ストライクウィッチーズ World End Sky   作:Xn-i

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『Tempest(大嵐)』

 

『このネウロイはどこから来たんだ!? ロンドンにパリ、ヒスパニアにもいるぞ!』

『カスピ海方面にも降って来たんだ!』

『東部戦線にもだ! カールスラント方面とシベリア方面、両方が後ろから攻められているぞ!』

『地中海方面はどうだ…ロマーニャは!?』

 

 

 

 

 

 

 ロマーニャとヴェネツィアの国境近くにあるロマーニャの都市、フィレンツェ。

 先のロマーニャ戦役終結後はヴェネツィア復興の拠点として、そしてアルプスを望むオストマルク及びカールスラント南部方面へと進む地中海方面軍の後方基地として動き出そうとしていた。

 

 それ故か、都市近郊には大規模な物資集積地並びに駐屯地が整備され、軍人や技術者、ウィッチの出入りも大きい。

 

 太陽が東から顔を出そうとする夜明け近く、そんな駐屯地へと向かう赤のファラット500モデルが一台。

 茶髪をポニーテールにしたまだ幼さの残る少女は欠伸を噛み殺しつつも、宿から今日から配属になる部隊への短いドライブを、この買ったばかりの赤いファラットで楽しんでいた。

 

 本当に、久しぶりのロマーニャだと、少女は目を細める。

 ウィッチとして任官するなりいきなりアフリカに転属、故郷のロマーニャが危機に晒されている45年前半の戦いもずっとアフリカで過ごし続けていたのだ。

 見渡す限りの砂は機材を詰まらせ、昼は灼熱、夜は厳寒という気候は体力を奪い、挙句ネウロイは難敵ばかりでトドメとばかりに真水は貴重品。ワインなんて贅沢品の極みだ。

 

 アフリカでいい所なんて煙草が手に入る位か、と少女は思い、アフリカで覚えてしまい、そのままロマーニャ帰還時の土産にもなってしまったリベリオン煙草の箱を探り出す。

 送り出してくれた部隊長は「最高級な代物」と言っていた五つのカラーで彩られた星の煙草を何カートンもまとめてくれた。

 まったく、スピリット・オブ・ファイブスターなんてどこまでリベリオンの愛国心を煽りそうなデザイン且つネーミングなのやら、と呆れつつ一本咥えて、火を点けた。

 

 運転席の窓を開けて、夜明けの風が吹き込む中、紫煙が立ち上る。

 

 まだ静かなフィレンツェ市街だが、その光景は平和と郷愁、そしてこの世界を守りたいというウィッチになった時の所信を思い返そうとしていた。

 同時に思うのは、自身がウィッチとして志願した頃、同時にスカウトされた同年代の―――――そして今やロマーニャ救国の英雄となってしまった戦友と言うには程遠いが知人と呼ぶには近すぎる魔女の事だ。

 

 自分がアフリカでホーリーウォータースプリンクラーを振り回している間に国は危機を迎えて救われていたのだから。

 

「やっぱり本物のエースってのは、凄いよ……」

 

 口から紫煙を吐き出しながら、そう呟く。

 駐屯地の入り口が見えてきた。

 

 

「本日から第4航空団第6装甲航空歩兵中隊配属になった、サビーネ・バルトロマージ少尉だよ。よろしくね」

 

 ファラットの運転席からそう顔を出しながらそう問いかけると、限界の眠気と戦っていた歩哨は笑顔で敬礼を返した。

 

 

 ”Tempest(大嵐)”

 1945年9月13日

 サビーネ・バルトロマージ少尉

 ロマーニャ空軍第4航空団第6装甲航空歩兵中隊

 ロマーニャ公国 フィレンツェ

 

 

「いやー、待たせて悪い悪い」

 サビーネが夜明け近くに押しかけたのもあるが、歩哨が指令所に連絡し、案内役が来るまで待機と言われて三十分、太陽が顔を出してきた頃になって案内役であろうウィッチがやってきた。

 サビーネよりは年上だろう、かなり背の高い色黒の短い銀髪の魔女はそう声をかけながら、ファラットの助手席へと入って来た。

「ここは広いんでね。宿舎までこいつで頼むよ、少尉」

「タバコ臭いのはごめんね」

「いいんだよ」

 魔女はニカッと子供っぽく笑うと、ふと思い出したように呟いた。

「私はマウラ。マウラ・マテラッツィ曹長。今日から君の僚機になる。頼むよ、少尉」

「よろしく曹長。お近づきのしるしと言ってはなんだけどさ」

 サビーネは少なくともそれだけは負けたくない魔女の事を思い出しつつ、問いかける。

「そこまで身長を伸ばすにはどうすればいいかな?」

「決まってるよ、生き残る事さ」

 

 

 

「しかしいいエンジン音だね。整備がいいのかな?」

「違うよ、曹長。昨日ロマーニャに着いた時に給金で買ったばかりなんだ。新車だよ、新車。それでここまでドライブしに来たって訳」

「なるほど」

 駐屯地内をゆっくりと走る赤いファラット500。

「おっと、ハンガーはその建物だよ。先にストライカーと装備を見ておこうか」

 マウラがそう声をかけ、サビーネはファラットを停車させる。

 ハンガーらしき建物が駐屯地のあちこちにあるのは、恐らくここからアルプス及びオストマルク方面に飛び立っている為、ロマーニャ軍やヴェネツィア軍以外も使用しているからだろう。

 

