-氷華、泡沫の如く-
-決勝前-
男子決勝の熱気が、まだ闘技場に残っていた。
観客席では、
先ほどまでの試合について、
興奮気味に語り合う人々の姿があった。
控室。
ユリは静かに深呼吸をしていた。
そこへドロップが近付く。
「ユリさん。」
「緊張してる?」
ユリは少しだけ笑う。
「少しだけね。」
「レイカたちの試合を見た後だから。」
「余計に。」
ドロップも苦笑した。
「確かに、あれは反則級だったよね。」
「でも。」
「ユリさんなら大丈夫。」
「私、信じてる。」
ユリは優しく頭を撫でた。
「ありがとう。」
その時、控室の扉が開く。
レイカだった。
煙草を取り出しかけた瞬間。
ユリがじっと見つめる。
「……。」
レイカはため息をつき、煙草をポケットへ戻した。
「……そう見てくれるな。」
ダイフクーが吹き出す。
「素直かよ!」
シャーベットも珍しく笑う。
「学習しているな。」
レイカは肩をすくめる。
「……はぁ。」
場が少し和む。
そこへウインナーも現れた。
腹部には包帯が巻かれていたが、
表情は晴れやかだった。
「ウインナー!大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。」
「レイカが、場所を選んで攻撃してくれたから。」
「なんのことだか。」
「そんなことも出来るのか……。」
「化け物だな、やっぱり。」
「……ユリさん。」
「楽しんできて。」
ユリは静かに頷く。
「ええ。」
「レイカには負けられないから。」
レイカは壁にもたれたまま、小さく口を開く。
「……勝ち負けはどうでもいい。」
全員がレイカを見る。
「久しぶりの強敵だ。」
「楽しんでこい。」
ユリは微笑んだ。
「……ええ。」
「任せて。」
-女子決勝-
司会の声が会場へ響き渡る。
「皆様、お待たせしました!」
「女子決勝戦!!」
歓声が湧き上がる。
「赤コーナー!」
「全てに美を司る、まるで雪女!」
「ユリ選手!!」
大歓声。
「青コーナー!」
「流麗なる武闘家!」
「シュリンプ選手!!」
両者が静かに歩み寄る。
視線が交わる。
互いに一礼。
シュリンプが笑う。
「あなた強い。最初から本気で行く。」
ユリも微笑む。
「望むところ。」
審判が手を振り下ろす。
「始め!」
――動かない。
そして。
ドン!!
二人が同時に踏み込んだ。
拳。
肘。
膝。
蹴り。
一切の無駄がない。
拳を放ち。
受け流し。
返し。
また流す。
攻撃が続いているのに、どこか美しい。
観客席から思わず声が漏れる。
「速い……。」
「全部避けてる!」
レイカは静かに見つめていた。
「いや。」
「避けてるんじゃない。」
「流してる。」
ブリトーが目を丸くする。
「全部?」
「全部だ。」
シュリンプは流水のように身体を使う。
ユリは雪が舞うように柔らかく動く。
十五分。
二十分。
決定打はない。
だが、一瞬たりとも目が離せない。
シュリンプが笑う。
「あなた。」
「旅をしてる?」
「ええ。」
「……だから強い。」
ユリは首を振る。
「違う。」
「色んな人に育ててもらっただけ。」
「仲間にも。」
「戦い方を教わった人にも。」
シュリンプが微笑む。
「その人。」
「きっと……怖い人。」
「少し戦えばわかる。」
ユリは少し吹き出した。
「ふふっ……よくわかったね。」
観客席。
ダイフクーが腹を抱える。
「絶対レイカだ!」
ブリトーも笑う。
「間違いないね。」
レイカは顔をしかめる。
「……怖くは無いだろ。」
「いや、教えてる時、鬼だよ。」
「そうなのか。」
「うん、僕もそう思う。鬼だ。」
「お兄ちゃんじゃなくて、鬼いちゃんだ!」
