ストライクウィッチーズ World End Sky   作:Xn-i

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『Hatred Magic(束縛の呪詛)』

 耳にうるさいほどの、風の音が響いている。

 風以外の何も、聞こえない。

 

 まるで、この世界で一人ぼっちになってしまったかのような、そんな静けさ。

 

 そんなバカな話はないでしょう、と私は横を見た。

 

 そこには訓練学校時代の同期で、同じ部隊に配属されて、同じ最前線で―――そう、最前線だ。最前線の筈だ。

 

「ねぇロッテ! 何があったか解らない!?」

 思考を引き戻した私は隣を飛ぶ同僚に叫び、世界に音が帰ってきた。

「私が聞きたいよ! いったいどうなってるのか―――――」

 彼女が額から出た血を拭う。制帽はとっくになくしてしまったから、余計に血が目立って見える。

 

 その時になって、ふと、気付いた。

 私の手も血塗れだ。顔も、体も、どこを触っても、その赤黒いぬめついた感触がある。

 

 ロッテが片手を額に置いたまま、視線を別の方向に向けた。

 そこは全ての破壊の跡地であり、瓦礫と灰と炎と死体の帝国であり、かつて祖国と呼ばれていた場所だった。

 

 エンジン音が響いている。

 ストライカーのエンジンの音だ。目の前から響く。灰の、瓦礫の、炎の、死体の中から、その魔女はゆっくりと浮かび上がる。

 

 私と同じ金色の長い髪とサファイア色の瞳をした魔女は、真っ白い毛並みの耳と尾が赤く染まって、私の前に現れる。

 目から、頭から、口から、鼻から肩から腹から足から手から赤黒い鮮血が溢れている。

 私と恐ろしいほど似ている。いいや、きっと何年も経てば私も彼女と同じ顔になる。

 

 ああ、病死した両親よりも、戦死通知を受け取った兄よりも、私を守ると誓った、私の元に残ってくれた、そしてウィッチとしての私を部下として置いてくれた、私に残された最後の家族の姉が、最愛の姉が目の前にいる。

 その惨劇の果てになった死の国から、私を見つけて手を伸ばす。

 

「呪われろ」

 

 口がそう動いた。ぞっとするほど血に濡れた姉の手が、私の頬を撫でた。

 

「呪われろ、呪われろ、呪われろ――――なにもかも全て呪われろ、ネウロイも軍も祖国も――お前も呪われろ!」

 

「呪われろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 その時になって思い出す。私と同僚は、本国が陥落するその時に、同じ部隊にいた姉の背中を守ることも出来ずにただ足を引っ張っていただけだった。

 右往左往して、当たらぬ銃撃で弾丸を無駄にし、あさっての方向に援護射撃をして味方を見殺し。

 避難の遅れた民間人を救助しようとしても足が竦んで動けず、迫り来るネウロイから怯えて逃げ回るばかり。

 

 この惨劇の結末は私のせいだ。私に覚悟も実力も、何も伴っていなかった。

 ぜんぶ私のせいだ。呪われろ、呪われてしまえ。

 

 

 最愛の姉の最期の言葉は呪詛だった。

 

 

 ”Hatred Magic(束縛の呪詛)”

 1945年9月1日

 ティアナ・レーブマン中尉

 連合軍第510統合戦闘航空団”ネメシスウィッチーズ”

 オラーシャ北西部 スィクティフカル

 

 

 ティアナが目を開くと、そこはいつもの自室の天井だった。

 最期に吐かれた呪詛は未だに私を縛り付ける、とティアナは思う。あの時、ともに飛んでいた同期とは長らく会っていないが、異名を聞くにティアナ同様、軍からは厚遇されてはいないようだ。

 ああ、まったく嫌な目覚めだ、と思った時、ふと傍らに誰かいる気配を感じた。

 

「ちゅ、中尉…」

「…ベルタか」

 ベルタだった。ベルタが部屋に来たのは何日ぶりか、と思いつつ視線を時計に向ける。普段の起床時刻より十分ほど早い。いつも、彼女が部屋に来るぐらいの時間。

「魘されてたみたいですよ」

「……そうか」

 そう答え、ベッドから立ち上がる。汗が張り付いている。

「シャワーを浴びる」

「お供します!」

 二週間ぐらい前までと同じように、ベルタはティアナの後にくっついた。

 それが少しだけ頼もしく感じた。この前の失態以来、ろくに口を利いてもいなかったのに。

 いや、やはり言い過ぎたのかも知れない。少なくとも、彼女はティアナの僚機であろうとしてくれているのだ。

 

 

 蛇口を捻れば温かいお湯が出る環境というのは、極めて恵まれている筈だ。

 特に厳寒のオラーシャでは、疎開することになった市民達の多くが急ごしらえの難民区画と呼ばれる地域に押し込まれるような形で押し合いへし合いの生活を余儀なくされている。

 元々その地域に住んでいる住民達に土地を奪われたという不平を出させなくさせる為とはいえ、快適とは言えない生活を強いられる事になる。

 限られる食料に燃料、過酷な環境に足りない薬や衣服。軍にいればそれらはほぼ常に保証される。

 