「ようこそ」

 

 マウラはそう促して、ハンガーの扉を開けた。

 

 綺麗に並ぶ航空ストライカーの横の壁に並ぶのは―――――装甲航空歩兵だけが許されるもの。

 

 遥か昔、騎士団の時代にいたウィッチたちが用いていた胸甲と大盾。

 

 攻撃を受け続け、それでもまだ生き残り続けてきた戦士達。

 

 時代遅れだ、遠距離での戦いが出来ないだ、蒸し暑そうで動きづらそうだ、色々な意見こそあり、ロマーニャの魔女たちの中で、装甲航空歩兵は不人気だ。

 だが、憧れるものもいる――――――全然ピカピカでもないアーマーと大盾でも、それがかっこよく見えたのだ。

 

 でも今日から、憧れの、装甲航空歩兵になれるのだ。ただのウィッチではない!

 

「それにしても、カールスラントでも装甲航空歩兵のなり手はだいぶ減ったというけど、新しい入隊は久しぶりだよ」

 マウラは嬉しそうに応えると、大盾を見せてくる。

「ほら、魔力を使わないとこんなに重い。両手でも持てない」

「ウィッチで良かったよね」

「だね…おっと、そうだ。銃には今からでも慣れた方がいい」

「銃? そう言えば装甲航空歩兵は大口径の拳銃――――――」

 それこそリベリオンの西部開拓時代に使われてたような黒色火薬の、とサビーネが言いかけて、マウラは手を左右に振る。

「そりゃ第一次ネウロイ大戦時だよ。今は、これ」

 

 近くのコンテナから引っ張り出されたのは大型の拳銃。

 

「モーゼル・シュネルフォイヤー。カールスラントの科学力ってすごいねー。こんなに小さいのにフルオートで20発。大したもんだろ?」

 

 シュネルフォイヤーを面白そうに振ったマウラは、それを渡してくる。

「ま、空の上じゃ20発もあっという間だ」

「このホルスターには……大きすぎるかなぁ」

 なにせモーゼルと言えば大型だ。サビーネのホルスターに今まで収めてた拳銃よりも更に大きい。

「そりゃいけないな。まずはホルスターを交換しないと。荷物を部屋に置いてからにしよう」

「うん」

 ハンガーから出てファラットに戻りつつ、マウラはふと問いかける。

「ところで、今まで使ってるホルスターには何を入れてたんだい?」

「これ。ウッズマンだよ」

 もっとも、広すぎるアフリカの戦場では拳銃など大して役にも立たないので、せいぜいナツメヤシ狩りにしか使っていなかったのだが。

「いい拳銃じゃないか。大事にしなよ」

 長い銃身の22口径を見たマウラは笑顔でサビーネのホルスターに戻してくれた。

 

 

 部屋に大量のアフリカ土産も含めた荷物を置いたサビーネは、この愉快な僚機と更に仲良くなる方法として思いついたのは朝食の一つでも奢る事だった。

 なにせアフリカ戦線は味覚と外見を丸めて遠くに捨てた代わりに栄養は摂れるリベリオンレーションか保存肉と黒パンとチーズとザワークラウトとコーヒーの世界であるカールスラントレーションかその両方を足して七で割って紅茶をつけたブリタニアレーションがひたすら襲い掛かってくるのである。

 ロマーニャ軍や扶桑軍もアフリカ連合軍の一員なのになぜか、と思えばただ単に人員と戦力の割合が低いからである。なにせヴェネツィアを巡る戦いもあってかロマーニャ軍はアフリカに割けなかったし、扶桑はそもそも遠い。

 お陰で扶桑からの補給がやってくればまず扶桑軍に頼んで美味しい扶桑料理を分けてもらう事から始まる、がやはりロマーニャの食事が恋しいのがロマーニャ軍である。

 なにせアフリカでは水は貴重品。パスタを茹でる分などない。

 

 だからロマーニャの朝ごはんなんて、本当に久しぶりなのだ。

 

「曹長、バールで朝ごはん食べようよ」

「いいねぇ、そういう長機は嬉しいよ」

「もちろん、奢るよ。ロマーニャの朝ごはんは久しぶりでね」

「エスプレッソもお忘れなく」

 

 そんな会話をしつつ、赤いファラットに乗り込んでフィレンツェの街まで。

 軽快な新車はいいエンジン音を立てながら、フィレンツェの街へと向かう。

 

 適当なバールの前で留めて、二人は中に入る。

 

「カプチーノとなんか軽いの。二人分」

 

 とりあえずそう注文して、サビーネはコーヒーとミルクの香りに目を細めた。

 そう、この香りだ。平和になった世界の一角の、コーヒーとミルクの香り。アフリカでは得られないもの。欧州でもまだまだ得られずに、ロマーニャでは部分的に得られたもの。ガリアで得ようとしているもの。

「ロマーニャに帰って来たんだなぁ……」

 サビーネの呟きに、マウラは微笑んだ。

「生まれはどこだい?」

「ローマの外れ。今は504が守ってくれてる空の下、だね」

「そして501が守り抜いてくれた、ね」

「そうだね」

 マウラはちょうどやってきたカプチーノを手にし、そしてサビーネの分も差し出してくる。

「501と504に乾杯」

「乾杯」

 カップを合わせて、一口。

「少尉。実は私はヴェネツィアの生まれなんだ」

「え? ロマーニャ軍なのに!?」

「アルプス方面で指揮下に入ってからそのまま転属したんだよ。それに、装甲航空歩兵にも興味があった……」

 マウラの言葉にサビーネは姿勢を正してこの先輩の話をもっと聞きたいと続きを促す。

「なーんせ、今時あんな鎧と大盾だ。だけど、すごいんだよ? 恐れ知らずだよ、防御力もあるだろうけど……あの暴れっぷりは凄いな。なってからでも思うんだ。ネウロイをこう…ガンッガンッてさ」

