-未来予測-
-未来を見続けた男-
深淵の研究室に、青い炎の残滓が揺れていた。
広間の中央には、眠るように倒れた少年。
そのそばに立つレイカは、満身創痍だった。
右半身には痺れが残り、
肩からは血が流れている。
それでも、藍色の瞳は、
父親――マゼンタを睨み据えていた。
マゼンタは、静かに拍手をした。
「素晴らしい。」
「やはり、お前は私の最高傑作だ。」
レイカは刀を握り直す。
「黙れ。」
マゼンタは愉快そうに笑う。
「お前は私を殺れると思うのか?」
その一言に、空気が変わった。
「何故、ここに三柱の加護の扉があると思う?」
シャーベットが息を呑む。
「……まさか。」
「全部の加護を取り込んでいるのか!?」
マゼンタは満足げに頷いた。
「正解だ。」
「研究とは積み重ねだよ。」
「長い時間をかければ、不可能も少しずつ可能になる。」
「完全とは言えないが。」
「満身創痍のお前には十分だ。」
レイカの殺気が濃くなる。
マゼンタは倒れている少年へ視線を向けた。
「少年には、すこーし期待していたがな。」
「…失敗作だった。」
その瞬間。
二つの声が重なった。
「「取り消せ!!」」
レイカとウインナーが同時に踏み込む。
感情のままに。
怒りのままに。
拳がマゼンタへ届く直前。
マゼンタの姿が消えた。
次の瞬間、彼は奥の広間に立っていた。
「気が多いな。」
「まあいい。」
「親子喧嘩だ。」
「みんなでまとめてかかっておいで。」
マゼンタが微笑む。
その直後、
空間全体を押し潰すような殺気が広がった。
「この殺気に耐えられるならね。」
全員の身体が重くなる。
呼吸が浅くなる。
レイカは血を流しながらも、
マゼンタから目を逸らさない。
「……ぐっ。」
膝が揺れる。
その背中を、ユリが支えた。
「レイカ。」
「落ち着きなさい。」
「一旦、怪我を治す。」
レイカは歯を食いしばる。
「そんな暇はない!!……っ!」
「静かに。」
ユリの声は、いつもより強かった。
「……後で聞きたいことがあるから。」
「絶対、みんなで帰ろう。」
レイカは何も言えなかった。
-全員VSマゼンタ-
「命を弄ぶなんて。」
「絶対に許せない。」
最初に動いたのは、
ウインナーとブリトーだった。
「ブリトー!」
「分かってる!」
二人の風が重なる。
左右から挟み込むように疾走し、
マゼンタへ迫る。
ウインナーは風を纏い、
足元を滑るように加速する。
ブリトーは腕を掲げ、
風の刃を散らした。
「風のエチュード!」
「ウィンディ・コンビネーション!」
二つの風が交差する。
だが、マゼンタは軽く手を振っただけだった。
風が、歪む。
まるで道を変えられたように、
二人の攻撃は横へ逸らされた。
「良い風だ。」
「だが、使い方が素直すぎる。」
そこへダイフクーが突っ込む。
「だったら力押しだ!!」
拳が唸る。
マゼンタの顔面へ迫る。
しかし、拳は空を切った。
「遅い。」
次の瞬間、ダイフクーの腹部へ衝撃が走る。
「ぐっ……!」
それでも踏みとどまる。
「へっ……効いてねぇよ!」
背後からシャーベットが飛び込んだ。
「ラクトアウト!!」
修行で磨いた体術。
無駄のない蹴りが、マゼンタの足元を狙う。
氷が足元にまとわりつく。
マゼンタはわずかに眉を上げる。
「君は頭脳型だと思っていたが。」
シャーベットは冷静に返す。
「思い込みは危険だ。」
ダイフクーとシャーベットの連携。
そこへウインナーとブリトーの風が重なる。
確かに、以前より強くなっている。
それでも。
マゼンタは溜息をついた。
「時間の無駄だな。」
「君たちじゃ話にならない。」
右手を軽く上げる。
「吹き飛べ。」
瞬間。
凄まじい風が発生した。
ウインナーの風とは違う。
優しさも、意思もない。
ただ押し潰し、排除するためだけの風。
全員が壁へ叩きつけられた。
「がはっ!」
「くっ……!」
「うわあっ!」
石壁が砕け、床に砂煙が舞う。
マゼンタは、その中を何事もなかったように歩いていく。
向かう先は、ユリに治療されているレイカ。
治療はまだ終わっていない。
