-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第三十一章

 

 

 

-花咲く森の先へ-

 

 

 

-森の奥の花畑-

 

 

 

気球船を降りた一行を迎えたのは、

 

濃い緑の森だった。

 

木々は空を覆うほど高く伸び、

 

枝葉の隙間から柔らかな光がこぼれている。

 

足元には小さな草花が揺れ、

 

どこからか鳥の声が聞こえていた。

 

遺跡へ向かっているはずなのに、

 

その道はあまりにも穏やかだった。

 

「なんだか……怖いくらい綺麗ね。」

 

ドロップが周囲を見回しながら呟く。

 

ユリも静かに頷いた。

 

「遺跡の近くとは思えない。」

 

ダイフクーは大きく伸びをする。

 

「敵もいねぇし、空気もうまいし、最高じゃねぇか!」

 

シャーベットは木の幹に刻まれた古い傷や、

 

地面の土の状態を見ながら歩いていた。

 

「人の手が入っているようで、ほとんど自然のままだ。」

 

「不思議な場所だね。」

 

ウインナーは風に耳を澄ませる。

 

「風も穏やかだよ。」

 

「でも、奥の方から少しだけ違う流れが来てる。」

 

レイカは黙って森の奥を見ていた。

 

煙草は咥えていない。

 

この場所の空気を汚す気になれなかった。

 

「……進むぞ。」

 

森の道はしばらく続いた。

 

やがて、木々の密度が少しずつ薄くなる。

 

そして一行が森を抜けた瞬間。

 

視界いっぱいに、青い花畑が広がった。

 

「わぁ……!」

 

ドロップが思わず声を上げる。

 

広間のように開けたその場所には、

 

無数の花が風に揺れていた。

 

中央には天まで届くような巨大な大樹。

 

その太い枝の上には、小さな木造の家が建っている。

 

まるで森そのものが誰かを守っているような、

 

不思議な場所だった。

 

 

「誰だい?」

 

 

上から、のんびりした声が降ってくる。

 

葉が揺れた。

 

次の瞬間、一人の男が軽やかに大樹から飛び降りる。

 

柔らかな雰囲気を纏い、

 

どこか詩人のような佇まいをした青年だった。

 

ブリトーが息を呑む。

 

「……ガレット?」

 

青年は目を瞬かせる。

 

そして、ぱっと表情を明るくした。

 

「ブリトー!」

 

「本当にブリトーだ!」

 

ブリトーは駆け寄る。

 

「ガレット……!」

 

二人はしばらく言葉もなく見つめ合った。

 

失われたと思っていた仲間。

 

時代を越えて再び出会えた仲間。

 

その事実だけで、胸がいっぱいになる。

 

ガレットは嬉しそうに笑った。

 

 

 

「僕、目が覚めた時は一人だったんだ。」

 

「遺跡の中で目を覚まして、外に出たらこの森があってね。」

 

「花も木も、風も水も、全部が優しかった。」

 

「だから住むことにしたんだ。」

 

ドロップが大樹の家を見上げる。

 

「ここに一人で?」

 

「うん。」

 

「寂しくないの?」

 

ガレットは少し考えてから、花畑を見渡した。

 

「自然が話してくれるからね。」

 

「それに、寂しさも詩になる。」

 

ダイフクーが首を傾げる。

 

「詩?」

 

シャーベットが小さく頷く。

 

「詩人ということか。」

 

ガレットは微笑む。

 

「そんな立派なものじゃないよ。」

 

「ただ、感じたことを言葉にするのが好きなんだ。」

 

その穏やかな言葉に、場の空気が少し和らいだ。

 

だが、レイカだけはガレットをじっと見ていた。

 

のんびりとした雰囲気の奥に、わずかに異質な気配がある。

 

自然に愛されている。

 

けれど同時に、自然に呑まれているような気配。

 

レイカは小さく息を吐いた。

 

「……サラミッドは、変なやつが多いな。」

 

ブリトーが少し笑う。

 

「否定はしない。」

 

花畑に、久しぶりの再会を喜ぶ声が静かに広がっていった。

 

 

 

-戻らない旅人-

 

 

 

夕暮れ。

 

一行はガレットの案内で、

 

大樹のそばに腰を落ち着けていた。

 

