-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

36 / 90
第三十三章

 

 

 

-古代の研究者-

 

 

 

-深淵の研究室-

 

 

 

深淵の底。

 

巨大な地下空間には、

 

青白い光を放つ水晶がいくつも並んでいた。

 

壁一面には古代文字。

 

床には魔法陣のような紋様。

 

中央には、無数の管と機械のような装置。

 

そこは遺跡というより、研究室だった。

 

そして、その中心に一人の男が立っていた。

 

白衣のような衣を纏い、長い髪を後ろで束ねた男。

 

その背中を見た瞬間。

 

レイカの呼吸が止まった。

 

「……は?」

 

男がゆっくり振り返る。

 

その顔を見た瞬間、レイカの瞳が大きく見開かれた。

 

「なんで……。」

 

「お前が、生きて……?」

 

男は穏やかに笑った。

 

まるで、久しぶりに親しい知人へ会ったかのように。

 

「ここまで私の予測通り。」

 

「やはり未来予測の研究は成功しているみたいだ。」

 

誰も動けなかった。

 

レイカだけが、刀へ手を伸ばしている。

 

男はレイカを見つめる。

 

「お前、レイカだろ?」

 

「懐かしいな。」

 

「死んだと思っていただろう?」

 

レイカの声が低く沈む。

 

「……何故、生きてる。」

 

男は肩をすくめた。

 

「簡単さ。」

 

「お前と同じような改造を、私自身にも施している。」

 

「まあ、完璧ではないが。」

 

「そのおかげで。」

 

「何年も。」

 

「何十年も。」

 

「何百年も。」

 

「研究に費やしてきた。」

 

「お前をもっと改造したくて仕方がない。」

 

「きっといつか見つけ出す。」

 

「そう思っていたらお前から来てくれた。」

 

「ただ、お前は化け物だ。」

 

男は笑った。

 

「私は臆病者なんだよ。」

 

「だから対レイカ用の改造人間を研究した。」

 

「製造し、失敗し、また作り直した。」

 

「その繰り返しだ。」

 

ダイフクーが眉をひそめる。

 

「何言ってんだ、あいつ……。」

 

シャーベットも言葉を失っていた。

 

ブリトーは腕輪を握り締める。

 

ドロップもユリも、ただレイカの横顔を見つめていた。

 

男は楽しそうに周囲を見渡す。

 

「おや?」

 

「この人たちは、お前の友人やガールフレンドか?」

 

レイカの殺気が膨れ上がる。

 

「……口を閉じろ。」

 

「久しぶりの親子の再会じゃないか。」

 

「冷たいことを言うなよ。」

 

その言葉に、空気が凍りついた。

 

親子。

 

その一言だけで、全員が理解する。

 

この男が。

 

レイカを今の身体にした張本人なのだと。

 

 

 

-改造人間-

 

 

 

男は奥の装置へ歩いていく。

 

そこには大きな筒状の培養槽があった。

 

中に浮かんでいるのは、まだ幼い少年。

 

推定十二歳ほど。

 

黒髪のツインテール。

 

閉じた瞼。

 

細い手足。

 

その身体には、

 

いくつもの管が繋がれていた。

 

男は愛おしそうに装置へ触れる。

 

「もう、お前のことは怖くない。」

 

「そこの少年が、もうすぐ目覚める。」

 

「君を全力で消し去ってくれるはずだ。」

 

「最高傑作。」

 

「壊してくれるなよ?」

 

レイカは歯を食いしばる。

 

「……命を弄ぶクズめ。」

 

男は笑う。

 

「研究者にとって命は素材だ。」

 

「素材をどう活かすかが重要なんだよ。」

 

次の瞬間。

 

培養槽の液体が抜け始めた。

 

管が一本ずつ外れる。

 

少年の瞼が開いた。

 

その瞳には、自我の光がない。

 

ただ、命令を遂行するためだけの空虚な目だった。

 

 

「起動確認。」

 

「標的を検索。」

 

「特定、炎の加護を持つもの。」

 

 

少年の身体が消える。

 

目で追えない速度。

 

一瞬でレイカとの間合いを詰めた。

 

 

「任務を遂行する。」

 

 

雷を纏った拳が、レイカの腹部へ叩き込まれる。

 

轟音。

 

レイカの身体は研究室の奥へ吹き飛ばされた。

 

壁を突き破り、その先の巨大な広間へ転がり込む。

 

「レイカ!!」

 

ウインナーが叫ぶ。

 

仲間たちが駆け寄ろうとした瞬間。

 

奥からレイカの怒号が響いた。

 

「……来るな!!」

 

全員の足が止まる。

 

レイカは瓦礫の中から立ち上がった。

 

口元から血が流れている。

 

それでも、その目は少年だけを見ていた。

 

「これは俺が決着をつけなければならない。」

 

「今まで散らせた命。」

 

「このガキのためにもな……。」

 

少年は静かに構える。

 

その身体から、雷が弾けていた。

 

一撃一撃に、退魔の性質を宿した雷。

 

レイカにとって、最悪の相性だった。

 

 

 

-父親の殺気-

 

 

 

ダイフクーが拳を握る。

 

「ふざけやがって……!」

 

そのままレイカの父親へ殴りかかろうとした。

 

しかし。

 

男は振り返りもせずに言う。

 

「やめておいた方がいい。」

 

その瞬間。

 

空間が軋んだ。

 

見えない殺気が、全員の身体を押し潰す。

 

