しいのだろう。
やれるだけやるしかない。
「パティ! シティ・オブ・ロンドンを中心に地下鉄の出入り口を回っていきます!」
「アウター・ロンドンの方はどうしましょう? あちらの方が人口は遥かに多いですし、地下鉄も少ない分、避難先も」
ロンドンの市街地にもいろいろとある。
平たく言えば、中世の時代から、否、きっと人間が社会を形成した時からそれは決まっている。
首都ロンドンいえども、中心部で働いたり住んでたりするのは半分にも満たない。人口の多くを形成する労働者階級の多くは、中心部を囲むアウター・ロンドンに住んでいる。
郊外に逃げるという道があるとしても、この市街地の混乱の中ではすぐに手は回らない。
警察も消防も、中心部だけで手一杯。
「わかってます……」
だからこそ、行くべきなのはそちらではないか。
パティがそう目で訴えていても、それは出来ない。何故なら、手を回せるのが自分たち二人だけなのだ。それでアウター・ロンドン全ての市民など、守り切れるはずがない。
「……パティ、命令を取り消します。アウター・ロンドンも含め、気が付いた場所を虱潰しに援護を!」
それが非効率で偽善に溢れた命令で、行為であると分かっていても。
エリーは、エリザベス・メイソンはそれを選ばざるを得ない。
きっとコーデリア・ブラウニングがいても苦悩しながらそれを判断しただろうし、それを決めただろう。
「了解、中尉!」
パティはそれを聞いて力強く首を縦に振る。目の前の事しか、まだ解らないから。
市民を守る事が使命なのは、一緒だとは知っていても。
「続いて!」
ストライカーを機動し、エリーは中心街からテムズ川沿いへと向かうと、すぐ近くの道路にチャレンジャー巡航戦車が孤立していた。
そう、孤立状態だった。目の前に別のチャレンジャー巡航戦車が一両炎上し、道を塞いでいる上に黒煙で視界を悪化させている―――その近くのビルの屋根を陸戦ネウロイがのしのし歩き、航空ネウロイが三機、接近中だ。
「パティ、近づいてくる航空の注意を引いて。陸戦を黙らせます!」
一体でも、数を減らすのもそうだが、危険度が高い者から順に。
「了解! 牽制します!」
『エリー、市外に出る道はどこもパニックになってる! 郊外周辺に手を!』
「わかってます、メリッサ。でも、あちこちに市民と友軍がまだ残ってます」
『了解、踏ん張ってみる』
「すみません、メリッサ」
戦友に任せきりなのも、とエリーは思うが、メリッサはからからと笑う。
『帰ったらスコーン頼むよ』
「幾らでも」
代わりにメリッサのお茶が飲みたい、とは言わずにエリーは屋根からチャレンジャー巡航戦車を狙う陸戦ネウロイ目掛けて、チャールトンを数発撃ち込んだ。
だが、その弾丸は弾かれた――――――装甲で防いだか、いや、違った。
微かに、赤い光が、魔法陣のように見えたのだ。
「今のは!?」
初めて見る挙動だ。魔力を使った弾丸を装甲で防ぐのは前からだ、だがその上に、シールドを?
『…中尉?』
「いえ、パティ。もうしばらく航空を食い止めて」
『了解』
もう一度だけアプローチをかけるべく、チャールトン自動小銃を構えて今度は頭部を狙う。
赤い光が、確かに散った。
魔法陣のように。だが、それを貫いた弾丸がネウロイを消し飛ばした。
『ウィッチか! 助かった!』
「市内にまだ市民が避難中です! 誘導と援護を!」
『了解した。ホワイトパンサー2、この恩は忘れないよ、白薔薇のフロイライン』
チャレンジャー巡航戦車は短い通信の後、道をバックして進路変更だ。さて、その前にパティが相手をしている航空部隊を排除しなくては。
弾倉を替えて、パティが足止めしている航空ネウロイへと向かっていく。
「中尉、一機落としたけど二機がしつこいです!」
「任せて、パティ。あなたは一端、周辺の避難の援護を!」
「それにしても、ロンドンをこんなに…!」
パティがそう呟いた直後、生き残りの航空ネウロイが二機、ビームを周辺へと薙ぎ払った。
悲鳴が挙がった。
まだ、残っていた市民に、死の光が。
パティが口汚い言葉と共にブレンを乱射し始める。淑女に似合わず、叡智の欠片も無い。
「走って、走って!」
エリーも己の銃を構えて発砲しつつ、立ち止まっていた市民たちにそう叫ぶ。
「逃げて、逃げて!」
逃げ惑う市民の上で、まだ動き回る二機のネウロイを撃ち落とそうと必死になる。
これが戦場。数時間前まで、平和な日常。
ようやくうるさい二機のネウロイを撃ち落とした直後、奥の巨大なネウロイの塔より更に航空の編隊が吐き出されたのだ。
陸戦も続々と吐き出されているというが、それにしてもその数は多い。
少なく見積もっても五十はいる、いや、百はいるか?
