-古代の研究者-
-深淵の研究室-
深淵の底。
巨大な地下空間には、
青白い光を放つ水晶がいくつも並んでいた。
壁一面には古代文字。
床には魔法陣のような紋様。
中央には、無数の管と機械のような装置。
そこは遺跡というより、研究室だった。
そして、その中心に一人の男が立っていた。
白衣のような衣を纏い、長い髪を後ろで束ねた男。
その背中を見た瞬間。
レイカの呼吸が止まった。
「……は?」
男がゆっくり振り返る。
その顔を見た瞬間、レイカの瞳が大きく見開かれた。
「なんで……。」
「お前が、生きて……?」
男は穏やかに笑った。
まるで、久しぶりに親しい知人へ会ったかのように。
「ここまで私の予測通り。」
「やはり未来予測の研究は成功しているみたいだ。」
誰も動けなかった。
レイカだけが、刀へ手を伸ばしている。
男はレイカを見つめる。
「お前、レイカだろ?」
「懐かしいな。」
「死んだと思っていただろう?」
レイカの声が低く沈む。
「……何故、生きてる。」
男は肩をすくめた。
「簡単さ。」
「お前と同じような改造を、私自身にも施している。」
「まあ、完璧ではないが。」
「そのおかげで。」
「何年も。」
「何十年も。」
「何百年も。」
「研究に費やしてきた。」
「お前をもっと改造したくて仕方がない。」
「きっといつか見つけ出す。」
「そう思っていたらお前から来てくれた。」
「ただ、お前は化け物だ。」
男は笑った。
「私は臆病者なんだよ。」
「だから対レイカ用の改造人間を研究した。」
「製造し、失敗し、また作り直した。」
「その繰り返しだ。」
ダイフクーが眉をひそめる。
「何言ってんだ、あいつ……。」
シャーベットも言葉を失っていた。
ブリトーは腕輪を握り締める。
ドロップもユリも、ただレイカの横顔を見つめていた。
男は楽しそうに周囲を見渡す。
「おや?」
「この人たちは、お前の友人やガールフレンドか?」
レイカの殺気が膨れ上がる。
「……口を閉じろ。」
「久しぶりの親子の再会じゃないか。」
「冷たいことを言うなよ。」
その言葉に、空気が凍りついた。
親子。
その一言だけで、全員が理解する。
この男が。
レイカを今の身体にした張本人なのだと。
-改造人間-
男は奥の装置へ歩いていく。
そこには大きな筒状の培養槽があった。
中に浮かんでいるのは、まだ幼い少年。
推定十二歳ほど。
黒髪のツインテール。
閉じた瞼。
細い手足。
その身体には、
いくつもの管が繋がれていた。
男は愛おしそうに装置へ触れる。
「もう、お前のことは怖くない。」
「そこの少年が、もうすぐ目覚める。」
「君を全力で消し去ってくれるはずだ。」
「最高傑作。」
「壊してくれるなよ?」
レイカは歯を食いしばる。
「……命を弄ぶクズめ。」
男は笑う。
「研究者にとって命は素材だ。」
「素材をどう活かすかが重要なんだよ。」
次の瞬間。
培養槽の液体が抜け始めた。
管が一本ずつ外れる。
少年の瞼が開いた。
その瞳には、自我の光がない。
ただ、命令を遂行するためだけの空虚な目だった。
「起動確認。」
「標的を検索。」
「特定、炎の加護を持つもの。」
少年の身体が消える。
目で追えない速度。
一瞬でレイカとの間合いを詰めた。
「任務を遂行する。」
雷を纏った拳が、レイカの腹部へ叩き込まれる。
轟音。
レイカの身体は研究室の奥へ吹き飛ばされた。
壁を突き破り、その先の巨大な広間へ転がり込む。
「レイカ!!」
ウインナーが叫ぶ。
仲間たちが駆け寄ろうとした瞬間。
奥からレイカの怒号が響いた。
「……来るな!!」
全員の足が止まる。
レイカは瓦礫の中から立ち上がった。
口元から血が流れている。
それでも、その目は少年だけを見ていた。
「これは俺が決着をつけなければならない。」
「今まで散らせた命。」
「このガキのためにもな……。」
少年は静かに構える。
その身体から、雷が弾けていた。
一撃一撃に、退魔の性質を宿した雷。
レイカにとって、最悪の相性だった。
-父親の殺気-
ダイフクーが拳を握る。
「ふざけやがって……!」
そのままレイカの父親へ殴りかかろうとした。
しかし。
男は振り返りもせずに言う。
「やめておいた方がいい。」
その瞬間。
