ストライクウィッチーズ World End Sky 作:Xn-i
「世界は美しさと醜さに溢れて出来ている」
「魔女という美しさがあれば怪異という醜さがあり、クソッタレが跋扈する人生があれば生き方を追及する哲学がある」
「人はそれを愛と呼んで、人はそれを人生と呼んで、それを哲学そして美学と呼ぶんだ」
「熱と痛みで軋みを挙げる程に人は世界という螺旋に迷い込む、それは永遠に続く難題の筈だ。オレはその答えをどこまで出せるのか?」
「神のみぞ知る答えなんてクソ喰らえだ。だけどそれは無限の階段のようなもの。人間五十年なんかじゃ語れない」
「まったくもって最高にクソッタレで最高に素敵な、ああ、世界って奴は最高だぜ、クソッタレ」
1945年、初夏。
ヴェネツィア、解放される。
人類はトラヤヌス作戦の失敗で一度は失ったヴェネツィアの奪還に成功し、欧州戦線を少しずつ押し上げてきていた。欧州解放の日が射程に入ろうとしていた。
しかし、ヴェネツィアを取り戻し、大きなネウロイの巣を取り除いたとはいえ、その残党がまだカールスラントやオストマルクへと逃げ延びようとしていたし、連合軍を足止めしようと潜んでいるものもいる。
そんな奴らを狩り出すのに大規模な戦力を向ける余裕も時間もない。戦線は欧州だけではないし、解放地域の復興も行わなければならないのだ。
ならば、そういう時の為の予備戦力を呼び出す。つまり、そういう事である。
「次の任務はヴェネツィアだぜ、皆ぁ? 張り切っていくよ。美味いワインを一杯引っ掛けにいこうじゃないか」
”Gold Rush(ゴールドラッシュ)”
1945年8月15日
コーデリア・ブラウニング軍曹
連合軍第1特殊作戦飛行隊”デンジャーウィッチーズ”
ヴェネツィア北東部 ヴェネツィア
ロマーニャやフェルウェティアに避難していた人々が次々と戻り、ヴェネツィアは一つの活気を見せていた。
もともと陥落していた時期が短かったのもあるのだろう。建物や畑などの荒廃は少なく、避難先から戻って割とすぐにヴェネツィアの人たちはいつもの生活を取り戻していった。
何年も失われていたガリアとはエライ違いである。まあ、ガリアの復興はオレも手伝いに行ってたりはするけど。主にエリーの呼びかけで。
「どいたどいた邪魔邪魔邪魔ぁ! 五個のセキ、ヒゲが通るぞ、ホトトギス! そこのけそこのけ、セキトが通る!」
人通りが多いヴェネツィアの道路を、一台のサイドカー付きバイクがそんな怒声をあげながら爆走していた。
バイクを操るのはまだ十代半ばになるかならないかぐらいの赤毛の少女だった。
ブリタニア空軍のジャケットに赤と金色の縞柄のニーソックス。ブリタニア空軍所属のウィッチであろう彼女はかなり乱暴な運転で市街地を駆けて行く。
そんな運転手の乱暴さとは裏腹に、サイドカーに乗る薄い色素の少女は平然とサイドカーに捕まっていた。
「コーデリア」
「あ? なんだよ、アリョーナ」
相方の問いかけに、赤毛の少女は前を見ながらそう答える。
「セキトって誰」
「極東の古い英雄が愛した馬、らしい。その英雄はヒゲが自慢でセキトにのって五個のセキを破って王様の元に帰った、なんて逸話がある。よっと!」
ぶつかりそうになった車を避け、細い道へと進路を変える。明らかに車道ではないが、この際に目はつぶる。
「セキを破って? すると、セキはネウロイ?」
「知らねぇ。その英雄はヒゲっていうぐらいだから男だろうけどよ! ま、オレの知ってる逸話はそれぐらいだ。そこのけそこのけ! セキトが通る!」
盛大に声を張り上げ、道行く人々を強引にどかしながらバイクは爆走する。
ヴェネツィア市街地郊外、連合軍の空軍基地へと目指して。
ヴェネツィア郊外の空軍基地の滑走路に、複数の人影が待っていた。
「まだか」
「まだです」
カールスラント空軍の制服を着た二人の将校はそんな会話を交わし、時計を見る。
その周辺ではロマーニャ軍の整備兵や工兵達が整列で待っている。
「十分過ぎている。隊長すら来ていない」
「ええ、まったくアイツらは毎度毎度問題を起こす」
二人の将校の会話に、整備兵たちは怪訝な顔をする。
「あの…」
「ああ、すまないな。暑いだろう。一度、屋内に戻ったほうがいいかも知れんぞ」
将校がそう声をかけると、整備兵は首を左右に振る。
「いえ、まあ、女の子ですし、待たされるのはよくある事ですよ」
「ロマーニャの国民性だな、それは。まあ、今日来る奴らはウィッチの中でも屈指のゴミだが」
「ゴミ、ですか?」
「ああ。なにせ隊長からして……」
将校がそこまで口にした時、遠くの方から一機のプロペラ機が飛んできた。
リベリオン海軍で採用されているドーントレス爆撃機。
だが、爆装はされておらず、その操縦もどこかおぼつかない感じに、急失速しているようだ。
「おいおい、こっちに来るぞ」
「大丈夫か?」
整備兵たちの心配を尻目に、ドーントレスは滑走路に進入。だが、真っ直ぐではなく、やや斜めより。
「うわっと、ブレーキブレーキぃぃぃぃぃぃ!」
そんな叫び声をあげながら、滑走路を斜めにつきぬけ、そのまま脇の砂利へと突進していく。
そして、盛大な振動をしながらようやく止まった。
そんなハチャメチャな操縦をしたパイロットは座席から降りると、航空帽を取り去る。
「やっぱストライカーの方が上手くいくな」
出っ張ったバディとヒップが、カーキ色のリベリオン陸軍のジャケットで強調されたシルエット。