『こちら第二砲兵大隊! 航空の編隊が砲兵陣地に接近! 誰か撃ち落としてくれ!』
続いての救援要請は郊外の砲兵陣地だ。市民の避難誘導は終わっていない、だが火力の中心である砲兵陣地が倒されれば陸戦を倒す手段が減る事になる。
「パティ! ここを離れます! 砲兵陣地の救援に…」
「けど、中尉!」
「わかってます! 近くの警官隊並びに消防隊は市民の誘導を可能な限り! この通信が聞こえたらお願いします!」
『警察も消防もまるで間に合わない! 殆どパンクしているんだ!』
そんな返事を受けて拳を強く握りしめる。手が痛む程に。
しかし、それでも出来る限りをするしかない。
「パティ、砲兵陣地の救援に」
「…ウィルコ」
『西部方面軍司令部より全機、タワーブリッジに陸戦と航空が接近中! 現在、ガリアの陸戦ウィッチ部隊が釘付けになっている! フレミング中佐、誰か手を回せるか?』
『了解、ジーニアスウィッチーズ。行けるものは行って! タワーブリッジが落とされたら交通網の混乱が更にますわ!』
「今度はタワーブリッジ!?」
『第二砲兵大隊、三門破壊されたが援護可能! 歩兵中隊が踏ん張ってるが、ウィッチはまだか!?』
『ウェストミンスター宮殿近郊のフラックタワー、一番二番が沈黙! 残り二塔だ、頼む、救援を!』
ロンドン中から上がる黒煙を前に、エリーはとにかく飛ばしていく。
ロンドン近郊の砲兵陣地にて、確かに歩兵が踏ん張っていた。
『こちらホワイトパンサー2、ウェストミンスター宮殿に向かう。しばらくはなんとかしてみるよ』
「お任せします。救援は早めに」
先ほどのチャレンジャー巡航戦車からの通信にエリーはそう返してから、砲兵陣地に向かう。
国籍も、部隊もバラバラの航空ウィッチが数機、既に駆けつけているが、それでも十機を越える航空と三体の大型陸戦は厳しすぎる。
「皆頑張って! こちらエリザベス・メイソン中尉。ウィッチーズ、航空をお願い! 陸戦の相手は任せて!」
エリーはそう叫びつつ、航空ネウロイの間をすり抜けて陸戦の上空に躍り出る。
『白薔薇だ!』
『白薔薇のエリー!?』
『英雄だ! 第二戦線の英雄が来てる!』
「スモークを投下します! 砲兵部隊、今のうちに砲台をずらして下さい! 歩兵部隊は援護を!」
『ああ、頼むぜ! 白薔薇のエリーの言葉なら、何でも!』
魔女だけでない、兵士もまた歓声を上げる。
上に英雄がいる。
それだけで、奮い立つ戦士はいる。負ける戦いが勝ち戦に変える為に。
『アパム。事実は小説より奇なりだな。後で書いておくんだ』
『はい、大尉。砲弾を運ぶ用意をします!』
エリーはベルトから煙幕を引き抜き、アンダースローで陸戦の目の前に放り投げる。
それから自動小銃を構えて弾倉が空になるまで猛射だ。
煙幕の中を突っ切り、弾丸が装甲に跳ね返される音。だが、その間に必死に砲台が少しでも離れられれば。
その煙幕の中を、陸戦ネウロイがエリー目掛けて突進してきた。
質量弾と化したそれを空中で回避するのは訳ない。しかし、空では航空の相手をしている味方がいる。
「……捕まえて御覧なさい、悪戯っ子」
コーデリアが僚機だとすれば「いいセンスですね!」と称賛のおまけをつけるであろう台詞と共に、陸戦ネウロイの目の前でエリーは大きくバレルロールしながら弾倉を交換。
空になった弾倉もアンダースローで陸戦ネウロイへと投げつけ、こちらへと注意を引く手だ。
新たに弾倉を替えて息を吹き返したチャールトンで、飛び込んできた陸戦の真正面からぶち抜いていく。
件の陸戦ネウロイも爆散し、スモークの向こうに陸戦ネウロイが一体。どうやら最後の一体は砲兵部隊と歩兵中隊の頑張りでなんとかなったようだ。
「あと一体…!」
航空ネウロイはその数を六機に減らしていたが、五人ほど飛んでいた筈のウィッチから二人姿を消しており、パティもそこら中に撃ちまくっている。
「中尉! 敵の増援です! 航空の編隊、更に十機!」
「ウィッチーズ、陸戦を任せます! パティ、援護を。今度は空の相手よ!」
「ええ、凶鳥は、攻めの翼が切り裂いてやります!」
パティを引き連れて更に増えた航空ネウロイ相手に向かっていく。
