ストライクウィッチーズ World End Sky   作:Xn-i

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Act2はまだまだ続きます。
マルセイユやジェニファーとかが本来喋らないような口調なのはコーデリアが本人に会った事がない為です。
味付けは時々怖い。


『Donkey Jack Hammer(クソ石頭と愉快な戦士たち)』

 

 

 

 マホガニーの扉を抜けた先は、またも黒薔薇と青薔薇が左右に分かれた庭園だった。

 大きな大理石の四人の魔女たちの顔が見下ろす、今にも落ちてきそうな、突き抜ける青空の下。

 

 黒薔薇を背中にした白い長テーブルとその対極である青薔薇を背中にした黒い丸テーブル群には相も変わらず多くの魔女たちが座って扶桑のクサダイフクとかいうお菓子を取り合って笑っている。見た感じだから本当は違うかも知れない。

 なにせ一口サイズで串に刺さっているのだし。本当はダンゴかも知れない。だが記憶が正しければダンゴは緑色ではないのでクサダイフクの筈だ。

 

 そして相も変わらずオレは―――――白い長テーブルの対極である黒の丸テーブルの列に座る事も許されず、入り口で魔女たちの茶会を眺めている位置にある。

 しかし、腹が減ったなぁ。

 ああも美味そうにお茶菓子を食べてお茶を飲んでいるのを見守るだけというのはどうにも辛いな、と考えていると。

 

「お腹減ってないかい? どうぞ」

 

 そんな風に声をかけられ、振り向くと革のコートにベレー帽を被ったどこか男性的なスタイルの――――ブリタニア空軍の階級章が見える少女。はて、どこかで見た顔だが、と思っている間に、彼女はサンドイッチの包みとミネラルウォーターの瓶を渡してくれた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 彼女はオレと同じように入り口で茶会を眺めている魔女たちにも配っていく。有難くサンドイッチは頂くとしよう。ふと見ると中身は衣をつけたカツレツで、微かにマスタードの香りもする。

「……食べではあるなぁ」

 腹の虫を黙らせるには丁度いい重さと味だ。どっしりとした食べ応えがある。

 

 カツレツサンドを美味しく頂いていると、何かを叩くような、そんな音が聞こえてきた。

 

 どこからだろうか。サンドイッチをミネラルウォーターで流し込みながら、音源を探す為に入り口から庭園の隅に沿って歩いていくと、青薔薇の茂みの影に階段があり、半地下に作られた小屋が見えた。

 窓が開いており、開いた窓からは厨房で伸ばし棒を手に緑色の塊をこねたり叩いたりしている魔女の影。

「……何してんだ?」

「クサダンゴを作っている」

 なるほど、正解はクサダンゴだったようだ。リベリオン海兵隊に青い制服を着たその魔女はひたすらクサダンゴを作っている。

 アンコをスプーンで詰め、ダンゴを丸めて、串にさす。

「なぁ、いいか?」

「なんだ?」

「そのクサダンゴはあの魔女たちがお茶菓子にしてるけど……アンコって人を選ばないか?」

「ああ」

 彼女は表情を変えずに、クサダンゴを作りながら答える。

 ジェニファー・J・デ・ブランク大尉はそれが当たり前のように、淡々と答える。

「あんたがそれだけ作ったとしても、あそこのアンコの嫌いな魔女がたくさんいて余るかも知れない」

「そうだな、その可能性もある」

 それでも彼女はクサダンゴを作る手を止めない。

「それに、必ずしも出来がいいダンゴとは限らない。失敗もある」

「失敗した時はどうしてる?」

「また立ち上がって作る。そういうことだ」

 ブランク大尉はひょいひょい、と手招きをする。

「コーデリア・ブラウニング。お前も一つ作ってみろ」

「へ? オレが?」

「ああ。クサダンゴだけではくどいさ。甘いしな」

「…了解、大尉」

 断れはしないようだ。オレは残りのサンドイッチを飲み込んで半地下の厨房へと入った。

 

 

 思えば、デンジャーウィッチーズに転属してから、色々な料理を覚えるようになった。

 最も、色々な言語で書かれたレシピ本を元にそれらしいものを作るというだけだ。正しいかどうかは定かではない。まともにレシピを教えてもらった時は、ジーニアスウィッチーズを離れる時にエリーのお手製スコーンの作り方を教えてもらった時だけ。

 

 だがデンジャーウィッチーズとなった今では、エリーの猿真似では面白くない。

 彼女のレシピでは、バニラとシナモンを入れて、香りが足されたスコーンになるが――――コーデリアが考えるのは。

 

「レモングラスとローズマリーで」

 ちょっと強烈な香りをつけてしまうという訳だ。

 クサダンゴはヨモギの優しい香りなので、東の扶桑のヨモギとあらばその対極は西のブリタニアのスコーンという訳である。

「チョコレートチャンクも入って食べ応えも、ばっちり。ダンゴには負けないぜ」

「カーラが好きそうな味だ」

 一つ掴んで齧ったブランク大尉はサムズアップを返してくれ、焼き立てのスコーンは大皿に並ぶ。

「レッツゴー、ブリタニア。骨はイザベルが拾ってくれる筈だ」

「アンタは拾わねぇのかよ、ブランク大尉」

 大皿を抱えて半地下の階段を上がりつつ、そう返す。イザベルで思い出したが、そう言えばさっきサンドイッチを配っていたのは506JFWのイザベル・バーガンデール少尉じゃないか。

 なるほど、ジェニファー・ブランク大尉も同じ506部隊。ノーブルなお茶菓子で乾杯という訳か。

 

「ほう、おやつの追加か」

 まだまだ続くお茶会のテーブル群に向かうと、黒い丸テーブルに座っていたゲルトルート・バルクホルン大尉がそう声をかけてくれた。

「干しブドウは入ってないか、軍曹?」

「ご安心を、使ってません」

 大皿からトングを使ってテーブルごとのお茶菓子の皿に移しつつ、そう答えるとバルクホルン大尉の隣りにいる黒い悪魔ことエーリカ・ハルトマン中尉も口を開いた。

「ボク、つくづく思うけどゲルトは好き嫌いを直すべきだよ。ボクが困るじゃないか」

「安心しろ、ハルトマン。お前と私の飯はミヤフジがなんとかしてくれるさ! さ、頂こう」

 バルクホルン大尉とハルトマン中尉は共にスコーンに取り掛かり、オレは隣のテーブルに移る。

 

 こちらには、エリーとペリーヌ・クロステルマン中尉、そして――――――アフリカの星が座っていた。

 

「あら、コーデリア。スコーン?」

「あ、ああ。ちょっとエリーに教えてもらったのをアレンジしてみた」

「ふむ。危険な魔女からどこまでなったか」

 ハンナ・マルセイユは言うなりスコーンを鷲掴みにして、乱暴に齧り、一言。

 

「まずい!」

 

「奇をてらったつもりだろうが、それだけでは通用しない。どんなに綺麗な花をつけても、酷い匂いに不味い実をつける植物を誰が好む?」

 

 

 

「オレだって落ち込みたくもなる」

 アフリカの星の一言はともかく、ゲルトルート・バルクホルン大尉も「ちょっと個性強すぎないか?」でとどめを刺されたようだ。スコーンはだいぶ余った。

 流石に食べかけを残すウィッチはいなかっただけマシだが、それでも黒い丸テーブル側の反応を見て白い長テーブル側のウィッチに至っては口をつけるものの方が少なかったというオチまでついた。

「コーラに合うんだがなぁ」

 余ったスコーンから二つ、三つとブランク大尉は食べてもぐもぐと飲み込んでいく。リベリオンのきっつい炭酸に合わないお菓子があるなら聞いてみたいものだが。

「オレはまだまだアブラムシなのかな」

 あの時、アフリカの星が言われた言葉がまだ残っている。

 

 お前はまだまだ白薔薇につくアブラムシだ、と。

 

 ゲルトルート・バルクホルン大尉は、それでもオレをまだ蛹だ、と言ってくれた。

 あれから少し経ったが、今はどうなのだろうか。綺麗な花でも、酷い匂いに不味い実では、役に立たない、とアフリカの星は続けている。

 だからまだまだ―――――アブラムシでしかなかった。エリザベス・メイソンの隣りに立つには早すぎて。

 アフリカの星はまだまだ星のまま。同じ空は飛べない。

 

「オレは……」

 

 ブランク大尉が、そんなオレを見ている。

「コーデリア・ブラウニング」

「…大尉?」

「挫折を知っている人間ほど、強い奴はいない」

 顔中にスコーンの屑をつけながら、ブランク大尉はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「人を判断するとき、その人が何を成したかを聞く事が多い――――それは間違いじゃない、だけど成功という光の影に無数の落ちていく挫折の闇がある。中には成功しないで、挫折の闇しか無い奴もいる」