実に見事な体格。リベリオンらしいビッグサイズだ。
彼女は地面に降りると、ジャケットから取り出したのはスキットル。
「ぷはー!」
実に男らしい声をあげてスキットルからウィスキーをガブ飲みする姿は、最高にウィッチらしくない。
「……な?」
将校の言葉に、整備兵たちは直立不動のまま考えていた口説き文句を記憶の彼方へと蹴り飛ばした。
ハーマイオニー・ブラックストン大尉。
リベリオン陸軍所属のウィッチで、通称”バッカスのブラックストン”。そして、彼女を筆頭とする部隊が。
連合軍屈指の問題児集団、第1特殊作戦飛行隊”デンジャーウィッチーズ”である。
コーデリアとアリョーナを乗せたサイドカー付きバイクが滑走路に突っ込んでくる頃、仲間達は既に揃っていた。
「よう、遅かったなF.N.G!」
隊長のハーマイオニーはすっかり赤くなった顔でスキットルを掲げながらそう声をかける。
「いい加減F.N.Gはやめろよこの大酒飲み。リベリオンは禁酒法があったんじゃねーのかよ」
「そんなの二十年代の話だぜ、忘れろよF.N.G」
「オレはもうこの隊に来て一年近くになるんだけどな!」
怒鳴り返すコーデリアに、後ろに並んでいた整備兵達は小声で立ち話を始めた。
「なあ、F.N.Gってどんな意味なんだ?」
「さあ?」
「ああ、それはな」
地獄耳とばかりに聞きつけたコーデリアはくるりと振り向きながら声をかける。
「Fuckin New Girl(クソッタレの新人魔女)の略だよ」
ある意味、デンジャーウィッチーズには相応しいあだ名ではある。
何せ、どいつもこいつもマトモな魔女なんて一人もいない。
「まあ、そりゃうちの隊長と…他の奴らを見てりゃ解るけどな」
コーデリアはそう続けつつ、滑走路で待っている隊長と仲間達を親指で示す。ブリタニア淑女らしからぬ下品さだが、彼女にはそういうものかも知れない。
「んで、まずは作戦会議か?」
「んー。君らが遅刻したから、それは空中で」
ハーマイオニーはスキットルが空になった事に気付くと、コーデリアを見る。
「例のものは?」
「あるよ、荷台に。本当に酒の事しか考えてねぇな」
バイクの荷台を示すと、ハーマイオニーは嬉しそうに飛びつき、取り出した瓶がウォッカである事に呻いた。
「ウォッカじゃないか!」
「選んだのはアリョーナだからに決まってんだろ。ウォッカあるところにオラーシャ人、オラーシャ人いるところにはウォッカだ」
アリョーナはそんな会話を聞きながら柔軟体操をしており、ハーマイオニーはしぶしぶウォッカの瓶を開けてスキットルの中へと満たしていく。
「ったく、本当に酒好きなんだから。あれはもう病気だぜ、病気」
コーデリアは肩を竦めながら整備兵に視線を送る。
「ストライカーは届いてるよな?」
「その……スピットファイアは届いてないんだが」
「誰がスピットファイアなんか使うかよ! ブリタニア魔女たるもの、ストライカーはカールスラント製に限るぜ」
カールスラント空軍少将にして連合軍のウィッチ達を束ねているアドルフィーネ・ガランド少将はブリタニアのスピットファイアを高く評価したとしている。
コーデリアから言わせて貰えばあんな美しさの欠片も無い機体を評価する意味が解らない。ブリタニア空軍のエライ人が聞いたら卒倒しそうな話題である。
「すると、これか?」
整備兵が戸惑いながら差し出した機体を、コーデリアは嬉しそうに受け取った。
滑走路で待機していた二人のカールスラント軍の将校はその機体を見て目を疑った。
メッサーシャルフ Bf109G-0型。
カールスラントのウィッチを知る者ならばその機体を必ず知っている。あの”アフリカの星”が墜落事故を起こしてしまった機体なのだから。
そんな将校の気持ちを知らんとばかりにコーデリアは機体をチェック。
「やっぱいいな」
コーデリアに言わせて貰えば、こいつほど美学を感じる機体などない。
世界の誰もが憧れるトップエース、アフリカの星に土をつけた機材。人類最強の魔女の一人といっても過言ではない彼女に土をつけた、そんな暴れ馬に乗るオレはどうなんだろうと言わんばかりだ。
そんなものでも愛し、乗りこなす事こそが真のウィッチ。それは一つの哲学の世界だ。
戦果とか、戦線の押し上げとか、そんな事を超越した、一つの生き様であり、美しさと陶酔すら覚える。
「よしよし」
それに合わせるかの如く、滑走路脇に引き出された運搬用簡易武器庫から銃も取り出す。
取り出されたのはこれまたブリタニア人らしくもない、第一次ネウロイ大戦の頃からリベリオンの制式装備であるM1918こと、BARである。
軽機関銃としては装弾数が少なく、重いことが難点だが、近年は40発の拡張弾倉モデルが出回っており、コーデリアの獲物もその仕様だった。
「オーケーオーケーオーキードーキー」
弾倉に弾丸が詰まっていて、機関部の動作も軽くチェック。
「そんじゃ、こっちもだな」
続けて取り出したのはホルスターが3つ。そこにはリボルバー拳銃が入っているが、少なくともブリタニアのエンフィールドではない。
カールスラントでも見慣れないリボルバーを見てみると、それはオラーシャのナガンM1985だった。それが3丁だ。
「相変わらず変てこだ」
「この美学がわからねぇ辺り、隊長の目は節穴だぜ」
笑うハーマイオニーにコーデリアはそう返す。
「ラッキーセブンのジャックポットだ」
3丁のリボルバーをジャグリングし、再びホルスターに収めてコーデリアはそう返答する。