花畑の中央に焚き火が灯る。

 

夜風に揺れる花の香りと、火の温もりが混ざり合う。

 

ガレットは遺跡の方角を見つめながら、

 

静かに話し始めた。

 

「僕が目覚めた場所はね。」

 

「遺跡の入口から少し入った辺りだった。」

 

「でも、それより奥は知らない。」

 

「何度か近づいてみたけど、奥へ行くほど空気が重くなるんだ。」

 

ウインナーが尋ねる。

 

「道は複雑なの?」

 

「うん。」

 

「複雑というより……生きているみたいだった。」

 

シャーベットの目がわずかに輝く。

 

「生きている?」

 

「昨日あった道が、次の日にはなかった。」

 

「壁の模様も、少しずつ変わっている気がした。」

 

「だから僕は、奥へ行くのをやめた。」

 

ブリトーは腕輪を見つめる。

 

「その奥に、何かあるのかもしれない。」

 

ガレットは頷く。

 

「そう思って探索に向かった旅人を、僕は何人も見てきた。」

 

焚き火の音が、ぱちりと弾けた。

 

「でも。」

 

「誰一人、戻ってきていない。」

 

空気が静まり返る。

 

ダイフクーの表情も真剣になる。

 

「一人もか?」

 

「うん。」

 

「悲鳴も聞こえない。」

 

「戦った跡も残らない。」

 

「ただ、戻らない。」

 

ユリは目を細める。

 

「それは……かなり危険ね。」

 

レイカは煙草を取り出しかけて、花畑を見てやめた。

 

「行方不明か。」

 

「あるいは、遺跡そのものに取り込まれたか。」

 

ドロップが小さく息を呑む。

 

ブリトーはガレットを見る。

 

「それでも、僕たちは行く。」

 

「パルや、サラミッドの手がかりがあるかもしれない。」

 

ガレットは少し寂しそうに笑った。

 

「分かってる。」

 

「ブリトーならそう言うと思った。」

 

そして、花畑の風が一度強く吹いた。

 

花びらが舞い、焚き火の光の中をゆっくり流れていく。

 

ガレットはその花びらを見上げながら、穏やかに呟いた。

 

「なら、せめて今夜は休んで。」

 

「森は、旅人を拒まないから。」

 

 

 

-花咲く夜-

 

 

 

その夜。

 

花畑の広間には、穏やかな時間が流れていた。

 

夕食担当は、なぜかダイフクーとシャーベットに決まった。

 

「よし、肉を焼くぞ!」

 

「火加減を考えろ。焦げる。」

 

「腹に入れば同じだ!」

 

「同じではない。」

 

二人の言い合いを聞きながら、

 

ブリトーは少し笑った。

 

その隣にガレットが腰を下ろす。

 

「賑やかだね。」

 

「うん。」

 

「最初は少し慣れなかったけど。」

 

「今は、こういうのも悪くないと思ってる。」

 

ガレットは柔らかく頷いた。

 

「ブリトー、変わったね。」

 

「そうかな。」

 

「うん。」

 

「昔より、風が優しい。」

 

ブリトーは腕輪を見つめる。

 

「僕はまだ分からないことばかりだ。」

 

「パルのことも。」

 

「サラミッドのことも。」

 

「どうしてこの時代に来たのかも。」

 

ガレットは花畑を見つめた。

 

「分からないことは。」

 

「全部急いで答えにしなくてもいいんじゃないかな。」

 

「花も、咲く時期を間違えない。」

 

「きっと、答えにも咲く時期がある。」

 

ブリトーは少しだけ目を丸くした。

 

「詩人らしいね。」

 

「一応ね。」

 

二人は静かに笑った。

 

 

 

少し離れた花畑では、ユリとドロップが青い花を眺めていた。

 

ドロップがしゃがみ込む。

 

「綺麗……。」

 

「なんていう花なんだろう?」

 

 

「ネモフィラだよ。」

 

 

後ろからウインナーの声。

 

ドロップが振り返る。

 

「ウインナー、知ってるの?」

 

「うん。」

 

「昔、本で読んだんだ。」

 

「空の色に似た花って書いてあった。」

 

ユリは花をそっと撫でる。

 

「空の色……素敵ね。」

 

ドロップは嬉しそうに笑った。

 