「わかる!」

 サビーネもアフリカに配属された後、ニュース映像で見た装甲航空歩兵に憧れたのだ。

 しかし人手不足のアフリカからの転属というのがまた困難であり、取り寄せたホーリーウォータースプリンクラーでネウロイをブン殴るぐらいしか出来ないのだ。

 そしてトラヤヌス作戦失敗の報でヴェネツィア陥落、ロマーニャが最前線と聞いてすぐに戻ろうとしたがやっぱり「転属? 認められないわぁ!」の法則でアフリカでホーリーウォータースプリンクラーでネウロイをブン殴る作業に戻ったのである。

 そんなサビーネを真似たかどうかは知らないがリベリオン軍のウィッチがMG42にノコギリを接続した謎の武装を持ち込み、大型ネウロイをブン殴るサビーネの脇でギコギコしているというアフリカの奇妙な日常を過ごす事、数ヶ月。

 

 オペレーション・マルスによって無事ロマーニャ防衛は果たされ、ようやくサビーネの転属も認められたのであった。

 

「これからアルプスからもオストマルク方面も押し上げていく筈。そうなれば私たちの仕事は沢山だよ」

「楽しみだなぁ。曹長、迷惑かけるかも知れないけどよろしくね?」

「装甲航空歩兵としては私が先輩だからね。なんでも教える、心配ご無用!」

 既にカプチーノのカップは空になっていた。

 なので、今度はエスプレッソで乾杯である。

 

 ああ、今日はいい一日になりそうだ。

 これからの日々も、素敵に過ごせそうだな、とサビーネは思いながら薫り高いエスプレッソを飲み干した。

 

 

 

 その頃、彼らは高度五万メートルから、地上へと降下し始めていた。

 

 腹に抱えた無数の怪異たちを吐き出すべく、頭から巨大な怪異の塔として、一つ一つが巨大な輸送ユニットなのだ。

 欧州各地に、迫っていく。

 ブリタニア、ガリア、ベルギカ、スオムスにオラーシャ、ヒスパニアにカスピ海。

 

 その時刻はやってくる。

 

 予想よりも遥かに早く。

 

 

 

 バールでの朝ごはんとのんびりした時間を終えた二人を乗せた赤いファラットは再び駐屯地へと走っていた。

 食後の一服というのはいいもので、本当にロマーニャに危機が去ったと思い起こさせつつ、サビーネはフィルターぎりぎりまで燃え尽きた煙草を灰皿に押し付け、次の煙草を咥えた。

「アフリカは煙草が多いって言うけど」

「まあねー。アフリカの星も水煙草が好きでね。書類とかネウロイ退治で傍に行った時はたまーに付き合ってけって言われた」

 もっとも、その頃ちょうどアフリカにいたロマーニャ救国の英雄からは「なんでそんな身体に悪いのを好き好んでしてんのかわかんなーい」と言われ、扶桑のサムライ口調で禁煙を勧められたのも思い出だ、とサビーネは内心続ける。

 そもそも脱柵のプロフェッショナルから何故か健康について叱られるというのは謎だけど。

「やっぱ煙草減らそうかなぁ……」

「背も伸びるかもね。ん?」

 ハンドルを握るサビーネの呟きにマウラがそう答えた時、ふとマウラは視線を遥か前方へ――――空を見るように。

「どうしたの?」

「なんだ、あれ……黒い鉛筆……違う、あれは!?」

 サビーネにも解った。

 

 空を浮かぶ、細長い黒い物体が、何本か。だが、それは急速に大きくなりながら青空を突っ切ってきている。

 

「ネウロイ!?」

「やれやれ、またもクソ野郎が来たってことだな! 駐屯地まで飛ばして!」

「わかってる! アクセル全開で…」

「って、危ない! ジグザグジグザグ!」

 マウラが叫んだ通り、慌ててハンドルを左右に動かして蛇行運転をする――――それが命を拾う選択だった。

 

 空を飛ぶ巨大ネウロイの一体が、その腹の中に収めていた小型ネウロイたちをばらまき、小型ネウロイは周囲にいきなり攻撃を放ったのだ。

 赤い死の光が地面を抉るが、幸いファラットはまだ被弾せずに済み、バランスを崩しかけながらも駐屯地への道を進んでいく。

「右から来るぞ! 気を付けろ!」

「くっそ、変な慣性ついちゃったよ! 砂漠の方がマシだ!」

「落ち着け、少尉! 長機だろ?」

「まあね! 僚機を死なせないのが役目だものね!」

 エーリカ・ハルトマンじゃないけれど、僚機は必ず連れ帰らなきゃ。そうすればまた出撃できるから。

 一緒に戦う仲間は、失いたくないんだもの。

「よーし、見えて来たぞ! 門まで一気に飛ばせー!」

「アクセル全開ぃぃぃぃぃぃ! 歩哨さんどいてぇぇぇぇ!!!」

 一気にアクセルを踏み込んだ直後。

 

 再び赤い閃光が走り、背後の地面を大きくえぐり、衝撃を放つ。

 