確かに、装弾数は7発だった。
それがコーデリア・ブラウニングという魔女である。
ヴェネツィアから飛び立ち、北へアドリア海方面へと向かう。
六機のウィッチは横一列で飛行中だが、真ん中にいる隊長機のハーマイオニーは酒を飲んでるし、その隣りにいる扶桑海軍の制服を着た魔女は空中で鶏の羽をむしっていた。
生きたまま。
手の中で大暴れする鶏をものともせず、悦に浸った笑みすら浮かべながら白い羽をむしる姿はまさに変態だ。
反対側を飛ぶのはアリョーナで、背中に二本のパンツァーファウストを背負ったまま、レーションのクラッカーの袋を開けてぱりぱり齧っている。当然ながら飛行中だ。飛行中なのだ。
そんな彼女の隣りでギリギリまで接近し、アリョーナの尻を撫で回しているのがガリア空軍の制服を着た魔女で、茶髪の髪をポニーテールにまとめていた。余談だが飛行中である。尻を撫で回されているアリョーナはまるで気にしていないが。
そしてその反対サイドにはカールスラント空軍の黒い制服を着た短めの金髪の魔女が飛んでおり、その脇にコーデリアが飛んでいる。…両腕を枕のように頭の後ろに乗せ、背中を下に向けた、仰向けで昼寝をしているような背面飛行で。
警戒心のけの字もなさそうな飛行隊が、ヴェネツィアの空を飛んでいる。
その飛行隊に新たな動きをもたらすのは、いつだってそのF.N.Gの役目だ。
「おい。いい加減目的言えよヨッパライ」
背面飛行を崩さないままコーデリアがそう口を開くと、スキットルのウォッカを煽っていたハーマイオニーは「そうだなー」と口を開く。
ぱりぱり、とアリョーナがクラッカーを噛み砕く音が聞こえ、時折鶏の悲鳴にも似る鳴き声が響く。
「今回のお仕事は501がぶっ壊したヴェネツィアのでっかい巣にいたネウロイの残党狩り。まあ、要は後始末だな。なにぶん、アフリカとカールスラント方面に集中させたいから、大規模な部隊が持ってこれない」
「ついでにヴェネツィアを守るロマーニャ軍にゃ西からオストマルク戦線を押し上げるってのとアフリカへの支援があるから残党狩りなんかに向かせられないってか。働けよパスタ軍団」
ハーマイオニーの言葉にコーデリアはそう続けると、ハーマイオニーはそこでニヤリと笑う。
「おいおいF.N.G。残党狩り押し付けられただけだったらあたしでも逃げるぜ。アフリカに行くほうがマシだ」
「虎狩りに行くなら最高だろうな、アフリカは。で、どんなおまけがあるんだよ?」
「神聖ロマーニャ帝国の遺産」
「は? 140年前に消えた帝国がなんだって?」
コーデリアが呆れた口調で答えると、ハーマイオニーは嬉しそうに続ける。
「神聖ロマーニャ帝国の隠し財産がヴェネツィア北部のアドリア海沿岸に隠されてるらしい。そいつを頂けばしばらくバカンスできないか? 飲む、撃つ、飼う、全部出来るぜ?」
「…その飲む、撃つ、飼うの内訳だけど、最初は酒よね?」
口を挟んだのは、ガリア空軍の魔女だった。
「ああ、そうだぜジュリエット。お前は飼うのが好みだろ?」
「ええ、そうね。好きな女の子を好きなだけ飼えるなんて……いいじゃない!」
「それ、買うのまちがいじゃねーのかよこのサキュバス女」
コーデリアの返事にジュリエットは実に面白そうに笑った。
「買うは一夜がせいぜいよ。飼うなら長い間、ね…?」
「笑う門に頭突きしてカワラでも落としてろこの変態が!」
ジュリエット・ソレル曹長。ガリア空軍出身。
別名”淫魔ジュリエット”。デンジャーウィッチーズに転属した理由は上官の魔女にとても表現できない事をしたため。しかも同僚も含めると八人に。
優秀な狙撃の腕前と、女性に狂気的な愛を抱く変態として野放しに出来ない危険な魔女の一人だ。
「とにかく、隠し財産はどの辺なんだよ」
話題を変えよう、とコーデリアが問いかけるとハーマイオニーは笑う。
「この辺りのはずだぜ。ついでに、残党もこの辺りのはずだ。レーダーによると、だ」
「隠されてる根拠はなんだよ」
「古代ロマーニャ時代の酒についての本を何冊も読んでたらその計算の果てって奴だ」
「ファリア神父かよ」
コーデリアは思わずそうぼやくと、ハーマイオニーは首を傾げる。
「誰だそれ?」
「大デュマのモンテ・クリスト伯ぐらい読んどけよリベリアン」
「F.N.Gと違って読書家じゃないんでね。あたしゃ活字を読むと三ページで頭痛がしてくるんだ」
「それはただの二日酔いだ酔っ払いめ」
盛大にそう返した時だった。
アリョーナがクラッカーを食べ終え、その袋を捨てる。
「腹ごしらえ終わり」
アリョーナの呟きを、他の五人は聞き逃さなかった。
「よし、そろそろ敵がいるみたいだな」
ハーマイオニーはスキットルをしまい、扶桑海軍の魔女は総ての羽を毟られて丸裸になった鶏を生きたまま雑のうに押し込む。
ジュリエットはライフルを抱きしめ、コーデリアはBARを構えなおした。
「よーし、全員、いつもの相棒と一緒に! 三手に別れろ!」
「合流地点はどこだよ」
「十キロ北の修道院上空! ルートも三箇所だ、さぁ行くぞ!」
部隊は三隊に分かれた。
ハーマイオニーとアリョーナ、扶桑海軍の魔女とジュリエット、そしてコーデリアと―――カールスラントの魔女。
「コーデリア、先よろしく!」
「長機の癖に後ろってどうなんだよ」
いつもの事だ、とコーデリアは呟く。だが、彼女らしいと思えばそうかも知れないとも思う。
コーデリアの長機―――ロッテ・ルーデンドルフ少尉には恐ろしい異名がある。