陣形のように並んだ航空ネウロイたちは次々とビームを放ち、それを一つ一つシールドで防ぐのはさほど難しくない。
特に後ろに守るべき生身の部隊がいる以上、攻撃は防いでおく方が良いのだろう。
とにかく反撃を浴びせるべくチャールトンを構えなおし、再度引き金を絞った―――――――航空ネウロイに十字砲火するように、別方向からも銃撃。
「エリー、遅れた!」
郊外の方に向かっていたメリッサが数人のウィッチを連れて砲兵陣地に向かってきたようだ。
同僚の援護のお陰か、航空ネウロイたちはあっという間に爆散していく。
「メリッサ! 助かりました」
「ポーツマスとハイ・ウィッカムから援軍がやっと来てね、郊外はそっちに任せた」
ロンドン以外にもネウロイが降って来たという話は聞いたが、どうやらブリタニア本土はロンドン周辺だけのようだ。
それが幸いかどうかは定かではないが、とエリーは思いつつ、弾倉を替える。
手持ちの弾もだいぶ乏しくなってきている。それ程までに、撃つ相手が多いのだ。
「キャリントン中尉!」
パティもメリッサと同僚達に気付き、敬礼だ。
「お待たせ、パティ。ところでエリー。予備の弾倉無い?」
雑嚢をもう一度確認する。30発全て入ってるのは後一つしかない。
「今、持ってるのが最後の弾倉ですね」
「すいません、中尉。私はもう全部撃ち切ってしまって」
「あちゃー、私も最後だな」
「パティ。最後の弾倉よ。大事に使いなさい。いったん、どこかで補給をしないと……」
砲兵陣地付近のネウロイの脅威は一端は去ったのだ。
だが、まだまだ通信も混乱している。
『幹線道路は車両の通行が不可能だ! 別のルートを探すか徒歩で行け!』
『負傷者を地下鉄に運びたいんだ! 手が欲しい!』
軍以外の通信も混線しているので、正しい周波数を合わせたいところだ。
「こちら第22戦闘飛行隊。弾薬の補給拠点はどこかに? それとも、ヘレフォードまで戻らないと?」
一度問いかける。
しばらくのノイズの後、声があがった。
『こちらガリア陸軍第四医療中隊。現在、リッチモンドパークで野戦病院の構築及び、ガリア陸軍が防衛にあたっている。ブレンの弾倉なら幾らか残っているかも知れん』
「感謝します。リッチモンドパークですね」
『それとロンドン橋が落とされたという情報が入ってきている。軍民問わず被害は増え続けて、ここにも続々と運ばれてきてる』
「了解」
通信を切り、ともかくリッチモンドパークへと向きを変える。
砲撃、銃撃の音。
上がり続ける黒煙とあっちこっちを飛ぶネウロイ。
破壊される建物に、ネウロイの足音。
平和になっていた町が、今、蹂躙されていた。
リッチモンドパークはロンドンで最も大きい公園で、鹿やクワガタの保護区域に指定される自然豊かな場所だ。
そんな場所に赤十字マークが入った天幕が無数に張られ、軍医と衛生兵が天幕を回ったり、担架で担ぎ込まれる兵士や市民たちの合間を縫ってガリア兵が防御陣地を構築している。
そんな中に航空ストライカーで降りていくのには勇気と技量がいるだろうが。
彼らはエリー達が降下してくるのを見てすぐにスペースを開けてくれた。十メートル四方ほどの僅かなスペースだが、緊急時の垂直離着陸も可能なストライカーで、しかもブリタニア空軍の最精鋭であるジーニアスウィッチーズの隊員だ。
その程度、朝飯前とはいかないが午前のお茶前には出来る。
同じく同様に弾切れを起こした他の隊の魔女たちの為にすぐにスペースを開けると、彼女たちも見よう見まねで、二人ほど地面に着くなり倒れ込んでしまったがすぐに銃を杖にして立ち上がったりしている。
長く戦闘を続けていたが、大きな負傷者はこの中にはいないようだ。エリーは内心ため息をつく、が。
「負傷者はいないか?」
着陸するなり、まずやってきた軍医はそう叫んだ。
「はい。あの、ブレンの弾倉があれば、分けて頂けませんか?」
「ああ、ある! すまん、ブレンの弾倉を!」
そんな風に話し合うガリア兵たちから、エリーは視線を野戦病院の天幕に向けた。
呻く声、すすり泣く声、怒鳴り声。
無数の死傷者がそこにいる。
「目を開けろ、開けるんだ!」