「あの…昨日は…」

「処分は今日辺りに知らされるだろうな。まあ、飛行停止か自室謹慎で済めばいいが」

 シャワーを捻り、温かいお湯を浴びながら隣りのブースに入ったベルタにそう答える。

 しまった、それを考えれば昨日ハデに言い過ぎたかも知れない。まあ、銃殺されるなんて事はないだろう。たぶん。原隊送還ぐらいだろう、悪くて。

「戦場に1センチでも近いところにいた方がマシかも知れんがな」

「……戦いたいんですか」

「奴らを殺したほうがいいだろう」

 味方に殺されるより、敵を倒した方がずっといい。

「ああ、それと昨日は予備機をすまないな」

 なにせ、昨日ティアナが使ったベルタの予備機も強引な加速と急降下で魔力回路が黒こげでオーバーホールになってしまったらしい。まったくこれだからG型は肝心な時に役に立たない。

「いえ…でも、中尉に怪我がなくてよかったです」

「怪我ぐらい慣れてるさ」

「身体は大事ですから!」

 ベルタがそう叫んだ直後、ティアナは――――やはり、傷んだ。

 

 ずきり、と。

 

 それは既に失くした痛み。例えるならば、幻の痛み。

 

 かつて失くした自分自身が、否、あの時の呪詛が思い起こされる。

 ワタシニソレガユルサレルノカ、ト。

 いいや、いつまでも――――それに縛られてたまるか。私はもう。

 

 そんな弱さの掌で、パペットのように踊り続ける訳には行かないんだ!

 

 ティアナはシャワー室の仕切りを開け放ち、ベルタが驚いた顔で横を向いた。

「ベルタ」

「は、はい」

「お前に教えることがある。弱さは置いていけ。怯えた奴から、空から墜ちて行く」

 それだけ告げて、ティアナは外へと向かう。

「そ、外に行く前に体を拭いて、服を着てください中尉!」

 

 

 朝食の後、ティアナはブラントに呼び出された。

 もちろん、理由は解っている。

「処分はなんだ?」

「うん。処分なんだけど、自室謹慎三日」

 まあ、妥当である。割合軽いものだな、とティアナは思う。

「9月2日から三日間、自室で謹慎すること」

 ブラントはそう言葉を続けた。

「ブラント少佐。9月2日から三日間だな?」

「そうだね。9月2日からだね」

「日付に間違いは無いな?」

「間違いないよ。君、本当に私信じてないのね」

 呆れ顔でそう告げた後、ブラントは自身の机の上に置いてある小さめのオレンジに手を伸ばし、そのまま手で皮をむき始める。

「オレンジの皮は手でむけるものなのか?」

「今朝届いたばかりなんだけどね。扶桑のミカン、という種類のオレンジらしいよ?」

「ミカン……そうか。覚えておこう」

 どこかで聞いた覚えのある名前だが、まあそれはいいとティアナは置いておく。

「では失礼する」

 廊下に出ると、永倉大尉が待っていた。

「処分は聞いたか?」

「ああ。9月2日から三日間自室謹慎、だそうだ」

「そうか。では、格納庫へ」

 永倉の先導に続き、格納庫へ向かう。

 こういう時に何も言わないのはありがたい。余計な言葉など不要、というところが永倉のいいところだろう、とティアナは思う。

「タルコフスキーに感謝すべきだな」

 格納庫の扉を開けながら、永倉が呟く。

「できたのか」

「徹夜だったらしい。先ほど終わったそうだ。とは言っても、まだテストもしてないらしいが」

 視線を奥へと向ける。

 

 壁でキラ・タルコフスキー少尉が寄りかかって寝息を立てており、その前には一つのストライカーがあった。

 昨日まで、ティアナの予備機であったメッサーシャルフのBf109F型の機体。

 ターボチャージャーもどきを搭載したせいか、機体は少しばかり太めになっているように見える。

 

「どれ」

 ティアナが近づくと、すぐ脇から内海が顔を出した。

「まだテストが済んでません」

「実戦でやった方がいい。昨日のネウロイを放っておくわけにはいかない」

「それは……」

 昨日のネウロイを放置しておけば、明日にはスィクティフカルに到達される。下手にスィクティフカルから後退すれば、オラーシャ西部の防衛線が崩れ、502をはじめとするカールスラント東部方面の戦線が後ろから攻撃される羽目になる。

 そうしてしまえば東部戦線全体が崩壊してしまう。それは避けなければいけない。

「……私も同行します。無茶はしないでください」

「わかっている。永倉大尉。ところで…」

 永倉は肩を竦める。

「編成は私と内海、ティアナとベルタだ。ブラント少佐をはじめ、他のものは万が一に備えてもらう」

 昨日はキラ以外の全員で出撃したが、今回は更に戦力半減、か。

 

 だがしかし、とティアナはStG44を手に取り、クリーニングキットを引き寄せる。

 