「ウインナーって花にも詳しいのね。」

 

「少しだけだよ。」

 

「…昔は本を読む時間が多かったから。」

 

ドロップはその横顔を見つめる。

 

昔のウインナー。

 

誰にも心を開かず、

 

本と風だけを友達にしていた少年。

 

今はこうして、

 

自分の隣で穏やかに笑っている。

 

その変化が、少し愛おしかった。

 

「今度、花のこともっと教えてね。」

 

「うん。」

 

「約束。」

 

その様子を見て、ユリは柔らかく微笑んだ。

 

 

 

一方。

 

レイカは花畑から少し離れた空中にいた。

 

風の加護で、

 

ほんの少しだけ身体を浮かせている。

 

その手には煙草。

 

灰を落とさないように、

 

小さな缶を片手に持っていた。

 

「……しかし、綺麗だな。」

 

煙を夜空へ吐き出す。

 

青い花畑。

 

巨大な大樹。

 

焚き火を囲む仲間たち。

 

のんびり笑うガレット。

 

そのすべてを見下ろしながら、レイカは目を細めた。

 

平和すぎる場所。

 

だからこそ、危うい。

 

レイカの視線は一瞬だけ遺跡へ向く。

 

「……戻らない旅人、か。」

 

嫌な予感は、消えなかった。

 

それでも今夜だけは、

 

仲間たちの笑い声が花畑に満ちていた。

 

森は静かに眠り、

 

花は月明かりを受けて淡く揺れていた。

 

 

 

-緑の禁貨-

 

 

 

翌朝。

 

花畑には朝露が輝いていた。

 

一行は遺跡へ向かう準備を整える。

 

ガレットは大樹の前に立ち、ブリトーを見つめていた。

 

「ブリトー。」

 

「必ず、戻ってくるんだよ。」

 

ブリトーは静かに頷いた。

 

「うん。」

 

「必ず戻る。」

 

ガレットは少しだけ笑う。

 

ブリトーとガレットは握手を交わした。

 

「約束だよ。」

 

「約束だ。」

 

 

 

一行は花畑を後にし、遺跡の入口へ向かった。

 

石造りの扉は古く、蔦に覆われていた。

 

その奥からは、冷たい空気が流れてくる。

 

一本道をしばらく進む。

 

足音だけが響く静かな通路。

 

やがて、広い空間へ出た。

 

中央には小さな台座。

 

その上に、一枚の禁貨が置かれていた。

 

緑色に淡く輝いている。

 

ブリトーが近づく。

 

「これは……。」

 

腕輪が微かに反応した。

 

「ガレットの禁貨だ。」

 

そっと手に取ると、緑の光が腕輪へ吸い込まれていく。

 

一瞬、風とは違う柔らかな気配が広がった。

 

木々のざわめき。

 

草花の匂い。

 

自然そのものが息づくような感覚。

 

「自然を操る力……。」

 

シャーベットが呟く。

 

「また一つ、能力が増えたわけだな。」

 

ブリトーは腕輪を見つめる。

 

「ガレットの力も、借りられる。」

 

ウインナーが微笑む。

 

「心強いね。」

 

その後、一行は広間を探索した。

 

壁には古代文字が刻まれているが、

 

今まで見てきたものよりも複雑だった。

 

シャーベットの目が輝く。

 

「これは……かなり古い。」

 

「しかも、文字の並びが通常の古代語と違う。」

 

「まるで、読む順番が固定されていないようだ。」

 

レイカは警戒する。

 

「おい、触るなよ。」

 

「分かっている。」

 

そう言いながら、シャーベットは壁へ顔を近づける。

 

「だが、これは見逃せない。」

 

ユリが小さくため息をつく。

 

「嫌な予感がするわ。」

 

 

 

奥へ進むと、さらに古代文字が増えた。

 

壁一面。

 

床。

 

天井。

 

まるで遺跡そのものが、

 

何かを語ろうとしているかのようだった。

 

シャーベットは完全に集中していた。

 

「この文字列……。」

 

「もし仮説が正しいなら。」

 

「深層部へ繋がる記録かもしれない。」

 

「シャーベット。」

 

ウインナーが声をかける。

 

「少し下がった方がいい。」

 

しかし、その声は届かない。

 