陸戦ストライカーを破壊されたのか、少女らしい体躯が乗る簡易ベッドの上で救命措置をしている軍医。
「止血帯をくれ! それと輸血の用意!」
別の簡易ベッドからもそんな声が響き、点滴用スタンドが盛大な音を立てて倒れる。
「軍医殿、手を貸してください!」
「容体は!? 私の専門は歯科だがな!」
カールスラント軍の軍服の上から白衣を羽織った軍医が天幕へと走り込む。
「この患者は後送してくれ。これ以上ここでは出来ない」
入れ替わりに負傷者を担いだ衛生兵はすっかり息を切らしている。
「車は動けんがパークの各門から入れるには広すぎるぞ!」
「ダイハチカーを使え! 手押し車みたいだけど引っ張るんだと!」
人手が足りない。何もかも。
見ているだけで震えそうになるその中で、メリッサがエリーの手を握った。
「エリー。銃のチェックをしときな」
「え、ええ……」
「なーんせ、まだまだ敵さんの勢いは弱まらないんだ」
周囲では、パティをはじめ、同僚達は僅かな休息をしている。
戦場のような野戦病院の中で。
「………」
チャールトン自動小銃は、まだまだ動けるようだ。銃身も問題なさそうだ。
兵士が運んできた弾倉を受け取り、雑嚢の中にあった空の弾倉と交換して納めていく。
「パティ、弾丸が来たわ。補給を」
「は、はいっ!」
そう声をかけ、目を閉じかけていたパティが慌てて弾倉を掴んでいく。
天幕の中へ、ブリタニア軍の兵士が駆け込んできた。
「メイソン中尉! エリザベス・メイソン中尉は!?」
「はい! ここにいます!」
「緊急です。ジーニアス全隊員に通達。タワーブリッジが崩落、テムズ川を留めてます」
後ろで水筒を手にしていたメリッサも驚いた顔で振り返る。
「間に合わなかったが、ガリアの陸戦魔女たちは…」
「生存者も川に落ちたものが多く…現在救助をしようにも、敵の数が多くてなかなか難しい状態です。メイソン中尉、タワーブリッジ近郊の奪還を」
「わかりました」
「ああ。エリー、皆に指示を」
メリッサが同時に水筒を手渡してくる。
水筒の中身を口に含んで喉を湿らせる。メリッサの水筒の中身はいつも独特だけど、不味くはないのが不思議な所だ。
「パティ、スペンサー、マリー、ロベルタ、ナオ。皆、聞いて」
ジーニアスウィッチーズの魔女たちは顔を挙げる。
「タワーブリッジが陥落。頑張っていた陸戦魔女がテムズ川に落ちてるのと同時に、落ちた橋のお陰で水路と陸路の混乱は拡大しています。タワーブリッジ周辺を制圧しつつ、転落した魔女の救助に向かいます」
「「「「「イエス、マム」」」」」
「自分たちも向かいます」
砲兵陣地から同行してきた、他の隊の魔女が敬礼をしつつ答える。
「治癒魔法が使えます」
進み出てきたのは、オラーシャ陸軍航空隊の制服を着た魔女だ。
「…お願いします、曹長」
「はいっ! 白薔薇の英雄と肩を並べられる事、光栄に思います!」
曹長の階級章をつけたオラーシャの魔女は笑顔を浮かべると、ストライカーの起動準備に向かう。
「治癒魔法が使える子を殺すわけにはいきません、スペンサー、マリー、ナオ、あの曹長のカバーに。ロベルタはメリッサについて。パティは私のカバー、出撃します!」
頷き合っている間に、他の隊の魔女たちも集まって来た。
ブレン軽機関銃の弾倉は持ってきてくれたが、連合軍である以上、魔女の銃も多国籍で、他の隊の魔女たちは弾丸の補給がすぐには出来ない。
それでどうしたのかというと。
ダンケルクの撤退戦で武器を失った兵士の為にとりあえず金属加工できる工場ならば簡単に生産出来て、44年のガリア解放までの戦いで山ほど生産されたステン短機関銃である。
有り余るほど生産されたステンだが無いよりマシである。
そんなウィッチたちに目を細めていると、一人だけBARを持っている魔女がいた。
カールスラント空軍の制服を着た赤黒い肌の――――――今はノイエ・カールスラントとなっているサウスリベリオンの先住民の方なのだろう、背の高さ故にだいぶ目立っていた。
少なくとも170センチはある。持っているBARがちょうどいい長さに思うぐらいで、コーデリアなら「オレよりBARの似合う魔女がいたのかよ…」と驚きそうだ。