「問題ない。確実にしとめるさ。今日で、だ」

「明日から自室謹慎だからな」

 永倉大尉の軽口を聞くとは、なんとも珍しい日だ、とティアナは考えながらクリーニングキットを持ち、StG44の整備を始める。

「……早いですね」

「慣れているからな。なにより、こいつは射程が短くても、取り回しの良さが気に入っている」

「なるほど。私もブルーノ機関銃の耐久性が気に入ってます」

 内海も銃の整備をするのか、近くの棚からブルーノZB26軽機関銃を取り出し、掃除を始めた。

 ベルタもそれを見て、MG42の整備を始める。永倉は腕を組み、ただ見守っている。

「…中尉、あの」

「なんだ、ベルタ?」

「先ほどの事なんですけれども。中尉って」

「ああ、それか…」

「なんだ、先ほどって?」

 永倉が視線を向けてきたことに、加え、内海もこちらを見ている事にティアナは気付いた。

 だが。別に黙るようなことでも、隠すことでもない。今まで、それなりに付き合いもある、ベルタにも話していないというだけで。

「弱さは置いていく、という話か」

「はい」

「……昨日。たしか、ゴローニン曹長ともそんな話をしていなかったですか?」

 内海が突然口を挟み、直後に自分で口を塞ぐ仕草。果たしてどこで聞いたのやら。

「あの…キラちゃんが」

「……」

 あの後、部屋に戻らずに廊下にいたのか、タルコフスキー少尉。それに、内海とキラは仲が良いようなのは昨日で証明されている。

「ベルタ。お前は私がウィッチになった時から、空を飛べていたように見えるか?」

「…いいえ」

「そうだ。誰だって最初は、ゼロから始まる。だが…空に上がる時点で、ゼロのままではダメだ。弱さとおびえを見せるようではな」

 永倉が、腕組を解いた。ティアナは言葉を続ける。

「カールスラント本国の、ベルリンの戦いだ。まさにそれが最初の実戦だった」

「…いきなり、あの激戦区に…」

 第二次ネウロイ大戦の、最初の二年はまさにあっという間。オストマルク・カールスラント・ガリアと驚異的な速度でネウロイは侵攻、瞬く間に各国を陥落させていった。

 大きな犠牲の繰り返された撤退戦。

「私には姉がいた。幼い頃に両親を病で亡くして、ヒスパニアの頃に兄が戦死して、私の最後の家族だった。私を守ろうと、してくれていた。そんな姉が、その最初の実戦で、私の上官になった」

 家族と同じ部隊というのは、基本的には忌避され、なるべく離れた部隊に配属されるようになっている…筈である。

 これはウィッチに限らず、普通の兵士でも言える。何故なら、その部隊が壊滅してしまえば兄弟全滅という洒落にならない事態になる。

 もっとも、撤退戦の頃は指揮系統の混乱や人手不足などが頻発した為にこのような人事が起こり、ティアナもそれに巻き込まれた形だった。

「私は空で…何も出来なかった」

 そこら中から響く悲鳴。燃え上がる炎。灰と瓦礫。逃げ惑う市民とその上に襲い掛かるネウロイ。

「右往左往するばかりで、明後日の方向に銃撃して、味方の援護もろくに出来ない」

 やがて、少しずつ静かになっていく世界。だけどそれは、死がもたらした静けさだった。

 

 気が付けば空の上で、同期と二人きり。

 

 他は皆死んでいた。みんなみんな、私が救えずに、私が助けられずに。

 

「その時に、私は…姉の死体に出会った」

 

「血塗れの手が私の頬に触れて、血がべったりとついて…何度も言っていた。呪ってたんだ」

 

「私を」

 

「ティ――」

 その言葉を聴いて、永倉が何かを語りかけた、まさにその瞬間だった。

 

「ティアナさんッ!!!」

 

 内海が、声を荒げた。

「それが…あなたの戦う理由ですか。呪いが振り切れないから、優しさも怖さも、全部捨てて飛ぶことが、あなたの戦いですか」

「…内海?」

 普段の彼女とは思えないその声に、ティアナも整備の手を止めた。内海はまだ言葉を続けた。

「お姉さんの呪いが怖いから、一体でも多くネウロイを倒し続ける事ですか」

 整備の手を、もう一度動かそうとして、動かない。

「そうやって死ぬ事になって初めて、その呪いは振り切れるとでも思ってるんですか」

 

「その為なら何を差し置いてでも、命令すら無視してでもですか!」

 

 昨日のように。命令を無視してでも、率先して前に出るのは、倒して――――そしていつか死ぬため。

 だけど――――。

「違う―――」

「違いません。あなたはそれに囚われている。何も出来なかったから、その分だけ、自分の命を捨ててでも払おうとしている」

「私は―――」

 だが、とティアナの奥底で。

 

 もう一度姉が呟く。

 

「呪われろ」

 

 あの血に染まった、瞳で、既にもう同じ顔になってしまった自分を。

 

「――――死なせない」

 

 力強い言葉が響いた。

「死ぬ事じゃ、呪いに飲まれてるだけです。呪いを打ち払うには――――生き続けて、そして手を差し伸べ続ける事です」

「戦場じゃ、誰だって死ぬ」

「それは解りきってます。でも……救える命を救うのは、足を引っ張る子を出撃させないことじゃない!」

 この前の事か。ベルタに対してティアナが言ったことに対する反論。

「ティアナさんも、最初は雛鳥だった。そう、誰もが雛鳥。飛ぶ事を知らない。だけど、飛び続けて、親鳥になれば、明日の戦場が変わる」

「私…は…」

「一人だけの戦場じゃない。あなただけじゃない。あなたには…」

 

「背中を守ってくれる人が、必要なんです。それが雛鳥だって構わない、いつか親鳥になるのなら」

 

「姉さんは…」

 では、姉は何故あの時、呪詛の言葉を吐いたのか。

 最後まで呪いで縛ろうとしたのか。あれほど愛していた、否、愛してくれていたのに?