 天地は見事に引っ繰り返り、そのまま数回バウンドして脳みそもなにもかも滅茶苦茶になりそうなバウンドが二人を襲う。

 

 綺麗だった新車の赤いファラットは上下逆転すると同時に後輪の片方がどこかへ転がって行って、ようやく止まった。

 

「少尉、生きてるか?」

「…生きてるよ、曹長。敵襲!」

 天地が引っ繰り返ったままの二人はそう言葉を交わすと、まずはマウラがどうにかシートベルトを外す。

「幸い、駐屯地前だ。ようし、クソ共にお返しの時間だ」

 マウラは助手席からはい出し、サビーネのシートベルトを取り出したナイフで切って自由にする。

「買ったばかりの新車を台無しにしてくれたもんね!」

 そう悪態をつきながらサビーネも外に飛び出すと、駐屯地だというのに何と、小型の陸戦ネウロイが降下している!

 慌てて近くの陸戦ウィッチや陸軍が対応しているようだが、巨大ネウロイはフィレンツェの街にもネウロイを撒き散らしている。

 空に航空ウィッチを上げないといけない。

 マウラも気付いたのか、サビーネを一度置いてすぐ近くの電話に飛びつく。

「司令所! 第6装甲航空歩兵中隊のマテラッツィ曹長だ! 陸戦ネウロイが滑走路にもいるけど、フィレンツェの街にも敵さん降下しまくってる! 航空ウィッチを上げないと!」

『こちら司令所。滑走路を占拠している陸戦だけじゃなくて、上空にも航空がいくつかいる。彼らの掃除が必要だ』

「りょーかい。それじゃ、新しい長機と仲良く可能な限り掃除しますかね! その間にガンガン上げてくれよ! 少尉、滑走路と上空の掃除が必要だ」

「どうする? 空を飛ぶ準備をしている間に落とされたら…」

「だからまだ私らは空には飛ばない。あそこにエリコン20mmが見えるね?」

 ヘルウェティアのアルプス戦線で活躍したというエリコン製の20mm機関砲だ。単装だが、歩兵がすぐに使えると評判の。

「あれを使うの?」

「ああ。なんせ私らは魔女だからね!」

 確かに、歩兵が撃つよりウィッチが撃てば、多少は魔力を込められる。ストライカーを履いてなくても。

「面白いね、乗ったぁ!」

「おっと、そうだ。さっき部屋で取ったインカムはあるよね?」

「ああ、ある!」

「こういう状況だ、地上でも忘れないように! 装甲航空歩兵の場合はヘルメットのせいでただでさえ耳が聞こえ辛くなるしね!」

「了解、曹長。忠告どうも」

 サビーネはインカムを付けながら、20mm機関砲までの距離を目測する。百数十メートル。だが。

 その百数十メートルを、自身の出せる最速で、否、たった一人の最速で走り抜ける。限界を超えた最速で。

「さあ、やるぞ! 楽しむよりも先に――――――」

 20mm機関砲に飛びつき、起動準備をかけながら照準を動かす。

「―――――やるだけ、やってやる!」

 全身で動かす旋回式の対空機関砲というのはなんとも重く、いつもの銃とは勝手が違う。

「この撃墜手当でもう一台ファラット買ってやる! 今度も同じ赤だ!」

 強烈な反動をウィッチの細い手で抑えつけるのは難しいが、それでもサビーネは装甲航空歩兵に憧れたウィッチだ。その程度の反動なんかに負けないように撃ちまくれ。

「ようし、一機落とした! 曹長、二機逃がした!」

『こっちはヴィルベルヴィントを見つけた! 乗員が他にいないから移動は出来ないけど…ようし、こっちだなお客さん!』

 目を凝らすと、滑走路の反対側にカールスラントが開発した対空戦車のヴィルベルヴィントがあった。

 どうやらこの駐屯地にはカールスラント軍もいるのか。そうだとすれば。

『残念、撃墜は無理だけど追い払ったね…おおっと、少尉! 東側から再度お客さん! 今度は中型だぁ!』

「中型相手じゃこっちは火力が足りないかもね!」

『なぁに、見えてくる的を叩き落していく簡単なお仕事だ。アルプスで羊を追いかけるよりは!』

 再び機関砲の発砲音が響く中、ようやく走って来た航空ウィッチたちが各地のハンガーから飛び出してくる。

「急げ急げ!」

「敵襲!? ヴェネツィアは取り戻した筈なのに!?」

「いったい奴らはどこから来たんだ!?」

「早く上がれ! 時間を稼ぐのだって楽じゃないんだから!」

 サビーネは飛び出してきたウィッチにそう怒鳴りつけた直後―――――赤い閃光が走り、飛び出してきたウィッチはストライカーを履いた下半身を残して消え失せ、僚機であろう幼いウィッチがストライカーを履いたまま真後ろに倒れ込む。