「どう、した?」
片言の英語でその魔女が口を開いた。
「BARを借りてこられたの?」
「そこ、負傷兵、借りた」
彼女はそう答えてから。
「無問題。使える」
「その意識が大事よ。あなたは?」
「ティッカライミ」
「……よし、行きましょう!」
この魔女の肩に手を置いて促すと、彼女は少しだけ驚いた顔をした。
「あなたは月だ」
そんな呟きが聞こえた。それが何を意味するか解らないで少し固まっていると。
「月のように、優しく、夜の道、照らせる」
どこかで聞き覚えのある言葉だった、とエリーは思った。
そうだ。コーデリア・ブラウニングがジーニアスウィッチーズを去る日の夜に。
コーデリアはその日教わって作り上げたマフィンを齧りながらそう喩えたのだ。
「夜の道を照らす、月のような人だよな、エリーは」
入隊してきて、ずっと僚機として、それで壊れてしまっても見ていたエリーを。
コーデリアは、そう思って、慕っていたのかも。
だが、エリーから見たコーデリアは――――――――――。
いや、今は考えるべきではない。戦場に戻る時が来たのだ。
二十近くに増えた航空ウィッチの編隊がタワーブリッジに駆け付けると、野戦病院よりも酷い場所であった。
よく観光客がロンドン橋と間違えるという主塔を有するタワーブリッジは、主塔だけを残して橋げたが黒煙と共に破壊され、テムズ川に水没していた。
恐らく破壊された橋と運命を共にして水底に沈んだ者達も少なくない。
シンボルである主塔も南の主塔は屋根が半分吹き飛び、黒煙が上がっている。
周辺地域には炎上する戦車、そして物言わぬ小さな体躯。
その近くをどすどすと歩く陸戦ネウロイたち。
辛うじて岸辺まで辿り着いたにも関わらず、ネウロイたちに占拠されてそれ以上進めないウィッチや兵士。
「待ってて! 今行く!」
治癒魔法が使えるというオラーシャ魔女が岸辺にしがみつく者達に声をかける。
「援護を!」
エリーはチャールトンを構え直し、陸戦ネウロイに向けて射撃しながら移動していく。治癒魔法が使える魔女を少しでも引き離すのだ。
「一人じゃ足りそうにないな」
メリッサが呟くと同時に。
「行く」
ティッカライミがメリッサの横を通り過ぎてストライカーを大きく降下させ、岸辺へと向かう。
一人より二人ならば、と安心したエリーである。
『治療を始めます。ごめん、迷惑かける』
「気にしないで」
その魔女自身もどこまで治癒魔法を使えるかは不明だが、それでも兵士をどうにか引き上げて治療を始める。
オラーシャ魔女の護衛につけたスペンサー、マリー、ナオの三人もその周辺でシールドを張りながら援護をしている。
『こちらフレミング。エリー、聞こえる?』
「聞こえています。タワーブリッジ周辺の奪還に向けて戦闘中!」
『南側からそちらに戦車型三機が接近』
「…見えました、どうも」
目線を凝らすと、確かに接近している。あんな化け物を放置していてはいけない。
「メリッサ、周辺の警戒を!」
『了解』
「パティ、戦車型の相手を!」
僚機にそう声をかけた時、ステンを手にしていたカールスラントの魔女が思い出したように雑嚢をベルトごと引き千切る。
「メイソン中尉、これを!」
「これは?」
「いわゆる対戦車グレネードって奴です」
ニヤリと笑うカールスラントの魔女に言われながら少しだけ中を開くと、カールスラントの柄付き手榴弾に別のグレネードを幾つか括り付けた、現地改造の対戦車向けグレネードが3つ、入っていた。
対戦車いえども使う相手は戦車型ネウロイだが、この装備はありがたい。
「ありがとう!」
「白薔薇の力になれるなんて光栄ですよ」
それには頷きで返しながら、とにかく戦車型の迎撃へと向かう。
路地を真っ直ぐ進んでくる戦車型ネウロイ目掛けて、まずは数発、チャールトンで射撃をしてこちらに気を引く。
反撃とばかりにビームを真正面から一閃してきたが、そんなものを狭い路地の上でも避け切れないエリーではない。
横にローリングする形で回避しながら、雑嚢に手を突っ込み、先ほどの対戦車グレネードを取り出す。
「まずは、一つ!」
紐を引き抜き、ネウロイの上を通過しながら投下。
