ストライクウィッチーズ World End Sky   作:Xn-i

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『Burns(火傷)』

 朝は、嫌な雨が降っていた。

 

 夏には少なくない雨。だが、緯度の高いシベリアの大地には不釣合いな、雷も伴う、視界の多くを遮られる強い雨。

 不規則な、滝のような雨が窓の向こうの外の世界を埋め尽くしていた。

 

 こんな雨を見ていると、かつてを思い出すな、と。自室のベッドの上でまどろみながらティアナは思う。

 雨だろうと、果てには雪の中だろうと、大風も昼も夜も、街中を照らす炎の中でも関係なく襲い掛かるネウロイ。

 

 自分もまだ幼い、訓練学校を出たてでろくに何も出来なかった本国からの撤退戦。

 両親を失い、そして姉も、兄も―――仲間も何もかも失った事が。

 

 今でも責め続ける、大きな雨粒のように、ティアナを打ち続けている。

 

 

 ”Burns(火傷)”

 1945年8月31日

 ティアナ・レーブマン中尉

 連合軍第510統合戦闘航空団”ネメシスウィッチーズ”

 オラーシャ北西部 スィクティフカル

 

 

 あまりに嫌な目覚めだったせいか、普段より五分ほど遅く朝食の席に姿を現す。まだ全員が揃っていないどころか、ブラントと永倉しかいない。食事時には大抵真っ先にやってくる隊長のブラントはティアナが来たのに気付き、新聞から少し顔を上げた。

「おはよう、ティアナ」

「おはようございます、少佐、永倉大尉」

「ああ、おはよう中尉」

 ブラントはそこまで好いている訳でもなく、上官だが難点のある人物だと考えてはいても敬語は忘れない。

 ティアナはそんな事を考えつつ、席に座った。

「ティアナ」

 再び新聞に視線を落としたブラントが口を開いた。

「はい」

「寝癖、治ってないよ」

 そう言えば、起きてから一度も鏡を見ていなかった気がする。どうやら今朝の夢見のせいで寝癖がついたままだったようだ。

「今までは結構きっちりしていたけど、最近寝癖が立ってることが多いね。酷いときは一日中」

 トドメを刺すかのように、ブラントは新聞に視線を落としたまま言葉を続ける。

 

 理由は解りきっている。この前のアレだ。

 

 先日の一件以来、ベルタをしばらく放っておいているせいだろう。

 なにせベルタときたら普段何も言わなくとも世話を焼きたがるようで、だいたいティアナが起きる頃に部屋に来て、髪を梳かしたり着替え終えた後に軍服を調えたりする事があったから。でも、最近はそれが一切無い。

 どうにもティアナは一般的な生活というものが難しいようである。とにかく一度洗面所に向かい、髪の毛を整えることにした。

 

 洗面所に向かうと、エレーナが顔から水を滴らせたまま、鏡を見ていた。

 

 いつも笑顔の彼女とはどこか違う、ただ二つの瞳で鏡に写る自身を見ていた。

 

「おはよう、ゴローニン曹長」

 ティアナが声をかけた途端に、エレーナはいつもの笑顔へと戻ってティアナを振り向く。

「おはよう、中尉」

「櫛を持ってないか? こいつを治したい」

「中尉らしいよ。櫛すら持ってないって。生活能力無さそうだし」

 いつものように冗談を言って勝手に笑った後、エレーナは言葉を続ける。

「だいいち、櫛ならたぶん中尉の部屋に置いてありますよ」

「買った覚えは無いが」

「ベルタが中尉の髪を梳かすのに、自分のをそのまま使う筈は無いって」

 まったく知らなかった。

 ティアナとしては初耳だが、どうやら櫛というものは人と共有するものではないものなのか。

 しかし部屋にあるかも、と言われてもどこにあるのか解らないし、ベルタに聞けば解るかも知れないがその為だけにわざわざベルタを訪ねるのも妙な気がした。

 訓練学校時代のように手で適当に撫で付けておけばなんとかなるだろう。

「中尉、あのさ」

 蛇口を捻ったティアナに、エレーナが口を開いた。

「仲間が死なないように、頑張るのも戦場に立つ条件だと思うんだ」

「……お守りにきてるんじゃないんだぞ」

「だからだよ。皆が足手まといにならない為に頑張るのさ」

「………」

 それは正しいのか、間違っているのか。ティアナには答えられない。

「足手まといになる奴がいなければ、そんな奴も不要だろうけどね。私は昔、その足手まといだったから」

 エレーナ、それは違うと言おうと思った時、背後で誰かの足音がした。エレーナの長機としてよくコンビを組む、キラ・タルコフスキー少尉であった。

 セミロングの銀髪に寝癖を立てたまま洗面所に入ろうとして、ちょうど振り向いたティアナと目が合う。

「あ…」

 そう呟いて、逃げるように洗面所から去っていく。いつも彼女はこうだ。

 元々ティアナを避けていたようだが、この前の一件以来更に避けてきている気がする。まあ、今までもろくに会話をしたことすらないのだが。

「少尉はどうなんだ」

「んー、少なくともストライカーの調整とかやってくれるのは有り難いかな」

「工作担当だと永倉大尉も言っていたが。ストライカーに詳しいのか?」

「うん、とても」

 見かけによらないところもあるな、とティアナは思った。今度ストライカーについて意見を求めるのも良いかも知れない。

 鏡を見る。

 長い金髪は、だいぶ綺麗に整っている。もう寝癖は無いだろう。

 