 なんてこった――――――食べたばかりの朝食を戻しそうな光景を見ながらサビーネはそう思う。直後。

『少尉、弾倉を替えろ! ガス欠だ!』

「へ? あ、ああ」

 20mm機関砲のドラムマガジンは早くも弾丸切れを起こしたらしい。すぐ近くにある重たいドラムを持ち上げ、交換開始だ。

『くそっ、何のための4連装なんだ! こっちもガス欠を起こしてる!』

 マウラが再度悪態をついた時、サビーネは視線をふっと少し上に向ける。航空ネウロイが対空戦車に気付いたのか、近づいてきている。

「曹長! そこから離れて!」

 何かで気を引かないと――――――滑走路でまだ放心している幼いウィッチがM38短機関銃を傍に落としているのが見えた。

「そいつであの対空戦車の上の奴を撃て! 早く!」

「え――――あ、ええ!」

 失禁でもしてしまったのか、へたり込んでいたウィッチは慌ててM38短機関銃を向けて航空ネウロイへと発砲する。

 航空ネウロイは鬱陶しそうにその銃撃が離れると同時に、マウラが顔を出した。

「まったく、全然掃除なんて出来ないなこりゃ。もう一回司令所に電話するのが必要だ! 次はどうすればいいってね!」

「連絡よろしく! それと、そこのウィッチ! 弾倉替えるのを手伝って! ストライカーはその場に置いとけ!」

「へ? わ、私?」

「君以外の誰がいるんだよ! ここがアフリカだったら既に死んでるよ!」

 幸いこのフィレンツェではそうではないかも知れないが、と続けているとその色白な金髪にメガネが特徴的な幼い魔女は慌ててストライカーを脱いで横へとやってきた。

「名前と階級は?」

「る、ルーチェ・スパルタコ軍曹です。に、二ヵ月前に入隊しました」

「よろしい、機関砲の使い方ぐらいは判るよね? 撃つのは私がやる」

 サビーネは手早くそう指示を出し、マウラは別の野戦電話を見つけて受話器を持ち上げている。

「状況はどうなってる? 陸軍は出せたのか? それともすぐに救援が必要な場所は!」

「た、大変です! また中型ネウロイが撃ってきます!」

 ルーチェの言葉通り、上空を通過する大型ネウロイが再度赤い閃光を放つ。

 

 次に直撃した先は司令所が入っている二階建ての建物であった。

 

「なんてこった、少尉」

「司令所は名誉の戦死を遂げてしまった…最高に笑えない冗談だよ」

「よし、少尉。装甲航空歩兵の出番だ」

 

 マウラのこういう時の切り替えは早い。幸い、先ほどのハンガーは運が良い事にまだ無事だ。

「いよいよ本領発揮か。空を飛ぶ前に潰されないようにしないと。私たちでケッテを編成する。軍曹、弾倉交換はもういい、ついてこい!」

「は、はい!」

 赤い閃光が走っていく中で、三人でハンガーへと走っていく。

「何機上がったんだ?」

「か、カールスラント軍と…ろ、ロマーニャ軍も何機か、私の前に上がったのは見ました」

「数が足りればいいけどね」

 ハンガーの扉を開け放つ。ルーチェが物珍しそうにきょろきょろする中、サビーネは胸甲の前に進み出る。

 

 遂に、これを纏う時が来た。

 

 胸甲をつけて、肩の装甲、ガントレット。

 ずっしりと重いそれを一つ一つ身に付けて行くと、その重みが頼りがいを感じ、勇気がわいてきた。

 戻しそうになった朝食は綺麗に胃の中に納まっている。さあ、復讐の時間だ。

 ベルトに付けた大型ホルスターとポーチにマガジンと、シュネルフォイヤーをぶち込み、そして。

 

「こ、これって」

 ルーチェが戸惑いながら同じ装甲を纏っていく。

「さあ、こいつだ」

 1メートルを超える高さを持つ大盾を示し、マウラが呟く。

 

 装甲航空歩兵は―――――――古の騎士団がそのまま空を飛ぶような、今は時代遅れに見えるかも知れない。

 だけど、その戦闘力は本物だ。守る為の、戦いこそが。

 

 本領発揮だ。

 

 そして1メートル近い鋼鉄の塊。

 カールスラントの装甲航空歩兵はこれよりも長く、鋭いバスタードソードが主流だと聞くが、ロマーニャ式はこれ。

 

 かつて聖職者達が好んで用いたホーリーウォータースプリンクラー。これで奴らをブン殴るまでだ。

 

「マテラッツィ曹長、軍曹は私よりも新人だから援護を」

「可能な限り」

「軍曹。今から奴らを」

「これから奴らを」

「「殴りに行くよ」」

 サビーネとマウラの息の合った言葉に、ルーチェは。

 

 ため息をついて首を左右に振りつつホーリーウォータースプリンクラーを手に取った。

 

 

 穴だらけ焔だらけ死体だらけの滑走路を。

 

 鉄の鎧を纏い、大盾を構えた三人の航空ウィッチが飛んでいく。

 

 

 

『なんてこった、大荒れだ』

 標準装備であるガスマスクのせいでインカムから聞こえるマウラの声はどこかくぐもっている。

 マスクの狭い視界越しでも、黒煙と炎だらけのフィレンツェの街がよく見えた。

 

 くそったれ、とサビーネは悪態をつく。

 

