-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第四十四章~前編~

 

 

 

-風と炎の決勝戦・前編-

 

 

 

-決勝前夜-

 

 

 

夜。

 

街の喧騒は、

 

昼間より少しだけ静かになっていた。

 

けれど完全に眠っているわけではない。

 

遠くの酒場から聞こえる笑い声。

 

路地裏で誰かが怒鳴る声。

 

窓の外を通る荷車の軋む音。

 

治安の悪い街は、

 

夜になってもどこか落ち着きがなかった。

 

宿の屋上。

 

レイカは手すりにもたれ、煙草を咥えていた。

 

夜風に白い煙が流れる。

 

「……。」

 

明日は男子決勝。

 

相手はウインナー。

 

かつてハウスで出会った、

 

心を閉ざしていた少年。

 

風と出会い、仲間と出会い、

 

少しずつ強くなった少年。

 

今では、もう。

 

ただ守られるだけの子供ではない。

 

 

「隣、いいかい?」

 

 

声がした。

 

レイカは視線だけを向ける。

 

ブリトーだった。

 

「……珍しいな。」

 

「少し、話がしたくて。」

 

ブリトーは手すりの横に立つ。

 

しばらく二人は黙って夜空を眺めた。

 

先に口を開いたのは、ブリトーだった。

 

「明日は、どう戦うんだ?」

 

レイカは煙を吐く。

 

「……なぜそんなことを聞く。」

 

ブリトーは少しだけ拳を握る。

 

「学びたいから。」

 

「強く、なりたい。」

 

その言葉に、

 

レイカは横目でブリトーを見る。

 

ブリトーの目は、本気だった。

 

コリーに負けた悔しさ。

 

ウインナーに追いつきたい焦り。

 

パルを救いたいという願い。

 

その全部が、静かに滲んでいる。

 

レイカは煙草を灰にし、答えた。

 

「……明日は体術のみでいくつもりだ。」

 

「ウインナーの土俵で戦う。」

 

ブリトーは目を細める。

 

「え……?」

 

「それでも君に勝てる人は少ないだろうな。」

 

「どうだろうな。」

 

「アイツもなかなか早い。」

 

「それに。」

 

レイカは夜空を見上げる。

 

「風との噛み合いが良くなってる。」

 

「昔とは別物だ。」

 

ブリトーは静かに頷いた。

 

「早く、君たちに追いつきたい。」

 

レイカは少しだけ声を低くする。

 

「焦ると躓くぞ。」

 

「分かってる。」

 

「でも、焦らずにはいられない。」

 

「……。」

 

ブリトーは左腕の腕輪に触れる。

 

「僕は、まだ弱い。」

 

「力は増えた。」

 

「技も増えた。」

 

「でも、戦い方がまだ浅い。」

 

「コリーに負けて、よく分かった。」

 

レイカはしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「負けを認められるなら、伸びる。」

 

ブリトーが顔を上げる。

 

「え?」

 

「負けを言い訳にする奴は止まる。」

 

「負けを材料にする奴は伸びる。」

 

レイカは淡々と言う。

 

「お前は後者だ。」

 

ブリトーは目を丸くした。

 

そして、少しだけ笑う。

 

「……君に褒められるとは思わなかった。」

 

「褒めてない。」

 

「そうかい?」

 

「調子に乗るなと言ってる。」

 

ブリトーは小さく笑った。

 

「ありがとう。」

 

レイカは面倒そうに顔を逸らす。

 

「礼を言うことじゃない。」

 

 

風が吹く。

 

 

しばらくして、

 

ブリトーは手すりから離れた。

 

「明日、見ているよ。」

 

「体術だけで、どこまで戦えるのか。」

 

「学べたらいいな。」

 

ブリトーは扉へ向かいかけ、

 

ふと振り返る。

 

「レイカ。」

 

「なんだ。」

 

 

「僕も、いつか君に挑む。」

 

 

レイカは少しだけ口元を緩めた。

 

「……順番待ちが増えるな。」

 

「その時まで、負けないでくれ。」

 

「負けることは無い。」

 

ブリトーは静かに笑って、

 

屋上を後にした。

 

残されたレイカは、

 