 今度からは毎朝、鏡で見るようにしよう。家を離れてからだいぶ無かった習慣だった気がする。

 今朝あんな目覚めをしたせいか。昔の事を思い出すのは、正直…。

 

 

 大雨により、訓練は中止。室内での鍛錬か自室待機。

 戦闘隊長の永倉からはそんな通達が出され、ティアナは格納庫に向かった。

 自室にいても特にやる事も無いので、ストライカーの整備と銃の整備、もしくは室内で出来る体力作り。

 

 格納庫に着いた時、朝方エレーナからキラがストライカーに詳しいという話を聞いた事を思い出す。後で訪ねてみるべきだろうか。

 

 がちゃり、と格納庫の扉を開ける。

 

「レーブマン中尉?」

 なかには扶桑陸軍の内海と、件のキラが分解されたストライカーを前に話していたようだった。回路か何かについてであろう、図面が近くにあるのも見える。

「いたのか。ちょうどいい。ストライカーの事について聞きたいんだが」

「え…あ、はい……」

 はっきりとした返事ではなかったが肯定とすることにしよう。

「今の機体で、加速力と速度も欲しい。Bf109-Tなんだが」

「見てみます…え?」

 キラが内海を見て、内海の方も思い出したように呟く。

「たしか、T型って海軍での艦載機仕様だった筈じゃ…」

「ああ。G型系は例の事故もあるから信頼できないし、F型系よりは短距離で飛べるからな」

 そう、ティアナは空軍所属であるにも関わらず、カールスラント海軍の少数の航空ウィッチに支給されているT型を使っている。

 艦載機向け仕様なので短距離での離着陸が可能だったり、低速飛行でも安定性があるというメリットがあるが、最高速度や上昇力はやや劣る。

 現物を見させるべきだろう、とティアナが自身のストライカーを出すと、キラと内海は同時に覗き込んだ。

「でも、今でもだいぶギリギリみたい。キラちゃん、どうかな?」

「はい…でも、T型だとすると、容量の関係でこれ以上回路の増設は無理みたい…」

 内部を開け、主基を確認。だが、それまでもティアナの癖に合わせて整備兵が四苦八苦してきた機体だ。その時点で既に、完成形に近くなっている、筈だ。

「多少無茶な改造でも構わん。乗るのは私だ。どうにかならないか?」

 キラは無言で首を左右に振る。どうしようもないな、とティアナは話を切り上げようとして。

 

 格納庫の隅。誰かの私物であろう車両が整備中なのを見つけた。

 

 車体の後部があけられ、ターボチャージャーが分解中である。

「ターボチャージャー搭載車か」

「…私の、なんです……」

 意外や意外、車の主はキラらしい。ターボチャージャーは、出力を急激に引き上げることも可能。

「得意なのか」

「キラちゃんはストライカー以外の機械もすごいですよ。扶桑製とかリベリオン製にも詳しいし」

 内海の言葉を聴いて、ティアナはある事を思い立つ。

「501がロマーニャで交戦したネウロイの1体は高度30000メートルにコアがあったそうだ」

「そんな記録がありましたね」

 内海がそう返す。キラはまだストライカーの内部回路をこれ以上整理できないかを考えている。

「その時、501の隊員はストライカーにロケットブースターを取り付け、段階式ロケットの要領で攻撃隊を運んだ。ロケットブースターでは、使用時間は一分も持たない。速度そのものへの寄与は限定的だ」

 ロケットブースターはエーテルのタンクを内臓した代物でエーテル濃度に関係なく飛べるが、別に速度そのものを継続的に押し上げ続けるわけでもない。

 凄まじい上昇力を得られても、時間が持たなければ意味が無い。ゆえにまだ研究途中。

「え、ええ。個人差があってもそれでも数秒ぐらいですし。それほど消費が酷いらしいですし。速度はありますけど…でも、速度が速いっていうジェットストライカー、カールスラントで研究中じゃ?」