 これじゃ彼女たちの奮闘は、否、坂本美緒少佐と宮藤芳佳少尉は何のために魔力の全てを注ぎ込んでまで戦ったのか解らなくなるじゃないか。

『ああ……町があんなに……』

『ルーチェ、落ち着け。腕が疲れたなら、ホーリーウォータースプリンクラーは背中に戻しときな。そういう時のシュネルフォイヤーだ』

『曹長…少尉、その。銃がこれだけというのは』

「安心しろ。三人いる」

 ルーチェにそう励ましの言葉を続け、サビーネはぐいぐい飛んでいく。

 装甲航空歩兵はその重量故か、速度が遅くなるのが欠点だ―――――だが、ネウロイを迎撃するには問題ない。

「いたぞ!」

 前方に航空ネウロイの編隊―――――モーゼル・シュネルフォイヤーを右手で引き抜き、その強烈な反動を右手だけで抑えながらも掃射する。

「惚れ惚れするなぁ」

 撃墜こそ無理でもその編隊を崩し、ネウロイたちを混乱させることは出来た。

 慌てて引き下がる航空ネウロイたちを見送りつつ、20発入りの弾倉を替えようとサビーネが動いていると、マウラが口を開いた。

『少尉。シュネルフォイヤーは大盾に乗せて横に傾けて撃つといい。精度が上がる』

「そうなの、曹長? 勉強になるよ」

『ルーチェもそうするように。片手の射撃ってのは、かっこいいけど難しいのさ』

 あはは、とマウラは続けて笑う。

「笑ってる場合はないぞ、町に空爆しているお客さんを黙らせないと!」

『了解、少尉』

『は、はい少尉。前方に中型ネウロイ、二機!』

 陸戦ネウロイも相当な数が吐き出されているが、それは戦車やら歩兵部隊やらが盛大に戦闘をおっぱじめているので任せてしまう。

 問題は空の方で、制空権が奪われ続けていれば空から陸の部隊は片っ端から倒されてしまう。

 

「中型ネウロイ二機か……悪くない、コアを引き剥がすよ!」

 シュネルフォイヤーをホルスターに戻し、ホーリーウォータースプリンクラーを持ち出す。

 1メートル近くの鋼鉄のスパイク付きの棍棒。だけどそれは、アフリカの大地でネウロイたちを地面に何機だって沈めてきたんだ。

 サビーネは口元を歪めてニヤリと笑う。

「この一撃は倒れた魔女たちの為にッ」

 加速しながら振りかぶる―――――――振り下ろした一撃は重たい。

 

 ネウロイの装甲をぶっ叩く反動と金属音。一撃だけでコアまで露出できるとは思っていない、だから加速をつけて、もう一撃!

 

 機動しつつのもう一撃で更に砕けていくネウロイの装甲、だがまだ一撃が足りない。

『少尉! もう一機が来てます!』

 ルーチェの悲鳴に、サビーネは左手に構えた大盾の後ろに隠れつつ、シールドを展開しながらそのまま前方へと向かう。

 普通の魔女ならば、ネウロイに肉薄しての体当たりなど、自殺行為かやぶれかぶれの一撃のどちらかだ――――装甲航空歩兵ならば違う。

 大盾は、充分な防御力であると同時にシールドを展開しての体当たりは魔力を纏う質量弾としての攻撃力を得る。

 

『盾は攻撃には使えないなんて、そんな風に思ってたのかい? ネウロイさん?』

 

 マウラは笑いながら続ける。

『いいか、一撃を浴びせたらすぐに離れて、一発で足りなきゃもう一度だ! シールドタックルをする前にシールドを使うのも忘れるなよ!』

「了解、曹長! 軍曹、なんとかやってみるんだ!」

『りょ、了解…なんだが吐きそうです』

「吐くなよ。下の人に迷惑だ」

 ルーチェにそう釘を刺しつつ、一度距離を取るサビーネだが、今の大盾の一撃はネウロイの装甲を大きく傷つけ、修復の時間を置きたがっているようだ。

 再び加速をつけて棍棒の一撃を振るったサビーネは確かな手応えと赤い光を感じた。

「出た、コアだ!」

『奥の中型は抑えとく! 軍曹、今だ!』

 駆け抜けたサビーネはすぐに再攻撃は出来ない。奥の二機目を抑えているのはマウラだ。

 

 必然的にルーチェが慌ててシュネルフォイヤーを引き抜き、言われた通りに大盾の上に寝かせてフルオートだ。

 