”味方殺しのルーデンドルフ”。
気に入らない同僚や足を引っ張る部下、聞き分けの無い上官など気に入らない相手は背中から彼女に撃たれてしまう。
既に彼女による”誤射”で撃墜された魔女は二桁にも上る。
デンジャーウィッチーズはおろか、カールスラント空軍でもエースに数えられる実力を持ちながら少尉止まりでデンジャーウィッチーズに追いやられてるのもそのせいだろう。
常に僚機の後ろに立つのも虎視眈々とぶっ放すためかも知れないし。
まあいいさ、とコーデリアは軽く考える。
それぐらいのスリルがあるほうがいい。適度なストレスはむしろ身体にいいらしい、という話をどっかで聞いた。真偽は知らないがその方が哲学ちっくだろう。
「お?」
そんな事を考えながら飛行を続けていると、ぽつりぽつり、と山の麓のかつて集落であっただろう人家の影から小型ネウロイが姿を現す。
「神聖ロマーニャ帝国の虎狩りだ」
さあ、ハデに狩りを始めよう。BARを構えなおす。
「当たると痛ぇぞ、けど当ててんだよ!」
遠慮なく吐き出された弾丸はぶすぶすと一体目に命中。
「なあ、ロッテ! 虎の毛皮って幾らぐらいか知ってるか?」
「んー、知らない。幾ら?」
「すごく高い」
そんな会話をしながらも前進。
「少なくともオレらの給金じゃ買えないな」
「いちおうわたし将校なんだけどなー」
「悪かったな軍曹で」
ロッテのMG42も火を噴き、二人は実に限りなく日常会話に近い会話をしながら戦闘を続けて前進する。
「給金で思い出したがうちの隊長は酒代をどっから出してんだよ。借金とかじゃねーよな」
「借金してたら取立て屋は世界を何週もするんじゃないかな」
「ああ、そうだよ。オレらはいつでも根無し草の渡り鳥、だ。まったくオレたちゃ郵便配達屋かよ!」
「いいじゃないか、ポストマン。カッコイイじゃない。あたしらよりずっと」
「ポストマンの歌でも作って歌うか? それこそ盛大にラッパでもつけてさ」
「誰がラッパ役になるの?」
「マッドドクターあたりだろ。あんなのは注射器持たせるよりラッパの方が安全だ」
コーデリアがちらりと横を見ると、一キロほど離れた空で、ジュリエットの相棒である扶桑海軍の魔女は一〇〇式短機関銃を盛大にばら撒いており、少しずつながら進軍しているようだ。
”マッドドクター”こと羽鳥貞子曹長は扶桑海軍の魔女だ。
デンジャーウィッチーズの衛生兵…だが、コーデリアをはじめ誰も彼女の治療を受けたがらない理由はただ一つで、彼女が本当にヤバイ性格をしているから。
具体的に言えばさっき空中でニワトリの羽を毟っていたのは彼女だし、暇さえあれば小動物をすりつぶしたり踏み潰したり。
そもそも同僚の使い魔を解体してしまったせいでデンジャーウィッチーズ送りになった魔女である。
解体するのは大得意だと言い張る衛生兵の彼女はまだ医療ミスは無い、と言い張っている。
ちなみにその両目が開かれた事があるのかと思うぐらい糸目の、長い黒髪の扶桑撫子…のような何か。
まったくもって危険な奴だ、とコーデリアは思う。
「コーヒーなんてのは泥水だ♪ 悪魔も天使もいやしない♪」
「はぁ、どっこい!」
「味音痴を探せばリベリオン♪ 食欲の権化は扶桑人♪」
「あ、よいよい!」
「居場所なんてオレらは知らないね♪ 行き先も知らない渡り鳥♪」
「へいへーい!」
「さあ危険な魔女のお通りだ♪ そこのけそこのけ魔女が通る♪」
「ところでコーデリア、音痴だね」
「今まで散々合いの手入れててそれかよ!」
本当に最低の長機だ、とコーデリアは思うが今更言ってもしょうがない。なにせ彼女達はデンジャーウィッチーズ。世界で一番美しい魔女達の中で屈指の危ないトゲ塗れの魔女達だ。
小悪魔な彼女なんて言葉に泥をぶちまけるが如く全部甘味に染め上げてしまうメープルシロップの強烈な甘さに似ている。
「ああ、クソ。なんでオレはエリート部隊からデンジャーな部隊に飛ばされたんだ?」
「デンジャーだからじゃないかな」
「ファックだ、怪物! ”ネウロイ死すべし”だ!」
弾倉が空になったBARのリロードをする前に目に付いたネウロイを確実に”殺す”為、ホルスターから抜いたナガンM1985を馬賊撃ちでぶっ放し、七発撃ち切るとホルスターに投げて戻して次の一丁を引き抜き、続けて七発。三丁目で七発。
「Jackpot!」
見事な早撃ちで二十一発。
「ビューティフル」
世界中の狙撃手達が見たら戦場のど真ん中でパスタをゆで始めるような現実逃避になりそうな大胆な拳銃射撃だった。
「リロードぐらいしたら? コーデリア、まだまだだよ」
メインもサイドアームも全部弾倉を撃ち切れば、リロードしなければただの鉄棒だ。
慌ててリロードする姿はスマートじゃないけど、その前まで倒したネウロイの数だけ、前進は出来てる。たぶん。
「弾丸切れになった銃を勝手にリロードしてくれる機械でもあれば、今頃オレは紅茶の海で泳いでるっての」
「紅茶を海にして泳ぐなんて最高の無駄遣いだよ、コーデリア風に言えばね」
「ああ、言い方が悪かったよ。青空の為に雨雲を全部駆逐した方がマシに見えるほどの土砂降り、だ!」
悪態をつきつつ、リロードをしている間にも、爆炎と銃撃の音はあちこちで響く。
見れば、アリョーナは担いでいた二本のパンツァーファウストを既にぶっ放し、残った発射機はそのまま近くを歩く地上ネウロイへと放り投げた。
二つの発射機はそれぞれ一体ずつ、見事にストライク!