新しい煙草を取り出しかけてやめる。

 

夜空を見上げる。

 

「……追いつきたい、か。」

 

遠い昔。

 

自分も、誰かに追いつきたかったのだろうか。

 

そんなことを考えながら、

 

レイカは静かに目を閉じた。

 

 

 

その頃。

 

宿の中庭。

 

ウインナーとドロップは、

 

並んでベンチに座っていた。

 

街の夜空はあまり綺麗ではない。

 

けれど、

 

雲の切れ間から見える月は穏やかだった。

 

ドロップは膝の上で手を組んでいる。

 

「明日。」

 

「うん。」

 

静かに頷く。

 

「レイカと戦う日が来るなんて、少し不思議だよ。」

 

ドロップはウインナーを見る。

 

「怖い?」

 

「少し。」

 

ウインナーは素直に答えた。

 

「でも、楽しみでもある。」

 

「レイカは、僕に色んなものを見せてくれたから。」

 

「強さも。」

 

「厳しさも。」

 

「誰かを守る覚悟も。」

 

ドロップは優しく微笑む。

 

「ウインナーも、たくさん強くなったよ。」

 

「今日の試合だって、すごかった。」

 

「オムレットとの空中戦も。」

 

「Xとの試合も。」

 

「風が、すごく綺麗だった。」

 

ウインナーは少し照れる。

 

「ありがとう。」

 

ドロップは少しだけ視線を落とす。

 

「私も、負けちゃった。」

 

「でも、悔しいけど、嫌な負けじゃなかった。」

 

「シュリンプさん、本当に強かった。」

 

「流すってことの奥深さを知った気がする。」

 

ウインナーは頷く。

 

「ドロップは、まだまだ強くなるよ。」

 

「そうかな。」

 

「うん。」

 

「だって、悔しいって言えるから。」

 

ドロップは小さく笑う。

 

「それ、レイカみたいなこと言うのね。」

 

「そう?」

 

「うん。」

 

「少し似てきた。」

 

ウインナーは苦笑する。

 

「それは褒め言葉?」

 

「もちろん。」

 

二人は笑った。

 

少しだけ沈黙が流れる。

 

ドロップは、

 

そっとウインナーの手を取る。

 

左手首のブレスレットが、

 

月明かりに淡く光った。

 

「明日。」

 

「勝ってほしい。」

 

ウインナーは彼女を見る。

 

「うん。」

 

「でも。」

 

ドロップは少しだけ強く手を握る。

 

 

「勝ち負けより。」

 

「ちゃんと全部ぶつけてきて。」

 

「レイカもきっと、それを望んでる。」

 

「中途半端に遠慮したら、怒られるわよ。」

 

 

ウインナーは目を閉じる。

 

レイカなら。

 

確かにそう言うだろう。

 

「手加減するな。」

 

「全力で来い。」

 

あの低い声が、頭に浮かぶ。

 

 

「……うん。」

 

「全力で行く。」

 

「僕が今、どこまで届くのか。」

 

「ちゃんと確かめてくる。」

 

 

ドロップは笑った。

 

「それでこそ、私の恋人ね。」

 

ウインナーは少し頬を赤くする。

 

「……ありがとう。」

 

ドロップは肩を寄せる。

 

「応援してる。」

 

「誰よりも。」

 

ウインナーは静かに頷いた。

 

夜風が二人の間を通り抜ける。

 

決勝前夜。

 

それぞれが、

 

それぞれの想いを胸に抱いていた。

 

 

 

-男子決勝-

 

 

 

翌日。

 

闘技場は、

 

大会が始まって以来最大の熱気に包まれていた。

 

観客席は立ち見まで埋まり、

 

入口には入り切れなかった観客が押し寄せている。

 

男たちは賭け札を握りしめ、

 

女たちは選手の名を叫び、

 

子供たちは目を輝かせて舞台を見つめていた。

 

司会者の声が響く。

 

 

「皆様、お待たせいたしました!」

 

「ついに!」

 

「男子トーナメント決勝戦!!」

 

 

歓声が爆発する。

 

 

「ここまで圧倒的な強さで勝ち上がってきた、炎の怪物!」

 

