ストライクウィッチーズ World End Sky   作:Xn-i

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Act1
『White Breath(息すらも凍える)』


 統合戦闘航空団。

 連合軍内部で、国を越えたウィッチを集めた精鋭部隊。

 重要な戦線や拠点に投入され、数多くの戦果を挙げつつ、国ごとの溝を埋めるのにも一役買っている。

 

 東部戦線は二つの戦場に分けられる。

 一つはオラーシャ西部より陥落したカールスラント・オストマルクなどを目指す、西側へと進む戦線。

 もう一つは、ネウロイによって二つに分断されたオラーシャ本土のシベリアやウラル海方面などの東側へと進む戦線である。

 東部戦線はニ正面作戦を強いられてるも同然であり、戦線も広大であれば投入される戦力もまた拡大へと向かっていった。

 

 1945年7月。オラーシャ北西部のスィクティフカルに、新たな統合戦闘航空団が誕生した。

 第510統合戦闘航空団、通称”ネメシスウィッチーズ”。

 ネウロイ達に”天罰(ネメシス)”を下すという名前を冠したこの部隊は、502や503部隊の援護となる傍ら、505や507の背後を守るという多彩な任務を背負わされている。

 …しかし幸いにして、未だにそのような事態には陥っていないのは奇跡なのかも知れない。

 

 1945年8月を迎えても、その部隊はスィクティフカルに駐留していたのだから。

 

 

 ”White Breath(息すらも凍える)”

 1945年8月15日

 ティアナ・レーブマン中尉

 連合軍第510統合戦闘航空団”ネメシスウィッチーズ”

 オラーシャ北西部 スィクティフカル

 

 

 夏だというのに、冷たい風が吹き抜けていた。

 当たり前か、とティアナは声に出さずに笑った。夏とはいえ、オラーシャの大地はその殆どが寒帯に属するし、時刻は夜明け前。暖かな太陽がまだ顔を出してすらいないのだ。

 

 夜明け前の空は、太陽の光が差し込む前の夜闇が、怪物のようにも見える。

 怪物。そう、黒と赤の怪物。全てを奪い去っていく、ネウロイ。

「滅してやる」

 ティアナは力強く呟いた。

 

「滅してやる。跡形も無く、この世界の全てから滅してやる」

 

 唇が切れるほど力を込めて、赤い血の味が口に広がる中で、拳を握り締めながらそう呟く。

 しばらくの間、じっと夜明け前の空を見ながら、噛み締めていると、背後から足音が響いた。

「相変わらず早いな、中尉」

 その後、ティアナの横に、扶桑陸軍の航空服を纏った黒髪をショートにした女性がゆっくりと並んだ。

「永倉大尉か」

 扶桑陸軍航空隊所属、永倉刹那大尉。

 510統合戦闘航空団の戦闘隊長を務めている、ティアナの現在の直接の上官だ。

「何を見ていたんだ?」

「闇だ」

「夜明けではなくて、か?」

「闇を見ていると、奴らを思い浮かべる」

「そうか」

 奴ら、がなんなのか永倉は聞かなかった。聞かずとも解るのだろう。

「ここに来て1ヶ月だな」

 永倉がそっと口を開くが、ティアナは何も答えない。

 答える必要はない、と言わんばかりだ。やれやれ、と永倉は肩を竦めてから、腰から扶桑刀を抜き放った。

 

 そして、無言で素振りを始めた。

 上段からの振り下ろし、持ち替えての薙ぎ払い、突き。

 型に沿っているかどうかも解らない実戦剣術。

 

 ティアナは永倉が素振りを始めると、少し距離を取って邪魔にならないように務めた。

「期待している。戦力として」

 素振りを続けながら、永倉がそう口を開くと、ティアナはここで言葉を返した。

「言われるまでもない」

 そして、そのまま背を向けて駐屯地へと戻っていった。

 

 冷たい風が、相変わらず吹いていた。

 

 

 一日の多くは、訓練か機体と銃器の整備に明け暮れる。

 訓練の方は魔力量という制限があるから、機体や銃器の整備の方が必然的に長くなる。体力トレーニングに当てるウィッチもいるが、ティアナはそういうタイプではない。

 

 朝食後のティアナの日課は、銃器の整備だ。

 カールスラント陸軍で導入され始めた、ハーネルStG44ライフル。軽く、近距離での精度ならば高いこの銃をティアナは好んで使用している。

 