 そこで手にしていたコーラ瓶の中身を一気に煽る。

「Whoops!」

 盛大なげっぷをして、空の瓶を後ろを見ないまま投擲―――――空き瓶はゴミ箱に見事なスローインである。

「だが、挫折の闇しか知らない奴が何故出て来るか? 簡単さ、立ち上がって来たからだ。それが何十何百もあるとなると―――――倒れる程の挫折を味わってもその度に立ち上がって来た。たった一度の成功を誇るよりも遥かに強く硬い、誰もが持ってる自身の御旗を立て続けた奴が、強くない筈ないんだ」

「誰もが持ってる、自身の御旗…」

「ああ。誰もが持ってる。誰もが掲げる、その自分の御旗を掲げろ。自ら折れない限り、それは何度だって掲げられるさ。何度だって」

 自ら折れない限り、生きてる限り。

 

 それは何度だって、やり直してやろうと思えばやり直せるんだ。

 

「たとえ世界の終わりが迫ってる時でも、自分の御旗を掲げて突っ込んでいく方が―――――負けてない感じがしないか? リベリオン人は負けず嫌いでね」

「奇遇だな、大尉。ブリタニア人もだぜ」

「手放すなよ、自分だけの御旗。でも、その前に――――まず見つける所から、かな」

 自分だけの御旗。オレの手にはまだない、とばかりにブランク大尉はオレの掌に、拳を乗せる。

 

「探せ。このクソッタレでキレイな世界に行ってきて。お前の全ては、そこから始まるんだ」

 

 この世の全てがそこになくても、そこが世界の終わりだったとしても、メビウスの輪のように始まりも終わりも繋がっているかも知れない。

 ゼロのように。ゼロに始まり、ゼロに終わるように。

 

「幸運を、コーデリア・ブラウニング」

 

 その声が徐々に遠ざかり―――――――庭園を抜けてマホガニーの扉も抜けて。

 

 世界は現実に舞い戻る。

 

 

 

 

 安全圏であった後方のみならず、欧州各地への唐突な奇襲。

 戦力の分断、民間への多くの被害、情報の錯綜。

 

 ネウロイと来たら前線の後ろに平気で降り立つどころか、市街地に補給基地、ついでに人がいない森林地帯などにも空から降って湧いてくるのだからウィッチたちはてんてこ舞いだ。

 悪名高いデンジャーウィッチーズも例外じゃないどころか、そんな時はここぞとばかりにこき使われ、あっちに手を課したら輸送機に乗ってこっちに飛んで行って補給をしたらこっちに行け。

 まったくもって気の休まる暇もないまま一日中戦い続ける羽目になり、ようやく眠ったと思えば夜明けから敵さんが再びやってきて丸一日。

 連合軍に労働組合があるなら確実に議題にすべき話だ。問題は連合軍に労働組合なんてない事だが。

 

 嵐のような二日間が過ぎた朝、デンジャーウィッチーズはヴェネツィア公国の都市・トレントにある砦―――――――の庭に張ってある天幕で朝を迎えた。

 寝袋なんてものはなく、毛布の上でタオルにくるまっているだけの寝床だが、安眠は出来そうにない。

「たぶん、ベッドの上じゃなくて泥みてぇに眠ってたからかな。全部泥のせいだ、なんてな」

 寝床から身体をゆっくりと起こし、傍らに置いてある煙草の箱を取って外へと出た。

 

 気持ちの良い朝―――――なんてことはなく、ネウロイの奇襲を受けた連合軍上層部の心を映すかのような曇天。しかも、雨雲にも見える。どれだけトレントの街と山が美しくてもこの空ではすべてが台無しだ。

 

「そして鳥の声…じゃねぇ、イビキかよ。うっせぇ」

 耳に届くは同じく庭の天幕から響くイビキの数々。だいたい想像はつく。バッカスの生まれ変わり隊長とコーデリアの味方殺しな長機の二人に違いない。

 他の三つからはイビキは聞こえないが、残りは淫魔にマッドドクター、そして暇さえあれば体操して何か食ってるアリョーナなのだ。

 

 たぶん、既に起きて砦の方にいるのだろう。

 いや、淫魔は砦の方で寝ている可能性がある。なんか適当な女の子を捕まえて。

 

 箱から一本取り出して咥え、火を点ける――――スピリット・オブ・ファイブスターはたばこ葉だけの紙巻。その純粋な香りだけが鼻と喉を通っていく。

 コーデリアは紙巻を咥えたまま庭を抜けて、砦へと向かう。

 古い時代に造られた砦だが、連合軍の臨時の拠点として整備されており、その中はそこそこキレイになっており、入って少し先の食堂ではコックが二人程、働いている。

「紅茶と朝飯。もちろん、ミルクティーを」

 とりあえずそう声をかけ、他のウィッチたちに混じって朝食を待つ。

 

 食堂といっても、二十人も入れば満員になりそうな長テーブル二つが並ぶ場所だ。

 

「ここは禁煙よ、コーデリア」

 そんな事を考えていると、背後から声がかかった。

「マジかよ、外は天気悪いぞ、マッドドクター」

 コーデリアはそちらを振り向かずに声の主である羽鳥に返事をすると、羽鳥はため息をつく。

「まだ雨は降ってないだけマシよ。それに、煙草は身体には悪いもの」

「知ってる。けど、こいつもオレと軍の付き合い方の一つだ」

 そう肩を竦めつつ、コーデリアは咥えていた煙草を手の上へと落として、ぎゅっともみ消した。

 

 それがカッコいいかどうかは定かではないけれど。

 

「衛生兵としては禁煙を勧めたいけれど」

「そんな時こそカンブロンヌの一言、だ」

 羽鳥の言葉にコーデリアがそう返した時、食堂の扉が開いてワイシャツ一枚のウィッチが―――――ジュリエットが顔を出した。

「コーデリアのそういう所、好きよ。たとえ私に向かって例の一言を言う事でも、ぞくぞくしそう」

「こんのガリア生まれの尻舐め妖怪め。笑う門に頭ぶつけてしまえばいいのに」

「あなたも好きねジュリエット。昨日は誰と寝たの?」

「秘密よ。乙女には秘密があるの」

「テメェのどこが乙女なのか理解しかねるぜ」

 食堂の片隅で、そんな会話をしていると。

 

 スピーカーが酷い雑音と共に鳴り出した。

 

『デンジャーウィッチーズの諸君、直ちにミーティングルームに出頭せよ。緊急出撃命令だ』

 

「マジかよ、朝飯も食ってねぇのに」

 コーデリアがそうぼやいた直後、その気分を示すかのように。

 

 灰色の雲から雨が降り始めた。

 

 

 

 コーデリアと羽鳥、ジュリエットがそれぞれ咥え煙草と手元で大暴れするネズミ、そしてワイシャツ一枚というバラバラで規定をまるっと無視した、しかし彼女たちにはいつも通りなスタイルでミーティングルームに入ると、アリョーナだけが先に椅子に座って、軍用チョコレートを三枚重ねで齧っていた。

 隊長のハーマイオニーと、士官であるロッテはまだ来ていない。

 

 そして入って来た三人も思い思いのスタイル故か、ミーティングルームに呼び出しをしたであろう複数人の上級将校は顔をしかめている。

 中でも苛立ちを隠していないのはカールスラント空軍の軍服を着た女性将校―――――いや、中佐の階級章がある辺り、ウィッチか元ウィッチなのだろう。

「まだ揃わないか?」

「呼び出しの放送の時も天幕で寝てたんじゃないですかね」

 苛立ちを隠さない顔で問いかけてきた女性将校にコーデリアはそう返事をする。

「まあ、いつもの事よ。飲み過ぎたのかしらね」

「だな、ジュリエット。後、それ以上オレの尻触ったら蹴りを叩き込む」

 隣の椅子に座ってるが故に遠慮なく背中側から手を回して尻を撫でまわし続けるジュリエットに更に続ける。

「可愛いお尻してるのに」

「うっせぇよ」

「私語は慎め、懲罰部隊」

 苛立ちを隠さないまま、女性将校は四人の顔をじろりと見る。

「いいか、お前たちはウィッチの面汚しだ。温情で処刑されずにいる。ウィッチは貴重な戦力だ。見逃されているのは命だけだ。その分の働きをきっちりとしてもらおう」

 そう淡々と告げる将校を前に、四人は。

 