 

 それを振り切るように、内海は言葉を続ける。

 

「お姉さんは、親鳥になるのを待ちきれなかった。でも…ティアナさんを本当に愛していたのなら、それは空から降りろという意味で言ったのかも知れない」

「……」

「でもティアナさんは今も飛んでいる。ならもう、その呪いを振り切るしかない。あなたの背中を守る雛が親になるまで。お姉さんにとっての、あなたになってはいけない!」

 

 ティアナは視線を落とした。だけど、そうしても答えは生まれない。

 でも、でも。あの最後の呪詛は、本当にティアナに向けられていたのか、という言葉が突き刺さる。その為に空を飛び続けてきた。いつまでも縛り付けるから。

 だが本当は。

 内海の言うように、向いていないから空から降りろという意味で呪っていたのだろうか。

 

 真相はわからない。姉はあの時、息を引き取ったのだから。

 

 だがこうして、今ティアナは空を飛んでいる。飛んでいるのだ。

 

「そうだな」

 ティアナは呟く。

 がちゃり、と弾倉に弾丸が込められた。

 

「雛鳥に見せるのは、親の背中だ」

 

 その言葉が全てを示す。ティアナはもう一度だけベルタを見る。ベルタは既に準備を終えている。

 内海も、同じように弾丸を込めていた。

 

「一〇〇式輸送機の準備は出来ている。誰かさんのお陰で追跡を振り切れてな」

 

 永倉はそう言って笑うと、九七式重機関銃を担ぎ上げた。どうやら楽しんでいるようだ。

 

「さあ、行くぞ。もう失敗は許されん」

 

 

 昨日とは違い、雲ひとつ無い晴れた空。

 その中に浮かぶ、赤黒い塊。やはり、奴はそこにいた。

「昨日からペースダウンせずにそのまま。高度もそのまま、か」

 永倉が呟きながらストライカーの用意をする。

「いいか、左右からアプローチをかけつつ、囮役と攻撃役を随時交代しながら攻める。それでいくぞ」

「まあ、基本だな」

 ティアナの返答。基本に忠実な戦術だからこそ、効果も信頼性も高い。

「高度は?」

「もうすぐ10000です」

 ベルタの返事。

「ティアナ」

 永倉が、ティアナを見た。

「先に行け」

「了解。ベルタ」

 ティアナはハーネルStG44を抱え、そして後ろを振り向く。

「はい!」

 僚機の、元気な返事。

「行くぞ!」

「ベルタ、了解!」

 一〇〇式輸送機の扉が開け放たれ、ティアナとベルタが飛び出す。

 続いて、永倉と内海も。

「ティアナ、先頭は任せる」

「了解。ベルタ、ついてこい! 右からアプローチをかける!」

『ベルタ、了解。援護につきます』

 MG42を持ち上げたベルタは示す。いい返事だ、とティアナは視線を前に向ける。

 

 向こうもこちらに気付いた。昨日よりもまだ遠い距離だというのに、大型ネウロイは移動を停止。

 そして、ゆっくりと動き出すなり、中心部から二十ほどの小型ネウロイが文字通り飛び出してきた!

『なるほど、随伴機は腹に抱えていた、ということか』

「らしいな。大尉。先に小型を始末するか?」

『その方がいいな。大型から注意をそらすな』

「わかっている」

 なにせ、高高度でただでさえストライカーの性能が落ちている。うまくやらなければならない。

 それに、急激な加速を行えばベルタを置き去りにするうえに、永倉・内海とも引き離されて一人突出になる。

 

 そこで考えるならば、向こうをこちらに引きずり出す。そう、相手を呼べばいい。

 

 高度をすこし下げ、下へと回り込むように前進。

 こちらにつられるように、二十の小型ネウロイは、上からティアナとベルタを見下ろし、そして降下し始めた。それがチャンス。

 まったく、とティアナは内心呆れる。

 随伴機が母艦を放り出して全部来るとは情けなすぎて涙が出る。そういうのは迎撃か偵察要員が少数だけ出ればよいものを!