その奥へと駆け抜けた時、隠れていた残り二機のネウロイが見えた。
戦車型として陸を進んでいたネウロイが突如、立ち上がったのだ。後ろ側だけで。
「!?」
なんなのだ、こいつは。今日は初めて見る挙動が多すぎる。エリーは、冷汗が額を流れていくのを感じた。
周囲から、白薔薇の英雄として見られている。周囲を鼓舞し、飛来するだけで士気を挙げ、そして前線で戦って敵を仕留めて仲間たちを安心させる。
だが、それでも一人の魔女だ。恐怖にも怯えるし、困惑もする。
だが。
逃げる事も目を逸らす事も、魔女としての彼女だけでなく、”白薔薇のエリー”という英雄の通り名が彼女を戦場に縛り付けるのだ。
「中尉! 後ろの奴がまだ生きています!」
パティの叫び声。対戦車グレネードを一発ぶちかましただけでは倒れないタフネスさもまた陸戦ネウロイのおっかない所だ。
「くっ!」
『エリー、そいつらだけに集中していい! こっちはまだ何とかなる!』
「ありがとうメリッサ…皆さんもう少しだけ時間を頂戴!』
チャールトン自動小銃を向け、弾倉が空になるまで真後ろで進んでいくネウロイを猛射し続ける。
空になった弾倉を替えながら再度向きを変えると、生き残った二機の陸戦ネウロイは一度足を止めている。迎撃するか、逃げるか決めかねているのか。だが、そういう時は攻撃してしまうに限る。
「もう、二発ッ!」
残った二つの対戦車グレネードの紐を引き、オーバースローで投げつけていく。
「やったかしら?」
足音が後ろに下がっていく。どうやら二機の陸戦ネウロイは撤退していくようだ。
まだタワーブリッジ周辺を確保し切れていない。メリッサたちの応援に戻らなくては。
向きを変えると、岸辺にしがみついたままの魔女や兵士はまだまだいる。
「今行きます!」
オラーシャ魔女は岸に引き上げて治癒魔法をかけており、その横では同じジーニアスウィッチーズの隊員であるマチルダも医療バックをひっくり返し、可能な限りの手当てをしている。
だが、手は全然足りない。
「大丈夫、生きてる、助かる」
岸辺にしがみついていた兵士を引っ張るティッカライミの隣りで、呻いていた陸戦ウィッチの両腕を掴み、岸辺へと引き上げていく。
ずるり、という音がして見てみると、陸戦ストライカーを履いていた筈のその魔女の左足は膝から下がまだ数滴落ちていく赤い血しかなくなっいた。
青紫色になった唇を震わせ、呻くしかできない彼女をどうにか岸辺まで運ぶ。
もう口も利けない程だ。どれだけの恐怖と痛みなのか、それが、このロンドンで起こっているなんて。
「ごめんなさい! この子が危険!」
「……ッ…! とてもこの状況じゃ満足には!」
すぐに駆け寄り、その魔女に治癒魔法をかけはじめていくオラーシャ魔女だが、その額は既に汗まみれだ。
限界が近い。先ほどの野戦病院にまでこの魔女を後送しなくては。
「とりあえず止血はした! なんでもいいから止血帯巻いてリッチモンドパークまで!」
「スペンサー! マリーを連れてこの子を!」
「了解!」
「大丈夫、あなたは助かるわ。きっとよ」
陸戦ウィッチにそう励ましの言葉をかけ、同僚が二人がかりで肩を貸し、空に向かって飛んでいく。
オラーシャ魔女は次の負傷者に移ってから、インカムをつける。
「西部方面軍司令部の周波数ってなんでしたっけ?」
「一番太い感じなのがそれの筈」
「了解……こちらタワーブリッジ、死傷者多数! とにかくすぐに増援と後送の準備を要請します! 包帯も消毒薬も足りないし弾薬も欲しい! なに? ウェストミンスター付近で」
インカムに耳を当てながら別の兵士を止血しようとした彼女に、真上から。
赤い閃光が、突き刺さって、顔を貫いて、救命していた兵士の心臓も、まとめて撃ち抜いた。
「…っ曹長!」
「ダメだ、死んでる」
近くへと降り立ったティッカライミがすぐにその状態を確認するが、首を左右に振る。
真上から放たれた赤い閃光の主は一体何なのか、と思って目を凝らす。
「雲に隠れて見えない…どこに!?」
だが、ロンドンの薄暗い空が今は味方をしなかった。灰色の雲に覆われて空の視界を遮る。
どこだ、どこに潜んでいる―――――闇を払うは、光!