 まったく話を聞く気なんてなかった。

 

 具体的に言えば羽鳥が手元で大暴れしていたネズミをとうとう素手で圧殺し、周囲に血が飛び散ったのだ。

 

「きったねぇなぁ、もう」

「…じゅるり」

「アリョーナ。前から思ってたけどよ、ネズミは黒死病運んでるんだぞ」

 年下の同僚にそう注意をしつつ、コーデリアはハーマイオニーとロッテを待つべく、とりあえず新しい煙草に火をつける事にした。

 しかし二人が来るのはいつになるやら、と思いつつ紫煙が立ち上る。

「コーデリア」

「いいだろ、ドクター。どうせそこのおっさん方も吸いたいはずだよ」

 咥え煙草のままコーデリアがそうぼやくと、ミーティングルーム前方に陣取る上級将校たちはそれまでの仏頂面を緩めてこう答えた。

「そうしたいのはやまやまなんだが、軍曹」

 

「火を貸してくれないか?」

 

「…な? どうぞ」

 コーデリアはライターを前に渡すと、将校たちは―――――ライターの取り合いをはじめた。

「私の方が地中海方面で半年先輩だ」

「その前はブリタニアでぬくぬくしてただろ! 俺はアフリカ軍団で戦車を指揮していた」

「つまらん争いはよせ、公平を期すために私から」

「リベリオンは引っ込んでろ! ここはヴェネツィアだ!」

「俺は上院議員の叔父がいるんだよ、今度色々融通してやっから俺に貸せ!」

「だったら私はスポーツマンだ! ネウロイがいなきゃオリンピックに出てたぞ!」

 盛大に言い争いまくる上級将校たちを前に女性将校はため息をつきつつぼやく。

「地中海方面軍ってここまで空気が違うのか……?」

「そこの中佐さん、何のスポーツをやってたのさ?」

 扉が開き、制帽どころか軍服すら着ていない、下着オンリーのロッテが顔を出した。

「クロスカントリーだ。ロマーニャ代表だぞ」

 件のロマーニャ空軍中佐はストックを左右に動かす真似をしながらそう答えると、ロッテの後ろからようやく我らが隊長ハーマイオニーである。

「戦争終わった後に金メダル取れたらシャトー・デュケムを贈るよ」

「それなら戦争が終わった時にシャンペンを貰おうか。グラン・クリュがいい」

 ミーティングルームが笑いと紫煙に包まれる中で女性将校が声を張り上げる。

 

「全員揃ったようだ。作戦を説明する!」

 

 

 

 

 ”Donkey Jack Hammer(クソ石頭と愉快な戦士たち)”

 1945年9月15日

 コーデリア・ブラウニング軍曹

 連合軍第1特殊作戦飛行隊”デンジャーウィッチーズ”

 オストマルク インスブルック南方20キロ

 

 

 

 雨雲は大雨と雷を運んできたようで、異様に冷たい大粒の雨が顔に次々と飛び込んでくる。

 そしてエンジン音に交じって落雷の音も響く―――――ストライカーで飛ぶには最悪のコンディションだ。だがしかし、そんな時でも、飛べと言われたら飛ぶしかない。魔女の空とは、そんなもの。

 

 こんな最悪のコンディション故か、いつもは六機水平に、思い思いの事をしているデンジャーウィッチーズの面々はコーデリアとロッテのコンビを先頭、ついでハーマイオニーとアリョーナ、そして羽鳥とジュリエットという二機ずつの編隊で、珍しい事に、本当に珍しい事に真っ直ぐ飛んでいる。

『デンジャーウィッチーズ全機へ、聞こえるか? 逃げてたりしてないだろうな』

 そして風が更に強くなってくる中、インカム越しに問いかけてきたのはあのカールスラント空軍の女性将校(イルメラ・レングナー中佐と本人は名乗ったが六人は誰もその名前で呼ぶつもりもない)からだ。

「逃げていたら返事なんかしませんよ、中佐ぁ?」

 ハーマイオニーは珍しく素面の口調でそう返答する。

『まあ、いいだろう。命令通り、低空から侵入しているか?』

「低空飛行でも雷は落ちて来るぜ、ストーンヘッド中佐」

 コーデリアの返答にインカム越しでもわかるバカでかいため息が聞こえた。どうやらとことん相性というのが悪いようだがいちいち気にしちゃいないのがデンジャーウィッチーズである。

 そもそもこんな嵐だというのに、ネウロイの支配下であるオストマルク領まで進出しているのだ。少しでも気付かれないように低空飛行という事だが、気付かれれば確実に周囲にネウロイの3個航空軍が襲い掛かってくるに違いない。

「それにしても、オストマルクにデカい奴があるから、それを叩いてこいとは、ずいぶん無茶苦茶な命令だねぇ」

 ロッテが珍しくボヤいた。デンジャーウィッチーズのエースである彼女がそう呟く程、今回の作戦は無茶苦茶なのかも知れない。ひどい命令は過去にもあったが、今回は相当だ。

 

 レングナー中佐が苛立ち顔で語った作戦はこうだった。

 まず、欧州全域に数百メートルクラスの母艦型ネウロイが降ってきて沢山のネウロイを吐き出し、戦線は大混乱している。

 中でもヘルウェティアはこれまでアルプス山脈という天然の要塞があったが、よりによってアルプスの山麓に一つ母艦型ネウロイが突き刺さった為、ただいま血みどろの防衛戦を展開している。

 欧州各地でナイトウィッチを片っ端から動員して敵さんの数を探っていたらオストマルクにも巨大ネウロイが何本か突き刺さっており、インスブルックにいるものがヘルウェティアに向かったら確実にヘルウェティアは壊滅してしまう。

 つまり、インスブルックにいる巨大ネウロイとその中身を潰してこい。しかし危険区域なのでまともに戦力を上げられない。デンジャーウィッチーズの出番だ。

 

 改めて振り返ると無茶ぶりレベルの問題ではないとコーデリアも嘆きたくなるし、酒のみの隊長であるハーマイオニーも素面でいる辺り相当なのだろう。

 本当は嵐を飛ぶのに酔っていては話にならないかも知れないが、そんなことはどうでもいい。

 全員がそれぞれの得物に加えてフリーガーハマーを担いでいるのだが、こんなデカい荷物はさっさと使い切って捨てたいのに捨てるのも難しい。アリョーナはいつも通りフリーガーハマーを二つ背負っているが。

「こんな嵐の中で墜落は御免だ、落ちたら拾ってくれよ、一番機」

「無理だね。救出してたら蜂の巣にされそうだよ」

 背後からロッテの返事。明らかに本気でそうするだろう。コーデリアはふと気になっていた問い掛けをロッテにしておく。

「なぁ、一番機。アンタはどんな時に僚機を撃つんだ?」

「そいつに前を任せられない、そんな時にだよ」

「……前を、ねぇ」

 だから長機なのに後ろを飛ぶ。後ろから撃たれる恐怖を、常に感じておけという事か、とコーデリアは思い直す。

 背中を任せるか前を頼むか。長機と僚機の関係は階級の上下だけでなく、信頼でも決まる。少なくとも誤射するような奴に背中を預けてはおけないけれど、僚機の援護が無ければ長機が食われる。

 そう言えば、とコーデリアはいつもエリーの背中を追いかけて飛んで行たのに。今は、ロッテの前を飛んでいる。

「どうした、F.N.G?」

「なんでもねぇよ、隊長。そんな事より、お客さんはどの辺りだ? こんな視界の悪さじゃ、なんも視えねぇ」

 そして。

「朝飯食ったばかりなのにもう腹減りだ」

 食堂で食べる筈の朝飯はハンガーで急遽リベリオン軍の携帯レーションを食す羽目になり、紅茶も飲んでいない。

 苛立ちが溜まって来たコーデリアはこういう時こそスピリット・オブ・ファイブスターに頼りたくなるが、こんな嵐の中で火をつけても濡れネズミになるだけだ。

「諦めろ。だから先頭なんだ、F.N.G。落とされないように気を付けろ」

「テメェらの捨て石になるのだけは御免だ」

 視界が悪い中、低空を、それでも森や山に注意しながら飛んでいく。

 

 遠くの方にうっすらと、塔のような何かが見えてきた。

 

「一番機。でかくて背の高いのが前方に見える。ぼんやりと」

「それが欧州中に降り注いだ奴かもね。警戒」

 コーデリアはその返事を受けて背負っていたBARを構え、周囲に目を凝らしつつ速度を落としていく。ここまで近づいてくれば、向こうも警戒は厳しくなる。

「あー……少し先。お客さんの編隊、二機の変態野郎がダブルで四機、だな」

 いったん岩山へと近づき、陰に隠れる。

 