空からの落し物はネウロイにとっても重すぎたようである。空から隕石が降ってきたほうがまだマシに見える二体のネウロイは四本足をバタバタさせながら砕けた。
「隕石の方がファンタジックだな」
コーデリアはようやくBARのリロードを終え、拳銃の方のリロードをはじめる。
サイドアームの一つはせめて健全な状態で残しておきたいものだし、それに残党のネウロイの数も多くは無い。
「戦闘中のリロードって奴は、どうしてこうもワクワクさせてくれんだろーな!」
生死を分ける一瞬がありうる戦場の、一発でも当たれば致命傷になりうる空のど真ん中。
一発の弾丸を込める時間すらも惜しいと考えるか、それが命を繋ぐ一撃の布石と考えるか。
「この一撃が、奴らにとってのラグナロクになればいい、それだけだな」
シリンダーを1回転させてホルスターに戻し、二丁目、三丁目へと続けた。
「コーデリア!」
それを確認したのか、ロッテが少し離れた場所を顎で示した。
そこには一体の大型ネウロイ。戦車よりも遙かに大きい、まるで地上を歩く要塞。
「親玉のお出ましだ!」
ハーマイオニーが笑いながら近寄り、続けて他の仲間達もコーデリアとロッテの近くに集まる。
「アリョーナ、火力は」
「ない」
しかし大型火力を持っていたアリョーナはパンツァーファウストを撃ち尽くして捨てていたし、貞子は短機関銃しか持たず、ジュリエットは狙撃銃、他の三人は普通の軽機関銃だ。
だがしかし――――。
ここで武器を取りに帰るという選択肢なんてないのがデンジャーウィッチーズである。
「世の中には創意工夫が必要だな」
ハーマイオニーは笑う。
「ファイブリングブックにもあるな。『針のような匕首ほど、硬い甲冑を貫く』ってな」
コーデリアは大型ネウロイを見る。
弱点があるとすれば、腹だろう。四足歩行する動物は大抵腹が弱い。何故なら腹は地面に向けていて、そこからの攻撃を想定していない。
「なあ、F.N.G。どんな風にやる?」
「腹をぶっ叩く、だ。オレはそれで行くぜ」
コーデリアの言葉に、ハーマイオニーとロッテは大笑いした。
「だと思ったよ。コーデリアらしいというか」
流石にこの隊長機は解っているのか、ロッテは笑いながらMG42のマガジンを変えた。援護をするにはフル装填の方が嬉しいだろうし。
「ついでに面倒な仕事はいつも新兵の仕事だよ、F.N.G。それはデンジャーウィッチーズも同じだ」
「いい加減オレをF.N.G呼ばわりはやめろってんだよ、クソッタレ!」
悪態をつくとコーデリアは、一度仲間達を振り向く。
「援護してくれんだよな?」
「大丈夫。帰ってきたあなたをベッドの上で抱きしめる準備は出来てる。今日のズボンだって賭けるわ」
「いらねぇよ。テメェのズボン貰っても嬉しくねぇ! サイズ違うし!」
「その心配は要らないわ。墜落したらちゃんと治療するから。あの大きさだから被弾したら腕一本ぐらい消えそうだけど」
「嫌な想像をどうもな、マッドドクター。お前が腕一本ぐらい無くした方がいいぜ」
いつものジュリエットとマッドドクターにはそう返しておき、コーデリアは頭を掻き、BARを握りなおす。
「んじゃ―――隕石の旅を楽しんでくる」
全力で一度上空へ加速する――――空高く、とにかく空高く。陸戦ネウロイの真上の上空へと飛ぶ。
寂しさを感じるほどの高い空のど真ん中で、真下に赤黒い怪異。
蒼い空のど真ん中、緑色の草原を歩く赤黒い怪異の真上で、コーデリアは愛機を一度見た。
アフリカの星がその輝かしい星の光に見せた、たった一度だけの光の陰りとなった相棒がそこにいる。
ふと、思う。
アフリカの空で、この機体に命を預けた彼女は、地上へと墜ちて行く瞬間に何を思ったのだろう。
人類最高の、地上の重力から解き放たれた空を自由に舞う事を誇りとした彼女は。
いいや、とそれを否定する。
何故なら、彼女と自分は違う。コーデリア・ブラウニングはハンナ・マルセイユではないし、ハンナ・マルセイユはコーデリア・ブラウニングではない。
二人はイコールで結ばれない。世界最高のエースと、エリート街道から回り道したデンジャーな魔女。
だけど、それぐらいが自分にはちょうどいい。
だからこの美しくもイカレタ世界にまだ身を委ねてみよう。同じように、思い出した重力に縋り付いて地上へと墜ちて行くのだ。
ストライカーが停止し、彼女は、遥か高い空から地上へ急降下していく。
星の重力に囚われた、ヒトカケラの流星のような―――。
遥か上空から弾丸の如く急降下するコーデリアを、ネウロイは見ていた。
その大柄な体格の頂点から、大型の砲身を露出させ、位置を停止して射撃形態に入る。
あんな大型のビームを喰らえばシールドを張っていようと跡形もなく消滅してしまうかも知れない。戦車の装甲を貫く事はおろか、堅牢な大型の軍艦さえ一撃で轟沈させるその光線はまさしく死の閃光だ。
だがしかし、コーデリアに集中しすぎたネウロイは周囲への対応が遅れた。
「おらおら、行くぞーっ!」
マシンガンが火を噴き、ハーマイオニー、貞子、ロッテの三人がそれぞれ三方向から砲火をはじめ、そのネウロイの装甲を削り取っていく。
蝿よりもずっとうっとおしいその攻撃をネウロイは追い払いたいが、上から降って来るコーデリアを撃ち抜くほうが先か、三人の魔女を打ち払うが先か。
「油断してると崩されるよ?」
ロッテがからかうように近くを飛ぶ。
挑発が理解できてないのは理解しているが、ネウロイは時として知能的な行動で返す。
どれを優先して攻撃するかを、ネウロイは時々判断する。あくまでもそんな風に見える。
砲身を突き出したネウロイは、装甲が削られていくのを構わぬままに、空目掛けて砲撃を放とうとした。
その瞬間、コーデリアの愛機は、メッサーシャルフ Bf109G-0はその刹那に再起動する。
