-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第四十四章~中編~

 

 

 

-風と炎の決勝戦-

 

 

 

-風のレクイエム-

 

 

「風のシンフォニー・第四番――」

 

 

ウインナーの声が、闘技場に静かに響いた。

 

その瞬間。

 

風が、変わった。

 

今までのように軽やかでもなく。

 

優しく包むだけでもなく。

 

相手を押し流すだけでもない。

 

深く。

 

重く。

 

静かで。

 

まるで、祈りのような風。

 

闘技場全体を包み込んでいた喧騒が、

 

すっと消えていく。

 

観客席にいた誰もが言葉を失った。

 

賭け札を握っていた男も。

 

叫び続けていた子供も。

 

酒瓶を片手にしていた観客も。

 

皆、ただ舞台を見つめていた。

 

その風には、音があった。

 

いや、音ではない。

 

歌。

 

風が、歌っていた。

 

低く、優しく、どこか寂しい旋律。

 

まるで誰かを弔うように。

 

まるで傷ついた者を眠らせるように。

 

そして。

 

まるで、もう二度と誰も犠牲にしないと誓うように。

 

ドロップの胸が、ぎゅっと締め付けられた。

 

 

「……ウインナー。」

 

 

その技の名前を聞いただけで、分かった。

 

これは、ただ相手を倒す技ではない。

 

過去のウインナーが。

 

誰かを守るため、

 

自分を犠牲にしてでも放とうとしていた技。

 

けれど今は違う。

 

ウインナーは一人ではない。

 

風がいる。

 

仲間がいる。

 

そして、自分がいる。

 

ドロップは、左手首のブレスレットを握りしめた。

 

「大丈夫よね。」

 

「今のウインナーなら。」

 

ユリは隣で静かに頷いた。

 

「ええ。」

 

「風が、彼を守っている。」

 

 

レイカは、

 

舞台の中央で、

 

その風を真正面から受けていた。

 

藍色の瞳が、少しだけ細まる。

 

「……。」

 

分かる。

 

この風は危険だ。

 

単純な攻撃ではない。

 

風で切る。

 

風で押す。

 

風で飛ばす。

 

そんな分かりやすいものではない。

 

身体の外側だけではなく、内側まで揺らすような風。

 

まともに受ければ、ただでは済まない。

 

だが。

 

レイカの口元が、わずかに緩んだ。

 

「……面白い。」

 

ウインナーは風を纏い、深く息を吸った。

 

視線の先にはレイカ。

 

届きたい背中。

 

追いかけ続けてきた強さ。

 

いつか越えたいと思った存在。

 

今、この瞬間だけは。

 

ただ、全力をぶつけたい。

 

 

「レイカ。」

 

「行くよ。」

 

 

レイカは静かに構える。

 

 

「来い。」

 

 

ウインナーの身体が沈む。

 

次の瞬間。

 

消えた。

 

いや、違う。

 

消えたのではない。

 

あまりにも速く。

 

あまりにも静かに。

 

風と同化して、視界から外れたのだ。

 

観客席の誰も追えなかった。

 

ダイフクーが目を見開く。

 

「消えた……!?」

 

シャーベットが息を呑む。

 

「違う。」

 

「速すぎるだけだ。」

 

ブリトーの額に汗が滲む。

 

「風と一体化している……。」

 

ケンは口を開けたまま固まっていた。

 

「ウインナー兄……すげぇ……。」

 

一瞬。

 

ウインナーはレイカの懐へ入っていた。

 

触れる。

 

ただ、それだけ。

 

ウインナーの指先が、レイカの胸元へ触れた。

 

 

 

「風のレクイエム。」

 

 

 

瞬間。

 

レイカの身体が風の球体に包まれた。

 

「……!!」

 

透明な球体。

 

その内側で、風が渦巻く。

 

最初は穏やかだった。

 

だが次第に、球体は小さくなっていく。

 

 

圧縮。

 

さらに圧縮。

 

外側から風が押し込み、内側で風が暴れる。

 

重力。

 

圧力。

 

回転。

 

……落下。

 

 

あらゆる力が、球体の中へ重ねられていく。

 

舞台の石床が、球体の下でひび割れた。

 

ミシッ。

 

バキッ。

 

観客席まで振動が届く。

 

司会者は言葉を失っていた。

 

 

「な、なんだこれは……!」

 

 

風の球体が浮かび上がる。

 

中にいるレイカは、動かない。

 

いや、動けない。

 

腕も足も、風に押さえ込まれている。

 

呼吸すら奪われるような圧力。

 

そのまま球体は、ゆっくりと上空へ持ち上がった。

 

そして。

 

一気に落ちる。

 

轟音。

 

舞台へ叩きつけられる直前、球体がさらに圧縮された。

 

 

ドゴォォォォォン!!