 しばらく先で二機の小型航空ネウロイが二組、位置をずらしながら飛行していた。

 

「しつこい女の子は嫌いよ」

「ジュリエット、お前が言うかよ?」

 他のウィッチもコーデリアと同様に岩山の陰に隠れているとジュリエットがそう呟く。

 四六時中ウィッチの尻と胸を追いかけている彼女が言うべき台詞ではない。

「ねぇ、撃っていい? 後ろを向けてる」

「ダメだ、アリョーナ。代わりに数百機に追い回されるからな」

 ハーマイオニーはそう窘め、雨が降る中、じっとネウロイの様子をうかがう。

「待て…まだだ。通り過ぎるのを待て」

「くそ、うるさい奴らめ。撃ち落とした方が早いんじゃないか?」

「ダメだ、F.N.G。お前さんが囮になってくれるんなら別だが」

「冗談キツいぜ、バッカス大尉」

「腕だけは拾ってあげるわ」

「ドクターも黙れ」

 そんなやり取りをしていると、コーデリアの横からロッテが顔を出して様子をうかがう。

「大尉。行ったみたい。F.N.Gを先頭に?」

「ああ。速度は更に落として警戒を厳に。まったく、こうも冷たいとウィスキーが飲みたい」

「飲んだらどうだよ、大尉?」

「流石にこの嵐は死ぬね」

 ハーマイオニーは大笑いしながらコーデリアに人差し指で示す。

「先頭だ」

「誰か代われよ」

 そうコーデリアがぼやくなり、ひときわ大きな落雷の音と共に、バリバリと木の倒れる音。

「クソ、最悪だ」

 更に高度を落とさなければ雷が降ってくるが、低すぎれば泥まみれの地面とド熱いキッスをかまし、その場に置き去り確定である。この味方殺しのロッテなら本当に拾わずに行く。

 雨はますます強くなり、雨粒は髪を伝って目に入ってくる。気持ち悪い。ズボンに至るまでずぶ濡れだ。

 

 だが、背のデカい、突き刺さったままのネウロイに確実に近づいている。

 ふと見ると、雨の音に交じって草や木をなぎ倒すような音が聞こえてくる――――どっかに陸戦がいるのだろう。

 

「陸戦の足音か…」

 コーデリアは悪い視界の中、とにかく一度移動を停めて今度は近くの大木の陰に隠れる。

 落雷が酷くて距離と数も解らず、雨のせいでどこから飛び出て来るかも不明だ。だが、お客さんは確実に一人はいる。

 

 どう処理をすべきか。こんな悪天候の中で戦う事は、訓練学校でも教えられてないしジーニアスウィッチーズでも聞いた事が無い。叡智の魔女に誇りを持っていても、叡智の魔女の中にいるだけでは知る事の出来ないことなどこの世界には星の数ほどあるんだ。

 ハンナ・マルセイユがコーデリア・ブラウニングをまだ白薔薇につくアブラムシと評して、アフリカの星との高すぎる隔たりを自覚してもなお。

 ジェニファー・ブランクは自分だけの旗を立てろと言っても、かつて後輩として面倒を見たリネット・ビショップのように華麗で実のある旗も持っていない。

 

 この雨の中、陸戦をどう仕留める。

 

 悩むコーデリアに対して、一機近づいてきた。

 コーデリアは振り向かず、まだ雨の中の視界を見ている。

「どうしたの? 動きを停めて」

「陸戦がいる。距離と数は不明。流石にこの距離だと誤魔化せねぇ」

「けど、連射すれば蜂の巣になるでしょう?」

「だろうな……ジュリエット?」

 てっきりドクターかと思ったが、いたのは最後尾にいたジュリエットだ。

 少し離れた位置で停止したハーマイオニーもコーデリアを見て、口を開く。

「確実に避けられそうにないなら、倒すしかないな。ジュリエット」

「了解よ、大尉」

「だから連射したら蜂の巣だろ?」

「大丈夫よ、こういう時はさっさと終わらせればよいのよ」

 彼女はそう告げると、いつも愛用している狙撃銃―――――Kar43ライフルをコーデリアに突き出してくる。

「狙撃をお願い。観測手は私がやるわ」

「……は? いや、この雨ん中だぞ?」

「声を落としなさい」

 思わずぎょっとする。下手に大声を立ててはネウロイに気付かれる、とコーデリアは思い直しつつ、Kar43ライフルを受け取っていた。カールスラントの半自動式小銃だ。

 ダイナモ作戦後に導入されてきているが、ジュリエットはガリア空軍だというのにどこから、と言いかけて。

「ああ、そうか。オレらはデンジャーウィッチーズだもんな」

 連合軍直轄部隊だから装備の融通も利く。お陰でコーデリアは美学のびの字もないスピットファイアを使わずに済んでいるのだ。

 装着されたスコープを覗き込もうとすると、ジュリエットはコーデリアに背後から抱き着く。

「お、おい」

「落ち着いて…そう、それでいい。スコープ越しに相手を探すのよ」

「集中できねぇ」

 息が近く、耳にも触れる吐息がコーデリアに怒りと羞恥を覚えさせている。

「狙撃は落ち着いてするもの、呼吸を合わせるのよ、コーデリア」

「無茶言うなよ」

「簡単よ…そう、ゆっくり…呼吸を整えて」

「だいいち、お前はどうやって観測を」

「私、固有魔法持ちなのよ。いまいち使いづらいからこうしないとまともに使えないけど」

「……まさかとは思うけどさ。ドクターと身体の相性悪いとか言ってる割に、よくドクターと抱き着いてるのは」

「そういう事よ」

 目を丸くするコーデリアに、ジュリエットは囁く。

「あら、もう視界が落ち着いて来たわ。流石コーデリア」

「お、おう」

「もう少し右を見てくれるかしら?」

 コーデリアはスコープを覗き込んだまま、右へと視界をずらしていく。

 スコープに水滴が次々とついて、指で拭ってもう少し右へ――――「ストップ」その声で留める。

 

 足音はまだかすかに聞こえるが、姿は視えない。

 

「いるわ。まだ歩いてる」

「目印はあるか?」

「………高い塔の陰。少しだけ下」

 雨は絶え間なく降り注ぎ、雨粒が顔を伝って服まで濡らしていく。

 だが、ジュリエットが抱き着いている背中だけは暖かい。

「そのまま……もう少し、そのまま……」

 雨粒の音、落雷の音、ネウロイの足音――――――――心臓の音、呼吸の音。

 

 どこか限りなく静かな世界で、その心臓の音と呼吸の音を聞いていた。

 なんだっけ、とコーデリアは思い出す。それは本当に古い記憶の筈。まるでこの星に惹かれたような―――いや、この命が生まれようとしていた時から知っていたような。

 

「自分だけの旗、か」

 

 短く呟きつつ、雨だらけの中で――――「今よ」――――引き金を引いた。

 僅かな反動と共に一発だけ放たれた弾丸は雨の中へと消えて行った――――――遠くの方で、ガラスを強烈に叩き割ったような、ネウロイがはじけ飛ぶ独特の音。

「お見事」

「ども」

 スコープから目を離してライフルをジュリエットに突き出し、コーデリアはBARを握り直す。

 もう一度耳を澄まして、足音が何か聞こえないかを確認――――もう、雨と雷の音だけだ。

「あと少し」

 そう呟いてストライカーを再起動し、前進していく。

 

 地面から数メートルの高さ、無数の木々や茂み、岩なども行く手を阻む。

 あちこちを巡回するネウロイに気付かれないように、慎重に、そして大胆に。

 

 雨が更に強くなってくる――――――その時になってようやく、塔のようにそびえたつ巨大ネウロイの近くに辿り着いた。

 上から突き刺さって来たような、という噂はあるが、その割には周囲にクレーターなどは出来ていない。その代わりに、巨大ネウロイの各所に出来た穴から陸戦や航空が数体、出たり入ったりしている。

 まるで蜂の巣だ、とコーデリアが悪態をつこうとした時―――――。

「よし、アリョーナ、許可だ」

 ハーマイオニーの言葉に、小さな同僚アリョーナは担いできた二本のフリーガーハマーを構えて。

 

「ヒャッハァァァァァァァ!!!!!!!!!」

 