 降りてくるのが見える――――奴らがいっせいに牙を剥く。雨霰と降り注ぐ光の弾を―――速度で、駆け抜けた。

 光の雨だってすり抜けられる。あの頃の私じゃない。あの頃の怯えはもう捨てたんだ。

「落ちろッ!」

 身体を捻りながら急上昇し、ティアナはハーネルStG44の引き金を引く―――と同時にインカムに叫ぶ。

「ベルタ、援護!」

『ベルタ、了解!』

 やはり一丁より二丁、とばかりに凄まじいフルオート射撃が小型ネウロイへと襲い掛かる。

 ティアナの射撃も正確無比だが、ベルタも確実に当てて落としていく。腕を上げたのだろう、小型ネウロイの半数はその制圧射撃で姿を消した。

「リロードする」

『中尉、こちらも弾倉交換の必要があります』

「全弾撃ってたのか? もう少し抑えろ」

『こちらに任せろ』

 降下して、ティアナの後ろと、ベルタの周辺に回り始めた残りの小型を狙ったのは、永倉と内海だった。

『ティアナ、ベルタ、離れろ!』

「『了解!』」

『掃射、開始します!』

 永倉と内海はそれぞれ左右から数発ずつのバースト射撃を開始。装弾数の問題か、或いは射撃に自信があるのか、数発ずつの撃ち切りで、それでも確実にヒットさせていく。

 フルオートでばら撒くだけとは大違いだ。国柄の違いかも知れない。

『すごい…永倉大尉、20発で3機…』

「内海は4で残りが3、か。ベルタ、リロードは?」

『すいません、中尉! 後少しで…!』

 扶桑組に見惚れているより、リロードの手を動かせ、とティアナは口の中で呟く。

「残り3はどうする? 早いもの勝ちか?」

『ああ、そのつもりだ。だがな』

 永倉はそこで可笑しそうに言葉を続けた。

『私の総取りだ!』

 両腰に帯びた扶桑刀を抜き放ち、永倉は更に加速して飛び込んでいく。

 

 一回、二回、三回。

 

 光ったのが見えたのがそれだけで、ティアナが瞬きをした直後に、三体のネウロイは両断され、そのまま破片となって落ちて行く。

 まさに総取りとはよく言ったもの。だが、あんなにも早いとは!

「なんて速さだ」

『接近戦に持ち込めさえすればな』

 かしゃん、と刀を鞘に戻し、再び銃を手に取る永倉。

『丸裸か?』

「そのようだ」

 ちらり、と大型の母艦の方を見る。随伴機を全て落とされたのか、本体での砲撃ぐらいしか出来なくなったか。

 こちらの方に向け、直後に光が走る。

「散開、散開!」

『わかっている、後ろに回れるか?』

「流石に難しいだろうな」

 随伴機を落とされた本体は焦っているかのように、砲撃を移動しながら繰り返し始める。

 明らかに向きは後退している。だが、放っておけば脅威のままだし、随伴機を補充するかも知れない。

 つまり、今落とすしかない。

 

 距離が離れている状態で、向こうは後退して距離を離そうとしている。

 

 こっちには……アレがある。

「大尉。前に出る。援護を!」

『なに?』

 そう、彼女が手にした。あの最速が――――。

 

 呼吸を整え、ティアナは脳裏でイメージする、驚異的な速度。

 そして、それは魔力となって、やがてストライカーへ、そしてエンジンへ。

 

 ターボチャージャーのようにあっという間に跳ね上がる回転数。更に跳ね上がる、速度。

 

 ティアナがもう一度目を開いた時、彼女の身体は弾丸のようにネウロイへと猛スピードで接近していく。

 目を開ける事すら困難な風圧、だがそれでも確実に当てなければならない。逃げながら、こちらを狙うネウロイ。同じくこちらも、両手でホールドするStG44。

 射程距離まで近づかなければ、当たらないし威力も落ちる。

 

 ネウロイが撃つか、ティアナが撃つか。

 

 音すらも聞こえづらくなる猛スピードの世界で、ティアナは引き金だけを握る。

 

 空を駆ける。

 血塗れの白猫は、空を駆ける。宿敵を飲み込む為に。

 

 それを縛り付ける呪いを、打ち払う為に。

 

 光った瞬間、身体を捻って上へ―――その一刹那後には、上と下の位置にいる。こちらの方が遥かに速度は早い。だからこそ。

 

 近い距離だからこそ、そのフルオート射撃が役に立ち、あっという間にその装甲を次々と削り取る。

 赤いコアの光が微かに見えた、直後にStG44が動かなくなる。弾丸切れ。

『ティアナ!』

「ついてこれるか? 大丈夫だ、リロードしてもう一度だ!」

『違う、煙噴いてるぞ!』

『やっぱりテストもなしなんて無茶すぎですって!』

『ああ、中尉ってどこまでいっても中尉です』

「奴を落としてから幾らでも改良する! ベルタ、援護!」

『ベルタ了解ぃ!』

 ネウロイを追い越し、前に出る。真後ろにネウロイがついているのは気分がよいものではない。

 大きく右に旋回すると、筋を引く煙が見える。

 

 だが、ティアナの真正面にはネウロイ。仲間はネウロイを挟んだ先。

 

 もう、後戻りも出来やしない。撃ち抜くだけだ。

 弾倉を替えるティアナは、そのネウロイをもう一度だけ見た。

 

 

 

 初めてウィッチとして姉に接した時、彼女は笑っていた。

「驚いた。まさか同じ部隊に来るなんてね。やっぱりティアナは、私が見てなきゃダメってとこかな」

 そう言って苦笑する姉に少しだけむっとする。子供扱いされたい歳ではないし。

「こんな状況でしょう? 私だって、戦わなきゃ」

「そうね。力があって、それを活かそうとするのはいいこと」

 姉は笑いながら、ふと思い出したように手招きした。

「ついてきて」

 そう言ってティアナを連れて行った先は、滑走路。まだ小さい彼女達にはどこまでも続く道のようにも見える、広い滑走路。

 

 でもそこは、とても綺麗な場所だった。

 

 緑が見えて、遠くの方に市街地も見えて、それで蒼い空も見えて。

 それは一つの世界だった。まだ、平和が残された世界だった。

「ねぇ、ティアナ。自分がこの世界でどういう存在かって、考えた事ある?」

「難しいよ」

 姉の言葉にティアナはそう返す。そうとしか返せなかった。彼女はまだ幼すぎたから。

「あはは、そうかも。まあ、でもね。こんなにも大きい世界じゃ、私たちってとっても小さい。ネウロイの大きさなんて、それこそ戦艦より大きいのがあるのよ。わかる、戦艦?」

