-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第四十五章

 

 

 

-氷華、泡沫の如く-

 

 

 

-決勝前-

 

 

 

男子決勝の熱気が、まだ闘技場に残っていた。

 

観客席では、

 

先ほどまでの試合について、

 

興奮気味に語り合う人々の姿があった。

 

 

 

控室。

 

ユリは静かに深呼吸をしていた。

 

そこへドロップが近付く。

 

「ユリさん。」

 

「緊張してる?」

 

ユリは少しだけ笑う。

 

「少しだけね。」

 

「レイカたちの試合を見た後だから。」

 

「余計に。」

 

ドロップも苦笑した。

 

「確かに、あれは反則級だったよね。」

 

「でも。」

 

「ユリさんなら大丈夫。」

 

「私、信じてる。」

 

ユリは優しく頭を撫でた。

 

「ありがとう。」

 

その時、控室の扉が開く。

 

レイカだった。

 

煙草を取り出しかけた瞬間。

 

ユリがじっと見つめる。

 

「……。」

 

レイカはため息をつき、煙草をポケットへ戻した。

 

「……そう見てくれるな。」

 

ダイフクーが吹き出す。

 

「素直かよ!」

 

シャーベットも珍しく笑う。

 

「学習しているな。」

 

レイカは肩をすくめる。

 

「……はぁ。」

 

場が少し和む。

 

 

そこへウインナーも現れた。

 

腹部には包帯が巻かれていたが、

 

表情は晴れやかだった。

 

「ウインナー!大丈夫か!?」

 

「大丈夫だよ。」

 

「レイカが、場所を選んで攻撃してくれたから。」

 

「なんのことだか。」

 

「そんなことも出来るのか……。」

 

「化け物だな、やっぱり。」

 

「……ユリさん。」

 

「楽しんできて。」

 

ユリは静かに頷く。

 

「ええ。」

 

「レイカには負けられないから。」

 

レイカは壁にもたれたまま、小さく口を開く。

 

「……勝ち負けはどうでもいい。」

 

全員がレイカを見る。

 

「久しぶりの強敵だ。」

 

「楽しんでこい。」

 

ユリは微笑んだ。

 

「……ええ。」

 

「任せて。」

 

 

 

-女子決勝-

 

 

 

司会の声が会場へ響き渡る。

 

 

「皆様、お待たせしました!」

 

「女子決勝戦!!」

 

 

歓声が湧き上がる。

 

 

「赤コーナー!」

 

「全てに美を司る、まるで雪女!」

 

「ユリ選手!!」

 

 

大歓声。

 

 

「青コーナー!」

 

「流麗なる武闘家!」

 

「シュリンプ選手!!」

 

 

両者が静かに歩み寄る。

 

視線が交わる。

 

互いに一礼。

 

シュリンプが笑う。

 

「あなた強い。最初から本気で行く。」

 

ユリも微笑む。

 

「望むところ。」

 

審判が手を振り下ろす。

 

 

「始め!」

 

 

――動かない。

 

 

 

そして。

 

 

 

ドン!!

 

 

 

二人が同時に踏み込んだ。

 

 

拳。

 

肘。

 

膝。

 

蹴り。

 

一切の無駄がない。

 

拳を放ち。

 

受け流し。

 

返し。

 

また流す。

 

攻撃が続いているのに、どこか美しい。

 

観客席から思わず声が漏れる。

 

 

「速い……。」

 

「全部避けてる!」

 

 

レイカは静かに見つめていた。

 

「いや。」

 

「避けてるんじゃない。」

 

「流してる。」

 

ブリトーが目を丸くする。

 

「全部?」

 

「全部だ。」

 

シュリンプは流水のように身体を使う。

 

ユリは雪が舞うように柔らかく動く。

 

十五分。

 

二十分。

 

決定打はない。

 

だが、一瞬たりとも目が離せない。

 

シュリンプが笑う。

 

「あなた。」

 

「旅をしてる?」

 

「ええ。」

 

「……だから強い。」

 

ユリは首を振る。

 

「違う。」

 

「色んな人に育ててもらっただけ。」

 

「仲間にも。」

 

「戦い方を教わった人にも。」

 

シュリンプが微笑む。

 

「その人。」

 

「きっと……怖い人。」

 

「少し戦えばわかる。」

 

ユリは少し吹き出した。

 

「ふふっ……よくわかったね。」

 

 

観客席。

 

ダイフクーが腹を抱える。

 

「絶対レイカだ!」

 

ブリトーも笑う。

 

「間違いないね。」

 

レイカは顔をしかめる。

 

「……怖くは無いだろ。」

 

「いや、教えてる時、鬼だよ。」

 

「そうなのか。」

 

「うん、僕もそう思う。鬼だ。」

 