 十八発のロケット弾を僅か三秒で全て撃ち切り、巨大ネウロイへと次々に炸裂していく。

 撃ち切ったフリーガーハマーを投げ捨てたアリョーナは背負っていたPPSh41短機関銃をフルオートでぶっ放していく。

「ったく、アリョーナはいつも通りだよな、一番機! おっと!」

 コーデリアがそう呟いた直後に飛び出してきた小型ネウロイのビームを横ステップで避けると、咄嗟に抜いたM1911で三発ぶっ放す。

 小型なだけあってか、その三発の拳銃弾を受けたネウロイがはじけ飛んだのを確認してから拳銃をホルスターに戻し、BARを向ける――――――今度は陸戦のお出ましだ。

「大尉、ネウロイなんだけどさ」

「どうした、ロッテ……おやおや、アリョーナめ、だいぶ暴れたな。流石の大型ネウロイも無事じゃ済まなかったか」

 ロッテとハーマイオニーの会話が漏れ聞こえてくる。

 アリョーナが十八発もロケット弾を撃ち込んだのもあってか、巨大ネウロイは半分壊れかけ、黒煙を出しているがなおも地面に突き刺さったままで動かない。

 そして壊れかけた穴からもネウロイは出てくる。ぽつぽつと、小型が、数体。

「あれのコアが解れば手っ取り早いんだろうけど。それに……これが例のデカい奴にしちゃ、近くのネウロイ少ないと思うんだよね」

 西部戦線各所から降って来たネウロイの大きさと数については、聞いていた。

 ロマーニャとヴェネツィアに落ちてきたものに関してはデンジャーウィッチーズが盥回しにされる形で戦ってきていたから、その数もなんとなくわかる。

 

 考えてみれば、すれ違ったネウロイ達は皆――――――デンジャーウィッチーズが来た方向へと向かっていった。巡回するなら帰ってくる筈――――だが、戻ってきていない。一体既に倒して、ついでにこの周辺で大暴れしているにも関わらず。

 

「そんな最悪な事態はごめん被るなら。そうなったら中佐に報告だ」

 

 ハーマイオニーは珍しくそう吐き捨て、M2マシンガンを地面に突き刺さったそれに撃っていく。

 既にアリョーナがPPSh41で掃射し続け、それにロッテのMG42も加わり、遂に―――――赤いコアが現れ、そして打ち砕かれた。

 

 その時、コーデリアはこれで周辺のネウロイも落ち着くか、と思いつつ後ろに来ていた中型ネウロイへBARをぶっ放していた。

 

 あの巨大ネウロイが砕けてなお、中型ネウロイは健在で――――そして同時に、先ほど半壊した大型ネウロイから出てきた小型の航空はぴんぴんしていた。

 具体的に言うと元気にビームをコーデリアと貞子の二人に向けていた。

「ドクター! 逃げろ!」

「ありがと、コーデリア! アリョーナ、下がりなさい! 上から三体来てるわよ!」

 まだまだPPSh41は撃っては弾倉を替えていたアリョーナだが、ドクターのその言葉に反応するなり、銃口を上へと向けて三体を追い散らすように迎撃。

 そして空になった弾倉を投げ捨てる、が。

「弾切れ」

「オレのフリーガーハマー使えよ、アリョーナ。それにしても…あの巨大ネウロイ、他のネウロイを運んでくるだけで、コアは別かよ!? バカでかい輸送機なだけか!」

 アリョーナに背負っていたフリーガーハマーを渡しつつコーデリアは悪態をつく。

「あーあー、ストーンヘッド中佐。厄介な事が判明。どうやら例の巨大ネウロイはただの運び屋で中身とコアは別物だ」

「ついでにインスブルックに落ちてきたのはもう中身を粗方出した後みたいだねってよろしく」

 ロッテの言葉も聞こえているのか、レングナー中佐はインカムの向こうで息をのんだようだ。

『なんてこった…ヘルウェティアに直ちに空路で増援を送る。作戦変更だ。可能な限りネウロイを殲滅し、奴らの気を引きつけろ』

「おいおい、無茶言うなよ。むしろ脱出ルートを用意して欲しい位だぜ?」

『不可能だ』

「…だとよ、隊長」

 コーデリアがハーマイオニーにそう問いかける―――――このクソッタレな命令になんて答えればいい?

 小さく首を振った大尉はここで、今日初めて、スキットルを懐から取り出すと。

 

 中に入っていたグラッパを喉を鳴らして煽り、一言。

 

「F.N,G…ヒック。お前が思いついた事を言え」

「こんな時でも、まだF.N.Gかよ」

 いつになったら、一人前って認めてくれるんだろう、とは口には出さずに、コーデリアはインカムに向かって。

 

「了解。ストーンヘッド中佐! デンジャーウィッチーズ全機、せいぜい足掻いて見せる。だから……首を洗って待っていやがれこん畜生! 通信終わり!」

 

 BARの弾倉を替え、構え直す。

 まだまだ、ネウロイは沢山いるのだ。

「まったく、少しでも数を減らせとは無茶言うなぁ」

 ロッテはMG42のドラムマガジンを替えるなり、エンジンを全開にして上空へと飛んでいく―――――雷雨が酷くなってきている分、落雷の危険もある。

 だが、構わずに飛んでいく。それを航空ネウロイ達が群れになって追跡するのだ。

「おい、一番機! 追われてるぞ!」

『大丈夫、援護は無くていい。それより自分は生き残りなよ、コーデリアー』

 ロッテはそう続けながら上空へと飛び続ける。左右に曲げて、後を追う航空ネウロイのビームを避けながら、十数体まとめて引き連れていく。

『おーおー、追いかけてきたねぇ……さて、そろそろ遊びは御仕舞!』

 そう宣言するなり、土砂降りの雨に背を向けて前後を反転。

 

 引き連れてきて、密集しかけの十数体の小型ネウロイへ、MG42のフルオート。

 

 反撃を試みるネウロイより先に銃撃を浴びせ、上空から一気に下りながらの掃射。

「ちぇっ、半分しか潰せないか」

 一気に下って来たものの、半分落としただけで舌打ちしつつ、ロッテは撃ち切った弾倉を交換。

「…すげぇな、一番機」

「コーデリア、弾切れ」

「アリョーナ、お前もう撃ち切ったのかよ!?」

「そう」

「不味いわね、私ももうすぐ弾切れよ」

「ドクターも? 私も」

 どうやら結構な数のせいか、早くも弾が心もとなくなってきたようだ。

「F.N.G。残り弾倉は?」

「あと二つ。ま、BARの弾倉だけどな」

「うーん、弾丸厳しいなぁ。扶桑ウィッチみたいにカタナとか槍とかチェインブンドーとかシュリケンとか使えればいいんだけどねぇ」

「言っとくけどレイピアとかサーベル振り回してる欧州魔女は沢山いるぜ、大酒飲み。ブリタニア連邦でもブーメランで戦ってる奴いるしな」

 まあ、アウストラリス軍が持ち込んでたり使い手の多くは陸戦ウィッチだが、とコーデリアは内心付け加える。

 白兵戦用武器を用いての戦闘は航空ウィッチの戦術としては異端と見られがちではあるが、冷静に考えればおかしくはない。弾丸に依存している訳でもないし、扶桑海事変では実際にそれで戦い抜いたウィッチが扶桑海三羽烏やらリバウ三羽烏やら言われているのだ。

「流石にもうキツイ!」

 ロッテが珍しく前に立って腕を振るが、先導はしないのか前に立つだけのようだ。

「あ、先頭はコーデリアね」

「やっぱし?」

 どうやら僚機には前を行かせるというルールは、ロッテ・ルーデンドルフが可能な限り守らせるもののようだ。

 やれやれ、とコーデリアは内心悪態をつく。

 

 

 

 雨は止まない。

 雷も止まらない。

 

 やって来た時と同じように、低空で進まなければ他の大量のネウロイに追い回される――――だが、既に来ているだけでも百は下らない航空ネウロイが、六人を追いかけて来ている。

 乏しい弾丸ではせいぜい散らして、その穴をくぐりぬけてはまた追いつかれそうになるので精一杯。

 

 引き返している筈なのに、安全圏まで進んでいける気がしない。

 