『当たったぁ!』

 歓声と共に、二機の中型ネウロイがはじけ飛ぶ。どうやら、双子のネウロイだったようだ。

「やるじゃないか、軍曹! その調子で屠っていくぞ!」

『は、はい!』

「報告書にはルーキーが大活躍したって書くからさ! 地中海方面軍司令部にボーナス上乗せしろってね!」

 それからついでに水煙草なんてのをオストマン辺りから取り寄せてもらうのも良いかも、とサビーネが考えていると、マウラが口を挟んだ。

『気を抜くなよ、少尉。ネウロイタワーの向こうから小型が幾らか出て来たぞ』

「ああ、見えた。結構な編隊だね…中隊規模」

 中隊規模で吐き出されてきた小型の航空ネウロイ達は編隊飛行を崩さずにフィレンツェ市街地の上空に向かっている。

『あんなにいる…あ、友軍が交戦中です』

『突然の奇襲に司令所は戦死してる…殆ど遊兵状態だな』

 ルーチェの指さした先に、十数機の航空ウィッチが航空ネウロイと交戦している。

 一番多いのはロマーニャ空軍だが、カールスラントやリベリオンの魔女も見えている、が、その抵抗はバラバラだ。

 指揮系統が断絶しているのだ。遊兵と化した魔女は精鋭でもあっという間に潰されてしまう。

『交戦中の各機! 指揮系統はどうなってる?』

 マウラの言葉に対して気付いたウィッチたちはこちらに注視する、が。

『な、なんだありゃ!?』

『新種のネウロイ…じゃない、ウィッチなの? ハロウィンには早いわよ?』

『ダイナモ作戦の頃になんか似たようなのを見た事があるような』

「くぉらぁっ! ネウロイと誤認はともかく誰がハロウィンの仮装よ! 装甲航空歩兵を知らないなんてあなた達それでもロマーニャのウィッチか!」

 アフリカの大地で装甲航空歩兵を知り、憧れたサビーネがインカムにそう怒鳴りつけると、ルーチェが慌てて弁護である。

『ああっ、少尉落ち着いてください…私も今日知ったんですからぁ…』

『まあまあ少尉。で、指揮系統は?』

『あったら教えて! 司令所は吹っ飛んでるし、陸の連中はおいおい集まって頑張ってるけど、どこまで保つかはわかんない!』

 つまり、完全に孤立しているようである。

「今ある戦力で対処するしかないね」

『そういう頼れる長機は好きだよ、少尉』

「集団で機動していく。奴らの編隊を崩すから、そこを叩いていくんだ!」

 この鋼の鎧と盾がある。そして奴らを潰す棍棒がある。

『少尉、すると私たちが先頭に?』

「その通り。いい、皆聞いて」

 

「この星、空から見たさぞかし青いんだろうね。世界地図もさ、青い所だらけで――――――青は好きな色だしね。そんな青い綺麗な世界地図を、赤と黒のふざけた色なんかに染めさせはしない!」

 

 サビーネの言葉に、静まり返る魔女たち。そこには階級も国籍も関係ない。一人の少女の意志から生まれる、戦意が――――――立ち向かう為の炎の意思が、そこにある。

 

「道を切り開く! 私はサビーネ・バルトロマージ少尉! ロマーニャで生まれ、アフリカで鍛えられた! 喩え何百何千の敵が来ようとも、跳ね返してやる! だからこの盾ごしに――――――奴らを撃ち落とし続けてくれよ? さあ、行くぞ! 道は私が作ってやる!」

 

 ホーリーウォータースプリンクラーを高く掲げ、右手でぐいぐい回転させながらネウロイの編隊へと向かっていく。

 そんなサビーネのすぐ後ろを、マウラとルーチェも大盾と己の得物を手に横を進む。

 

 その後ろから、炎の意思を掲げた魔女たちが戦士の雄叫びと共に、続いていく。

 

「当たると痛いぞ! 当てに行くけどね!」

 鋼鉄の一撃を浴びせては返し、また浴びせて。

 砕かれ、飛び散る装甲の中で力強い一撃を浴びせては反撃をかわす、そして盾を振り下ろす。

『この空から落ちろッ! おおおおおおっ!!!』

 マウラは力強く横薙ぎに振り回し、その連撃で装甲をぶち抜き、赤いコアの光が見えた。

 それを逃さず、ルーチェがシュネルフォイヤーで掃射していく。

 

 編隊を突き崩し、一つ一つ落としていく。

 

 前線で戦う装甲航空歩兵。

 不慣れな新人たちを1メートルを超える大盾でカバーし、肉薄して挑んでいく。

 豪快な棍棒の一撃で装甲を砕き、コアが出るまで殴り続ける。

 

 魔女たちは徐々に、奮い立っていた。来ない筈の場所への奇襲、司令所を失って遊兵と化した事、だがそこから。全力で巻き返そうとしている。

 先のわからぬ奮戦を続けていた時―――――状況が変わろうとしていた。

「クソ、手持ちのマガジンがもう…ッ!」

 リベリオン魔女の一人がそう悪態をつき、遂に最後の弾倉を替えたようだ。

 サビ―ネも視線をポーチに向けると、もう空の弾倉しかない。元々1度引き金を引けばほぼ全弾撃ってしまうようなモーゼル・シュネルフォイヤーだ。弾丸消費が激しすぎるのはどうしようもない。

「一度、駐屯地まで下がって、弾丸を補給しないと」

『ああ、その方がいいな、少尉。問題は駐屯地への帰投なんだけど』

 陸の連中が頑張ってくれているお陰で、ネウロイも徐々に数を減らしているが空の怪異さんは航空ウィッチでなんとかするしかない。

「シールド役を代わりながら団体で下がっていくとかどうよ、曹長?」

『いい案だけど、私らがいるから必然的に時間がかかるよ』

「むーん……」

 滞空時間が長ければ長い程、ネウロイの攻撃にさらされる事になる。サビーネが再び考え込んだ、その時。

「そういう事ならば後ろに一人、左右に二人ずつシールド役を置いて交代していくというのは…」

 カールスラントの魔女がそんな提案をした、直後。

 

 全員が視線をサビーネを中心にしていたせいで。

 

「がぁっ…!?」

 