空間が軋んだ。
見えない殺気が、全員の身体を押し潰す。
ダイフクーの足が止まった。
額から冷や汗が落ちる。
シャーベットも息を呑む。
ブリトーの腕輪が微かに震える。
「こいつ…やばい。」
男はゆっくり振り返る。
「私はレイカより脅威だぞ。」
「大人しく結末を見届けたまえ。」
「私は今忙しいんだ。」
男はみんなに背を向け、メモを取っている。
誰も動けなかった。
その殺気は、レイカのそれとは違う。
怒りでも、戦意でもない。
ただ純粋な支配。
命を命として見ていない者だけが持つ、冷たい圧だった。
男の視線がユリへ向く。
「おお、そういえば。」
「そこの雪女くん。」
ユリの表情が強張る。
「……何。」
男は微笑む。
「よく生きていたね。」
「村は壊滅したはずだが?」
その一言に、ユリの瞳が揺れた。
ドロップが隣で息を呑む。
ユリは小さく呟く。
「…………あなたが。」
男は人差し指を唇へ当てる。
「おっと。」
「これ以上はナンセンスだ。」
-雷の少年-
広間の床が砕ける。
少年は雷を纏い、
目にも止まらぬ速度でレイカへ襲い掛かっていた。
「電光石火。」
雷鳴。
次の瞬間、少年の拳がレイカの右肩へ叩き込まれる。
骨が軋む音。
レイカの身体が後ろへ滑った。
「ぐっ……。」
少年は無表情のまま告げる。
「右半身負傷率四十八パーセント。」
「戦闘継続可能。」
レイカは右手を軽く動かす。
指先が痺れている。
「右手はまともに動かせないな。」
それでも、レイカの声は冷静だった。
少年は再び加速する。
拳。
蹴り。
肘。
全てに雷と退魔の力が宿っている。
レイカは紙一重で避けるが、全ては避けきれない。
傷が増える。
血が落ちる。
それでもレイカは、少年の目を見続けていた。
自我のない瞳。
命令だけを宿した目。
かつての自分と、どこか似ている。
「……すまん。」
レイカは静かに呟く。
「…今、助ける。」
左耳のピアスへ手を伸ばす。
一つ。
そして、もう一つ。
二つのピアスが外れた。
瞬間。
青い炎がレイカの全身を包む。
瞳の色が蒼へ変わる。
広間の空気が震えた。
少年の瞳がわずかに揺れる。
「予測不可能。」
「情報不足。」
「制御解除。」
レイカは地面を蹴った。
雷の速度へ、青い炎が追いつく。
拳と拳がぶつかる。
雷と炎が弾ける。
少年の攻撃を、
左腕で受け流し、膝で体勢を崩す。
少年は再び雷を纏うが、
レイカはその動きに合わせて踏み込んだ。
「もう、大丈夫だ。」
レイカは痺れた右手ではなく、左手で刀を握る。
呼吸を整える。
青い炎が静かに刀身へ纏わりついた。
激しさはない。
荒々しさもない。
月明かりのように静かな炎。
「我流・炎飛流。」
「月詠。」
刀が円を描く。
青い炎の輪が、少年を包み込んだ。
少年は雷で脱出しようとする。
だが、炎の円は音もなく縮まっていく。
逃げ場を奪うように。
痛みではなく、呪縛だけを焼くように。
円が点になる。
その瞬間。
青い炎の柱が少年の身体を貫いた。
天井へ向かって、静かに燃え上がる。
少年の身体を燃やしているのではない。
改造された術式。
埋め込まれた命令。
魂を縛る鎖。
それらだけを焼いていた。
やがて炎が消える。
広間に残ったのは、
すやすやと眠る幼い少年だった。
傷はない。
苦しみもない。
ただ、深い眠りについている。
レイカは荒く息を吐きながら、
少年のそばへ膝をついた。
「……俺が必死になって極めた技だ。」
「お前みたいな子のためにな。」
少年の頭へ、そっと手を置く。
「よく頑張った。」
「もう苦しまなくていい。」
「後は俺がやる。」
レイカはゆっくり立ち上がる。
青い炎が再び揺れる。
その瞳には、静かな怒りが宿っていた。
研究室の向こう。
父親の姿を睨む。
「次はお前だ。」
「クズ野郎。」
男はその言葉を聞き、心底嬉しそうに笑った。
「ははは!!!」
「やはり、お前は違う。」
「私の最高傑作。」
「我が息子、レイカ。」
「実験体に負けてもらったら困るからな。」
「ここまでも未来予測通りだ。」
深淵に、青い炎が揺らめく。
男は両手を広げた。
「さあ。」
「何百年ぶりかの親子喧嘩を始めよう。」
レイカは刀を握り直した。
青い炎が、広間全体を照らしていた。