「レイカ選手!!」

 

 

舞台の片側からレイカが現れる。

 

黒い服。

 

細身の体。

 

煙草はない。

 

いつも大切に身につけている刀はない。

 

「……刀を持っていないぞ!?」

 

「どういう事だ?」

 

観客が騒ぎ出す。

 

だが、レイカは構わず歩き出す。

 

ゆっくり歩くだけで、空気が変わる。

 

観客が息を呑む。

 

そして。

 

 

「そしてもう一人!」

 

「風と共に舞い、強敵を次々に退けてきた優しき風の使い手!」

 

「ウインナー選手!!」

 

 

反対側からウインナーが歩いてくる。

 

いつもの穏やかな表情。

 

だが、その瞳には強い決意が宿っていた。

 

応援席では仲間たちが見守っている。

 

ドロップは胸の前で手を握りしめていた。

 

「……ウインナー。」

 

ユリが隣で優しく声をかける。

 

「大丈夫。」

 

「彼は強いわ。」

 

「うん。」

 

「分かってる。」

 

それでも、心臓の鼓動は速い。

 

ケンは身を乗り出している。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ウインナー兄!」

 

「どっちも頑張れー!!」

 

ダイフクーが腕を組む。

 

「どっち応援してんだお前。」

 

「両方!」

 

ブリトーは静かに舞台を見つめていた。

 

シャーベットも隣で眼鏡を押し上げる。

 

「この試合は、ただの決勝ではないな。」

 

「今の二人の到達点を測る試合だ。」

 

ブリトーは頷く。

 

「見逃せない。」

 

舞台中央。

 

レイカとウインナーが向かい合う。

 

しばらく無言。

 

先に口を開いたのはレイカだった。

 

 

「……刀は置いてきた。」

 

 

ウインナーが目を瞬かせる。

 

「え?」

 

レイカは首を軽く鳴らす。

 

「体術と、風の加護だけで行く。」

 

「お前の土俵でやってやる。」

 

そして。

 

低い声で告げた。

 

 

「全力で来い。」

 

 

ウインナーの表情が変わる。

 

嬉しさ。

 

緊張。

 

覚悟。

 

その全てが混じった笑顔。

 

「……うん。」

 

「ありがとう。」

 

レイカは少しだけ眉を寄せる。

 

「礼を言う場面じゃない。」

 

「そうかも。」

 

ウインナーは風を纏う。

 

「でも。」

 

「嬉しいんだ。」

 

開始の鐘が鳴る。

 

 

「男子決勝!」

 

「開始!!」

 

 

その瞬間。

 

二人の姿が消えた。

 

 

観客席がざわめくより早く、

 

舞台中央で衝撃音が響く。

 

拳と拳。

 

膝と肘。

 

蹴りと踏み込み。

 

目で追えない速度で、二人はぶつかり合っていた。

 

レイカは最低限の動きで攻撃を捌く。

 

ウインナーは風の後押しを受けながら、角度を変え、

 

距離を変え、連続で仕掛ける。

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

レイカの腕がウインナーの拳を逸らす。

 

ウインナーはそのまま風を踏み、背後へ回る。

 

「速いな。」

 

レイカが呟く。

 

背後からの蹴り。

 

レイカは振り返らずに肘で止めた。

 

鈍い音。

 

ウインナーの身体が少し後ろへ弾かれる。

 

だが、すぐに風で体勢を戻す。

 

ダイフクーが思わず立ち上がった。

 

「……ウインナー、ついて行ってるぞ。」

 

シャーベットも目を見開いていた。

 

「俺たちは、もう敵わないかもな。」

 

「悔しいけど。」

 

ブリトーが静かに言う。

 

「悔しいけど、僕も、そう思う。」

 

ケンは目を輝かせている。

 

「すごい!」

 

「俺も早くあんな風になりたい!」

 

ユリは、ほんの少しだけ緊張した表情で見つめていた。

 

レイカが怪我をしないか。

 

ウインナーが無理をしないか。

 

そのどちらも、気になっている。

 

ドロップは落ち着かない様子で、何度も手を握り直していた。

 

「頑張って……。」

 

「ウインナー……!」

 

舞台上。

 