「おっ!上手いこと言ったな!」
「やかましい。」
-本当の読み合い-
試合時間は三十分を超えていた。
汗が床へ落ちる。
呼吸は荒い。
それでも二人は止まらない。
ドロップが小さく呟く。
「どっちが押してるの……?」
シャーベットは首を横に振る。
「互角だ。」
「いや。」
「互角だから決まらない。」
レイカだけが違うものを見ていた。
「……違う。」
ウインナーが尋ねる。
「何が違うの?」
「相手に合わせて戦う。」
「ユリの悪い癖だ。」
「現に、技を使わず体術のみで応戦している。」
「……確かに。」
「……二人が止まった。」
「決着付きそうだぞ!!!」
-氷華流奥義-
シュリンプが深く息を吐く。
「もう。」
「決めよう。」
構えが変わる。
腰を低く落とし、全身の力を一点へ集める。
「行くよ。」
一歩。
二歩。
三歩。
一気に踏み込む。
全身全霊の一撃。
「流水拳・終型!」
「海裂!!」
大地を滑るような拳。
全体重。
全技術。
全神経。
その全てが込められた一撃。
観客席が息を呑む。
「決まった!」
誰もがそう思った。
しかし。
ユリは避けなかった。
受け止めもしない。
拳へ、そっと手を添える。
レイカが静かに呟く。
「……決まったな。」
ユリの呼吸が変わる。
静寂。
世界がゆっくり流れ始める。
「氷華流・奥義。」
冷気が舞い、
雪が花びらのように舞い上がる。
「泡沫。」
その瞬間。
シュリンプの拳が流される。
流された力。
そこへ。
ユリ自身の冷気。
回転。
体重移動。
呼吸。
全てが重なる。
まるで一つの流れになった。
そして。
シュリンプ自身の技が。
さらに完成された形となって返っていく。
ドン――。
静かな音だった。
派手な衝撃ではない。
けれど。
シュリンプの身体はゆっくりと後ろへ下がる。
一歩。
二歩。
三歩。
静寂。
そして。
シュリンプは倒れる。
「テン!!」
審判が腕を振り上げる。
「勝者!!」
「ユリ選手!!」
歓声が爆発した。
-勝者たち-
目が覚めたシュリンプは、
立ち上がり、
ユリへ手を差し出す。
「最後。」
「何をしたの?」
ユリはその手を握る。
「あなたの技を。」
「流して。」
「私の力を少し添えただけ。」
シュリンプは首を振る。
「そんなの聞いたことない。」
「……完敗だ。」
再び大きな拍手が起こる。
ドロップが勢いよく飛びついた。
「ユリさん!!」
「優勝おめでとう!!」
「ちょっと、苦しい。」
そう言いながらも、ユリは嬉しそうに笑う。
レイカが近づいてきた。
「……強くなったな。」
ユリが少し意地悪そうに笑う。
「珍しい。」
「褒めてくれるの?」
レイカは肩をすくめる。
「……当たり前だ。」
ユリは首を傾げる。
「当たり前?」
「好きな人だから?」
「……。」
レイカは何も答えない。
ダイフクーが腹を抱えて笑う。
「照れてるぞ!」
ブリトーも笑う。
「分かりやすいね。」
レイカはため息をついた。
「……うるさい。」
そのやり取りに、会場中が笑いに包まれる。
司会者が最後に声を響かせた。
「今大会!」
「男子優勝、レイカ選手!」
「女子優勝、ユリ選手!」
改めて二人が並び、
優勝杯を掲げる。
風が静かに吹く。
歓声の中で、
レイカは優勝杯をユリへ差し出した。
「持っとけ。」
「俺は荷物になる。」
ユリは少し笑う。
「素直じゃないわね。」
「……ありがとう。」
夕日に照らされた二人の優勝杯は、美しく輝いていた。
大会は終わった。
しかし――
彼らの本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。