-花咲く森の先へ-
-森の奥の花畑-
気球船を降りた一行を迎えたのは、
濃い緑の森だった。
木々は空を覆うほど高く伸び、
枝葉の隙間から柔らかな光がこぼれている。
足元には小さな草花が揺れ、
どこからか鳥の声が聞こえていた。
遺跡へ向かっているはずなのに、
その道はあまりにも穏やかだった。
「なんだか……怖いくらい綺麗ね。」
ドロップが周囲を見回しながら呟く。
ユリも静かに頷いた。
「遺跡の近くとは思えない。」
ダイフクーは大きく伸びをする。
「敵もいねぇし、空気もうまいし、最高じゃねぇか!」
シャーベットは木の幹に刻まれた古い傷や、
地面の土の状態を見ながら歩いていた。
「人の手が入っているようで、ほとんど自然のままだ。」
「不思議な場所だね。」
ウインナーは風に耳を澄ませる。
「風も穏やかだよ。」
「でも、奥の方から少しだけ違う流れが来てる。」
レイカは黙って森の奥を見ていた。
煙草は咥えていない。
この場所の空気を汚す気になれなかった。
「……進むぞ。」
森の道はしばらく続いた。
やがて、木々の密度が少しずつ薄くなる。
そして一行が森を抜けた瞬間。
視界いっぱいに、青い花畑が広がった。
「わぁ……!」
ドロップが思わず声を上げる。
広間のように開けたその場所には、
無数の花が風に揺れていた。
中央には天まで届くような巨大な大樹。
その太い枝の上には、小さな木造の家が建っている。
まるで森そのものが誰かを守っているような、
不思議な場所だった。
「誰だい?」
上から、のんびりした声が降ってくる。
葉が揺れた。
次の瞬間、一人の男が軽やかに大樹から飛び降りる。
柔らかな雰囲気を纏い、
どこか詩人のような佇まいをした青年だった。
ブリトーが息を呑む。
「……ガレット?」
青年は目を瞬かせる。
そして、ぱっと表情を明るくした。
「ブリトー!」
「本当にブリトーだ!」
ブリトーは駆け寄る。
「ガレット……!」
二人はしばらく言葉もなく見つめ合った。
失われたと思っていた仲間。
時代を越えて再び出会えた仲間。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
ガレットは嬉しそうに笑った。
「僕、目が覚めた時は一人だったんだ。」
「遺跡の中で目を覚まして、外に出たらこの森があってね。」
「花も木も、風も水も、全部が優しかった。」
「だから住むことにしたんだ。」
ドロップが大樹の家を見上げる。
「ここに一人で?」
「うん。」
「寂しくないの?」
ガレットは少し考えてから、花畑を見渡した。
「自然が話してくれるからね。」
「それに、寂しさも詩になる。」
ダイフクーが首を傾げる。
「詩?」
シャーベットが小さく頷く。
「詩人ということか。」
ガレットは微笑む。
「そんな立派なものじゃないよ。」
「ただ、感じたことを言葉にするのが好きなんだ。」
その穏やかな言葉に、場の空気が少し和らいだ。
だが、レイカだけはガレットをじっと見ていた。
のんびりとした雰囲気の奥に、わずかに異質な気配がある。
自然に愛されている。
けれど同時に、自然に呑まれているような気配。
レイカは小さく息を吐いた。
「……サラミッドは、変なやつが多いな。」
ブリトーが少し笑う。
「否定はしない。」
花畑に、久しぶりの再会を喜ぶ声が静かに広がっていった。
-戻らない旅人-
夕暮れ。
一行はガレットの案内で、
大樹のそばに腰を落ち着けていた。
花畑の中央に焚き火が灯る。
夜風に揺れる花の香りと、火の温もりが混ざり合う。
ガレットは遺跡の方角を見つめながら、
静かに話し始めた。
「僕が目覚めた場所はね。」
「遺跡の入口から少し入った辺りだった。」
「でも、それより奥は知らない。」
「何度か近づいてみたけど、奥へ行くほど空気が重くなるんだ。」
ウインナーが尋ねる。
「道は複雑なの?」
「うん。」
「複雑というより……生きているみたいだった。」
シャーベットの目がわずかに輝く。
「生きている?」
「昨日あった道が、次の日にはなかった。」
「壁の模様も、少しずつ変わっている気がした。」
「だから僕は、奥へ行くのをやめた。」
ブリトーは腕輪を見つめる。
「その奥に、何かあるのかもしれない。」
ガレットは頷く。
「そう思って探索に向かった旅人を、僕は何人も見てきた。」
焚き火の音が、ぱちりと弾けた。
「でも。」
「誰一人、戻ってきていない。」
空気が静まり返る。
ダイフクーの表情も真剣になる。
「一人もか?」
「うん。」