 しかしそれも欠陥があって事故を起こした、とも聞いた。

「そう。ジェットストライカー並に欲しい訳じゃない。だが…一時的に増幅するだけでも充分なんだ」

 常時音速が欲しいのではない。一時的に爆発的な加速力があればいい。

 特に東部戦線の広大なシベリアの台地には殆ど遮るものがない。直線的な爆発力で充分な距離を稼ぐことも可能。逃げの一手にも、攻めの一手にも使える。

「?」

「タルコフスキー少尉。ストライカーにターボチャージャーのようなものを付けられないか?」

 キラは文字通り目を見開いた。そりゃそうだ。そんな無茶な注文をしてくる魔女がどこにいるか。

「で、でも…」

「できるか、できないか。どうなんだ?」

 ティアナは普通に話しているが、キラは少しだけ震え上がる。やはり彼女が怖いのか、内海が慌てて割ってはいる。

「………重量が増加して、通常時の最高速度が落ちるし…なにより、私T型は…」

「予備のストライカーは確かF型だ。それを使え。早めに試したい」

「……出来なくは、ないと思うけど…」

「なら、頼む。飛んでさえしまえば後は何とかなる」

 とりあえずそう告げてから、ティアナは銃器の方へと向かう。StG44を整備しておこう。

「ちゅ、中尉……無茶苦茶ですよ」

「…なにがだ?」

 追いついてきた内海は焦った口調で言葉を続ける。

「ストライカーの現地改造は有り得る話ですけど、流石に現地改造のレベルを越えてそうです。カールスラント軍でも研究してるはずじゃ…」

「ノイエ・カールスラントまで連絡して輸送しているようじゃ、戦場の変化に間に合わない。内海、お前は知らないだろうが」

 ハーネルStG44を手に取り、クリーニングキットを引き寄せる。

「カールスラントが陥ちた時、昼も夜も、雪も嵐もなくネウロイは来た。いつまたそんな事態が起こるか解らない。何事も、拙速だ」

「……」

「……内海?」

「わかります。戦場が、刻一刻…それこそ、分単位秒単位で状況が変わるのは…でも」

 

「でも…安易な現地改造は安全面の問題が拭いきれない、特にストライカーのエンジンに関してはジェットストライカーの事故だって…」

 

 内海の言葉を聞きながらも、ティアナはクリーニングを始める。

「知らない筈は無いだろう。G型を信じてないのもマルセイユ大尉の件がある。だが、ジェットストライカーもG型も、軍の正規仕様のテスト中の事故だ。正規仕様の、だぞ」

 ティアナの言葉に内海が言葉に詰まる。

「研究施設で考えられてたはずの正規品ですらそうなんだ。リスクは承知だ。乗るのは私だしな。それが信頼できるかどうかは、私が決めるさ」

 遠くで雷が落ちる音。

「ああ……すまないな」

 当り散らすような事を言ってしまったと思い、ティアナはそう呟く。

「……シュヴァインシュタイガー曹長だって心配してます。中尉はもっと自分の事を」

「覚悟は大事だ。ゴローニン曹長の受け売りだが。私は大丈夫だ」

「………」

 内海はもう何も言わなかった。ティアナはStG44のクリーニングを続ける。

 雨の音の中で、静かに掃除の音だけが響く。

「あの」

「なんだ?」

「ブルーノ機関銃、詳しいですか? カールスラントではMG26って呼ばれてて」

「MG26は私は使ったことが無いな。カールスラント空軍でもあまり使われてないんじゃないか?」

 陸軍の方ではオストマルク撤退以降はよく見かけたらしいが、とは続けずにおく。

 だが、今日は人の意外な一面を知る事が多いな、とティアナは思った。

 

 

「Me262V1…魔力の消費量が異常で戦闘時間はおろか、飛行時間ですら5分前後。該当記録は固有魔法が筋力強化の比較的継戦時間の長いウィッチでの……」

 昼を過ぎて、夕方になりつつあっても雨はまだやまず、雷は鳴り続けている。

「その後は研究中。以降の実戦はおろか、試作記録すら、なし。実戦は1回のみ。構造に関しては現時点では欠陥機の為、外観写真のみの資料……」

 統合戦闘航空団の資料室で見つかった資料がこの薄さ、である。

 いっそのことノイエ・カールスラントに問い合わせた方が早いんじゃないか、とティアナは思いつつ記録を閉じ、資料室の机に放り投げた。

 やはりティアナにはこういう資料の閲覧というものは似合わない。本を読むこと自体は嫌いではないが、ウェルズのタイムマシンとスティーブンソンの宝島を途中で放り投げた記憶がある。

 姉から借りたラカンチューのサンゴクシエンギは読み終えた記憶はあるが東洋の人名や話の流れが複雑怪奇だったせいか。たしか高名な僧侶がサル、イヌ、トリを連れて島に教本を取りに行く話だったような。

 そんな事を考えていた時、後ろの方で足音が響いた。

「中尉、ここにいたのか?」

「永倉大尉か」

「資料室にいるなんて珍しいな」

「私だって調べ物ぐらいはするさ。何かあったか?」

 ティアナの問に永倉はタメ息をつく。

「タルコフスキーと内海が困っていたぞ? いきなり無茶な注文なんかつけるんじゃない」

 どうやら結構無茶な注文だったらしい。

「そ、そうだったのか?」

「少なくともタルコフスキーは昼食を取りにも来なかっただろう。まあ、内海が持っていっていたが……」

 まったく気付かなかった。まあ、ティアナが周囲の事をあまり気にしていなかったというのもあるかも知れないが。

 だが、それは仕方が無い事かも知れない。ティアナはまだ、他の隊員達と打ち解けきれてないのだろうし。

 何より、キラはどこかティアナを怖がっているようでもある。

「ただ、その努力の甲斐もあってか、テストモデルがもうすぐ何とかなると言っていたな……」

「本当か」

「これは私からの忠告だが、今日はやめておけ。嵐だからな」

 盛大に雷が窓の外で鳴り響く。

「何故だ。敵は嵐も雪も、昼も夜もなく来るんだ。どんな天候でも使えるように……」

「天候が原因のストライカーの墜落事故で一番多い要因は落雷だ。戦場で死ぬならまだしも、雷が直撃して墜落死など洒落にならんぞ? 誰もが『不幸というラッキーなカタヤイネン』とは違うんだ」