光った瞬間、迫る光が届くよりも光速に。
それは光速に迫ったマニューバで、バレルロールで光の軌道から外れた。
大型の光は確実にコーデリアを捉えていた筈だった。
高速で墜ちて行くコーデリアは空中でバレルロールでビームを回避、更に加速しながら一気に降下。
地上ギリギリですれ違う、怪異の真紅のそれと、一瞬だけ目が合う。
コーデリアは嗤う。
「なあ、恐竜を倒す方法を知ってるか?」
地面に激突する間際に、体を一瞬で水平になるまで高度を調整する。
ちょうど地面との隙間に滑り込むように。
「脛はどんな生物でも叩かれれば痛い! ”ベンケイのナキオトシ”って奴だ!」
再び顔を上に向けた。BARをしっかりと構え、赤黒いネウロイの真下を通った瞬間に引き金を引く。
強烈な反動が制御できなくても、真上に的があれば当てるのはそれこそ欠伸が出るほど簡単だ。
装甲をはがされ、腹からも一撃を受けたネウロイは常にその体の殆どを崩壊させ、赤いコアと足だけを晒してのそのそと退散する。
その赤いコアを狙うのは――――狙った獲物を逃がさない、狙撃手のジュリエット―――だけじゃない。
「エース狙いだよね、やっぱ」
味方殺しの異名を持つ屈指のエースであるロッテがMG42を向けていて。
「隊長機様にトップは譲るべきだよなー」
ハーマイオニーがマシンガンを携えていて。
「骨を削って、肉を引き裂いて、その先にあるのは…丸裸ね」
マッドドクターが短機関銃でコアを狙う。
「逃がさない…必ず逃がさなぁぁぁぁぁぁい!」
既に火力は撃ち尽くしている筈だ。
だが、アリョーナの小さな身体には、M1911が両手でしっかりホールドされている。
「おいおい。オレの敵だよ!」
腰のホルスターから引き抜いたナガンをコーデリアは離さない。
重なる銃撃。誰が撃ったのか解らないぐらいの弾丸が飛んでいって、やがて止まった。
その赤い輝きが消えて、崩れ落ちていくネウロイの姿と共に。
「オレがしとめた!」
「いいや、あたしだね」
「残念、私の方が一秒早かった」
「そうかしら? 私の一〇〇式の方が発射速度が早い」
「いやいやそこは上官であるあたしの顔を立ててだな」
「隊長が一番遠かった。私が一番近い」
お互いにやいのやいのと言い争いをして、ひとしきり騒いだ後で周囲を見渡す。
もう敵はいない。
「お仕事完了…これからは」
ハーマイオニーは笑顔で続ける。
「お宝探しの時間だ!」
彼女達の時間はまだ終わっていない。
危険な魔女の宴は、なかなか終わらない。
やがて、人気の消えた古い修道院に、六人の魔女が降り立った。
「ずいぶん歴史を感じるわね」
貞子の言葉通り、少し前までネウロイに占拠されていたヴェネツィアに立っていたその修道院は、ネウロイ占拠前から放置されていたのか、上部はだいぶ崩れていた。
「そうかい? あたしゃ教会に行くにはこういうとこがいいけどな」
スキットルを開けてぐいぐいウォッカを煽るハーマイオニーはそう呟きつつ、入り口へと近づく。
「さあ、鍵はかかってると思うかい?」
「開けてみれば、隊長? あたしは嫌だけど」
「いやいやそこは我らが副官に譲ってだね」
「こういうのは言いだしっぺの法則というよ、隊長?」
ハーマイオニーとロッテがそんな会話をしてお互いに譲り合いの精神を発揮していると、スタスタ、とアリョーナが前進。そして。
「邪魔だ、どけよクソビッチ!」
色素が薄く、大人しそうな印象からは考えられない罵声を出して観音開きの扉にハイキック。
古いドアは見事に粉砕され、暗い入り口がぽっかりと開く。
「開いた」
「………ヒック。明かりが無いよ、アリョーナ?」
「その酒を使えば燃料にでも出来るだろ」
コーデリアが最後部で呟くと、ハーマイオニーはスキットルを逆さにした。
何の液体も出て来ない。つまり、カラ。
「本当にバカだろテメーら」
燃料がなければ明かりの代わりになるものなんて、せいぜい一つぐらいなものか。
「あー、付き合うのめんどくせーでやんの。なんでオレはこんな部隊に来たんだよ、クソ」
「諦めなよ、F.N.G。少なくともブリタニア淑女には見えないからね」
「うっせぇ、このヨッパライが! 明かりの代わりね…ああ、ちょうどいいのがあるぜ。おら、貸せ」
手をひょいと伸ばして、ロッテの被っていたカールスラント空軍の黒い制帽を掻っ攫うと、コーデリアはしばらくポケットを探ってライターと煙草の箱を取り出す。
「そういうところがブリタニア魔女からかけ離れてるんじゃないかしら? 私も煙草は嫌い」
「テメェの趣味なんか聞いてねぇよジュリエット!」
ライターを数回鳴らして煙草に火をつけ、そしてその火を消さないままに黒い制帽に火をつける。
「どうだ、明るくなったろう」
「それ、高いんだけどなー」
しかしロッテが今更ボヤいても後の祭りという奴で、赤い火が煌々と灯ったそれは結局松明代わりになってしまった。
軍の制帽である。軍の制帽である。大事な事だから二回言った。
火の灯った制帽を掲げてハーマイオニーが楽しそうに前進、次いでロッテとアリョーナが続き、ジュリエットがその後ろ。最後尾はコーデリアと羽鳥だ。
「ところで、軍曹? 未成年の喫煙は身体に悪いわよ?」
「葉巻よりずっとマシだろ。大人の証みてーなもんだしよ」
もっともまだ十五歳なので法律的にも未成年なのだが、とコーデリアは口には出さないでおく。法律でそう決まっているのだからしょうがない。
「あらあら、私はあなたの健康を心配してるんだけ…ど!」
羽島が唐突に床を踏み鳴らし、その足元で嫌な悲鳴のような声と、コーデリアの足にも何かが飛び散ったのがわかった。
目線を下に向けてみる。煙草の明滅する小さな火種でも見えたのは、ネズミの死体。
羽島のウィッチ用ローファーが見事に踏み潰した死体。