『コーデリア、上から五機!』

「前の奴の相手で忙しいから何とかしろドクター!」

『自分でやりなさい! 後ろにもいるのよ!』

「クソ、アリョーナ! 援護頼む!」

『無理。弾貸して』

「マジかよ」

 いざという時に頼れないのは困りものだが、とコーデリアは悪態をつきたくなる。

 激しくなる雨はひらすらに視界を塞ぎ、雷は通信状況を悪くする。

「おい隊長! ストーンヘッド中佐に嵐が激しすぎるから迎えぐらい寄越せって言ったか?」

『つながらないね、こりゃ。雨がひどすぎてヒック。さっきからロッテが二人に増えてるよ。顔もハルトマン姉妹に似てるけどロッテの妹はどこから来たんだ?』

「飲み過ぎだ! ロッテは一人だぞ!」

 とりあえずインカムにそう怒鳴りつける。

『ロッテが増えたら一人は欲しいわね、ベッドに。ああいう子はベッドで化けるわ』

『もしくは手首から先ね。指が綺麗なの』

「ジュリエットもドクターも変態談義は黙ってろ! クソクソクソ全部嵐のせいだー!!!」

 そう言えばロッテは”あのハルトマン姉妹”に顔が似ているとは思った。コーデリアも新聞や資料で幾度となく写真を見ている。

 高くない背にやや幼めの顔立ち、そして薄めのブロンドに青い瞳。

 違うというならロッテ・ルーデンドルフの方は瞳の輝き方がおかしい所か。エーリカ・ハルトマンとウルスラ・ハルトマンには写真でも判るほどの”宝石の様に生き生きとした星の煌き”があるのに、ロッテ・ルーデンドルフにあるのは”夜闇の中で静かに燃える松明の火”に見える。

 

 だから人は違う。似た顔立ちだとしても、その印象は人によって違う。

 

 コーデリア・ブラウニングが例えハンナ・ユスティーナ・マルセイユと同じ顔だったとしても、きっと他人が感じる二人は遥かに違うのだろう。

 違う光を持っているのか、それとも輝いていないのか…その誰もが異なる輝きこそが。

 

 自分だけの旗ではないのか。

 

 それがどんな輝きなのか、コーデリアはまだ自分の旗の色も形も知らないように、その輝きだって解らない。

 

「BARが売り切れだ!」

 

 その為にも、まずは生き残る事から。最後の弾倉を撃ち切ったBARは背中に回してM1911をホルスターから引き抜いた。

 だが、拳銃弾は心もとないし手持ちだって乏しい。

 そんな解り切った事実を確認しても、それでも生き残るという意思を持て―――――まだまだここで死にたくないんだ。

 

「どけ! 道を開けろぉっ!」

 

 両手でホールドした45口径をぶっ放して牽制し、大粒の土砂降りの雨の中、叫んで方角を示し、そして戦い抜く。

 後ろではマッドドクターが弾切れになった短機関銃に取り付けた銃剣でうまくネウロイを切り裂いており、時折狂笑とも奇声ともつかない声をあげる。

「ロッテ、オレが見えるか!」

『どうにかね。後、上に小型一機』

「落とせるか?」

『無理だ、動きが速いからシールド!』

 咄嗟にコーデリアがシールドを張るなり、ビームがシールドに突き刺さる音と衝撃。被弾するよりマシとはいえ、それでも新人ウィッチはこの音と衝撃に震え上がるものもいる。

「こん畜生。ポテトマッシャーが欲しいぜ! 上手く投げる必要があるだろうけどよ!」

『パイナップルよりは投げやすいだろうしね』

 ポテトマッシャーの渾名で呼ばれるカールスラントの柄付き手榴弾だが、扶桑海事変の頃に航空ウィッチが使っていたらしい。そのうちアフリカの戦訓を経て対戦車用の収束グレネードになっていったそうだが。

「生きて帰ったら、大酒飲みに具申するぜ。対戦車グレネードを標準装備すべきだってな」

『生きて帰れたらね』

「ああ、生きて帰るさ……真正面に中型! 回避しろ、回避!」

 大嵐で視界が悪い中、咄嗟に気付いたコーデリアのその警告は、この嵐の中ではあまりにも遅すぎる警告だった。

 

 まず先頭のコーデリアとその後ろにいたロッテは即座に大きく右へと曲がった。

 だが、続いていたハーマイオニーとアリョーナも左右に分かれるも、身体の小さいアリョーナは躱し切った、だが。

 

 アルコールの入っていた、極限状態のハーマイオニーは左へと別れたものの、大木に背中からぶつかったのだ。

 

『大尉!』

 ジュリエットの叫び声を聞いて、ロッテとコーデリアの二人は同時に振り向くと、荒れた森の中を雷のような轟音が突き抜ける音、枝の折れる音。

『ジュリエット、どうした?』

『隊長が墜落したわ! ドクター、様子を!』

『そうは言うけどどこに落ちたのかも…!』

「アリョーナ、手伝え! 一番機、探しに…」

 コーデリアがロッテを振り向くと、ロッテは首を左右に振る。

『まだネウロイが近い。ダメだ、拾えない』

「まだ生きてるかも知れねぇだろ!」

『生き残りが見えてる方が優先だよ。ミイラ取りがミイラって言うでしょ?』

 無理に落伍者の救助に向かう事で余計に犠牲者を出すのは、軍ではよくある事だ。

 屈強な男達でもそうなのだ、幼いウィッチは必然的に助けを求め、助けに行くがその為に余計に死者を出すのは珍しくないが故に、生き残る為に置き去りにするという命令を下す事もある。

 だが。

 

 エリート部隊ではそれでも、救助しに行く事を誇りとする。

 

 コーデリア・ブラウニングは。

 己がジーニアスウィッチーズだったから。誇り高き、そして攻めの翼と謳われ、ブリタニア連邦中の魔女の憧れであるジーニアスウィッチーズから始まったから。

 仲間を見捨てる事なんて出来ない。たとえ普段どれだけ悪態をつくような、常に半人前扱いするような奴だとしても、それでも放っておけないのだ。

 

「ああ、そうかい!」

『早くヴェネツィア領内まで引き返してあのうるさい中佐に…』

「じゃそっちは任せた! オレは救助に行く!」

『はぁっ!? おい、コーデリア! F.N.G! 何を考えて…』

「だから言っただろう! そっちは任せた! テメェも士官だろうが!」

『少尉、私とジュリエットとコーデリアで何とかするから、任せたわ。心配しないで、死ぬのは医療ミス以外よ』

 マッドドクターこと羽鳥が珍しく衛生兵の立場から発言し、ロッテは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 意外とこういう所が、味方殺しのルーデンドルフなんて言われてるゆえんか、とコーデリアは思う。

「オレ以外にもドクターやジュリエットもいる。任せろよ」

『…インカムだけは無くさないでよ、皆。アリョーナ、急ぐよ。先行』

 ロッテはそう言い残すと、アリョーナに先を活かせて飛んでいく。

 中型ネウロイはその二機を追いかけていったので、どうやらこちらはどうでもいいと判断したらしい。

「こんな時でも自分は後ろなんだなロッテ……まぁ、いいさ。おいダブル変態。オレは森の中に入るから周囲を頼むわ」

『あら、衛生兵は私だけど?』

「ジーニアスウィッチーズの隊員は仲間を見捨てないからな。こういう訓練もやんのさ」

 実戦でした事はないが、速度を落としつつ森の中へと飛び込んでいく。

 

 下手に速度を出せば自分も木に直撃して墜落なんて事になりかねない。

 コーデリアはそんな時、エリーに言われた事を思い出すのだ――――――落ちると気づいたらシールドを展開して角度を調節し、急角度にならないように落ちていく事。

 そうでなければ命の保証はまずない。それでも生きてるのは幸運な人だけ、と。

 

 デンジャーウィッチーズに異動してから一年程経つが、未だにF.N.Gとしか呼んでくれない大酒飲み。

 だがそれでも隊長であり、今の上官だ。部下にとって上官に死なれるのは基本的に反吐が出る事だ。その上官が余程のクソッタレである場合を除いてだが、ウィッチにとって直接の上官は自分を相棒と見てくれて背中を預けてくれて進むべき道を示してくれる教師のようなもの。

 そんな上官が死ぬのは道を見失ってしまうのと同義だ。だから訓練学校を出たての新人が死ぬ理由の一つが、上官を庇って死ぬ、だ。

 

 ウィッチの死に方としては最も名誉的で最も酷い死に方らしい。

 理由はいつか人が扶桑から取り寄せたウィスキーを半分ぐらいカラにしやがったメリッサ・キャリントン中尉曰く。

 

「新人があがり手前の盾になってバラバラになるなんて、その新人があがり手前になるまでに落とせるネウロイを落とせないのと一緒だよバーロー。だからコーデリアはそんな心配は無いだろうけど他の連中はそうなるなよ」

 

 本当はもっと簡潔かつオブラートに包まれた言葉だったが。

 

 だからまだ名前で呼ばれてないのに、死んでもらっちゃ困る。ただの大酒飲みでも。

 

「おい、酒飲み大尉。生きてるか? 生きてたら返事…はまずいな、手をあげるか足あげろ。あとオレの『来た、飛んだ、落っこちた』の原書にコーヒー染みつけやがった事を謝れ」