 スオムス空軍のニッカ・カタヤイネンは『ついてないカタヤイネン』と呼ばれるほど不幸だといわれる。

 天候やらストライカーの故障やら、出撃すると二回に一回は墜落し、怪我を負うことも少なくない。が、それでも命に関わったり、長期の戦線離脱のような重傷は一切無い。

 逆を言えば、どんな不幸に幾度となく見舞われてるのに生還してくる幸運とも言える。故に、『不幸というラッキーなカタヤイネン』。

「大尉。気持ちは解るが私は、そんな事で死ぬつもりはないしそんなミスは」

「お前は常に気をつけていれば交通事故には巻き込まれない。そうとでも思っているのか?」

「……違うのか?」

「本人が如何に気を配ろうと、状況次第で起こってしまうんだ。それを怖がるのは自然だ」

「だが、それは戦場でも代わりは無い。戦場は一度きりで、誰もが一人だ。どんな時でもな」

 それは一瞬で生死を分ける、戦場でのやり取りに似ている。

「とにかく、今日はやめろ。稼動試験すらしていない、特に現地改造のストライカーならなおさら慎重に扱う必要がある」

「…………」

 ティアナが黙っていると、永倉は一度くるりと背を向ける。

「こういう日は苦手だ」

 永倉が呟く。独り言か、それともティアナに言っているのか。

「ガリアが解放される一年以上も前か。カールスラント方面の戦線で戦っていた頃に、新人が来た。極めて優秀な成績で訓練学校を出たらしい。真面目で…敢闘精神に溢れて…他人には不器用な奴だった。それが災いしたのかも知れない」

 少しだけ震える声。

「………将来を期待していた。だが…なんであんな死に方をしたのか……こんな嵐の日だったんだ…友軍の救助に向かった…危険な最前線にアイツは行った」

「……」

「そして無事に救助に成功した。陸戦ウィッチ隊が墜落した友軍を回収し、その護衛として殿を守っていた。嵐のせいで、通信は途切れがちになった。だから誰も気づかなかった…」

「通信を?」

「救助した友軍の容態についての方に通信が集中していた…途中から救援部隊の安否確認を、忘れていた。あいつの性格のせいか、あの状況で連絡を取るのを嫌がり…被弾もしないだろうと…私のすぐ側にも何度か雷が落ちていた…気付くべきだった。あいつは雷が直撃して墜落していたんだ…だが、誰もその墜落に気づく事なく…」

「……基地に戻るまで、誰も気づかなかった…」

「悪天候故に、別の航空ウィッチ達は飛べず、翌朝まで……散々探し、翌日の夕方になって発見したときにはもう冷たくなっていた……誰かが気を配っていれば、誰かが連絡を密にしていれば、あんな事にはならなかった!」

 嫌な音と共に、木製の資料室の扉に、穴が開いた。

 

 八つ当たり気味に放たれた拳が扉をぶち抜いたらしい。

 

 人を狙わずともこれなのだ。この1ヶ月半で二桁は鉄拳を喰らっているゴローニン曹長はどれだけ頑丈なのやら。

 そんなティアナの沈黙を、永倉は鉄拳に驚いたと思ったようだ。

「すまない。だが……」

「痛みは誰もが持つものだ、大尉」

 再び雷が鳴り響いた。

 

 そして直後に―――鳴り響くサイレン。空白も警告に思える、悪魔のサイレン。

 

「作戦室に向かえ! 状況を確認してくる!」

「了解」

 二人とも、ウィッチの姿に戻った。ティアナは作戦室へ、永倉は通信室へと駆け出す。

 

 十分後。作戦室に、九人の魔女が集合していた。

 