「お兄ちゃんじゃなくて、鬼いちゃんだ!」

 

「おっ!上手いこと言ったな!」

 

「やかましい。」

 

 

 

-本当の読み合い-

 

 

 

試合時間は三十分を超えていた。

 

汗が床へ落ちる。

 

呼吸は荒い。

 

それでも二人は止まらない。

 

ドロップが小さく呟く。

 

「どっちが押してるの……?」

 

シャーベットは首を横に振る。

 

「互角だ。」

 

「いや。」

 

「互角だから決まらない。」

 

レイカだけが違うものを見ていた。

 

「……違う。」

 

ウインナーが尋ねる。

 

「何が違うの?」

 

「相手に合わせて戦う。」

 

「ユリの悪い癖だ。」

 

「現に、技を使わず体術のみで応戦している。」

 

「……確かに。」

 

「……二人が止まった。」

 

「決着付きそうだぞ!!!」

 

 

 

-氷華流奥義-

 

 

 

シュリンプが深く息を吐く。

 

「もう。」

 

「決めよう。」

 

構えが変わる。

 

腰を低く落とし、全身の力を一点へ集める。

 

「行くよ。」

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

一気に踏み込む。

 

全身全霊の一撃。

 

 

「流水拳・終型!」

 

「海裂!!」

 

 

大地を滑るような拳。

 

全体重。

 

全技術。

 

全神経。

 

その全てが込められた一撃。

 

観客席が息を呑む。

 

 

「決まった!」

 

 

誰もがそう思った。

 

しかし。

 

ユリは避けなかった。

 

受け止めもしない。

 

拳へ、そっと手を添える。

 

レイカが静かに呟く。

 

 

「……決まったな。」

 

 

ユリの呼吸が変わる。

 

静寂。

 

世界がゆっくり流れ始める。

 

 

「氷華流・奥義。」

 

 

冷気が舞い、

 

雪が花びらのように舞い上がる。

 

 

 

「泡沫。」

 

 

 

その瞬間。

 

シュリンプの拳が流される。

 

流された力。

 

そこへ。

 

ユリ自身の冷気。

 

回転。

 

体重移動。

 

呼吸。

 

全てが重なる。

 

まるで一つの流れになった。

 

 

そして。

 

シュリンプ自身の技が。

 

さらに完成された形となって返っていく。

 

 

 

ドン――。

 

 

 

静かな音だった。

 

派手な衝撃ではない。

 

けれど。

 

シュリンプの身体はゆっくりと後ろへ下がる。

 

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

静寂。

 

そして。

 

シュリンプは倒れる。

 

 

「テン!!」

 

 

審判が腕を振り上げる。

 

 

 

「勝者!!」

 

「ユリ選手!!」

 

 

 

歓声が爆発した。

 

 

 

-勝者たち-

 

 

 

目が覚めたシュリンプは、

 

立ち上がり、

 

ユリへ手を差し出す。

 

「最後。」

 

「何をしたの?」

 

ユリはその手を握る。

 

「あなたの技を。」

 

「流して。」

 

「私の力を少し添えただけ。」

 

シュリンプは首を振る。

 

「そんなの聞いたことない。」

 

「……完敗だ。」

 

 

再び大きな拍手が起こる。

 

ドロップが勢いよく飛びついた。

 

「ユリさん!!」

 

「優勝おめでとう!!」

 

「ちょっと、苦しい。」

 

そう言いながらも、ユリは嬉しそうに笑う。

 

レイカが近づいてきた。

 

「……強くなったな。」

 

ユリが少し意地悪そうに笑う。

 

「珍しい。」

 

「褒めてくれるの?」

 

レイカは肩をすくめる。

 

「……当たり前だ。」

 

ユリは首を傾げる。

 

「当たり前?」

 

「好きな人だから?」

 

「……。」

 

レイカは何も答えない。

 

ダイフクーが腹を抱えて笑う。

 

「照れてるぞ!」

 

ブリトーも笑う。

 

「分かりやすいね。」

 

レイカはため息をついた。

 

「……うるさい。」

 

そのやり取りに、会場中が笑いに包まれる。

 

司会者が最後に声を響かせた。

 

 

 

「今大会!」

 

「男子優勝、レイカ選手!」

 

「女子優勝、ユリ選手!」

 

 

 

改めて二人が並び、

 

優勝杯を掲げる。

 

風が静かに吹く。

 

歓声の中で、

 

レイカは優勝杯をユリへ差し出した。

 

「持っとけ。」

 

「俺は荷物になる。」

 

ユリは少し笑う。

 

「素直じゃないわね。」

 

「……ありがとう。」

 

夕日に照らされた二人の優勝杯は、美しく輝いていた。

 

大会は終わった。

 

しかし――

 

彼らの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

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