シャーベットの指先が、壁の一部へ触れた。

 

カチッ。

 

乾いた音が響いた。

 

全員の動きが止まる。

 

「……今、何か押したか?」

 

ダイフクーの声。

 

シャーベットはゆっくり振り返る。

 

「……可能性はある。」

 

レイカが低く呟いた。

 

「お前な。」

 

 

次の瞬間。

 

床が消えた。

 

悲鳴と怒号が重なり、

 

一行は暗闇の底へと呑み込まれていった。

 

 

 

-深淵への落下-

 

 

 

「うおおおおお!?」

 

床が消えた。

 

暗闇。

 

全員の身体が奈落へ投げ出される。

 

「きゃあああ!!」

 

「落ちるぞ!!」

 

「風よ!!」

 

ウインナーが叫ぶ。

 

しかし、全員を同時に支えるには遅かった。

 

それぞれが別方向へ吸い込まれていく。

 

「ブリトー!!」

 

「ウインナー!!」

 

「「風よ!」」

 

ブリトーの足元へ風が集まる。

 

同時にウインナーも風を纏う。

 

二つの風が共鳴し、

 

落下速度が徐々に緩やかになっていく。

 

「なんとか……なった!」

 

「下を見ろ!」

 

ブリトーが目を見開く。

 

「……文字?」

 

壁一面。

 

いや。

 

落下している巨大な縦穴そのものに、

 

無数の古代文字が刻まれていた。

 

「なんだこれは……!」

 

シャーベットも落下しながら興奮する。

 

「凄い……!」

 

「縦穴全体が碑文だ!」

 

「こんな遺跡見たことない!」

 

「ふふっ。落ちているところなのに。」

 

ウインナーが思わず笑ってしまう。

 

「いや、これは記録しなければ!」

 

そんな会話をしながら、

 

ゆっくり降りていく。

 

 

 

その頃。

 

別の場所。

 

「ちっ。」

 

「面倒だな。」

 

レイカとダイフクーも落下していた。

 

「うおおおお!!」

 

「レイカー!!」

 

ダイフクーが叫ぶ。

 

レイカはため息をつく。

 

「騒ぐな。」

 

風が二人を包む。

 

「風よ。」

 

その瞬間。

 

落下していた身体が空中で停止した。

 

「おお!?」

 

「浮いてる!?」

 

ダイフクーは目を丸くする。

 

「落下くらいで死ぬか。」

 

「ほら、掴まれ。」

 

「お、おう!」

 

レイカの肩を掴むダイフクー。

 

風が二人を支え、

 

まるで羽のようにゆっくりと降下していく。

 

「便利だな、その力!」

 

「そうか?」

 

「俺はお前の腕の方が便利だと思うが。」

 

「へへっ!」

 

「任せろ!」

 

やがて二人も静かに着地する。

 

「……さて。」

 

「全員とはぐれたか。」

 

レイカは煙草を咥えた。

 

「面倒なことになったな。」

 

 

 

一方。

 

「きゃあああ!」

 

「ドロップ!」

 

ユリとドロップは別の通路へ吸い込まれていた。

 

だが。

 

「……あれ?」

 

ドロップが目を丸くする。

 

「滑ってる?」

 

落下した先は、

 

巨大な滑り台のような斜面だった。

 

「わっ!」

 

「速い速い!」

 

「ドロップ!」

 

「ユリさん!」

 

二人は転がるように滑り降りていく。

 

「なんか楽しくなってきた!」

 

「ドロップ!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ──」

 

「きゃっ!」

 

「わぁっ!」

 

最後は二人揃って柔らかい草の上へ。

 

ぽすん。

 

「いたた……。」

 

「大丈夫?」

 

「うん!」

 

ドロップは笑った。

 

「怪我なし!」

 

ユリも胸を撫で下ろす。

 

「良かった……。」

 

そして周囲を見渡す。

 

「……誰もいない。」

 

「別れちゃったね。」

 

「でも。」

 

ユリは優しく微笑んだ。

 

「みんななら大丈夫。」

 

ドロップも頷く。

 

「うん!」

 

 

誰もまだ知らない。

 

この遺跡の最深部で、

 

遥か昔より眠り続ける「何か」が、

 

彼らを静かに見つめていることを――。

 

 

 

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