「うん…まあ、ブリタニアとか扶桑のとかを、写真ぐらいで、だけど」

 ブリタニアで開かれた式典だったかに集った軍艦がたくさんあった中に戦艦があるとか、はるばる扶桑から戦艦が援軍にやってきたのは割りとある話だ。

「そしてそれは、多くのものを奪ってく。そんなネウロイと戦えるのが私達ウィッチ。でも、幾らウィッチでも、一人ひとりじゃあまりにも小さい」

 それは例えるならば、巨大な猛獣に立ち向かう古の戦士達のような、或いはドラゴンに挑む騎士のような。

「だから私達は考えるのよ。私達になにが出来るのかを」

「なにが、できるのか……」

 それはまだ難しいことなのかも知れない。傲慢な考えなのかも知れない。ウィッチの思い上がりに見えるかも知れない。

 きっと、ティアナにはまだ答えは出ないだろう。

「大丈夫、深く考えない」

 姉はティアナに笑いかける。

「目の前にある事を、一生懸命やることだって、出来ることだよ? 私達はウィッチ。ネウロイと戦える、ね」

「目の前にある事を?」

「そう。ウィッチ、だなんて言われていても――――かぼちゃの馬車も出せないし、素敵なドレスも出す事は出来ない。未来を見る事なんてできやしない。でも、目の前にある現実と向き合うのは出来る」

 姉は膝を折って、ティアナと視線を合わせる。

 

「だから私達は、今を生きる。縛られないで、今と戦う」

 

 今を生きる。

 今を生きろ。

 今と戦う。

 今と戦え。

 

 目の前にある、今を。

 

 

 真正面には、敵がいる。

 目の前にいる、怪異を―――今、戦うべき相手を。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 更に加速したストライカーの強烈な速度と共に、弾丸はただ一直線の槍となってネウロイへ襲い掛かる。

 正確にブレずに、ただ一点だけに集中した射撃。装甲を削り、貫き、潰れた一発目の弾丸をただ後ろから押し上げ続ける後続。

 それは一本の槍だった。

 真っ直ぐに、真っ直ぐに、真っ直ぐに。

 

 真正面の、目の前の。

 

 30発目の弾丸が押し上げた時、それは赤い光に到達した。

 

 爆発する装甲と、もう一つ。

『中尉! ストライカーが…!』

「わかってる!」

 あまりにも加速し続けた機体は、やがて崩壊へと変わる。イカロスが翼をもがれたように。或いは、速くなり過ぎたが故に音と空気の壁にぶち当たるように。

 加速したまま、猛スピードで地上へと突っ込んでいくようだな、とティアナは思った。

 ブレーキも利かない。爆発音と衝撃は止まらず、ストライカーは崩壊しつつある。

『ティアナ、速度は落とせるか!?』

「無理だ。ブレーキがろくに利かない。コントロールもあまり、だ」

『ッ……ブラント! ブラント! 衛生兵の用意を! 例の陸戦ウィッチも引っ張って来い!』

「永倉大尉、そんな事より湿地帯はどこまで続いている?』

『今はそれどころじゃない! いいからさっさと衛生兵の用意を…』

『湿地帯は、もうしばらくは続いてる筈です』

「わかった。高度が充分下がったらシールドを張る。角度をもっと狭くする」

『……湿地帯に頭から突っ込む気か!? シールドがあるとはいえ、かなり危険だぞ!?』

 だが、ブレーキが利かないとあらば、それが一番だろう。身体の傾きを少しずつ水平に近づけながら。

『着陸地点を予測してみよう…だが、速すぎる…もう少しで見失いそうだ』

「頼む。衛生兵が来ないまま放置は御免だ」

 衛生兵は必ず来ると信じなければやってはいけないが、それでも来るのに時間がかかるとは考えておくしかない。

 なにぶん、人間だ。皆、同じように。

「ッ…!」

 ティアナはとても目を開けてられなかった。速すぎる。高度だって凄まじい勢いで降下している。

 もっと水平に、もっと水平に。頭から突き刺されば確実に首の骨を持っていかれる。

「もう少し…もう少し…!」

 少しでも顔を逸らし、足も逸らして、高度と落としながら水平に。

 

 そして、遂にその時は来た。

 

 ティアナの眼下に広がる、ぬかるんだ大地。

 先日ベルタが墜落したように、いや、それよりも早くティアナは突っ込んでいく。

 だが、水平に持たせたにも関わらず、速度が落とせないままのストライカーが――――。

 

 天地がひっくり返り、脳が叩き揺らされて、骨や歯がミシミシと嫌な音を立てて、泥が盛大に跳ね飛ばされて、世界は暗く閉ざされた。

 

 

 