「揃ったな。タルコフスキー、疲れているようだが大丈夫か?」

 かなり緊急の襲来だったようで、永倉は通信室で書いたであろうノートを片手に駆け込んでくると、まずはそう口を開いた。

「大丈夫、です……。朝から整備をしてたので…」

「無理はするな。ティアナにも言っておいたが、今日明日でなんとかするものじゃない」

「おいおいロート・カッツェ。キラに何言ったんだよ……」

 トゥーリが呆れた顔でティアナに視線を向ける。ティアナはいつも通りだ。

「ストライカーの調整を頼んだ」

 平然と返す。

「そんなことより状況だ。大尉、状況は」

「あ、ああ…それなんだが」

「焦らなくてもいいよー。いつも通りねー」

 ぱりぱり、という音と共に何か白い板状のものを齧るブラントがティアナと永倉にそう笑いかけ、永倉は一瞬で毒気を抜かれたような顔になった。

「こんな嵐だというのに……厄介な事に高高度に敵の編隊だ。大型が1、それの随伴部隊が二十前後とレーダーでは推測している。恐らくこの大型がコア持ちだろう」

 高高度より襲来するネウロイというのは厄介なものである。エーテル濃度の低下がある為、高度が高くなれば高くなるほど、ストライカーの性能は低下していく。

 高度10000メートルにもなればたいていのストライカーが7割ほどの力しか発揮できないとされ、15000を超えるとかなり困難、らしい。

 それらを克服するための研究も未だに続いている。

「で、そのコアもちの高度は?」

「……15000m……ロマーニャで確認された奴の半分の高度だが…ロマーニャで確認されたアレとは違って、速度は早い」

 メッサーシャルフ系は高度12000前後が戦闘に耐えうる限界高度…すると他のウィッチに任せるべきか、とティアナは考える、が。

「ロケットブースターを使うにしても、急遽数は集まらない、と」

 白い板状のものをぱりぱり齧るブラントだが、どこか楽しそうだ。

「少佐、秘策でもあるのか?」

「輸送機だよ」

「輸送機?」

 怪訝な顔をする永倉に、ブラントは答える。

「そう、輸送機。だいいち、10000m以上の高度に上がるにしても、地上から上がってけばその分、魔力を使い続ける。ストライカーの性能と機動性は落ちるけど、元々高い高度から発進しちゃえばその分だけ魔力に余裕が生まれるからね」

「例のロマーニャに来た奴の高度は半分。通常の航空機で高度10000前後まで運んでもらって、出撃すると?」

「そう。まあ、501が使った時のように、二人一組でシールド役と攻撃役を組ませた方が確実になる。エーテル濃度が落ちてるからストライカーの性能が落ちるのも事実だからね」

「少佐」

 そこへ、今まで沈黙を保っていたカティ・ホルシュタイン少尉が口を開いた。

「はいホルシュタイン」

「あ、それ1枚下さい」

「はいはい」

 永倉が一瞬で呆れ顔になる前で、カティはブラントから白い板状の丸い奴を受け取り、ぱりぱりと齧る。

「1人余りますね。えびせんはおいしいですけど」

「うん、そうだね。悪いんだけど、ゴローニン曹長に地上待機を…」

 ブラントの言葉に、件のエレーナはびしりと姿勢を正し、見事な敬礼をした。

「だが、お断りしまーす! 理不尽な命令には拒否する権利がありまーす!」

 実にいい笑顔で、見事な敬礼と共にそんな返事である。

 

 ブラントの横にいた永倉の姿が消えた―――直後、強烈な踏み込みからの全力顔面ストレート。

 

「ふべぇっ!?」

 強烈な鉄拳制裁。

「ふざけている場合か、ゴローニン曹長!」

「少佐。タルコフスキー少尉だが、昼食も取らずにストライカーの調整をしていたんだ。地上待機は彼女にするべきだと思う」

「それ、確かティアナが頼んだんじゃなかったー?」

 まあその通りだが、とティアナは言葉に出さずに無言でブラントを睨む。

「疲労が溜まっている状況での出撃は危険だ。飛行に影響する。ゴローニン曹長の方はその点は問題ないだろう。それより…」

 ティアナは永倉の方に視線を送る。先ほどのやり取りを言っているのか、と永倉は思う。

「私は平気だ」

「だ、そうだ。タルコフスキー少尉を残して、で、いいだろう」

「君、隊長に意見するのかい?」

「隊員が隊長に意見して何が悪い!」

「ちゅ、中尉……」

 声を荒げたティアナにベルタが慌てて宥め様と近づいたが、ティアナはまだ止まらない。

「少佐。戦場では讒言する部下がいる事は幸せだと聞きます。何故だか解るか? 無能だと判断した指揮官を殺す部下は少なくないから、だ」

「中尉!」

「なんだベルタ!」

 割って入ったベルタがティアナの前に立ち、半分震えながらも口を開いた。

「あ、あの……しょ、少佐は510の隊長です! り、リベリオン軍ですから直属ではないとはいえ、上官ですし、この隊の指揮官です! 各国が合わさった統合戦闘航空団の隊長として、立派な魔女です! 幾ら中尉が優れていても、隊員達の目の前で少佐を貶めるような発言はやめてください!」

「立派な魔女、か。お前はそう思うか」

 

「私はそうは思ってない」

 

 ティアナの頬に、永倉の鉄拳が飛んできた。

 

 盛大な音が響いた。でも、ティアナはエレーナのように、後ろまで吹っ飛んだりはしなかった。

 ただ、黙って唇の端が切れたなと考えていた。

 

 再びサイレンが鳴り響いた。

「出撃だね……」

 ブラントが呟いた直後、エレーナが飛び出した。

「まったく!」

 永倉が悪態をつくと、次いでティアナも飛び出して格納庫へ走っていく。

 それに続いてカティ、トゥーリが後に続いた。

「行くぞ!」

 キラを残し、残りの魔女達も格納庫へと走っていく。

 

 