 カールスラント空軍の飛行といえば、エディータ・ロスマン曹長が確立した一撃離脱戦術が重視される。

 「アフリカの星」ハンナ・マルセイユ、「黒い悪魔」エーリカ・ハルトマンを筆頭にカールスラントのエースウィッチ達はほぼ全員、この戦術を使用している。

 懐に飛び込んでの格闘戦よりも高速で接近、攻撃、離脱の戦術はこちらの被弾を少なくする事で被害を抑え、高速で通過するだけで相手の編隊を崩せる、という利点もある。

 しかし、ティアナはそれらのエースウィッチの真逆だった。

 敵の編隊のど真ん中に好んで飛び込む格闘戦を得意とし、それを主戦術として用いるべく、弾数や射程はあるが咄嗟の取り回しにかけるMG34やMG42よりも、射程や威力に劣るが取り回しに優れるStG44を選んだのである。

 そしてティアナは間違いなく、撃墜数だけならエースであった。しかし、その戦いについていける者は少なく、彼女の戦術に理解を示すものも少なかった。

 

 しかし、彼女はそれでも自分の信念を曲げない。

 戦術も曲げない。彼女がエースであると同時に、彼女がその戦術を好む理由があるから。

 

「よし」

 銃身の整備を終え、組み立てる。

 弾倉はまだつけずに、近くに見える電球に狙いをつける。

「中尉…レーブマン中尉!」

 ぱたぱた、という足音が響きティアナは狙いをそちらへと向けた。

「わわっ!」

「弾倉はついてない。人は撃たない」

 驚いて両手を挙げた彼女に、ティアナはそう続ける。彼女は両手を下ろした後、深呼吸。

「びっくりしましたよ」

 ベルタ・シュヴァインシュタイガー曹長はティアナの僚機だ。

 510結成前から二番機として行動を共にしている。射撃の腕前は良いが機動の方はティアナから見ればまだまだ、といった具合だ。おまけに、ウィッチとしてもまだまだである。

「ところで、何の用?」

「ああ、はい。ブラント少佐が作戦室に来るようにと」

 ベルタの言葉に、ティアナはStG44を壁に立て掛ける。

「訓練飛行まではまだ時間がある。何かあったな?」

「多分。私も何も聞いてないですけど…」

 とにかく行こう。言葉には出さずに、ティアナは歩き出し、ベルタがその後に続いた。

 

 

 作戦室に辿り着くと、そこには7人のウィッチが揃っていた。

「遅刻だなー、中尉!」

 笑いながら口を開いた魔女に、ティアナは冷たく応える。

「放送が聞こえなかった。遅刻して申し訳ありません」

 後半は作戦室の前方に座る永倉と、その隣りにいる魔女に向けたが、永倉はすぐに返した。

「そもそも放送で呼び出してない。口頭でベルタに頼んだから、遅刻ですらない。気にするな」

「そーゆーこと」

 その隣りにいる魔女はピーナッツの小袋をつまみながらそう答える。ティアナはそれを見て呆れたようにため息をつきつつ、空いている椅子に座った。

 永倉の隣りでピーナッツをつまむ魔女。

 アンドレア・ブラント少佐。510JFW「ネメシスウィッチーズ」隊長。東部戦線では珍しいリベリオン陸軍所属の魔女だ。

 しかし戦闘の指揮や普段の業務は戦闘隊長の永倉に一任しており、大抵はこんな風に何かを食べている。本当に困ったものだ。

 戦闘に重きを置くティアナとしては不満の対象に過ぎない。

「もう少し少佐にも優しくしろよー」

「ゴローニン曹長。ブリーフィングを始める。集中して聞け」

 再び軽口を叩いた魔女を永倉が注意した。

 エレーナ・ゴローニン曹長。オラーシャ空軍所属。

 いつも能天気なお調子者で冗談や口数が多く、戦闘では突出しがちなところがある。

「さて。我が部隊は現在オラーシャ北西部の哨戒が主な任務だ。ウラル方面での戦線は現在こう着状態にある」

 永倉は黒板を示し、貼られていた地図を鞘に収めた扶桑刀で示して行く。

 オラーシャを二分するウラル海方面の向こう側では505統合戦闘航空団を筆頭に、オラーシャ・オストマルク・扶桑を中心とする連合軍がオストマルク方面などの戦線を押し上げようとしている。