 しかもよりによって書きかけの英訳の方じゃなくて扶桑語の原書の方だ。翻訳元の方を汚すなんて。あれを取り寄せるのは面倒だったのに。

『コーデリア、大尉は見つかった?』

「まだだ。だけど折れた木がある。近いはずだぜ」

『早くしてね。小型ネウロイのコンビが二つ、通り過ぎて行ったわ。こっちにはまだ気づいてないけど』

「了解。後で一杯大尉から奢ってもらおうぜ」

『飲酒は感心しないわ、衛生兵として』

「真面目に仕事をするドクター並みにレアな出来事かもな」

 そう言い返しながらコーデリアは折れた木を辿っていく――――――――いた。

 

 背中からハーマイオニーは落ちていた。

 

「大尉! おい、ハーマイオニー!」

 近くに降下し、ストライカーを脱いで近寄る。まずは状態を確認するが、ハーマイオニーのストライカーは右足は外れて近くの地面に突き刺さっているが左足は無事なようだ。

 だが、本人は気を失っているのか、青い顔だ――――――口から何やら吐いている。血ではないが、何か吐きかけている。

「吐くんなら吐いた方がいいぞ。自分のゲロで窒息する奴は酒飲みにはよくあることだ」

 身体を引っ張って起こしてやり、顔を下に向くように変えてやりながら、背中をさする。いや、こういう時は喉を直接刺激して無理やり吐かした方が早い――――――――指を突っ込み、喉の奥をいじっていると、咳き込み出した。

 ぬめり出した指を引き抜くとハーマイオニーは胃の中身を吐き出していく。

 そして、意識を取り戻したようだ。

「…ぁー……F.N.G?」

「こんな時でも名前で呼ばねぇのかよ、クソ大尉。意識はどうだ?」

「目が、回る…」

 青白い顔のハーマイオニーが吐き終えたのを確認し、顔を元に戻す。

「ドクター、バッカス大尉は見つけた。意識は戻った」

 水でも飲ましとくか、と思ったコーデリアだが水筒を持ってきていない事を思い出した。そういえば急すぎる出撃だった。水筒どころか非常食もない。

『怪我は?』

「見える範囲で目立つ出血はなさそうだな。幸い、カマウィーゼルはオストマルクの森には住んでなかったらしい」

 小さくハーマイオニーが呻くのを聞いた。

「飛べそうか? 飛べねぇなら背負ってくぜ、大尉」

「……お前の事だ…置いてくから、戻ってくるまで…生き延びろとか…言いそうだけどな」

「言わねぇよ。誰だ、そんな事言う奴は。ぶっ飛ばすぞ」

 背負っていくには、BARを持ったままはきついので置いていく。ついでにハーマイオニーのM2マシンガンも放り出し、マグポーチを探ってみると、やはりM1911の弾倉があったので、ありがたく頂戴する。どうせ撃つのはコーデリアだ。

 弾倉を替えてから、ハーマイオニーのわきの下に首を突っ込み、肩の上に乗せる形で背負う。

 ハーマイオニーの左足からもストライカーがすっぽ抜けて落ちた。少しは軽くなるので拾っていく余裕もない。

「空で吐くなよ、オレもゲロ塗れになるのは御免だ」

「……そこは気にするなって言えよ…F.N.G」

「いつまでクソ新人呼びなんだ?」

 そう答えてから、自身も背負ったままどうにかストライカーを履く。

「ダブル変態、状況は?」

『今はネウロイは見えないわ。今のうちよ』

「OK、表に出るぜ!」

『気を付けてね、コーデリア。さっき抱きしめたんだもの、冷たいあなたを抱きたくないわ』

「想像するだけで寒気がするぜジュリエット。お陰で気を引き締められた」

 肩の上の重みは、予想以上に重かった。それは体重的な意味ではなくて。

 

 命の重みだ。

 

 ああ、そうか―――――なんとなく、あの時のメリッサ・キャリントンが告げた言葉の意味が判った。

 新人が何で最も名誉的で最も酷い死に方なのかを。長く生き延びて来るだけ、失ってくるものが多い。隣にいた戦友が何一つ残さず消し飛ばされる事もあるのだ、とエリーも言っていた。

 新人が新しくやってくれば、或いは新たな人と出会うだけ、ウィッチという存在はその命をも背負ってしまう。そう、背負ってしまうんだ。長く生き延びればそれだけ、増えていく。

 そんな重みは、彼ら彼女らが死体になっても背負い続けなければいけない。

 

 エリーは自分の事をどう思っていたのだろうか?

 そんな重さの一つだと思ってくれていたのだろうか?

 そんな彼女の隣りで飛びたいと願い続けていても、自分はまだまだただの重荷のままなのだろうか。

 

 その答えは、生き延びて、帰って、会いに行かなければわからない。

 

 エリーの口から聞きたい、だから。

 

「ふんっ……!」

 速度こそ落ちるが、それでもその重みを支えながら浮かび上がる。

「こっちよ、コーデリア」

「サンキュ、ジュリエット。後でキスしようぜ。シガーキス」

「私は煙草は駄目なのよ」

 なんだ、てっきり喜んでやってくれそうだったのに、とは続けないでおく。

「急ぎましょう。顔色が悪いわ」

 ドクターの言葉通り、速度を上げる。とにかく、今はここを離脱しなくては。

 

 

 

 嵐の中を、飛び続ける。

 何キロ飛んでいるか解らない。例のネウロイタワーからどれだけ離れたか、或いは勢力圏を脱したかどうかも解らない。

 雨は全身を濡らし、眼の中に入り込んでくる。

「今度からゴーグルをつけるようにするぜ。ケイ・カトーみてぇに」

「……水中、メガネ、かい?」

 どうやら我らが隊長はまだ生きているようだ。そんな悪態を言えるぐらいに。だが、それでも良いニュースかというとそうでもなく、嵐は変わらないままだ。

「不味いわね、この雨で体温が下がってるかも。こんな弱い大尉の声は初めてよ」

「動かずに温めるとか、焚き火の選択肢は難しいぜ、ドクター」

 なにせこの大嵐な上に、どこからネウロイが来るか解らない。

 そうなると、選択肢は最後の一つ。可能な限り急いで帰還するだが、自身の位置もよく判ってないのだ。下手すると体力も魔力も消耗し切ってしまうかも知れない。

「おい、一番機。トレントに着いたか? それとも連絡は取れたか? アリョーナ、そっちはどうだ?」

 しばらく応答を待つが、やはり返事はない。

「一番機。アリョーナ、聞こえるか? コーデリア・ブラウニング軍曹より、ロッテ・ルーデンドルフ少尉。応答を」

 雑音しか響かない―――――コンディションも状況も最悪、どうしたものかとコーデリアは思いつつ舌打ちした。

 

 雷鳴の向こうに黒い影が浮いているのが見えた。

 

「中型らしき影だ、隠れろ」

 ジュリエットとドクターにそう声をかけ、近くの木の陰へ。

「頼むから気付いてくれるなよ」

「祈るしかない…」

 大尉の弱弱しい声と共に、ドクターが近づいてくる。

「もう少しだけ頑張って」

 ドクターがそんなハーマイオニーの背中をさすりつつ、反対側からはジュリエットが近づいてくる。

「コーデリア、疲れるでしょう? 引き受けるわ」

「…いや、持ち帰らねぇとうちの一番機がへそを曲げそうだぜ」

 背負ったまま答える横を、中型ネウロイが通り過ぎていく。

 

 だが、その後ろを小型ネウロイの編隊が通り過ぎていくなんて聞いてない。

 

「小型もいるのかよ…気付いてくれるな……」

 ネウロイには色々なタイプがいる。中には目の良い奴だっていたりする。

 中でも悪い奴は赤い部分が光を発して周囲を照らし出す奴だ。夜間や悪天候の中ではウィッチにとって狙う場所ではあるが、ネウロイから逃げる場合は逆に厄介になる。

 

 そして小型のうちの一機がそんな光を発する奴だった。

 