ダイフクーの足が止まった。

 

額から冷や汗が落ちる。

 

シャーベットも息を呑む。

 

ブリトーの腕輪が微かに震える。

 

「こいつ…やばい。」

 

男はゆっくり振り返る。

 

「私はレイカより脅威だぞ。」

 

「大人しく結末を見届けたまえ。」

 

「私は今忙しいんだ。」

 

男はみんなに背を向け、メモを取っている。

 

誰も動けなかった。

 

その殺気は、レイカのそれとは違う。

 

怒りでも、戦意でもない。

 

ただ純粋な支配。

 

命を命として見ていない者だけが持つ、冷たい圧だった。

 

男の視線がユリへ向く。

 

「おお、そういえば。」

 

「そこの雪女くん。」

 

ユリの表情が強張る。

 

「……何。」

 

男は微笑む。

 

「よく生きていたね。」

 

「村は壊滅したはずだが?」

 

その一言に、ユリの瞳が揺れた。

 

ドロップが隣で息を呑む。

 

ユリは小さく呟く。

 

「…………あなたが。」

 

男は人差し指を唇へ当てる。

 

「おっと。」

 

「これ以上はナンセンスだ。」

 

 

 

-雷の少年-

 

 

 

広間の床が砕ける。

 

少年は雷を纏い、

 

目にも止まらぬ速度でレイカへ襲い掛かっていた。

 

「電光石火。」

 

雷鳴。

 

次の瞬間、少年の拳がレイカの右肩へ叩き込まれる。

 

骨が軋む音。

 

レイカの身体が後ろへ滑った。

 

「ぐっ……。」

 

少年は無表情のまま告げる。

 

「右半身負傷率四十八パーセント。」

 

「戦闘継続可能。」

 

レイカは右手を軽く動かす。

 

指先が痺れている。

 

「右手はまともに動かせないな。」

 

それでも、レイカの声は冷静だった。

 

少年は再び加速する。

 

拳。

 

蹴り。

 

肘。

 

全てに雷と退魔の力が宿っている。

 

レイカは紙一重で避けるが、全ては避けきれない。

 

傷が増える。

 

血が落ちる。

 

それでもレイカは、少年の目を見続けていた。

 

自我のない瞳。

 

命令だけを宿した目。

 

かつての自分と、どこか似ている。

 

「……すまん。」

 

レイカは静かに呟く。

 

「…今、助ける。」

 

左耳のピアスへ手を伸ばす。

 

一つ。

 

そして、もう一つ。

 

二つのピアスが外れた。

 

瞬間。

 

青い炎がレイカの全身を包む。

 

瞳の色が蒼へ変わる。

 

広間の空気が震えた。

 

少年の瞳がわずかに揺れる。

 

 

「予測不可能。」

 

「情報不足。」

 

「制御解除。」

 

 

レイカは地面を蹴った。

 

雷の速度へ、青い炎が追いつく。

 

拳と拳がぶつかる。

 

雷と炎が弾ける。

 

少年の攻撃を、

 

左腕で受け流し、膝で体勢を崩す。

 

少年は再び雷を纏うが、

 

レイカはその動きに合わせて踏み込んだ。

 

「もう、大丈夫だ。」

 

レイカは痺れた右手ではなく、左手で刀を握る。

 

呼吸を整える。

 

青い炎が静かに刀身へ纏わりついた。

 

激しさはない。

 

荒々しさもない。

 

月明かりのように静かな炎。

 

 

「我流・炎飛流。」

 

「月詠。」

 

 

刀が円を描く。

 

青い炎の輪が、少年を包み込んだ。

 

少年は雷で脱出しようとする。

 

だが、炎の円は音もなく縮まっていく。

 

逃げ場を奪うように。

 

痛みではなく、呪縛だけを焼くように。

 

円が点になる。

 

その瞬間。

 

青い炎の柱が少年の身体を貫いた。

 

天井へ向かって、静かに燃え上がる。

 

少年の身体を燃やしているのではない。

 

改造された術式。

 

埋め込まれた命令。

 

魂を縛る鎖。

 

それらだけを焼いていた。

 

やがて炎が消える。

 

広間に残ったのは、

 

すやすやと眠る幼い少年だった。

 

傷はない。

 

苦しみもない。

 

ただ、深い眠りについている。

 

レイカは荒く息を吐きながら、

 

少年のそばへ膝をついた。

 

「……俺が必死になって極めた技だ。」

 

「お前みたいな子のためにな。」

 

少年の頭へ、そっと手を置く。

 

「よく頑張った。」

 

「もう苦しまなくていい。」

 

「後は俺がやる。」

 

レイカはゆっくり立ち上がる。

 

青い炎が再び揺れる。

 

その瞳には、静かな怒りが宿っていた。

 

研究室の向こう。

 

父親の姿を睨む。

 

「次はお前だ。」

 

「クズ野郎。」

 

男はその言葉を聞き、心底嬉しそうに笑った。

 

「ははは!!!」

 

「やはり、お前は違う。」

 

「私の最高傑作。」

 

「我が息子、レイカ。」

 

「実験体に負けてもらったら困るからな。」

 

「ここまでも未来予測通りだ。」

 

深淵に、青い炎が揺らめく。

 

男は両手を広げた。

 

「さあ。」

 

「何百年ぶりかの親子喧嘩を始めよう。」

 

レイカは刀を握り直した。

 

青い炎が、広間全体を照らしていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。