-三つの扉-
-風の紋章-
暗闇の中を、三人はゆっくりと降りていった。
ウインナーとブリトーの風が重なり合い、
落下の勢いを殺していく。
その中心で、シャーベットは壁を見上げていた。
「……すごい。」
「今、それ言う?」
ウインナーが苦笑する。
ブリトーも風を操りながら眉をひそめた。
「落ちている最中だよ。」
しかしシャーベットの目は輝いていた。
「この縦穴、ただの落とし穴じゃない。」
「壁一面が記録だ。」
三人の周囲を流れていく壁には、
びっしりと古代文字が刻まれていた。
まるで、遺跡の深部へ落ちる者へ、
何かを語りかけているように。
ウインナーは風を操りながら、その文字を追う。
「……風、炎、氷。」
「三つの加護?」
ブリトーが腕輪を握る。
「三柱の加護……か。」
やがて三人の身体は、広い石床の上へふわりと降り立った。
「助かった……。」
ウインナーが息を吐く。
シャーベットはすぐに壁へ近づいた。
「ここから先は、風の紋章の道らしい。」
目の前には、大きな石扉。
中央には渦を巻く風の紋章が刻まれていた。
ブリトーが扉へ手を伸ばす。
「僕たちの道、ということか。」
ウインナーも頷く。
「開けよう。」
二人が風を流し込むと、扉の紋章が淡く光る。
重い音を立てて、石扉が開いた。
その先には、細い通路が続いていた。
壁にはまた古代文字。
そして奥から、低い音が響く。
ゴゴゴゴ……。
石でできたゴーレムが、ゆっくりと姿を現した。
胸元には、風の紋章。
シャーベットが叫ぶ。
「おそらく紋章が核になっているはずだ!」
ブリトーが一歩前へ出る。
「分かった。」
ウインナーも構える。
「風で体制を崩す。」
二人の風が走る。
ウインナーが正面からゴーレムの動きを止め、
ブリトーが横へ回り込む。
「ウィンディ・ターミネーション!」
風が掌に集まり、胸の紋章へ叩き込まれた。
ゴーレムは大きく揺れ、石の身体を崩して沈黙する。
シャーベットは崩れた石片を見つめながら呟いた。
「この遺跡、ただ守っているわけじゃない。」
ブリトーは静かに腕輪へ触れた。
「進もう。」
「きっと、奥に答えがある。」
三人は風の道を進んでいった。
-焦げた炎の扉-
一方、レイカとダイフクーは、
別の場所へ降り立っていた。
落下の寸前、レイカの風の加護が、
二人を包み込んだおかげで、
衝撃はほとんどなかった。
ダイフクーはレイカの腕を掴んだまま、
目を丸くしていた。
「助かったぜ……。」
レイカは眉を寄せる。
「いつまで掴んでる。」
「あ、悪い。」
ダイフクーが慌てて手を離す。
周囲は暗く、湿った空気が漂っていた。
少し進むと、二人の前に巨大な扉が現れる。
そこには炎の紋章が刻まれていた。
だが、その扉は異様だった。
紋章の周囲が黒く焦げ、
ところどころ腐敗したように崩れている。
まるで、長い年月をかけて燃え尽きたというより、
何かに蝕まれたような姿だった。
ダイフクーが眉をひそめる。
「なんだこれ。」
「炎の扉って感じじゃねぇな。」
レイカは黙って扉へ近づく。
胸の奥が、嫌な熱を持つ。
「……焦げてる。」
「けど、俺の炎じゃない。」
「わかるのか?」
「ああ。」
「俺の炎はここまで卑屈じゃない。」
ダイフクーは息を呑む。
「……炎にも色々あるんだな。」
レイカは答えなかった。
ただ扉へ手を触れる。
瞬間、炎の紋章が鈍く光った。
重い音と共に、扉が開く。
中へ入ると、そこは巨大な石造りの通路だった。
左右の壁には、朽ちた武器。
折れた槍。
錆びた剣。
そして、退魔の紋章が刻まれた古代武器が並んでいた。
レイカの表情がわずかに変わる。
「……趣味が悪いな。」
ダイフクーは隣を見る。
「嫌なもんなのか?」
「俺にはな。」
「この手の武器は、よく刺さる。」
軽く言うその声に、冗談の色はなかった。
その時、奥から数体のゴーレムが現れた。
炎の紋章を背負った石像。
だが、その身体も黒く腐敗している。
「敵か!」
ダイフクーが拳を構える。
レイカは刀を抜かない。
「身体を動かすにはちょうどいい。」
二人は同時に踏み込んだ。
ダイフクーの拳がゴーレムの腕を砕き、
レイカの蹴りが膝を折る。
レイカは炎を使わず、
体術だけでゴーレムの核を正確に砕いていく。
ダイフクーも笑った。
「やっぱりお前、化け物みたいに強いな!」
「騒がしい。」
「褒めてるんだぜ?」
「知ってる。」
二人は互いに背中を預けながら、
次々とゴーレムを倒していった。
最後の一体が崩れ落ちる。
レイカは奥へ続く道を見つめた。
「この先に、何かある。」
ダイフクーは拳を鳴らす。
「行こうぜ。」
「ああ。」
二人は焦げた炎の道を進んだ。
-雪の紋章-
ユリとドロップは、
滑り台のような長い斜面を落ちていた。
「きゃあああ!」
「ドロップ、掴まって!」
「ユリさん!」
二人は転がるように滑り落ち、