 

 

闘技場全体が揺れた。

 

砂埃が舞い上がる。

 

客席から悲鳴と歓声が同時に上がる。

 

 

「決まったか!?」

 

「レイカが落ちたぞ!」

 

「今のは無理だろ!」

 

 

ドロップは立ち上がっていた。

 

「ウインナー……!」

 

ウインナーは舞台上で息を切らしていた。

 

だが、倒れてはいない。

 

身体に負荷はある。

 

けれど、昔のように命を削る感覚はなかった。

 

風が、自分を支えている。

 

自分だけで無理やり放った技ではない。

 

風と共に、風に守られながら放った技。

 

その事実に、ウインナーは強く拳を握った。

 

「……できた。」

 

「頼む……。ダウンしてくれ……。」

 

 

 

だが。

 

その時だった。

 

 

 

砂埃の奥から、低い声が聞こえた。

 

 

「……いい技だな。」

 

 

会場が凍りつく。

 

ウインナーの瞳が揺れる。

 

砂埃の中。

 

風の球体は、まだ残っていた。

 

その中心にレイカがいる。

 

上着は破れ、頬には薄く傷がある。

 

だが、倒れていない。

 

膝もついていない。

 

レイカは、風の圧力の中で立っていた。

 

「……っ。」

 

ウインナーは息を呑む。

 

「嘘……。」

 

風の球体はまだ、圧縮を続けている。

 

普通なら、

 

立っているどころか意識すら保てない。

 

そのはずだった。

 

レイカはゆっくりと右手を動かす。

 

風が抵抗する。

 

腕に重圧がかかる。

 

再生する。

 

皮膚が裂ける。

 

再生する。

 

骨が軋む。

 

再生するの繰り返し。

 

だが。

 

レイカは止まらない。

 

 

「……本当に強くなった。」

 

 

その言葉に、ウインナーの胸が熱くなる。

 

褒められている。

 

だが、同時に分かる。

 

レイカはまだ終わっていない。

 

レイカは左足を一歩前へ出した。

 

球体の中で。

 

一歩。

 

ありえない。

 

風の圧力が増す。

 

舞台の石が砕ける。

 

それでも。

 

レイカは歩いた。

 

「俺じゃなければ。」

 

「やられていたかもしれんな。」

 

「だが。」

 

「今、目の前にいるのは。」

 

「俺だ。」

 

「まだ……負けられん。」

 

ウインナーは息を止めた。

 

レイカの両腕に力が込められる。

 

風が悲鳴を上げるように唸った。

 

球体の輪郭が歪む。

 

外側から見ていた観客たちは、

 

何が起きているのか理解できなかった。

 

ただ、分かった。

 

レイカが。

 

風そのものを。

 

力で押し広げている。

 

ダイフクーが呆然と呟く。

 

「……嘘だろ。」

 

シャーベットも言葉を失う。

 

「理屈が通らない。」

 

ブリトーは苦笑するしかなかった。

 

「本当に。」

 

「力技だ。」

 

ケンは目を輝かせて叫ぶ。

 

「お兄ちゃんすげぇぇぇ!!」

 

ユリだけは、静かに見守っていた。

 

「……むちゃくちゃね。」

 

心配もある。

 

けれど、信じている。

 

あの人は、必ず立っている。

 

ドロップは震える声で呟いた。

 

「ウインナー……。」

 

ウインナーの額から汗が落ちる。

 

信じられない。

 

全力だった。

 

今の自分が出せる、最高の技。

 

それを。

 

レイカは。

 

ただ、力で破ろうとしている。

 

 

「むちゃくちゃだよ……。」

 

 

その言葉を聞いたのか。

 

聞こえていないのか。

 

レイカは、風の中で小さく笑った。

 

 

次の瞬間。

 

 

バキンッ。

 

 

風の球体に亀裂が入った。

 

 

 

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