 長い撤退線を経た果てに、ガリア方面での戦局打開を機にこちらも押し上げようとしているのだが、完全に踏みとどまっているようだ。

「これに対し、503などがこちらから南下し、あちらを少しでも援護しようとしている」

「すると、私たちも南に移動するのでしょうか?」

 永倉の言葉に、一人の少女の挙手。

 キラ・タルコフスキー少尉はオラーシャ陸軍航空隊の出身だ。物静かな言動とセミロングの銀髪は大人しめの印象を与え、軍人らしくない。

 しかしストライカーの整備を始め、車両や航空機の操縦もこなせる工作要員としての腕前は確かである。しかし印象通りのやや引っ込み思案なところが難点だが。

「いいや、違う」

 永倉は首を振る。

「向こうさんも頭を使ってきてるんだよ」

 ブラントが口を開き、永倉に続きを促す。永倉は呆れながら続きを話す。

「今度は極地方面にネウロイの動きあり、だ。我々はそれらを偵察。場合によって撃破しなければならない」

 永倉はそう告げると、じろりと仲間達を見渡した。

「ここの守りも考えなければならないからな…。そこでまずは偵察隊を編成。強行偵察を行いたいと思う」

 随分と大きく出たな、とティアナは思う。ここで前線に喰らいつけるのならば悪くはない。

 ティアナが頷くのを、別の陰は見逃さなかった。

「行きたいようだねー、ロート・カッツェ(血塗れ猫)」

「うるさい」

 トゥーリ・パブロフ少尉はスオムス空軍所属だ。ゴローニン曹長と並んで口数が多い。

 眼鏡をかけている真面目な印象とはかけ離れたほどのふざけ野郎で、ティアナの事をあだ名の「血塗れ猫」と平気で呼ぶ。

「まあ、行きたいのはやぶさかではないけれど」

「…そうか。ではレーブマン中尉、シュヴァインシュタイガー曹長。両名で偵察隊を編成しよう。異論はないか?」

 永倉の言葉に、誰も異論の声は上がらないようだ。

「よし、ではレーブマン中尉、シュヴァインシュタイガー曹長…それと内海は残ってくれ。残りは解散だ」

「はい、大尉」

 内海司中尉。扶桑陸軍航空隊所属で、冬季戦闘や雪中戦闘のエキスパートとして510に召集される。

 510の食生活にもうるさく、長い黒髪が美しい扶桑撫子で、真面目で仕事一筋なところからティアナは彼女の事をある程度は評価していた。

「内海中尉も同行を?」

「なに、雪中でのやり方を二人にレクチャーしてもらおうと思ってな」

 永倉がそう続けたが、後ろにいたブラントが口を開いた。

「そうはいいけど早めに終わらせときなよ、内海」

「なんでですか?」

「内海がここにいるのをいい事に、トゥーリとカティがここぞとばかりに食料倉庫に忍び込むよ?」

 カティ・ホルシュタイン少尉は510の最後のメンバーで、オストマルク空軍出身だ。

 いつもぼんやりとしていて、口調はどこかボーイッシュな所もあり、そしてトゥーリと並んで盗み食いの常習犯だ。

 何を考えているかわからない、とティアナはあまり評価していない。

 

 内海が手早く説明を済ませるべく、ノートをまとめているのを眺めながら、ティアナはストライカーの整備をしなくては、と考えていた。

 

 

 空に上がれば、人は一人にになる。ティアナはそう考えている。

 たとえ側に僚機がいようとも、空ではたった一人。そこにいるのは一人で、いつも撃ち抜くのも、撃ちぬかれるのも一つの灯火。

『ティアナ、ベルタ。聞こえるか?』

「ああ、聞こえる」

 通信に入ってきた永倉にそう返事をすると、永倉は通信機の向こうで一度咳払い。

『極地方面に真っ直ぐ北へ向かってくれ。無理はしないことだ』

「わかってる。ベルタ、聞こえてる?」

『はい。後ろは任せてください』

 ベルタの返事はいつもいいが、その腕前は信頼できない。少なくとも、ティアナから見ればまだまだだ。

 冷たい風の中、昼前の空を飛んで行く。よく晴れた空だ。

「………」

 だが、こんな晴れた日だからこそ油断できない。何せ、視界がよければ的に当てやすい。それはこちらだけでなく、相手も同じ。

 抱きかかえるハーネルStG44を一度撫でて、ティアナは速度を上げる。

『中尉、あまり速度を上げては戻れなくなります』

 そんな事は解っているが、敵に飛び込まなくては見えるものも見えない。

 ベルタの言葉を無視し、ティアナは速度を上げる。

 