「急いで早く!」

 ティアナが格納庫に着いた時、エレーナは格納庫からまさに引き出されようとしている扶桑陸軍の一〇〇式輸送機の貨物室にストライカーを引っ張り込んでいた。

 恐らくあの機体だろう。ティアナは息を吐いて、まずは自身のストライカーを探す。

 予備機のメッサーシャルフBf-109Fはキラがまだ弄っているだろうし、先ほど永倉にも試すなと言われていた。T型を出すとしよう。

「あー!」

 いつも使用しているBf-109Tを持ち上げていると、エレーナの声が響いた。

「どうした?」

「ストライカーの基部回路が焦げてる」

 回路の一部が焦げているらしい。整備兵の手を借りないと修理は難しそうだ。

「予備機を出したらどうだ?」

「いや、これが予備機で本機も修理中」

「………」

 運が悪いな、とティアナは言いたいがそういう訳にも行かない。仕方ない、こういう時は。

「私のストライカーを使え。私はベルタの予備機を借りるさ」

「あれ、中尉の予備機は?」

「タルコフスキーが調整中なんだ」

 とりあえず脱いだストライカーを渡し、保管庫へベルタの予備機をとりに行く。ベルタの予備機は悪評のあるG型だが、まあなんとかなるだろう。

「うへぇ、Bf109のT型なんて初めて見た。あ、でもいい手入れされてるねー」

 貨物室ではエレーナがそう呟いていた。やはり珍しいストライカーなのかも知れないな、とティアナが考えていると、ようやく他の隊員達が追いついてきた。

「気が早い奴らだ」

 永倉はそう呟きつつ乗り込み、ティアナもベルタの予備機を履いて一〇〇式輸送機へ。

 

 やがて八人のウィッチが乗り込んだ輸送機は動き出す。

 

 盛大に雷が鳴り響く、嵐の空が外には広がっていた。

 

「最悪の天候だね」

「雲の上まで出ればそんなことはないだろうがな…だが、嫌な天気だ」

 滑走路へ向かい、動きだす一〇〇式輸送機。雷が鳴り、雨はまだ降り続いている。

『視界があまりよくありませんね……ここがシベリアである事が幸運です』

「うまくやってくれ。雲の上まで出ればこっちのものだ」

 パイロットの弱音に永倉がそう返し、徐々に速度が上がっていく。

「ああ、ベルタ。すまないが、お前の予備機を借りた」

「あ、は、はい…中尉」

 先ほどあんな事があっても、すぐに切り替えてしまえばどうということはない。ティアナはそういう人間だ。

 高度は徐々に上がっていくが、雲の間に入ると、凄まじい振動が襲ってきた。

「うわっ! 大尉、墜落したりしないですよね!?」

「トゥーリ落ち着け! 大丈夫だ、お前達と同じようにパイロットも精鋭だ!」

 泡を食った顔のトゥーリに永倉がそんな激を飛ばす中、すぐ近くで雷鳴が響く。

 もう少し静かにならないものか、とティアナが思ってもそれは天候だからしょうがない。

「雨雲を抜けました…高度8000m」

 パイロットの言葉通り、窓の外の視界は一瞬で綺麗になった。

 

 西へと沈み行く太陽、黄昏色に染まる空。

 

 あの大嵐の上は、こんな空だった。

 

「限界高度まで上がって」

「了解。最大高度まで上昇」

 ブラントの言葉通り、更に高度は上がっていく。

「ストライカーを履くよ。最終チェックは怠らないで、準備はいいかな?」

 ブラントは機内を見渡しながらそう言い放つと、永倉がくすりと噴出した。

「少佐。いつもそれぐらい働いてくれれば有り難いんだがなあ」

「……私にもそういう時はあるからねー。ついでにそれ、君が仕事サボっていいって事じゃないよ?」

「わかっているさ。いつも通りだ」

 永倉にしては珍しい一種の冗談だったようである。だが、そんな事は気にせずに各々ストライカーを装着。

「それと、ゴローニン曹長は注意するように。いつもみたいに先行しまくらないでね」

「了解」

 と、エレーナは答えるが明らかに守る気が無いのはもはや日常だ。

 真っ先に最前線に飛び込んでいくのはエレーナ・ゴローニン曹長とは切り離せないだろう。

「やれやれ、ゴローニン曹長は私と組んでもらおうか……攻撃役、防御役でね」

「では、私はパブロフと組もう。内海、お前はカティと。ティアナはベルタとだ」

「………今の高度は?」

 永倉が指示を出す中、ティアナは高度計を振り向く。

「高度11000m……限界高度です……それと、前方上空にお客さんですよ」

 パイロットの言葉通り、コックピットのガラス越しに見える、雲よりも高いオレンジ色の世界の上に、黒と赤で構成される―――巨大なネウロイ。

「よーし! 扉開けるよー!」

 エレーナが扉へと飛びつき、力いっぱい横へと押し開ける。

「おい、一人で先行するなと―――――」

「一人じゃなきゃ構わないだろう?」

「……わお、中尉! 悪くないねぇ」

 ティアナの言葉に、エレーナは実にいい顔で笑った。

「いいねぇ、とびっきりの最高だよ!」

 

 そして二人の影は、外へと飛び出した。

 誰の手にも触れずに、自由に、ただ一つの標的を目指して。

 