まだ手足をバタつかせているその上に、羽島は一〇〇式短機関銃の銃身を突き刺した。
ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、銃身が動くたびに肉の潰れる音。
うぇー、とコーデリアは嫌悪の色を隠さずに顔を背ける。紫煙を吐き出しつつ。
「人に健康云々語る奴が、人を気持ち悪くさせるのが大好きってどーなんだよ。ドクター」
「この隊の人たちだけよ、私を”ドクター”って呼ぶのは。”メディック”じゃなくて」
「別にいいだろマッドドクター。あだ名なんてのはそういうものだ。勝手に周りが呼び始める」
それは例えるなら、一つのわかり易い”しるし”がくっついていくようなもの。
コーデリアがよく知る魔女だってそうだ。
「そしていつか、それが”イコン”へと変わる。どんな形であれ、名に残るようになれば、の話だけどよ」
半分まで燃えていた煙草から灰を落とし、そのまま遠くへ指で飛ばした。
「火遊びはダメよ」
前方にいたジュリエットが振り向きもせずにそう口を開く。まだ火のついたままの吸殻は近くの埃だらけの床に落ちたままだ。
「消すしかねーな」
仕方なく吸殻の近くまで寄って踏み消し、次の煙草を取り出して火をつける。
その時、一瞬だけ照らされた壁の色が、明らかに周囲と違っていた。
「ん?」
「お?」
我らが隊長はそれを見逃さない。手早く近くまでやってくると、先ほど火をつけた松明代わりの制帽をよく近づけて、壁の色を再度確認。
やっぱり色が違う。
「ビンゴだぜ! こういう壁の色が違うところって隠し扉とかがお決まりのパターンだ!」
ぺたぺた壁を触りながら嬉しそうに言うが、どう見ても壁に向かってパントマイムしている。
くどいようだがそういう風にしか見えない。流石は帰ってきた酔っ払い。
「本当にそこかよ。開かないぞ」
少なくともそれが扉であれば沈み込むなり動くなりそんな反応があるけどない、とコーデリアが考えていると、ロッテが「わかった!」という顔をした。
「隊長、隊長。それはこういう事なんだよ」
「ほうほう、それは?」
「こういうのは、仕掛けがあるんだよ。例えばさー……ほら、そこの十字架を倒すとか!」
背負っていたMG42を部屋の真ん中にある十字架に向け、そしてそのまま引き金を引いた。
十字架は穴だらけになったが倒れない。
ちなみに跳弾もなければ外しもなし、見事な腕前。
「あれ? コーデリア、あれ倒してくれる?」
「ふざけんな自分でやれよ言いだしっぺの法則! ”ブシは皆嘘つかない”だろ」
ぶっきらぼうに言い放つコーデリアを、何故か貞子は怪訝そうに見た。
「……時々思うんだけどコーデリアはどうして扶桑の故事がああも出鱈目なのかしら?」
「わたしに聞かないでよマッドドクター」
しぶしぶ、とばかりにロッテが十字架に近づき、押してみる、が。
「動かない。コーデリア、手伝ってー」
「………」
色々な意味でコーデリアの中で何かのマグマが噴火しそうな勢いで溜まるのを感じた。人間マグマ溜まりの完成である。
「隊長。酒はもうねぇの?」
「もう空だな。スキットル全部」
「ドクター、消毒用のアルコール」
手を伸ばしながらそう口を開き、受け取ったアルコール瓶の蓋を捻ると、十字架にぶちまける。
「背徳的だな、こん畜生。オレは日曜学校にはちゃんと通う派なんだよ」
「案外あなたらしいわね、私はダメな方だったわ」
「ああ、そうだろうな。テメェは懺悔しまくる必要があるしな」
ジュリエットの茶々にそう答えつつ、アルコールをぶちまけた十字架目掛けて、咥えていた火のついたままの煙草をふっと吹き飛ばす。
火種は十字架に当たり、あっという間に炎上。出来上がった火の柱は修道院の中を煌々と照らした。
わさわさ、と喧しい羽音が響き渡り、天井付近を飛び回る―――蝙蝠の姿。
「悪いな、まだ昼だ。ノスフェラトはもうちょっと寝てろ」
夜の王の眠りを妨げてしまったが少なくとも彼らの出番はまだ先だ、とコーデリアは三本目の煙草に火をつけようとして――――アリョーナがその煙草を取り上げた。
「吸いすぎ」
火の柱へと投じられてしまった煙草を見てコーデリアが肩を竦めていると、火の柱と化した十字架が、やがて炎の中でゆっくりと、土台ごと後ろに傾く。
むき出しになった土台の下に、船の操舵輪のようなハンドルが見えた。木製の。
「火を消さなきゃ燃えるんじゃないかな?」
ロッテの呟きがその通りだ、とばかりにハーマイオニーは水筒を探るが当然ながら酒しか持っていなかった彼女では消せず、結局貞子が水筒の水をぶちまけて火勢を弱め、そしてハンドルへ手を伸ばす。
「歴史の瞬間ね」
「F.N.G、こういう時に気の利いたことを頼むよ」
笑顔で振り向く隊長にコーデリアはこう返した。
「”笑うトウフにゃ福がある”」
やっぱり彼女の扶桑故事はどこかおかしい、とマッドドクターは言葉に出さずに思った。
ポケットいっぱいの金貨があったら、どうしようか。
そんなやり取りをしたのはもう一年以上も前の話。
コーデリアにとって最も尊敬すべき魔女である彼女はその難題に対して「うーん」とすっかり首を捻ってしまった。
「そんなに悩むことか? ほら、お金で買える範囲で欲しいものとか、さ」
意外な反応に戸惑ったコーデリアがそう問いかけても、彼女は首を傾げたまま続ける。
「でもそう考えても、案外思いつかないものなのよ」
その困り顔がどこかおかしくて、コーデリアは大笑いする。
「オレだったら本と酒で済ませるかな。本棚を埋め尽くすぐらいの古書と扶桑ウィスキーが買えるしな」
扶桑産まれのウィスキーの味を思い浮かべながらそう呟くと、彼女はタメ息をついた。
「飲酒はあまり感心しないわ。この前も、フレミング隊長に注意されてたでしょう? 頻繁に酒瓶が紛れてるって」