 徐々に風が強くなる。

 恐らく緯度はかなり上がってきている…すると、敵も近いか。

「ベルタ。警戒」

『ベルタ了解、中尉』

 ベルタにそう呼びかけた直後、視界の隅で何か動いた。

「!」

 一度大きく旋回し、それをもう一度見る。夏場で、雪が融けて湿地帯になっているその隅で、動いているもの。

 このあたりに人はもう住んでいない…すると、考えられるのは野生動物、もしくは。

「敵だ! 陸戦2体を確認!」

『他には?』

「目視では他に確認できない。掃討を開始する」

 永倉からの通信にそう応えてから切り、ティアナは一気に上空から急接近する。

 陸戦ネウロイは航空ネウロイよりも大型のものが多く、装甲も硬い。恐らく重力か何かが関係しているのでは、と研究者は言うが詳しい事は解らない。

 もっともティアナにとってはそんな事はどうでもよくて、ネウロイは倒すべき敵であり、憎悪の対象なのだ。

「11時方向に目標! ベルタ、援護!」

『ベルタ、了解! 援護します』

 1体目が前面、11時方向より砲撃を加えながら大きく右に曲がろうとしている、だが陸戦ゆえに、動きは遅い。

 ハーネルStG44を1連射。距離が離れすぎているせいか、射程が足りない。

 もう少し接近しなければ、ティアナは速度を上げる。

『中尉! 近すぎます! 援護できません!』

「お前が私に当てなければいいだけだ! 撃て、ベルタ!」

 ティアナは更に接近し、銃撃を加える。

「畳み掛けろ、ベルタ!」

 ベルタの銃撃がこない。

「援護しろと言っている! ベルタ!」

 後ろに向けて叫んだ瞬間が、一瞬の隙だった。

 

 強烈なビームの射撃。シールドが間に合い、直撃こそ避けられたが、それでも軽い衝撃と共に、右のストライカーに違和感。

 

『レーブマン中尉が被弾しました! 大尉、すぐに救援を!』

『ティアナ!? 大丈夫か!』

 ベルタの叫びの後、永倉からの通信が割り込む。

「問題ない。軽く掠めただけで怪我もなし、飛行可能だ。戦闘続行する」

『戻ったほうがいいぞ、敵の数も多くないだろう、無理に追撃せずとも』

「いいや、まだいける! ベルタ、再突入する! 援護しろ!」

 大きく旋回をして、再度目標を視界に捉える。

 少し煙を吹いているが、右のストライカーは完全に停止しそうな訳でも無い。まだ、やれる。

「行くぞ!」

『中尉、しかし!』

「再突入する、援護しろベルタ!」

『大尉、救援部隊を!』

『……わかった! すぐに行く!』

『ベルタ、了解! どうにか持たせます!』

 やや加速は落ちているが、それでも戦闘には問題なし。上空から接近し、ハーネルStG44を両手でホールド。

 フルオート射撃。射程こそ短いが、その遠慮ない安定した射撃が、相棒という感じがする。

「リロード!」

 弾倉を変えて再度旋回すると、二体のネウロイはティアナに狙いを定め、追跡を開始した。

 極太での砲撃から、威力の少ない小粒の連射へと変えてきた。

「ベルタ、猛射注意だ、シールドを張れ!」

 慌ててシールドを展開するも、接近していたベルタは反応が遅れ、急停止しながらシールドを展開。

 

 間に合わない。

 

『わわわっ!』

「ベルタ、どうした!」

『ひ、被弾しました! ストライカーが火を噴いて……失速してます!』

「どうにか高度を上げろ!」

 慌てて背後を振り向くと、僚機のストライカーから黒煙が多く立ち上り、速度も遅い。

 そしてそんな状態では、敵のいい的だ!