「待て、中尉! それよりゴローニン曹長、そのストライカーだけど――――」

「そう言えば中尉はシュヴァインシュタイガー曹長の予備機―――って、まさか!」

 ブラントと内海が何かを言っているようだが、気にせずに二人は空を駆けて行く。

「確かに飛行が難しいな。うまく集中しろ、曹長」

「了解でありまーす」

 オラーシャのDP軽機関銃を背負ったエレーナの軽い返答。まあ、彼女らしい。

『お前らはミーティングをなんだと思ってるんだッ!!!』

 永倉の盛大な怒声が響いたが、この際気にしないでおく。

「先行して相手の様子を見る。敵の……護衛部隊がいない。大型単体を目視で確認できる」

『まて、今なんだと?』

「大型単体、だ。随伴部隊が見えない」

『……少佐。情報に間違いがあるぞ、いったん出撃するのを止めてもう一度レーダーに確認させるべきだ』

『ダメだ! 早く準備! 二人が先に出ちゃったんだから追いかけないと…』

『わかった。行くぞ! 続け!』

 どうやら後続の六人も来るようだ。

「中尉、全力で近づくけどどうする!? てか、なかなか出力上がらないんだけど…」

「どうにかしろ。上がりづらいのは環境だ」

「了解、どうにかする」

 エレーナはニヤリと笑う。ベルタよりはまだ頼りになるかも知れないな、と思った直後だった。

 

 標的は、こちらの砲に―――かなり高速で向きを変えた。

 ならば、その直後は一つ!

 

「右に回避だ! シールドを展開!」

「うわっと!」

 シールドを張りながら二人揃って右へと大きく移動する。

 放たれる光に触れずに済んだし、こちらに注意を引いていた以上、友軍にも当たっていないようだ。

『なんてこった! 被弾はしてないか…おい、曹長!?』

 永倉の叫びと共に、ティアナは視線を前方のエレーナへ向ける。

 

 被弾していない筈なのに。

 

「うわ、うわわわ……なにこれ? 出力上がらな…」

 回避したのは、ティアナだってわかっている。だが、何らかの要因で出力が落ちてきている?

「高度を下げろ!」

「解ってる!」

 T型は艦載機仕様なだけあってか、高高度には向いてない。ただでさえストライカーの動きづらい高高度においてT型はやはり実用には耐えないようだ。

 いや――――それにしては明らかにおかしすぎる。回避前は多少出力が落ちていたとはいえ、問題なく動いていたのに。急降下している―――エンジン停止どころじゃない。

「おい、ゴローニン曹長!」

『マズイ……高度が保てない…』

 あっという間に急降下していく。しかも、滑空のような形ではない、真っ逆さまに近い。

 視界から消えていく、だいぶ小さい、雲の中に入るのが見えた。

「……クソッ!」

 ティアナは一瞬だけネウロイを見る。名残惜しいが、今こいつを相手にしている時間ではない。

 他の隊員に任せて、エレーナの救出に向かえ!

 

 ティアナは大きく体を捻り、顔を下に向けての急降下。

 エレーナが消えた雲のあたりを目指し、高速で降下していく。考えられる限りの速度で。

 

「間に合え…間に合え……ッ!」

 先ほども切れた唇の傷がまた開きそうなほど強く噛んでいたかも知れない。

 ティアナの口の中に血の味が広がりながら、どんどん加速していく。

 

 灰色の雲を抜けると、再び雨風と雷の支配する嵐の国。

 

 その中で小さい姿が見えた。エレーナの姿だ。

 出力が上がらないまま落ちていく――――嫌な光と轟音が、見えた。

 

 その時にティアナの脳裏を過ぎったのは、先ほどの永倉との会話。

 落雷、と。

 

「ゴローニン曹長ッ! ストライカーを脱げ!」

 走る閃光。ティアナの視界を白が覆いつくし、まともに視界が取れない。

『無茶言う……ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ!』

 絶叫とノイズ。通信が完全に取れなくなる音と共に、薄くぼんやりと、戻ってくる視界。

 黒い煙の筋。薄暗い、嵐の空の中でもそれははっきりと見える。

「曹長! 応答しろ、応答するんだ!」

 あの時と同じだ。

 目の前にいる、そして目の前で、こんな風に火を噴いて。

 そして、応答してくれない。

 通じない無線が、聞こえない応答が、延々と鳴り響くサイレンよりもうるさい自分の絶叫が。

 

 全速力だ!

 体をほぼ真下に、地面に垂直になるまで、空気抵抗をゼロにして最大級の速度で飛ばせば、速度は上がる!

 考えられるだけの速度をあげて、ティアナは降下していく。

 

 縮まる背中。届くか、届かないか――――届かせる!

 ありったけの魔力を込めたストライカーが高熱まで発しているように、足の熱さが脳を、足を焼こうとしていても、構いはしない。

「届けぇぇぇぇぇっ!!!」

 両手を伸ばす、迫ってくる地面。でも、受け止めろ、受け止めろ、受け止めろ!