やがて柔らかい苔の上へ投げ出された。
ぽすん。
「いたた……。」
ドロップが身体を起こす。
ユリも周囲を確認した。
「怪我は?」
「ないみたい。」
「良かった。」
二人が顔を上げると、そこには白い石でできた扉があった。
中央には、雪の結晶のような紋章。
ユリの表情が固まる。
「……。」
ドロップがそれに気づく。
「ユリさん?」
ユリは静かに扉へ近づいた。
「これは。」
「雪女の一族の紋章。」
「…氷の加護の紋章だったのね。」
ドロップは息を呑む。
「ユリさんの……?」
ユリは頷く。
「ええ。」
「私の故郷にあったものと同じ。」
その手が扉へ触れる。
冷たい光が走り、扉が音もなく開いた。
中は、他の通路とは全く違っていた。
そこは遺跡というより、研究施設だった。
石の机。
古びた書物。
割れた試験管。
壁に貼られた図面。
そして、雪女の村について書かれた記録。
ユリは一冊の資料を手に取った。
文字を追ううちに、顔色が変わっていく。
「……これは。」
ドロップが近づく。
「何が書いてあるの?」
ユリは震える声で呟いた。
「私が住んでいた村のこと。」
「雪女の血を持つ者たちの集落。」
「高い再生能力と、雪の加護を持つ一族。」
さらに読み進める。
その次の一文を見た瞬間、
ユリの呼吸が止まった。
『実験体へ改造した炎の加護を植え付けた少年により。」
「雪女の村は壊滅。』
ユリの手が震える。
「……え。」
「改造した炎の加護を植え付けた少年……?」
脳裏に浮かぶ。
黒髪の少年。
制御できない炎。
燃える村。
出会ったばかりの、傷だらけのレイカ。
「レイカ……なの?」
「え……?」
ドロップが不安そうに声をかける。
「ユリさん?」
ユリは資料を閉じた。
息を整える。
今ここで崩れてはいけない。
今は脱出が先。
この遺跡から出て、確かめなければならない。
「なんでもない。」
「奥の扉へ向かおう。」
ドロップは納得していない顔をしていた。
けれど、ユリの声が少し震えていることに気づき、
それ以上は聞かなかった。
「……うん。」
二人は研究施設の奥へ進んだ。
ユリの胸の中で、長く凍っていた過去が、
静かに音を立て始めていた。
-三柱の道-
風の紋章の道。
炎の紋章の道。
雪の紋章の道。
三つの道を、それぞれのチームが進んでいく。
ウインナー、ブリトー、シャーベットは、
風の扉を抜けた先で古代文字の解読を続けていた。
『風は導き。失われし魂を運ぶもの。』
シャーベットが眉を寄せる。
「風は移動や救済の象徴として扱われている。」
「ブリトーの腕輪とも関係があるかもしれない。」
ブリトーは腕輪を見る。
「失われし魂……。」
ウインナーは静かに風へ耳を澄ませる。
「この先から、風が呼んでる。」
レイカとダイフクーは、
炎の道を進んでいた。
壁に刻まれた古代文字は、
ところどころ焼け落ちている。
だが、残った文字だけでも意味は読み取れた。
『炎は破壊。されど再生の始まり。』
ダイフクーが首を傾げる。
「破壊と再生か。」
「なんか重いな。」
レイカは焦げた壁を見つめる。
「炎は使い方次第だ。」
「全部燃やすこともできる。」
「暖めることもできる。」
ダイフクーは笑う。
「今のお前は後者だな。」
レイカは少しだけ黙る。
「……そうありたいとは思ってる。」
ユリとドロップは、
雪の道を進んでいた。
研究施設を抜けた先には、
長い白い回廊が続いている。
壁には雪の紋章。
そして古代文字。
『雪は鎮めるもの。暴走せし力を眠らせるもの。』
ドロップはそっとユリを見る。
「ユリさん、大丈夫?」
ユリは少しだけ笑った。
「大丈夫。」
「今はね。」
ドロップは黙って隣を歩いた。
聞かない優しさもある。
今のドロップには、それが分かっていた。
やがて。
三つの道は、同じ場所へ繋がっていく。
「おお!やっと会えたぜ!」
「みんな無事だったのね!」
「……ユリ?どうした?」
「なんでもない。先へ行こう。」
深淵。
巨大な地下空間。
中央には、古代の研究装置のようなものが並んでいた。
青白い光を放つ水晶。
巨大な器具。
壁一面に刻まれた記録。
そして。
その中央に、一人の男が立っていた。
白衣のような衣をまとい、長い髪を後ろで束ねている。
その背中を見た瞬間。
レイカの身体が硬直した。
ありえない。
いるはずがない。
死んだはずの男。
自分をこの身体にした男。
レイカの声が、震えた。
「……は?」
男がゆっくり振り返る。
その顔を見た瞬間、レイカの瞳が見開かれる。
「なんで……。」
「お前が、生きて……?」
その言葉に、男は静かに微笑んだ。
まるで、ずっとこの時を待っていたかのように。
深淵の空気が凍りつく。
古代の研究施設。
三柱の加護。
そして、レイカの父親。
全ての因縁が、今、ひとつの場所で交わろうとしていた。