「足を引っ張るんじゃない、ベルタ! 援護する!」

 まったく、役に立たないとティアナは内心付け加えながらシールドを展開しつつ、ベルタを追いかけるべく速度をあげる。

 だが、墜落するほうが早いようだ。

「体の向きを上にしろ! ショック体勢を取れ!」

『は、はい、どうにか……ダメです、速度が速すぎてからだの向きが…!』

「左は止まってるが右はまだ生きているだろう、魔力をもっと注げ! 集中しろ、怯えるな!」

 ストライカーの飛行は精神状態がモノを言う。恐怖や怯えを見せたら、墜ちて行くだけ。空は、誰よりも正直だ。

 残酷でもあるけれど。

 

 ベルタの機体は主を支えきれず、遂に地面に失速し、墜落した。

 

「ぐへぇっ!」

 前から突っ込んだものの、湿地帯である事が幸いしたのか、泥やぬかるんだ土がクッションになったようで、盛大に泥を撒き散らしたものの、ベルタはMG42を手にすぐに立ち上がった。

「レーブマンより報告、ベルタ機、墜落」

『ベルタはどうだ!』

「生きてる、問題は無さそうだが回収を頼む」

『すいません大尉、ベルタ墜落しました…救援を!』

『了解した、とにかく急ぐ。通信終わり』

 恐らく永倉大尉も出てくるのだろう。到着まで守らなくてはな、とティアナは大きく旋回。

 ベルタの上空まで来て、援護射撃を開始する。

「ベルタ、援護する! 引き返せるか?」

『は、はい…レーブマン中尉は!?』

「任せろ、自力でなんとかする!」

 少なくとも足を引っ張るような同僚がいるよりは遥かにマシだ。

 

 だが、ティアナがそう考えている間に、敵はちゃくちゃくと動いてくる。

 

「ん?」

 遠くの方の空で何かいる、と感じた直後に高速で迫ってくる!

「くそ、空戦か! 空戦の中型が4、増援で着ている!」

 報告こそしたが、返事は無かった。だが、確実に味方はこちらへ向かっている筈だ。

 ベルタに近づける訳には行かない。幾ら足を引っ張る奴でも、味方は味方。味方を見殺しにするほど冷たくは無い!

 なによりそんな真似は、流儀に反する!

 文句は生き残ってから幾らでも言える。足を引っ張るバカでも同じ命。たたき出すのは後だ!

 

 空中で弾倉を取替え、四機の中型ネウロイの方へ、ティアナは速度を上げて吶喊する。

 

「持ってくれ…!」

 先ほど被弾した右のストライカーの様子はまだ問題ない。更に加速。

 先頭の一機と遂に正対する―――――引き金を引き、フルオートで弾丸が吐き出される。

 

 向こうが反応するより先に放った銃撃は確実に装甲を貫き、そして最後の一連射はすれ違いざま。

 

 爆散したネウロイの欠片が周囲に飛び散り、それに乗じてティアナは急降下。

 残りの三機の追撃から一気に離脱しつつ、再度弾倉を変える。

「ベルタ、陸戦の様子はどうだ?」

『まだ距離があります…けど、このままじゃ追いつかれます! 中尉、どこにいるんですか?』

「空戦が増援で着ている。こいつを可能な限り引き離す。陸戦は二機とも健在か?」

『はい、まだ生きてます…ベルタ、射撃準備、よしです!』

 怪我が無かったのが幸いしたのか災いしたのか、ベルタは元気にそう答えてMG42を構える音が聞こえた。

「射撃するな!」

 ティアナがそう叫ぶより先に、向こうで銃撃音が響く。

「射撃するなと言っただろう! 速度で劣るのに自分から位置を教えてどうする!」

『す、すいません!』

 射撃してしまったものはもう遅い。恐らく陸戦ネウロイはベルタの位置を捕捉している。

 ならば、やるべき事は一つしかない。

 

 陸戦を後ろから奇襲し、空戦をその場で迎撃するのみ。

 

 かなり危険な戦いになるが、それしか選択肢は無いだろう。

「誇り高きカールスラント軍人を舐めるな……」

 ティアナは一度だけ目を閉じる――――視界を一度閉じて、思考をクリアにする。

 そしてもう一度目を開き、クリアな思考で全ての感覚を研ぎ澄まし、全身全霊の機動で戦う。

 

 大きく反転して地上を走る陸戦ネウロイの姿を探す。

 後ろからついてくる空戦ネウロイの砲撃を急ターンの繰り返しで避けながら、一気に距離を縮めていく。

 

 見つけた。

 ベルタの背後200メートル前後。MG42を背負ったまま賢明に足を動かすベルタ。

 だが、足元は湿地帯ゆえに速度は出ない。

 

 その後ろの陸戦ネウロイは二機。どちらも健在で、無傷のままだ。しかしこちらは見えていない!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!!!」

 

 強烈な急降下で、地面ギリギリまで高度を下げる。

 陸戦ネウロイは大型。恐らく装甲も硬い。だが、陸戦であるが故に、脇や下からはまだ装甲が薄めで脆い!