「無事、ネウロイは殲滅に成功。君は明日から三日間自室謹慎、ま、実際医務室で謹慎みたいなものだね。お見事、お見事」

 そう宣言してからパチパチと拍手を送るブラント。どう見ても微妙にズレてる構図としか思えない。少なくとも任務完了報告という空気じゃない。

 もごもご、と口を動かしてとりあえず返事をする。

「それはどうも、と言うべきか?」

「無茶をした事に関しては怒るけど、それは元気になってからにしようか。えーと」

 ちらり、とブラントは視線を横に向ける。そこには昨日も見た、扶桑海軍であろうセーラー服を着た黒髪のウィッチが立っていた。

「ユウ、怪我の具合はどうかな?」

 ユウと呼ばれた魔女はゆっくりと口を開いた。

「両足に火傷、肋骨及び右側鎖骨、右前腕部の骨折、左の手首、中指、人差し指の骨折、あと手だけで衝撃を受け止めきれずに、鼻の骨が折れて、歯も10本ぐらい折れてますね」

「うーん、これはひどい」

「鼻の骨と両足の火傷は治癒魔法で治したんですけれど、残りは二日間ぐらいに分けて治癒魔法をかけて安静にしないとダメですね」

「昨日はゴローニン曹長の治療をしてたな」

「歯が折れたところの出血は止めましたけど、再生するのに時間と魔力の余裕がいるので、明日にしましょう」

「歯の再生も出来るのかい?」

「ええ、そこまで出来るのは治癒魔法使いでも珍しいらしいですけど」

 ブラントの問に彼女はそう答える。まあ、歯の再生まで出来るのはすごいものかもな、とティアナも思う。

 治癒魔法使いと言ってもそれこそピンキリで打撲とか切り傷ぐらいしか治せない使い手…というか、それぐらいのレベルが多いらしい。

 骨折どころか致命傷レベルの内臓に損傷とかそういうのを助けられるレベルになれば最早達人レベルで、カールスラント全軍でもいるかいないかレベルだそうな。

「では、歯の再生は明日か」

「はい。なんで今日は柔らかいものを食べてください。体力、つけなきゃいけない状態だとは思いますけど……」

「お前のせいじゃない。明日からも頼む」

 ティアナはそう答えて、まだ御礼を言っていなかったと思い出す。

「治療、ありがとう。えーと……」

 ちらり、と階級章を見ようとしたが首が上手く回らず、ついでに扶桑軍の階級章の見方もわからないのでやめた。

「どういたしまして…あの、顔になにか?」

「ああ、いや。名前を聞かせてくれないか? 私はティアナだ。ティアナ・レーブマン」

「…ブラント少佐がいつも怪我しそうで案外怪我しないけど怪我したら大きそうだって話してましたよ、中尉」

「少佐。その件について納得のいく説明を…いない」

 どうやらブラントは用は済んだとばかりにさっさと逃げたらしい。まったく。

「申し遅れました。凪灘です。凪灘夕子といいます。階級は曹長、扶桑海軍陸戦隊所属…まあ、本業は艦船にのって上陸作戦支援する陸戦ウィッチです」

「限定的な任務だな」

「そうですね。それに、ガリア解放後は普通に陸戦ウィッチとして長く…先日、ブラント少佐と永倉大尉から声をかけられて気がついたらこっちに」

 治癒魔法使いのウィッチは貴重なのにどこから調達してきたのやら。ちゃんと合法的なものだろうか、とティアナは内心呆れた。

「まあ、いいさ。では、しばらくよろしく頼む」

「はい。では、また明日」

 やがて、凪灘は医務室を出て行った。

 

 鼻が治ったお陰か、落ちた直後よりかは呼吸しやすい。

 もっとも、歯が折れたせいか、奇妙な宙に浮いた感があるし、右腕は肩からろくに動かないし、左も手首が折れたままなので固定されている。

 お陰で読書をして時間を潰すわけにも行かない。そもそも本が無いが。

 

 ティアナがそんな事を考えていると、かすかなノックの音が響いた。

「…どうぞ」

 やはり、しゃべると少し痛い。だが、喋った方が気持ちの方は楽になる。痛みが消えるかどうかは別として。

「失礼します」

「……やっぱり、壊れて……」

 内海は何か包みを抱えて。キラは泣きそうになりながら医務室へと入ってきたのが見えた。

「謝ることじゃない、タルコフスキー少尉。無茶を言ったのは私だ」

 そう答えてから、顔を向けようとしてやはり寝返りを打つのすら難しい状態である事に気付いた。足のダメージは治癒魔法で治してもらったが、手が動かないのだ。

「ただ、記録をカールスラント空軍が欲しいと…現物をノイエ・カールスラントまで特急で回して研究するからと、ユニットの回収はしたみたいです…。もう、輸送機が持ってきました」

「そうか。それはいいことだ。タルコフスキー少尉の改造がストライカーの進化に繋がるか? 案外歴史書に残るかも知れないぞ?」

 ジョークのつもりで言ったのだが、キラは涙を溜めたままだ。

「とにかく、あれには感謝している。目標は倒せた。ただ」

「…ただ?」

「もうあそこまでの無茶はやめる。姉さんを振り切る為に、な」

 キラは首を傾げたが、内海は笑った。

「そうですか」

「ああ。姉さんの意志は違ったんだ。あの最期の言葉よりもずっと、姉さんの意志は伝えられていたんだ。だから私はそれに従う。あの最期の言葉は、本当は地上に降りろという意味だったのかも知れない」