 赤い閃光が、魔女の腹部を貫いた。

 飛び散る鮮血が、サビーネの胸甲にまで届いた。

「……お、落ちちゃう!」

 その魔女の僚機が悲痛な声をあげる。サビーネは慌てて大盾をその場に落としながらも、どうにか手を伸ばした。

「ぁ…ぁぁ…」

 武器を落とし、ストライカーも止まった。赤く染まる腹部と、弱弱しい呼吸。

 こんな事、殆ど見たことはないのに――――――。

「しっかり! しっかりするんだ! 後退、後退! 死ぬんじゃないぞ…」

 サビーネは彼女をしっかりと抱きかかえて、下がっていく。

『うちの少尉と負傷者に当てるなよ! もっと密集して、速度を合わせろ! 当てたらこいつで頭をカチ割るからな!』

『物騒な事を喋ってないでもっと盾を掲げて下さいよ! へ、編隊を崩さないで!』

 マウラもルーチェも必死に戦っている。これは無事に戻らないとどうなるか解らないな、とサビーネは呟いた。

「ガランド少将にとびきりのエスプレッソをプレゼントしなきゃいけないね」

 主に頭痛を抑える為に、とサビーネが続けた直後、弱弱しい顔のカールスラント魔女がサビーネを見上げる。

「総監殿、は…甘党だ……」

「なるほど、是非にカンノーロをご馳走しないと」

「……私の…おすすめは…扶桑の…団子だ……」

「私は食べた事ないよ! アフリカでも扶桑菓子なんて最上級のぜいたく品だって!」

 ああ、くそう。どうせならアフリカの星に水煙草に誘われた時にでもカトー少佐に聞いておくべきだった。

 ジャケットが更に赤く染まる魔女。出血が酷い。ガントレット越しの手で必死に抑えていく。

「し、止血帯、あります!」

 カールスラント魔女の僚機はまだまだ経験が浅いのだろう。雑嚢から止血帯を引っ張り出してサビーネに渡してきた。

 編隊を組んで行動していた一角に穴が開く。

「後ろ!」

 サビーネには彼女越しに前に出てきた小型ネウロイの群れが見えていた。

 

 その経験の浅い魔女は振り向けばまだ回避できたかも知れない。

 だが、回避した場合はサビーネと長機がネウロイの前に穴を晒す事になる。

 

 だから選んだのはもう一つの選択。

 二人を守る為に、二人がいる方向を向いたまま二人の真ん前でシールドを張った。

 

 無防備な背中を晒したまま。他の魔女がその空いた穴を塞ぐ為に動く事を信じて―――――――。

 

「ボロフスキー…ッ……バカ、がっ……」

 

 呻いた長機の目の前で、その幼いウィッチは赤い弾丸に次々と貫かれ、フィレンツェの街へと落ちて行った。

『ダメだ、拾ってる暇も余裕もない!』

 別のロマーニャの魔女が拾いに行こうとしたのを、マウラが制止する。

 まだ生きているものを生還させることの方が、優先だ。死者よりも負傷者だ。だが、それもそれで、辛い選択であるのだ。

「マウラ。後で必ず連れて帰るよ」

『……ああ。平和になったばかりのロマーニャを、こんなにしやがって!』

 マウラが怒りに燃える中、遠くに駐屯地が見えてきた。

 

 黒煙はまだ上がっているが、炎は消し止められ、そして滑走路の少し脇にテントが出され、対空陣地が構築されようとしていた。

 航空ウィッチの一団はようやく駐屯地に辿り着くが、気を抜いている暇もない。

「軍医か衛生兵はどこ? 重傷が出てる! すぐに処置を!」

 地面に降り立ち、マスクを外しつつサビ―ネがそう告げると、テントから衛生兵が担架を手に転がり出てきた。

「弾薬と水をくれ!」

 続いてマウラも一体化しているガスマスクとヘルメットを外しつつ、駆け回る別の兵士に声をかける。

「燃料補給もいる」

 降りてきたリベリオン魔女はそう続けてから、ちらりとサビーネ達を見た。

「しかし、曹長はともかく。あんなごつい鎧とマスクの下は、ずいぶんちっさいな」

「身長は関係ないだろ身長は…って、さっきの魔女は?」

「無事を祈るさ」

 マウラはそう返してからインカムを軽くたたく。

「どっかと連絡は取れたかい、少尉?」

「え? あ、ああ……どっか、応答は?」

『……こちら、地中海方面軍司令部。フィレンツェと連絡が取れない』

「司令所が吹き飛ばされた。こちらは遊軍状態で航空と陸戦の山に襲われてる。援軍が欲しい」

『了解。ただ、西も東もそこら中でネウロイに奇襲されているようだ。西部方面軍も東部方面軍もあちこちで遊軍が発生している状態だ…』

 地中海方面軍司令部からの報告に、サビーネは顔をしかめる。

 

 ああ、クソ、と空を仰ぐ。

 こういう時こそ、煙草は欲しいのだがアフリカ土産の煙草はあらかた部屋に置いてきてしまった。

 

 サビ―ネがそう考えていた時、マウラがぽんぽん、と肩を叩いた。

「少尉」

「曹長」

「これ、ファラットの中に落ちてたよ。渡すのを忘れてね」

 リベリオン産の五色の星が描かれた煙草の箱。スピリット・オブ・ファイブスター。

「ありがとう」

 受け取り、一本取り出してライターで火を点ける。

「一本くれないか、少尉」

「ああ、いいよ」

 一本差し出し、そして火をつけてやる。

 

 紫煙が挙がる中でも、砲撃と銃撃、そして火の燃える音は聞こえてくる。

 

「この借りは必ず返してやる」

 

 その為の準備だ、とサビーネは思った。

 

 

 

 夕方になってロマーニャとヴェネツィアの連合軍が到着し、フィレンツェの戦いは日付が変わる前にすべてのネウロイを撃退出来た。

 

 しかし、欧州全土に降り注いだネウロイの奇襲攻撃を、ロンドンやフィレンツェのように撃退しきれた場所は稀であった。

 

 1945年9月13日。

 後に、第二次ネウロイ大戦で最も過酷な戦役と呼ばれる戦いが、欧州全域で幕を開けた。

 

 秋冬攻勢の始まりである。

 

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