「見付かった」

 ハーマイオニーが囁くのと同時に、コーデリアは腰のM1911を引き抜き、片手で二発ぶっ放した。

「十四年式じゃダメダメね!」

 ドクターも同じく拳銃で牽制するが、その弾丸は装甲に弾かれてしまった。ルガー拳銃ならば小型にもぎりぎり通用するらしいが、弾かれるって事はそれ以下の威力なのだろう。

 見かけはルガーなのに、扶桑軍はまず拳銃を見直すべきだ。

「急がないと!」

 ジュリエットの言葉通り、三人で急ぐが、それでもハーマイオニーを背負いながら、そして小型の編隊のみならず中型も気づいたのだ。

 後ろから追われる形となった一行の真横を、ビームが次々と駆け抜けていく。

「へったくそ!」

「コーデリア、噂をしないの、当たるわよ!」

「当たらないと思えば当たらねぇさ! こんなへなちょこビーム、へのへのもへじだぜ!」

「へのへのかっぱ!」

 そんな事を言っていると、一メートルも離れていない木が赤い光線で消し飛ばされたが被弾はしていない。

「で、カッパって沼に住むタヌキでいいんだっけ?」

「知らないわよ! コーデリア、つくづく思うけどあなたの扶桑語はおかしいのよ!」

「ドクター、とうとう拳銃も品切れになったわ」

「奇遇ねジュリエット。私もよ。ハサミでも投げるしかないかしら? 或いは赤チン」

「効くのかそれ」

 飛びながらそんなやり取りを続ける―――――――小型ネウロイは後ろもうるさい、だが。

「前にも四機来やがった」

 ネウロイはどうやらコーデリア達を意地でも逃がしたくないらしい――――落雷は怖いが、高度を取り上に逃げるか、そう思った直後。

 

 曳光弾の直線の光が前方の小型ネウロイを一機、叩き落した。

 残りの三機が慌てて散っていくが、前方の脅威は散らされた。

 

「今よ!」

 ドクターの叫びと共にジュリエットとコーデリアが続く、曳光弾を放った主であろうウィッチが上から降りてくる。

「久しぶり」

 ロッテ・ルーデンドルフだった。MG42を片手に、そして背中にMP40を背負っていた。

 そんなロッテの後ろ側からはPPShのドラムマガジンモデルを乱射するアリョーナが小型を追いかけていく。

「自分の尻ぐらい、自分で拭きなよ。私はそんなに甘やかすタイプじゃない」

 ロッテはコーデリアに、背負っていたMP40を差し出す。

「シュマイザーか。少しは使った事ある」

 少なくともブリタニアのステンよりかは遥かに便利な短機関銃だ。射程こそ短いが、この森を低空で戦うには充分。

 更にロッテはポーチからMP40のマガジンを三つばかり抜き出し、こちらに投げてきた。おまけつきとは。

「今回だけだ――――――ドクターとジュリエットに任せなよ」

「ああ、そうする。ドクター!」

「ええ。確かに」

 近寄って来たドクターにハーマイオニーを託し、ジュリエットがそれの補佐だ。ロッテは更に背中のホルスターからジュリエットにモーゼル・シュネルフォイヤーを渡していた。

 まったく、ロッテ・ルーデンドルフはどれだけ武器を持ってきたのやら。まるで空飛ぶ武器庫だ。

「コーデリア、先頭を頼むよ。あいつらを蹴散らしに行く」

「了解だ、一番機。ステンよりマシな銃なら問題ない」

 三人の銃は次々と火を噴く―――――嵐の空を掛けて、疲れ切った身体でも目の前にいる敵を撃ち落とす時だけは大丈夫だって。

 二機の小型を叩き落した後、ロッテは残りの二機目掛けて弾丸をばらまきながら呟く。

「ステンよりマシな銃が欲しいならMG42をお勧めするよ。へたくそでも当てやすい」

「カールスラントの銃は複雑すぎだ。リベリオンの方が使いやすい」

 ブリタニア人であるコーデリアが言う事でもないかも知れないが、と内心続けながら銃撃を浴びせていく。

 生き残りの二機の小型と中型一機はその攻撃に怯んだのか、若干の彷徨うように上空を回った後、引き返し始めた。

「あの中型、逃げる!」

 アリョーナが叫びつつ、逃げる中型を追いかける―――――ロッテが片手でそれを制止する。

「ほっときなよ。もう充分だ」

「けど」

「アリョーナ、戻ろうぜ」

 アリョーナはまだ弾丸が残ってる、とばかりに軽くPPSh41を示すがロッテがそれを制した。

「もう充分! あの石頭も怒らないよ」

「…わかった」

 三機はそれぞれの銃を背負い直す――――随分と濡れ鼠になった上に作戦も成功したとは言えない。

「トンだ骨折りだぜ」

 コーデリアは思わずそう悪態をつき、ロッテも何も言わずに顎で「行きなよ」と示した。

 

 三機で再び道を引き返していく中で、雨はますます強くなっていった。

 

 

 

 一行がトレントに帰還したのはそれから四時間後の事だ。

 相変わらずの土砂降り雨は容赦なく体力を奪い、オストマルク国境まで警戒偵察に来ていた連合軍を呼び止めて相乗りさせてもらったのだ。

 トラックが砦の前に停車すると、コーデリアは真っ先に荷台から降りた。

「ありがとう!」

 そうお礼を言い、サムズアップで返す偵察隊の兵士にもう一度お礼を言ってから砦へと戻る。

「これを探してるでしょ?」

 砦に入るなり、ジュリエットが出迎えた。彼女も雨に濡れてたはずだが、もうシャワーを浴びてきたらしい。コーデリアが愛煙している煙草の箱を振って、そして投げ渡してきた。

「ああ、もちろん」

 五色の星が五つ描かれたデザインの箱から一本取り出し、咥えて火をつける。

 全身濡れ鼠の中で生き返った、とコーデリアが思っていると、奥からマッドドクターも出てきた。

「大尉は落ち着いてきたわよ。あの回復なら明日にはぴんぴんしてるでしょうね。飲み過ぎたぐらいよ」

「それならいいけど」

 ロッテはドクターにそう返事をした後で、「報告に行ってくるよ」と奥へと向かっていった。おそらくレングナー中佐の元へ向かったのだろう。

 しかし、ずぶ濡れのままというのはいけない。着替えて来るべきか、とコーデリアが煙草を消した時。

 

 ロッテはすぐに戻って来た。

 

「またなんか作戦を出すらしいからさっさとシャワー浴びて今のうちに寝た方がいいみたいだね」

「了解、一番機。うちのクソ酒飲みが眼ぇ覚ましたら伝えといてくれよ。『来た、飛んだ、落っこちた』の原書にコーヒー染み付けた事を謝れって」

「自分で言いな。それと」

 ロッテはじろりと、コーデリアを見て。

 

「隊長は命拾ったよ。ただ、お陰で何人死にかけたんだ?」

 

「生きてるから儲けたもんだろ」

「次はそうなるとは限らないし今回もそうなるとは限らなかった、違う?」

 ロッテの言葉に、コーデリアはただ紫煙を燻らせながら、答える。

「次もそうなるようにやるだけさ」

「いつか死ぬよ。だからF.N.Gなんだ、その渾名の意味を思い出しなよ」

 そう告げて、ロッテは踵を返した。

 コーデリアは燃え尽きかけた紙巻を、また掌の上に落として、もみ消した。

 

 小さな火傷が、また一つ増えた。

 

「まだ、濡れてる」

 アリョーナがそっと口を開いた。

「ああ、そうだな。シャワーの数も少ねぇみてぇだし、後で入る」

「ここのお湯タンクは大きく無い」

 コーデリアの返事にアリョーナはいつもと同じ調子でそう告げると。

「早めに」

「ありがとよ、アリョーナ。入りに行くぜ」

「これから、行く」

 どうやらアリョーナと連れ立ってシャワー室に行くのは決定なようで、男子学生かと内心口には出さずにコーデリアは放置してあった背嚢から下着とタオルを掴んでシャワー室に向かう。

 そんな真横をアリョーナがひょこひょこついてくる。何も食べていない彼女も珍しいが。

「ロッテの前を飛ぶのはおっかない。コーデリアが来てから久しぶりに飛んだけど」

「味方殺しなんて渾名がつくぐらいだからそりゃ怖ぇよ」

「そう。下手な事したら、本当に撃つから」

 それだけの殺気を向けてきたのか、或いは。

「それぐらいの覚悟でいろよって事かもな。実際、正解なんてわかんねぇよ。生死があっという間になる、戦場じゃ猶更だ」

 

「だけど、それでも。オレはオレが正しいと思う選択肢で行きたい―――クソ野郎って言われても」

 

 まだ色も形も知らない、自分だけの旗。

 だけどそれを作るのは自分だけ。自身が作らなくて誰が作るのか解らないんだから。

 

 冷たい雨は降り続け、強い風もまだある。

 

 だが、その中でも一つだけ灯火が立とうとしていた。

 容易く消せるかも知れない。消えないかも知れない。

 

 

 それはまだ誰にも分らなかった。

 

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