 地面ギリギリを猛スピードで駆け抜け、肉薄――――数十メートルも無い距離で、照星に捉えたそれにフルオート射撃を放つ。

「!」

 至近距離で放ちすぎた為か、ストックが鼻にぶつかった。

 だが、その弾丸は確実に一体にダメージを与えていた。ボロボロになった装甲の奥に見える、赤い光―――コアだ!

「ベルタ!」

 ティアナの叫びに、遂にベルタが反応した。

 MG42を構え、バズソーの異名に恥じぬ騒音と連射。100発以上の弾丸が一気に放たれ、それはコアを貫いた。

 

 二機目の陸戦ネウロイがベルタに喰らいつく、僅か数秒前。後、二十メートル程でベルタは攻撃を受けていただろう。

 コアを破壊された陸戦が消えると、もう一機の陸戦も弾けて消える。コア持ちの随伴機だったのだろう。

 

 だが、まだ空戦が三機残っている!

 

「ベルタ、下がれ! 早くここから離れろ!」

 後はここで迎撃するのみ。いい加減、足手まといのお守りも御免だ。

『しかし、中尉も被弾しています! もう少し粘ります!』

「これ以上、私の命令を無視して状況を悪化させる気か?」

 ティアナの言葉に、ベルタがインカムの向こうで息を飲む声が聞こえた。

「わかったな?」

 足手まといになる味方ほど厄介なものはいないのだ。無駄に死んでいい命はないが、味方の足を引っ張るならば戦場からたたき出した方がよい。

 そう告げてから再度旋回し、追跡してきた三機の空戦と真正面から正対。

 正面からの戦いは、まるで獅子同士の戦いのようだ。

「弾倉は後二つか……やるか、やられるか」

 弾倉一つで討ち取れるのが1体ならば倒しきれない。だが、2体倒せれば間に合う。

 間に合わせる!

 

 照星のど真ん中、真正面でビームを放とうと準備に入る空戦ネウロイ。

 

 そうだ。

 砲口を開くその瞬間――――コアもむき出しとなる!

 こちらが先か、あちらが先か。

 

 引き金を1度だけ引いて、すぐに左手を前に突き出し、シールドの態勢。

 

 一連射で放たれた弾丸は確実にそのコアへと伸びた。

 放たれたビームとすれ違うようにして、スローモーションで見えるその弾丸の軌跡は、真っ直ぐ、そして真っ直ぐ。

 ネウロイの放ったビームはシールドに真正面から当たり、強烈な衝撃が左手を襲う。

 

 それでもその一撃は貫いていた。

 たった三発。それだけで充分で、真っ赤なコアを貫いた。

 

 爆音と衝撃、そして黒い破片。

 中心にいたネウロイは砕け散る―――だが、残り二機は健在。コア持ちと随伴機3じゃない、2機ずつという事か。

 上等だ、とティアナは笑う。残りの弾倉は二つ。フル換算は一つだが、二機を仕留めるには充分だ。

 

 二機が急接近してくるのをやや下降し、後ろへと抜けて回避する。ここで反転し、後ろを取れば後は的撃ちと変わらない。

 大きく右へと旋回しようとした、その時だった。

 

 先ほど被弾した右のストライカーが遂にパワーダウンし、大きくバランスを崩した。

 

「クソ!」

 だが、ここまで来てやられる訳には行かない。

 右に神経を集中、角度を保ち、再度出力を引き上げる―――空の回転だけが聞こえる、パワーが足りない。下がる高度。

 マズイ。そう思った直後、前方の遠くに黒い点がぽつぽつと見えた。

『ティアナ、すまない! 遅れた!』

 どうやら永倉大尉達がようやく到着したらしい。

『前方に二機だ、キラ、エレーナは私と奴らを迎撃! 内海、トゥーリはベルタの救助に向かえ!』

 黒い点は五機のウィッチに変わり、内海中尉とトゥーリ・パブロフ少尉が大きく横に逸れて高度を下げ、永倉大尉とキラ、エレーナの三機がこちらへ向かってくる。

 こちらのストライカーが不調な事をのぞけば、ちょうど挟み撃ちだ。

『エレーナは前に出すぎるんじゃない!』

 永倉の叱責より先に早くもエレーナ・ゴローニン曹長の機体が飛び出し、二機のネウロイと真正面から相対している。だが、それはこちらに気付いていないことを意味する。

「ゴローニン曹長、後ろからやる。合わせろ」

『後ろだね? 了解』

 エレーナに通信を入れると、元気な返事が帰ってくる。こちらは徐々に高度が下がっている、だが。

 