レイカは立とうとするが、右半身が思うように動かない。
その前へ、ユリが立った。
「待ちなさい。」
マゼンタは足を止める。
「君がガールフレンドかい?」
「なんて複雑なんだ。」
「興味深い。」
ユリは黙って睨む。
マゼンタは笑みを深めた。
「愛する彼が。」
「君の故郷を滅ぼし、家族を殺した。」
「それを知っている上での行動かい?」
倒れていた仲間たちが、息を呑む。
ドロップの表情が青ざめる。
ウインナーも目を見開いた。
レイカの瞳から、力が抜ける。
「……は?」
「…………俺が。」
声が震える。
「俺が、大切なものを壊していたのか。」
ゆっくりと、ユリを見る。
「ユリ。」
「知っていたのか?」
ユリは静かに答えた。
「……私も、さっき知ったの。」
「話したかったのは、そのこと。」
レイカの顔が歪む。
「……すまない。」
「……すまないっ。」
刀を握る手から力が抜ける。
青い炎が揺らぎ、消えかけた。
-雪女の真実-
ユリはマゼンタを睨みつけた。
「父親のくせに、そんな弱いところを突くのね。」
「最低。」
マゼンタは悪びれもしない。
「これも戦略だよ?」
「だが、君には効き目がないみたいだ。」
「何故だ?」
ユリは迷わず答えた。
「私が知っているのは、出会ってからの彼。」
「私が知るレイカは、とても優しい。」
「不器用だけどね。」
レイカは俯いたまま動けない。
ユリは続ける。
「あなたが意図的に仕組んだことでしょう。」
「レイカは悪くない。」
マゼンタは小さく首を傾げた。
「ふむ。」
「それは本当にそう思っているのかい?」
「ええ。」
「のわりには、動揺が隠せていないね?」
「……っ!」
「そういうところだよ。」
「氷よ、貫け。」
次の瞬間。
ユリの腹部に、穴が空いた。
先からは氷の一角が見える。
音もなかった。
予兆もなかった。
ただ、そこに結果だけがあった。
「……っ!」
ユリの身体が揺れる。
血が足元へ落ちる。
レイカの時間が止まった。
「…………ユリ。」
次の瞬間、叫びが深淵を裂いた。
「ユリィ!!!!」
ユリはその場に崩れ落ちる。
「ガハッ……!」
ドロップが悲鳴を上げる。
「ユリさん!!」
ウインナーが立ち上がろうとする。
ダイフクーも壁を押して体を起こす。
だが、誰も間に合わない。
マゼンタは恍惚とした表情で、
周囲を見渡した。
「素晴らしい。」
「炎の実験体。」
「雪女の血。」
「風の加護。」
「異なる時代から来た者。」
「色んな素材が集まった。」
「これらを全部含めたら。」
「もっと偉大な存在に近づけるはずだ!」
「全員実験体になってもらうぞ。」
その時。
低く震える声が響いた。
「……人を。」
ブリトーだった。
壁に叩きつけられ、
額から血を流しながらも立ち上がっていた。
その瞳には、怒りがあった。
けれど、それ以上に強い意志があった。
「人を、舐めるな!!!」
風が爆ぜる。
ブリトーは一直線にユリへ向かった。
マゼンタが振り向く。
「何を――」
腕輪が灰色に輝いた。
「ウィンディ・ポタージュ!!!」
ブリトーの手が、ユリへ触れる。
瞬間。
ブリトーとユリの身体が霞に包まれた。
輪郭が揺らぎ、空間から消える。
マゼンタの目がわずかに細まった。
「……転移か!」
次の瞬間。
二人は、花畑の広間。
ガレットの前へ現れていた。
「うわあ!?」
ガレットが飛び上がる。
「ブリトー!?」
「何故!?」
ブリトーは息を荒げながら叫んだ。
「後で説明する!!」
「ウィンディ・ラビィオリ!!」
腕輪が水色に輝く。
大量の水がユリを包み込んだ。
癒しの水。
けれど、傷は深い。
腹部を貫かれた致命傷。
ブリトーは震える手で力を込めた。
「……間に合え。」
「間に合ってくれ!!」
水が光を帯びる。
ガレットは状況を理解できないまま、
それでもすぐに蔦と花で簡易の寝台を作った。
「ここに寝かせて!」
ブリトーは頷く。
「頼む!」
ユリの顔は白い。
呼吸は浅い。
ブリトーは奥歯を噛み締めた。
「頼む……。」
「助かってくれ……。」
深淵では、ユリの消えた空間を見つめ、
マゼンタが静かに笑っていた。