「悲鳴も聞こえない。」
「戦った跡も残らない。」
「ただ、戻らない。」
ユリは目を細める。
「それは……かなり危険ね。」
レイカは煙草を取り出しかけて、花畑を見てやめた。
「行方不明か。」
「あるいは、遺跡そのものに取り込まれたか。」
ドロップが小さく息を呑む。
ブリトーはガレットを見る。
「それでも、僕たちは行く。」
「パルや、サラミッドの手がかりがあるかもしれない。」
ガレットは少し寂しそうに笑った。
「分かってる。」
「ブリトーならそう言うと思った。」
そして、花畑の風が一度強く吹いた。
花びらが舞い、焚き火の光の中をゆっくり流れていく。
ガレットはその花びらを見上げながら、穏やかに呟いた。
「なら、せめて今夜は休んで。」
「森は、旅人を拒まないから。」
-花咲く夜-
その夜。
花畑の広間には、穏やかな時間が流れていた。
夕食担当は、なぜかダイフクーとシャーベットに決まった。
「よし、肉を焼くぞ!」
「火加減を考えろ。焦げる。」
「腹に入れば同じだ!」
「同じではない。」
二人の言い合いを聞きながら、
ブリトーは少し笑った。
その隣にガレットが腰を下ろす。
「賑やかだね。」
「うん。」
「最初は少し慣れなかったけど。」
「今は、こういうのも悪くないと思ってる。」
ガレットは柔らかく頷いた。
「ブリトー、変わったね。」
「そうかな。」
「うん。」
「昔より、風が優しい。」
ブリトーは腕輪を見つめる。
「僕はまだ分からないことばかりだ。」
「パルのことも。」
「サラミッドのことも。」
「どうしてこの時代に来たのかも。」
ガレットは花畑を見つめた。
「分からないことは。」
「全部急いで答えにしなくてもいいんじゃないかな。」
「花も、咲く時期を間違えない。」
「きっと、答えにも咲く時期がある。」
ブリトーは少しだけ目を丸くした。
「詩人らしいね。」
「一応ね。」
二人は静かに笑った。
少し離れた花畑では、ユリとドロップが青い花を眺めていた。
ドロップがしゃがみ込む。
「綺麗……。」
「なんていう花なんだろう?」
「ネモフィラだよ。」
後ろからウインナーの声。
ドロップが振り返る。
「ウインナー、知ってるの?」
「うん。」
「昔、本で読んだんだ。」
「空の色に似た花って書いてあった。」
ユリは花をそっと撫でる。
「空の色……素敵ね。」
ドロップは嬉しそうに笑った。
「ウインナーって花にも詳しいのね。」
「少しだけだよ。」
「…昔は本を読む時間が多かったから。」
ドロップはその横顔を見つめる。
昔のウインナー。
誰にも心を開かず、
本と風だけを友達にしていた少年。
今はこうして、
自分の隣で穏やかに笑っている。
その変化が、少し愛おしかった。
「今度、花のこともっと教えてね。」
「うん。」
「約束。」
その様子を見て、ユリは柔らかく微笑んだ。
一方。
レイカは花畑から少し離れた空中にいた。
風の加護で、
ほんの少しだけ身体を浮かせている。
その手には煙草。
灰を落とさないように、
小さな缶を片手に持っていた。
「……しかし、綺麗だな。」
煙を夜空へ吐き出す。
青い花畑。
巨大な大樹。
焚き火を囲む仲間たち。
のんびり笑うガレット。
そのすべてを見下ろしながら、レイカは目を細めた。
平和すぎる場所。
だからこそ、危うい。
レイカの視線は一瞬だけ遺跡へ向く。
「……戻らない旅人、か。」
嫌な予感は、消えなかった。
それでも今夜だけは、
仲間たちの笑い声が花畑に満ちていた。
森は静かに眠り、
花は月明かりを受けて淡く揺れていた。
-緑の禁貨-
翌朝。
花畑には朝露が輝いていた。
一行は遺跡へ向かう準備を整える。
ガレットは大樹の前に立ち、ブリトーを見つめていた。
「ブリトー。」
「必ず、戻ってくるんだよ。」
ブリトーは静かに頷いた。
「うん。」
「必ず戻る。」
ガレットは少しだけ笑う。
ブリトーとガレットは握手を交わした。
「約束だよ。」
「約束だ。」
一行は花畑を後にし、遺跡の入口へ向かった。
石造りの扉は古く、蔦に覆われていた。
その奥からは、冷たい空気が流れてくる。
一本道をしばらく進む。
足音だけが響く静かな通路。
やがて、広い空間へ出た。
中央には小さな台座。
その上に、一枚の禁貨が置かれていた。
緑色に淡く輝いている。
ブリトーが近づく。
「これは……。」
腕輪が微かに反応した。
「ガレットの禁貨だ。」
そっと手に取ると、緑の光が腕輪へ吸い込まれていく。
一瞬、風とは違う柔らかな気配が広がった。
木々のざわめき。