 後ろを取って、向こうが前に集中している以上、がら空きだ。

 

「そのまま…そのまま……ゴローニン、やれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 前後二方向からの一斉射撃。

 真正面であるエレーナの銃撃は、ネウロイの装甲に防がれる。しかし、前面にしか集中していない奴らならば、後方は見えていない。

 一度撃ち切った弾倉を変えて更に連続射撃し、二機のネウロイは装甲と破片を撒き散らしながら地面へと急降下していく。

 

 地面ギリギリになった所で、右のストライカーが少しだけ持ち直し、それと入れ違いになるかのように、二機のネウロイは地面に激突、爆散した。

 

「目標を撃墜」

『…確認。エレーナ・ゴローニン曹長!』

 永倉はそれを見るなり早くも出なかった。

『出過ぎるなと言った筈だ! それと、レーブマン中尉が射程に入っていたぞ! 味方を撃つ気か?』

「大尉。私がエレーナに命令したんだ。彼女に罪は無い」

 ティアナが割ってはいると、永倉は一瞬だけ言葉を失い、続ける。

『……それでも味方に当たるところだったぞ』

「シールドがあります。それに、ゴローニン曹長の援護のお陰で撃墜できました」

『味方に当たって撃墜なんて洒落にならないぞ、中尉』

 永倉の返事の直後、別の通信が入った。

『永倉大尉、レーブマン中尉、内海です。シュヴァンシュタイガー曹長を保護しました。戻ります』

『よし、全機、帰るぞ』

 これでひとまず手打ちとしたようだ。永倉が指示を出し、それぞれストライカーを加速し始める。

『ティアナ。被弾したようだが、大丈夫か?』

「ええ、大丈夫」

 少しだけ持ち直しているから、基地までは届くだろう。ティアナは全ての弾倉を撃ちきったハーネルStG44を背負いながら、基地へと帰る。

 息の白さを、感じていながらも。

 

 

 一度被弾してパワーダウンしたストライカーでは速度は出ず、戻ってきたのはティアナが最後だった。

 滑走路から格納庫へ入り、ストライカーを整備兵に預ける。

「よう、どんじりだなー。中尉も被弾することもあ―――」

 トゥーリの軽口を無視し、永倉に鉄拳を貰っていたエレーナには小声で「助かった」と囁いてから、一番奥でバツの悪そうにしていたベルタの姿を見つけた。

「ちゅ、中尉……」

 

 一発。一発だった。

 握り締めた拳は彼女を確実に捉え、その場に張り倒すに充分だった。

 

「ちょ! おいおい、なんだよ!」

「レーブマン中尉!?」

 トゥーリが慌てて割って入り、内海がベルタを庇うようにかがみこむ。

「ベルタ。なんだあれは」

「……そ、それは……」

 ベルタは視線を下に伏せながらも言葉を紡ごうとする。

「何故撃たなかった? 本当に私に当たると思っていたのか? お前が引き金を握っているのに?」

「おいおい……」

「『味方に当たるかも知れない』。確かに味方を撃つのは言語道断だ。だから当てなければいい。それだけの話だ。きちんと狙えば当たらない。ゴローニン曹長は当ててないだろう」

「…はい」

「だいいち、ウィッチにはシールドがあるだろう。一度の誤射におびえて攻撃の機会を逃し、損害を拡大させては何の意味も無い。違うか? お前がやったのはそういう事だ! 違うか?」