 だが、あの醜態を晒してしまった後だから、今のティアナがいる。

 変えられぬ過去と、見えない未来。だが、今、目の前にある今だけは。

「でも私は今を生きる。今と戦うんだ。今、目の前にある敵と戦う。それだけしか出来ない。だが、それでいいんだ」

 力強く紡いだその言葉の、二人の反応は見えなかった。

「幾つか、頼みがあるんだが、いいか?」

「なんですか、ティアナさん」

「次に休暇がある時に……買い物に付き合って欲しい。ベルタに、礼の一つでもやりたいと思うんだ」

 その言葉に呆気にとられた顔をしたのはキラだった。だが、すぐに微笑んだ。

「私は…御菓子とか、うれしいですね…」

「参考にはしておこう。それと、明日辺りに暇を潰すように本でも貸してくれると助かる。ブリタニア語の奴で構わん」

「ティアナさん、本読むんですか?」

 内海の言葉に、ティアナはリベリオンのアニメーションよろしく、頭上にハンマーが落ちてきたようなショックを受けた。

「……内海。お前、私をどういう奴だと思ってるんだ…?」

 ティアナの問いかけに、内海は「んー」と前置きした上で答える。

「突撃大好きで意地っ張りでストイックという所でしょうか」

「とりあえず合っているところが一つも無いとしか言い様が無いな」

 そんなイメージを抱かれていたとは甚だ不本意である。

 

 直後。

 ぐぅ、と妙な音が響いた。

 

「……今の…」

「中尉…?」

 内海とキラが顔を合わせるが、ティアナは顔をシーツで隠すことも出来なかった。何せ手が動かない。

「……歯がだいぶ折れて柔らかいもの以外は喰うなと言われてな……」

 まったく、鼻を治してくれたんだから歯の再生までやってくれてもいいじゃないかと怒りたくなってもどうしようもない。

 凪灘はもう「また明日」と言って去ってしまったのだから。

「だろうと思って、一つ持ってきました」

 内海はそんなティアナに、優しく笑いかけた。

「…なんだ?」

「甘いもの、大丈夫ですか?」

「ああ、まあな」

 本音を言うとかなり好みではある。ただし食べる機会があまりない。

 

 内海が包みを広げて、中から差し出したのは、黄色とオレンジ色の、何だろうか、球ではなく、手作業で丸めた、例えるなら泥遊びの際に泥を丸めたような。

 だがそんなものを持ってくるとは到底思えない。甘いもの云々と言ったら甘いものだろうし。

 

 ティアナが呆気にとられていると、内海は口を開いた。

「たぶん、好きになれると思います。茶巾絞りって言うんですけど」

「?」

「サツマイモやカボチャを潰して、砂糖とかバターを混ぜて丸める、まあ難しい料理ではないですね。シンプルですけど、美味しいんですよ」

「イモもカボチャも好きだな」

 ただ、イモはイモでもサツマイモ…いわゆるスイートポテトのようだ。まあ、それも嫌いではない。カールスラント人たるもの、イモと名のつくものはなんでも好物だ。

「まあ、どうぞ」

 まずは黄色い方から、内海が差し出してきたそれを、顔をどうにか伸ばして、ぱくり。

 

 口の中で柔らかなそれが融けて、甘さが広がる。

 バターと砂糖と、イモの素朴な甘さ。

 

「……甘い」

「甘すぎました?」

「いや。好きな甘さだ」

 それに、この甘さがあると、痛みをどこか忘れられる気がする。

「いい気分転換にはなる」

「そうですか…ティアナさん、笑えるんですね」

「だからお前は人を何だと思ってもが!」

 最後の部分は、口に突っ込まれたオレンジ色の方の茶巾絞り(カボチャ)に消された。

 

 

「少佐。呼んだか?」

「うん」

 執務室の机に、大量のニンジンスティックが更に乗って置かれていた。

「ニンジンを食べろという命令は聞かないぞ。理不尽な命令には拒否する権利があるからな」

「言わないからね? 私、野菜もちゃんと食べるからね?」

「リベリオン人にしては稀有な事にな」

「君は人を何だと思ってるんだい!」

 そんなやり取りを終えて椅子に座った永倉に、ブランとは口を開く。

「ストライカーの残骸はノイエ・カールスラントに送った。特急で新しいストライカーを改造するらしいよ。ティアナにはじきに新しい機材が届くだろうね」

「朗報だな。改造禁止とかだったらアイツはもっと暴れそうだ」

 笑う永倉をブランとはジロリと睨んだ後で、タメ息をはく。

「で、どうなった?」

「ああ。あの様子だと吹っ切れたようだ。まったく、あの高度と速度で墜落してもあの程度で済むなんて、大したウィッチだよ。510はこれでますます強くなるだろう」

「違いないね」

 二人はそう言って顔を見合わせて笑った。

「エースと呼ばれるようなウィッチでも、一人の人間でもある。完璧な人間なんかいないよ。でも、それを補強しあうのがまた人間だよ」

「そうだな。一人で戦うもんじゃない。一人より、皆の方が強い」

 

「……で。私たちが出撃している間に、本部から何を受け取った?」

「北海方面でネウロイに動きがあるらしい。それに、それ以外の各戦線でネウロイの動きが鈍っている。冬でもないのに」

「……何かあるか?」

「わからない。でも用心にこしたことはないよ」

 

「何か起こってから対応したんじゃ、遅れるからね」

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