「隊長は…まあ、厳しいからな」
当時のコーデリアが所属していたジーニアスウィッチーズ。ブリタニア空軍第22戦闘飛行隊。
あのグローリアスウィッチーズと並び称されるブリタニアの剣。それ故か、どこかお堅い感じの魔女も少なくないせいでコーデリアはどこか反りが合わなかった。
「コーデリア、あなたはもう少し他の子達と視野を広げなさい」
普段は優しい彼女だが、他の退院とのやり取りに関してだけはしっかりとコーデリアを叱る。
それを鬱陶しいと感じるほどコーデリアは愚かではない。でも、どうしてもコーデリアは上手く行かなかった。彼女が心配しているとわかっていても。
「うん、わかってるよエリー」
彼女は―――白薔薇のエリーは言葉を続ける。
「理解されなければ、怖いって事は解ってる。でも、こちらから理解しなければ、近寄ることも出来ない。人とのやり取りは、未知との遭遇に似てるわ」
落ち着いた言葉の一つ一つが懐かしく、だが重く言葉に響いた。
「どこか小説みてーな話だな」
「コーデリアはそういうの、読まないの? ウェルズの宇宙戦争とか、子供の頃は凄く怖かったおぼえがあるわ」
生憎とその頃はまだ読んだ事は無い、とコーデリアは思う。
幼少の頃から孤児院にいたコーデリアは読書家を自負するほどの本の虫だが、それでも読んだことの無い本など星の数ほどあった。
「学校の図書館にあった記憶はするけど読んだことない」
「読書家でも、読んだことの無い本はあるのね。本を欲しがるのは、解る気がする」
「子供の頃は欲しい本が買ってもらえたような環境じゃなかったしな」
「そう……」
そう答えた、エリーの顔が悲しげになったのは覚えていた。
基地だけでなく、実家でも薔薇を育てている彼女が裕福な家の出身である事を知ったのは、それからしばらく後の事。
だからあの時の問いかけで上手く答えられなかったのかも知れない。きっと。
少なくとも今、ポケットいっぱいどころかチェスト1つ分の金貨の山が目の前にあるのだから。
修道院の地下から掘り出した神聖ロマーニャ帝国の隠し財宝は文字通りチェスト1つ分の金貨に溢れており、ヴェネツィアの町まで運ぶのには六人で呼吸を合わせて運ぶというデンジャーウィッチーズらしからぬ事までやるはめになってしまった。
もっとも、金貨そのままでは使えないのでこれを換金することになり、デンジャーウィッチーズの六人は苦労してこれをフェルウェティア銀行のヴェネツィア支店まで輸送した。
まあ、欲しいものは今すぐ手に入れたいものなのだ。
銀行の窓口に山と積まれた金貨を台車で運びつつ、頭取が六人に待つように促して奥へと消える。
窓口の前で結果待ちをするのはコーデリアだけなようで、他の五人は近くのソファで思い思いに喋りだした。
「いやー、これでとうぶんバカンスだよ。シャトー・デュケムが箱買い出来る」
ハーマイオニーは早くも欲しいものを夢見ているが、ガリア解放からそう時間が経ってない以上、シャトー・デュケムが手に入るかどうかなんて解らないのだが。
少なくともバッカス(酒の神)の異名は伊達ではなく、どこまでも酒好きである。
「豚が欲しいわね。数十頭ぐらい。豚の臓器って人間に近いらしいのよね」
マッドドクターは物騒な事を平気で言い放つ。どうやら豚を解体して遊びたいようだ。
そんな事をして残った肉はどうすればいいのか。その疑問を解消したのはアリョーナであった。
「じゃあ肉は私が貰う。キャビアとウォッカも欲しい。皇帝御用達の」
オラーシャ帝国の名産品の一つであるキャビアにはウォッカと黒パンが一番。皇帝御用達のウォッカともあれば絶品に違いない、とアリョーナは考える。
「ヴェネツィアの町に出て女の子を捜しましょう。それがダメならウィッチをつかまえてお金積んで…ふふ」
ジュリエットに関しては説明不要。賄賂を贈ったところでバレる時はバレる。
「わたしはどうするかなー」
意外や意外でロッテは何も考えていなかったようである。
「おいおいロッテは欲しいものがないのかい?」
「お菓子を買うにしたってあれだけあれば部屋を埋め尽くすほど買えそうだしね。コーデリア風に言うには」
「どっかの皇帝が征服者に約束しただけの黄金ってか? いいねぇ、甘いエルドラド」
「隊長、酒飲みなのに甘いの好きなの?」
「甘い酒もあるんだぜ、ロッテ」
五人がそんなやり取りをしている頃、一人窓口で待ちぼうけしていたコーデリアの元へ頭取が帰ってきた。
「換金終わりました。うちの金庫が空になる勢いですよ。すぐに本店に融資を頼まないと…」
「明細は?」
「はい、こちらに」
頭取が差し出した金額は、さすがは神聖ロマーニャ帝国の隠し財産というだけあってか、少なくとも彼女達の棒級の二百年分はある金額だった。
「これはすごい」
「はい。現金化されますか? それとも、小切手に…」
頭取がそう続けるより先に、コーデリアは一度それを手で制してから五人をちらりと見る。
五人はまだ話に夢中になっている。
「全額口座振込みで」
「どちらの口座に」
「…ガリア復興基金に。名義は…」
少なくとも、今の彼女なら間違いなくこんな風に金貨を使うだろうと、思い浮かべながら。
「エリザベス・メイソンで」
501が再び解散したというニュースもこの前あった。
エリーが休暇になったら復興支援に行ってるかも知れない。次に休暇が取れた時に会いに行こう。きっとびっくりするだろう。
コーデリアはそんな事を思いながら手続きを進める。
お金が来ないことに疑問を持ったハーマイオニー達が事実を知って銀行内を転げまわる三分前。
それに堪忍袋の緒が切れたコーデリアがナガンをホルスターから引き抜く四分前。
連合軍に連絡がいって憲兵隊がすっ飛んでくる二十分前。
彼女達は今日も通常運転です。