 

 両腕がエレーナの身体を捉えたとき、強烈な重力がティアナの両腕に襲い掛かり、そして強引にブレーキをかけても、その急降下を止めるには少し速度が速すぎた。

「!?」

 両足を下に追いやってもホバリングも停止も出来ずに、一気に下がっていく身体。

 

 足から、嫌な音と共にぬかるんだ大地に降下する。

 元々湿地帯で、嵐のせいで更にぬかるんでなければ大怪我してるに違いない強引な着陸。

 

「曹長!」

「っ……」

 生きてはいるようだが、意識がはっきりしていないようだった。

 ティアナが下から見上げてもネウロイは見えない。勝負はお預けな上に、二人とも揃って盛大な独断専行をやらかして、更には大失敗。

「戦果を立てない独断専行は問題だろうな」

 流石のティアナもそれぐらいの分別はある。

「…あー、永倉大尉。聞こえるか? ゴローニン曹長を捕まえた。救援を寄越して欲しい」

『ああ、今降下している。あいつめ、随伴部隊を腹に抱えていたようだ。作戦練り直しだ。曹長は大丈夫か?』

「落雷だ。生きてる」

 

 

 基地に戻るなり、エレーナが医務室に担ぎ込まれると同時に一人のウィッチが医務室へと走っていった。

 見慣れぬ魔女だな、とティアナは思う。

「今のは?」

「扶桑海軍陸戦隊所属の魔女。治癒魔法が使えるんだよ。飛行中に近くの陸軍駐屯地から呼んどいた」

 ブラントはそう答えると、ティアナを連れて作戦室へと戻った。

 

 そこには内海とキラ、そして永倉が待っていた。

 

「ご、ごめんなさい…」

「何を謝る?」

 真っ先に頭を下げたキラに、ティアナはそう答える。

「……中尉のストライカー…頼まれた予備機の改装の、パーツ取りに部品を幾らか抜いてたんです」

 答えたのは内海だった。まあ、それは良いとして。

「ゴローニン曹長が出力が上がらないと言って、回避直後に完全にパワーダウンしたのはそれか?」

「はい……あの、その事、伝え…なくて…」

「そうだ。さっき何故言わなかった」

「少尉が言う前に、君が言ったからじゃないかな?」

 ティアナに対し、ブラントがそう口を開いた。

「そうだね、君が永倉を促して、その後ちょいと上官に対して癇癪、だね」

「……なんだ、私のせいだと?」

「全部が全部そうとはいえないよ。でもね、君もその一端はあるんだよ。間違いなく、ね。だって君、キラが君を見る目について考えた事はあるかい?」

 ブラントの言葉に、ティアナは口ごもる。

 キラがティアナに怯えているようなところは解っている。だが、ティアナから見ればなんでそうなのか解らないからだ。

「言い辛かったんだよ。まあ、言わなかった事はキラが悪いけれど。でも作戦前だ。伝えるべきタイミングを逃した要因の一つは君にあるよ。まあ、私も、ね……」

「……なんだ?」

「エレーナに出撃するなと言ったのは、キラはちょうど他のみんなのストライカーもついでにチェックしていた。エレーナの機体が不調でね」

「だが、それは本人も気付いた。本機を修理中で、予備機を出していたがその予備機が不調だった」

「そう。だから予備機もないまま出撃は出来ないでしょ?」

 しかし、その問題はティアナがある意味解決してしまっていた。

 ティアナが自身のストライカーを貸して、ベルタの予備機を使った。

「……私があのT型を履いていたら、私が事故っていたという事か……」

「まあ、そうだね。それに」

 

「君、命令聞く気あるのかな? さっき君が言ったのも解るけど――――でもさ」

 

 ブラントは一呼吸置いた。

 

「何考えてんだお前!」

 拳骨。

 先ほど飛んできた永倉よりもはるかに鋭い拳骨がティアナの頬に突き刺さる。

「一人で戦ってんじゃねぇんだぞ! この戦場は、お前だけのものじゃない!」

 鋭い怒声。一人で戦っている訳じゃない、そう、ここにいるのはティアナ一人ではない。

 昔からどこか独断専行しすぎるティアナにとっては、鋭すぎる指摘だった。

「………処分は追って報せる。文句は言わない。それと」

 

「君の僚機は頼れる子だよ」

 

 そう締めくくると、ブラントは両手をひらひらと降る。

 もう帰れといわんばかりだ。

 

「ネウロイは、逃がしたそうだな」

「……あ、ああ? お前、それを気にする場合か?」

「必要な情報だからな」

 永倉は怪訝な顔でタメ息をつく。

「ああ。速度を緩めずに侵攻中だ。このペースだと明後日にはこの基地にも襲来するぞ」

「それだけ聞けばいい。少佐」

「何」

「タルコフスキー少尉に重い罰は与えないでやってくれ。早めにあれを完成させてくれないと困るんだ」

 ティアナはそういい残すと、ブラントの返事を聞くより先に部屋を出る。

 

 頼れる僚機。一人で戦っているんじゃない。

 

 その二つのワードだけが、ティアナの中を渦巻いていた。

 少しずつでも、いい。やるべき事を、やるしかない。

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