「メリッサ! 固有魔法を!」
『了解、打ち上げるよ!』
メリッサは高く上がりながら、自らのシールドを周辺に展開、そして――――灰色の雲の中で、太陽のように輝く。
普段ならば夜間や荒天の中で使う固有魔法だが、雲に潜むネウロイを狩り出すには充分か。
灰色の雲を突っ切って、五機のウィッチが飛び出してきた。
ウィッチ!?
エリーが瞬きをした直後、すぐにそれが誤りだったと気づいた。
何故ならば、その五機のウィッチと勘違いしたのは――――――X-11型ネウロイと俗に言われる、航空ウィッチ型のネウロイだったのだ。
「ウィッチ型まで潜んでるの!?」
先ほど対戦車グレネードを渡してくれたカールスラントの魔女が怒りのあまりステンを向けた、直後。
「やっば、弾詰まり!?」
水道管を改造したと称されるステンガンだが、粗製なだけあってか給弾不良は有名だ。
しかも、最悪のタイミングで。
「危ない!」
エリーは慌ててシールドを展開しながら突っ込んでいく。
そうでなければ、確実にビームに薙ぎ払われていたであろう魔女は驚き顔だった。
「あ、ありがとう」
「あなたは下がって。武器をどこかで交換してきなさい」
「…恩に着る!」
撤退していくカールスラント魔女を見送りながら、エリーはチャールトン自動小銃を構えなおす。
しかし、X-11型と言われるネウロイとはだいぶ相違点があるな、とも改めて思う。
X-11型ネウロイ。
その目撃証言はスオムス、ドーバー海峡、アドリア海、と複数あるが。
足に航空ストライカーに似たパーツがあるが、普通のネウロイとは違って、赤いコアの部分がまず見られないのがX-11型の特徴だ。
それは外観もで、六角形の装甲も持たず、ただ黒いウィッチ型というだけ。
武器のようなものを使う証言も見当たらない、だが。
背中に描かれた複数の白い丸に、ライフルのようなものを右手に装備し、そして顔面の部分にのみ赤い光のあるウィッチ型ネウロイ。
新型か、とエリーが警戒した直後、彼らのうちの一機がエリーへとライフルを向け、射撃をしてくる。
発射されるのは赤い光線。そこはネウロイの定石通り、か。
「!?」
迎撃するべく前に出ようとした直後、残り四機が散開する。
まさか、囮役と攻撃役を分けてきたのか、とエリーは焦る。だが。
『くっそ、またお客さんだ!』
メリッサの悪態通り、雲の向こうから別の航空ネウロイがやって来たのだ。
「パティ、メリッサの援護を! このウィッチもどきは、私がやります!」
「けど!」
「パティ、心配しないで」
言いたくはないその言葉を、エリーは紡ぐ。
「私は白薔薇のエリー。だから、任せて」
そう告げてから一気に駆け抜けていく。囮の一機を追いかけていく。
案の定、残り四機のウィッチもどきは包囲戦術を仕掛けるべく、後ろについてきた。
「ついてこれる?」
左右に振りながら誘導しつつ、チャールトン自動小銃は前の囮に向ける。
囮役のウィッチもどきはどうやらうまく逃げ回り続けるようだ。このまま撃っても当たらず、後ろからは撃たれる。ならば。
エリーはタワーブリッジから少し離れてテムズ川の真上、落とされたロンドン橋の近くまで飛んでいく。
ここまで離せば、後はお手並み拝見だ。
速度を落としながら身体を横にスライドすると、スピードをあげたまま追いかけてきた後続のウィッチもどきはそのままエリーがいた位置を通り過ぎてしまう。
空中でのホバリングが可能な航空ウィッチならば速度を落として後ろを取ってから逆に追いかけまわすのも簡単だ。
ウィッチもどき五機が再び散開するより先に―――――エリーは自動小銃を向けて連射する。
「コアもちじゃなかったのね…」
別々の方向に逃げようとするウィッチもどき故に、一機を仕留める事しかできなかった、だが。
足のストライカーもどきを失い、一気に落下していくウィッチもどきはテムズ川に墜落して弾け飛んでいく、が。他の四機はまだ生きているとばかりに、再び向きを変えてくる。
更に、見ればウィッチもどき達は、ライフルのような武装を両手に持っているものまでいたのだ。
「っ!」
二挺持ちの攻撃力は、単純に二倍という計算式ではなく、それに加えて他のウィッチもどきの援護まで入ってくる。