ウインナーが一気に距離を詰める。

 

風が足元で弾ける。

 

「風のエチュード!」

 

掌から放たれる風圧。

 

しかしレイカは、それを真正面から受けず、身体を半回転させて流す。

 

その流れのまま、拳がウインナーの腹部へ向かう。

 

ウインナーは風で横へずれる。

 

紙一重。

 

風が頬を切る。

 

「危な……!」

 

「気を抜くな。」

 

レイカは既に次の位置にいた。

 

拳が飛ぶ。

 

ウインナーは両腕で受ける。

 

重い。

 

体術だけ。

 

それなのに、一撃が岩のように重い。

 

「くっ……!」

 

ウインナーの足が舞台を滑る。

 

だが、風が背中を支える。

 

倒れない。

 

レイカの瞳がわずかに細くなる。

 

「これでも倒れないか。」

 

ウインナーは笑う。

 

「…まだ、始まったばかりだよ。」

 

再び二人が走る。

 

今度はウインナーが風を細かく刻む。

 

足元。

 

背中。

 

肩。

 

肘。

 

身体の各部に風を流し、動きを補助する。

 

まるで風と一体になったような動き。

 

レイカはそれを受けながら、淡々と見ていた。

 

「風を乗せるだけじゃない。」

 

「身体の使い方が変わったか。」

 

ウインナーは答えない。

 

答える余裕がない。

 

拳を放つ。

 

蹴りを放つ。

 

風で加速する。

 

レイカの腕がそれを受ける。

 

弾く。

 

逸らす。

 

だが一発。

 

ウインナーの拳がレイカの頬をかすめた。

 

観客席がどよめく。

 

「当たった!?」

 

「今、レイカに当たったぞ!」

 

レイカは少しだけ顔を横へ向けたまま、止まる。

 

ウインナーも止まる。

 

静寂。

 

レイカが口元をわずかに上げた。

 

「……やるな。」

 

ウインナーの胸が熱くなる。

 

それは、どんな歓声よりも嬉しい一言だった。

 

「ありがとう。」

 

「でも。」

 

「まだ行くよ。」

 

「……来い。」

 

再び二人がぶつかる。

 

舞台はすでに、

 

何度も踏み込まれた跡でひび割れていた。

 

砂埃が舞う。

 

風が吹き荒れる。

 

それでも、二人の動きは鈍らない。

 

むしろ加速していく。

 

司会者すら言葉を失っていた。

 

観客も同じだった。

 

ただ、見ているしかない。

 

そこにあるのは、勝敗だけではない。

 

長い旅の中で積み上げてきた信頼。

 

憧れ。

 

師弟にも似た関係。

 

親友にも似た距離。

 

その全てが、拳と風に込められていた。

 

やがて。

 

ウインナーが大きく後ろへ跳んだ。

 

呼吸が荒い。

 

レイカもわずかに肩で息をしている。

 

だが、その差はまだある。

 

明確に。

 

届きそうで、届かない。

 

その距離が、ウインナーには見えていた。

 

「……やっぱり、強いね。」

 

レイカは静かに答える。

 

「お前も強くなったな。」

 

ウインナーは目を閉じた。

 

風が、静かに集まる。

 

これまでとは違う風。

 

優しいだけではない。

 

速いだけでもない。

 

深く、重く、静かな風。

 

観客席のドロップが息を呑む。

 

「……ウインナー?」

 

ブリト―も目を細める。

 

「風が変わった。」

 

レイカはウインナーを見つめる。

 

「……。」

 

ウインナーは目を開く。

 

「この技は昔。」

 

「僕が犠牲にならないと使えなかった。」

 

風が舞台を包み始める。

 

「でも今は。」

 

「風が護ってくれるから。」

 

「安心して放つことができる。」

 

レイカの表情がわずかに引き締まる。

 

ウインナーは笑った。

 

「レイカ!」

 

「行くよ!」

 

風が一気に膨れ上がる。

 

 

「風のシンフォニー・第四番――」

 

 

その名を告げようとした瞬間。

 

会場全体が、静寂に包まれた。

 

誰もが感じていた。

 

次の一撃で、この試合の流れが変わると。

 

 

 

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