草花の匂い。
自然そのものが息づくような感覚。
「自然を操る力……。」
シャーベットが呟く。
「また一つ、能力が増えたわけだな。」
ブリトーは腕輪を見つめる。
「ガレットの力も、借りられる。」
ウインナーが微笑む。
「心強いね。」
その後、一行は広間を探索した。
壁には古代文字が刻まれているが、
今まで見てきたものよりも複雑だった。
シャーベットの目が輝く。
「これは……かなり古い。」
「しかも、文字の並びが通常の古代語と違う。」
「まるで、読む順番が固定されていないようだ。」
レイカは警戒する。
「おい、触るなよ。」
「分かっている。」
そう言いながら、シャーベットは壁へ顔を近づける。
「だが、これは見逃せない。」
ユリが小さくため息をつく。
「嫌な予感がするわ。」
奥へ進むと、さらに古代文字が増えた。
壁一面。
床。
天井。
まるで遺跡そのものが、
何かを語ろうとしているかのようだった。
シャーベットは完全に集中していた。
「この文字列……。」
「もし仮説が正しいなら。」
「深層部へ繋がる記録かもしれない。」
「シャーベット。」
ウインナーが声をかける。
「少し下がった方がいい。」
しかし、その声は届かない。
シャーベットの指先が、壁の一部へ触れた。
カチッ。
乾いた音が響いた。
全員の動きが止まる。
「……今、何か押したか?」
ダイフクーの声。
シャーベットはゆっくり振り返る。
「……可能性はある。」
レイカが低く呟いた。
「お前な。」
次の瞬間。
床が消えた。
悲鳴と怒号が重なり、
一行は暗闇の底へと呑み込まれていった。
-深淵への落下-
「うおおおおお!?」
床が消えた。
暗闇。
全員の身体が奈落へ投げ出される。
「きゃあああ!!」
「落ちるぞ!!」
「風よ!!」
ウインナーが叫ぶ。
しかし、全員を同時に支えるには遅かった。
それぞれが別方向へ吸い込まれていく。
「ブリトー!!」
「ウインナー!!」
「「風よ!」」
ブリトーの足元へ風が集まる。
同時にウインナーも風を纏う。
二つの風が共鳴し、
落下速度が徐々に緩やかになっていく。
「なんとか……なった!」
「下を見ろ!」
ブリトーが目を見開く。
「……文字?」
壁一面。
いや。
落下している巨大な縦穴そのものに、
無数の古代文字が刻まれていた。
「なんだこれは……!」
シャーベットも落下しながら興奮する。
「凄い……!」
「縦穴全体が碑文だ!」
「こんな遺跡見たことない!」
「ふふっ。落ちているところなのに。」
ウインナーが思わず笑ってしまう。
「いや、これは記録しなければ!」
そんな会話をしながら、
ゆっくり降りていく。
その頃。
別の場所。
「ちっ。」
「面倒だな。」
レイカとダイフクーも落下していた。
「うおおおお!!」
「レイカー!!」
ダイフクーが叫ぶ。
レイカはため息をつく。
「騒ぐな。」
風が二人を包む。
「風よ。」
その瞬間。
落下していた身体が空中で停止した。
「おお!?」
「浮いてる!?」
ダイフクーは目を丸くする。
「落下くらいで死ぬか。」
「ほら、掴まれ。」
「お、おう!」
レイカの肩を掴むダイフクー。
風が二人を支え、
まるで羽のようにゆっくりと降下していく。
「便利だな、その力!」
「そうか?」
「俺はお前の腕の方が便利だと思うが。」
「へへっ!」
「任せろ!」
やがて二人も静かに着地する。
「……さて。」
「全員とはぐれたか。」
レイカは煙草を咥えた。
「面倒なことになったな。」
一方。
「きゃあああ!」
「ドロップ!」
ユリとドロップは別の通路へ吸い込まれていた。
だが。
「……あれ?」
ドロップが目を丸くする。
「滑ってる?」
落下した先は、
巨大な滑り台のような斜面だった。
「わっ!」
「速い速い!」
「ドロップ!」
「ユリさん!」
二人は転がるように滑り降りていく。
「なんか楽しくなってきた!」
「ドロップ!」
「そんなこと言ってる場合じゃ──」
「きゃっ!」
「わぁっ!」
最後は二人揃って柔らかい草の上へ。
ぽすん。
「いたた……。」
「大丈夫?」
「うん!」
ドロップは笑った。
「怪我なし!」
ユリも胸を撫で下ろす。
「良かった……。」
そして周囲を見渡す。
「……誰もいない。」
「別れちゃったね。」
「でも。」
ユリは優しく微笑んだ。
「みんななら大丈夫。」
ドロップも頷く。
「うん!」
誰もまだ知らない。
この遺跡の最深部で、
遥か昔より眠り続ける「何か」が、
彼らを静かに見つめていることを――。