-風と炎の決勝戦-
-風のレクイエム-
「風のシンフォニー・第四番――」
ウインナーの声が、闘技場に静かに響いた。
その瞬間。
風が、変わった。
今までのように軽やかでもなく。
優しく包むだけでもなく。
相手を押し流すだけでもない。
深く。
重く。
静かで。
まるで、祈りのような風。
闘技場全体を包み込んでいた喧騒が、
すっと消えていく。
観客席にいた誰もが言葉を失った。
賭け札を握っていた男も。
叫び続けていた子供も。
酒瓶を片手にしていた観客も。
皆、ただ舞台を見つめていた。
その風には、音があった。
いや、音ではない。
歌。
風が、歌っていた。
低く、優しく、どこか寂しい旋律。
まるで誰かを弔うように。
まるで傷ついた者を眠らせるように。
そして。
まるで、もう二度と誰も犠牲にしないと誓うように。
ドロップの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「……ウインナー。」
その技の名前を聞いただけで、分かった。
これは、ただ相手を倒す技ではない。
過去のウインナーが。
誰かを守るため、
自分を犠牲にしてでも放とうとしていた技。
けれど今は違う。
ウインナーは一人ではない。
風がいる。
仲間がいる。
そして、自分がいる。
ドロップは、左手首のブレスレットを握りしめた。
「大丈夫よね。」
「今のウインナーなら。」
ユリは隣で静かに頷いた。
「ええ。」
「風が、彼を守っている。」
レイカは、
舞台の中央で、
その風を真正面から受けていた。
藍色の瞳が、少しだけ細まる。
「……。」
分かる。
この風は危険だ。
単純な攻撃ではない。
風で切る。
風で押す。
風で飛ばす。
そんな分かりやすいものではない。
身体の外側だけではなく、内側まで揺らすような風。
まともに受ければ、ただでは済まない。
だが。
レイカの口元が、わずかに緩んだ。
「……面白い。」
ウインナーは風を纏い、深く息を吸った。
視線の先にはレイカ。
届きたい背中。
追いかけ続けてきた強さ。
いつか越えたいと思った存在。
今、この瞬間だけは。
ただ、全力をぶつけたい。
「レイカ。」
「行くよ。」
レイカは静かに構える。
「来い。」
ウインナーの身体が沈む。
次の瞬間。
消えた。
いや、違う。
消えたのではない。
あまりにも速く。
あまりにも静かに。
風と同化して、視界から外れたのだ。
観客席の誰も追えなかった。
ダイフクーが目を見開く。
「消えた……!?」
シャーベットが息を呑む。
「違う。」
「速すぎるだけだ。」
ブリトーの額に汗が滲む。
「風と一体化している……。」
ケンは口を開けたまま固まっていた。
「ウインナー兄……すげぇ……。」
一瞬。
ウインナーはレイカの懐へ入っていた。
触れる。
ただ、それだけ。
ウインナーの指先が、レイカの胸元へ触れた。
「風のレクイエム。」
瞬間。
レイカの身体が風の球体に包まれた。
「……!!」
透明な球体。
その内側で、風が渦巻く。
最初は穏やかだった。
だが次第に、球体は小さくなっていく。
圧縮。
さらに圧縮。
外側から風が押し込み、内側で風が暴れる。
重力。
圧力。
回転。
……落下。
あらゆる力が、球体の中へ重ねられていく。
舞台の石床が、球体の下でひび割れた。
ミシッ。
バキッ。
観客席まで振動が届く。
司会者は言葉を失っていた。
「な、なんだこれは……!」
風の球体が浮かび上がる。
中にいるレイカは、動かない。
いや、動けない。
腕も足も、風に押さえ込まれている。
呼吸すら奪われるような圧力。
そのまま球体は、ゆっくりと上空へ持ち上がった。
そして。
一気に落ちる。
轟音。
舞台へ叩きつけられる直前、球体がさらに圧縮された。
ドゴォォォォォン!!
闘技場全体が揺れた。
砂埃が舞い上がる。
客席から悲鳴と歓声が同時に上がる。
「決まったか!?」
「レイカが落ちたぞ!」
「今のは無理だろ!」
ドロップは立ち上がっていた。
「ウインナー……!」
ウインナーは舞台上で息を切らしていた。
だが、倒れてはいない。
身体に負荷はある。
けれど、昔のように命を削る感覚はなかった。
風が、自分を支えている。
自分だけで無理やり放った技ではない。
風と共に、風に守られながら放った技。
その事実に、ウインナーは強く拳を握った。
「……できた。」
「頼む……。ダウンしてくれ……。」
だが。
その時だった。
砂埃の奥から、低い声が聞こえた。
「……いい技だな。」
会場が凍りつく。
ウインナーの瞳が揺れる。
砂埃の中。
風の球体は、まだ残っていた。
その中心にレイカがいる。
上着は破れ、頬には薄く傷がある。
だが、倒れていない。
膝もついていない。
レイカは、風の圧力の中で立っていた。
「……っ。」
ウインナーは息を呑む。
「嘘……。」
風の球体はまだ、圧縮を続けている。
普通なら、
立っているどころか意識すら保てない。
そのはずだった。
レイカはゆっくりと右手を動かす。
風が抵抗する。
腕に重圧がかかる。
再生する。
皮膚が裂ける。
再生する。
骨が軋む。
再生するの繰り返し。
だが。
レイカは止まらない。
「……本当に強くなった。」
その言葉に、ウインナーの胸が熱くなる。
褒められている。
だが、同時に分かる。
レイカはまだ終わっていない。
レイカは左足を一歩前へ出した。
球体の中で。
一歩。
ありえない。
風の圧力が増す。
舞台の石が砕ける。
それでも。
レイカは歩いた。
「俺じゃなければ。」
「やられていたかもしれんな。」
「だが。」
「今、目の前にいるのは。」
「俺だ。」
「まだ……負けられん。」
ウインナーは息を止めた。
レイカの両腕に力が込められる。
風が悲鳴を上げるように唸った。
球体の輪郭が歪む。
外側から見ていた観客たちは、
何が起きているのか理解できなかった。
ただ、分かった。
レイカが。
風そのものを。
力で押し広げている。
ダイフクーが呆然と呟く。
「……嘘だろ。」
シャーベットも言葉を失う。
「理屈が通らない。」
ブリトーは苦笑するしかなかった。
「本当に。」
「力技だ。」
ケンは目を輝かせて叫ぶ。
「お兄ちゃんすげぇぇぇ!!」
ユリだけは、静かに見守っていた。
「……むちゃくちゃね。」
心配もある。
けれど、信じている。
あの人は、必ず立っている。
ドロップは震える声で呟いた。
「ウインナー……。」
ウインナーの額から汗が落ちる。
信じられない。
全力だった。
今の自分が出せる、最高の技。
それを。
レイカは。
ただ、力で破ろうとしている。
「むちゃくちゃだよ……。」
その言葉を聞いたのか。
聞こえていないのか。
レイカは、風の中で小さく笑った。
次の瞬間。
バキンッ。
風の球体に亀裂が入った。