前面に出てくる二挺持ちの猛射を回避しつつ、反撃する、が。いくらエリーいえども、四対一はなんとも嫌なものだ。
だがしかし、それでも白薔薇の魔女は逃げない。
「逃げ切れると思わないで」
大きくバレルロールをして銃撃を回避し、捉えた一機と、闘牛士の戦いのように。
真正面から向かい合いながら、一気に弾倉が空になるまで、撃ち放つ。
相手よりもエリーの方が早く、撃たれたウィッチもどきは顔面の赤い部分に弾丸が吸い込まれ、爆発した。
「あと、三つ!」
弾倉を替えながら再び急旋回すると、先ほどまでいたその場も含めて二本のビームが飛来した。
シールドに回す魔力は少なかったが、掠めただけなのが幸いした。まだ、戦える。
エリーは弾倉交換を終える。二挺持ちも落とした、残り三機のウィッチもどきは再び囮と攻撃役作戦に出るようだ。
同じ作戦で二度も来るとは、と流石に訝しむ。
ネウロイ側も知性を使う作戦をしてくるようになった、という報告は少なくない…ならば。
ならば、戦術を崩すにはパターンを外れる事だ。
そう判断したエリーは囮役を無視して二機の攻撃役に注視だ。
囮役には隙を晒すことになる、だが、その危険な攻撃に出るしかない。
「空から、堕ちなさいっ!」
二機の攻撃役はエリーがこちらに向かってきた事に戸惑い、慌てて散開してポジションを変えようとする、だがそれより先に確実に撃ち抜く。
その晒された背中を囮役は逃がさず、食い付こうとして―――――。
別の数発の銃声と共に、背後でネウロイの砕け散る気配がした。
「仕留めた」
二機の撃墜したネウロイから背後へ視線を戻すと、そこにはティッカライミがBARを片手に飛行していた。
「問題ない」
「ありがとう!」
「気にするな」
『エリー、聞こえるか? タワーブリッジ周辺をどうにか掃除し終えた』
メリッサの通信が入り、どうにかタワーブリッジ周辺は奪還出来たようだ。
そこへ、ノイズ交じりの通信が入って来た。
『フレミング中佐よりジーニアス全機、ウェストミンスター付近の脅威は全て排除』
『西部方面軍司令部よりロンドンの全部隊へ、市街地のネウロイはほぼ掃討された模様』
どうにか銃声や砲撃音も少なくなってきたようだ。
『…了解。ジーニアス全機。クロイドン飛行場に集合、補給と休息の後に残敵の掃討に向かうわ。繰り返す、全機、クロイドン飛行場に集合して…』
隊長であるフレミングの通信の中、メリッサとパティがエリートティッカライミの元に向かってきた。
「どうにかなったな」
「ええ…どうにか、ね。今のところは」
メリッサの言う通り、どうにかはなった。
ひとまず巨大ネウロイの大半は掃討し、市内で大暴れしているネウロイは殆どいなくなった、が。
平和だったロンドンへの奇襲攻撃。
犠牲になった市民も兵士も魔女も、決して少なくないだろう。油断し切っていたのだ。
しかも、噂によるとロンドン以外も攻撃されているという。
「これで終わるかしら」
「わからん。けど、一つ一つ潰していくしかない。そうすることしかできないんだ」
メリッサは悔しそうにつぶやいた時、パティが肩を震わせていた。
「パティ」
「……こんなにするなんて。必ず、この借りを返してやる…何千人殺したんだ、ネウロイめ…!」
怒りのあまりにそう呟く。
その怒りは痛い程に解る。
だが、戦場で市民の死を見るのは、エリーにとって初めてだった。
第二戦線の英雄、と言われているエリザベス・メイソンも。
ダイナモ作戦をはじめとする欧州の撤退戦も、41年前後のバトル・オブ・ブリタニアも経験していないのだ。
1943年に入隊して、44年のガリア解放戦とその後の第二戦線で英雄と呼ばれるようになったのだから。
「ああ、そうだ……無事を確かめないと」
エリーは思わず呟く。
「誰のだ?」
「……コーデリアの、家族よ。ロンドンの郊外に住んでる」
メリッサの問いかけに応えると、メリッサは目を丸くした。
「随分、気にしてるんだな」
「今、ここにあの子がいたら。すごく救いになってるかもね」
エリーはそう呟く。
眼下に広がる、黒煙と焔がまだ消えない街を見下ろしながら。
心のどこかで想う、かつての僚機で―――――奥底で惹かれている年下の少女の事を。