「待てよ!」

 トゥーリが声を張り上げ、ティアナの前に立ちふさがった。

「そんな言い方無いだろう。ベルタだって、お前の安全を考慮したんだろう」

「あそこでベルタが撃っていれば二人とも被弾しなかった。損害はゼロで終わっていただろうな」

 現にストライカーが墜落1で損壊1だ。

「それどころか、他の友軍まで危険に晒した」

「それでもあたしらの方は損害は出てねぇよ。可能性でしかない」

「それを言うならば誤射の危険も可能性でしかない」

 つかつかと、ベルタに近寄ろうとする。内海とトゥーリが必死に前を塞いだ。

「二度とこんなミスはするな。それが嫌だと言うならば、私がお前をここから叩き出すぞ! 誰が何と言おうとな!」

「……」

「ベルタ! 返事はなんだ!」

「べ、べ、べ、ベルタ…」

「了解は要らないぞ、ベルタ」

 遮ったのは永倉だった。

「ベルタ。部屋に戻って休め。タルコフスキー、お前もだ」

 エレーナのすぐ近くで壁を掴んで成り行きを見守るキラは怯えているようだった。永倉の言葉にほっとしたように立ち上がり、格納庫からベルタと共に出て行く。

「ティアナ。言い過ぎだ。気持ちも解るが、別に誰もそれで迷惑してると思ってないさ」

 永倉が宥めるように言葉を続け、トゥーリがタメ息をついた。

「中尉はもうちょっと僚機を信じてやれよ…」

「戦場では一つの誤りが命取りになる。誰もが一人で、一つの命だ。信頼できる仲間ならばともかく、お守りをやっているんじゃない」

 ティアナは淡々と答える。

 そう、お守りにきているのではない。ここは戦場だ。

「死んでいい命などないが……役に立たぬ味方のせいで死ぬのはもっと御免だ」

「ベルタはお前の事を…」

「失礼する」

 トゥーリが続けるより先にティアナは背を向けた、直後に。

 その肩を掴まれた。

「周りがお前の事を考えてないってんのか!? じゃあ、お前はどうだ!」

「考えてるさ」

 怒りを刻まれたトゥーリの瞳に、ティアナの蒼い瞳が捉える。

「戦力になるかならないか、だ。ここは戦場だからな」

 死ぬか殺すかのどちらかでしかない。

 ネウロイは老若男女、何の差別も無く殺す。こちらはただ敵を殺し続ける。それだけの話。

 ならば戦場で役に立つのは戦力になるかならないか、そのどちらかでしかないのだから。

「……!」

 トゥーリが怒りを隠さずにその場を離れ、永倉もまたどこか釈然としない顔で離れた。

 

 残ったのはティアナとエレーナ、そして内海。

 

「覚悟は必要だよね、そういう」

 口を開いたのはエレーナだった。

「あたしも死にたくないし、死なせたくないよ」

「……そうだな。失いたくは無い」

 エレーナの言葉にティアナがそう返事をすると、内海は困ったように口を開く。

「レーブマン中尉」

「…なんだ」

「シュヴァインシュタイガー曹長だって、あなたの事はちゃんと考えてる。だから、もう少し向き合ってあげてもいいと思いますよ」

「………」

「ロッテは、戦うだけの関係じゃないですから」

 内海はそう告げると、するりと背を向けて歩き出し、エレーナも「じゃあいく」と答えて格納庫を出て行く。

 

 ティアナはハーネルStG44を整備することにした。

 

 少しでも昂ぶった心を落ち着ける為だった。これ以上何か言われたら流石のティアナでもパンクしそうだ。

 長く僚機の筈のベルタの失態に怒りを隠しきれないのだから。

 

 

「ティアナが?」

 基地の廊下で、永倉に呼び止められたブラントはそう返した。

「ああ……腕はよいが独りよがりすぎる。どこか危険だ」

「戦い方自体も割と前に飛び込んでくタイプだからなー。けど」

「けど、なんだ?」

「なんだかんだ言いつつ、ベルタの事はきちんと援護してたんだろ? 大丈夫、もう少し心を割ればいいよ」

「もう少しって……」

 永倉が怪訝な顔をすると、ブラントは言葉を続ける。

「扶桑にはこんな言葉があるだろ? えーと……『雨降りの後は、地割れする』だっけ?」

「それは『雨降って地固まる』だな。そういうものか?」

 永倉の問にブラントは「そーそー」と答えて廊下を歩き出してしまった。

 まだ話は終わってないが、とも思うが。永倉はブラントのこういうところが困りものだな、と思う。

 

 だがしかし、ティアナの腕前は良いものの、彼女が独りよがりすぎるのも事実だ。

 彼女とロッテを組める魔女など、彼女を一番よく理解しているベルタしかいない。

 

 ベルタがティアナに憧れ、そして一方的に理解しようとしている。真剣に案じている。

 ティアナの方はどうだろうか。一方向が双方向になるのに、どれだけ時間がかかるだろうか。

 

 時間は、決して多くない。

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