-「ネモフィラ」完成-
数日後──。
木槌の音が止む。
最後の看板が掲げられた。
「よし!」
「完成だ!」
職人たちの歓声が街へ響く。
新しく生まれ変わった店。
真新しい木の香り。
磨き上げられた窓。
以前の面影を残しながらも、
どこか温かさを感じる店へ、
生まれ変わっていた。
母親はしばらく店を見つめる。
涙が溢れる。
「……本当に。」
「ありがとうございます。」
レイカは照れ臭そうに頭を掻く。
「……礼なら。」
「ここへ来る客に言え。」
「街が賑わえば。」
「それで十分だ。」
ダイフクーが笑う。
「素直じゃねぇなぁ。」
「……素直になったほうだ。」
「どこがだよ!」
「……確かに素直になった、かな?」
「ユリさんが言うなら間違いないね。」
「いや、分かりにくいだろ!」
全員笑う。
そこへ子供たちが走ってくる。
「お兄ちゃん!」
「ありがとう!」
「……どういたしまして。」
「見て!」
新しい看板。
“食堂 ネモフィラ”
ドロップが驚く。
「名前変えたの?」
母親は微笑んだ。
「この街へ笑顔を運んできてくれた皆さんを忘れないように。」
「一番綺麗だった花の名前をいただきました。」
ウインナーとドロップは顔を見合わせる。
ネモフィラ。
あの日。
四人で歩いた花畑。
自然と笑みがこぼれた。
「これも何かの巡り合わせかしら。」
「お店はいつからオープンですか?」
「もう今日から新装オープンしようかと。」
「……まだ身体は辛いだろ。」
「何人か手伝いに回すからこき使ってくれ。」
「え!そんな……。」
「いいってことよ!」
「本当に……、感謝し切れません……。」
「その分、美味いもの食わせてくれ。」
「はい!」
-夕暮れ-
その日の夕方。
店は久しぶりに満席だった。
街の人たちが笑いながら食事をしている。
子供たちも元気に走り回る。
ケンは料理を運びながら叫ぶ。
「熱いぞーー!」
「走るな!」
母親が慌てる。
ブリトーは笑いながら皿を運ぶ。
「手伝うよ。」
「ありがとう!」
ダイフクーは厨房。
「おばちゃん!」
「このスープ最高!」
「もっと食べる?」
「もちろん!」
シャーベットは黙々と皿洗い。
ユリは子供たちに食べさせるのを手伝う。
ドロップは笑顔で接客。
ウインナーは困っている老人の荷物を持ってあげる。
そして。
店の入口。
壁にもたれたレイカ。
煙草は咥えている。
だが火は付けていない。
子供が近寄る。
「お兄ちゃん。」
「ありがとう。」
「お母さん、元気になったの。」
「ずっと僕たちのために、頑張ってて。」
「とてもしんどいの分かってた。」
「けど何も出来なかった。」
「お母さんを助けてくれて。」
「本当にありがとう。」
レイカは少しだけ笑う。
「……ちゃんとお前はお母さんを守った。」
「出来なかったことなんてない。」
「きっと……自慢の子どもだと思う。」
「また、会いに来る。」
「……元気でな。」
「うん!」
走っていく。
ユリが隣へ来る。
「吸わないの?」
レイカ。
煙草を見る。
「……今日は。」
「この匂いの方がいい。」
店から漂う料理の香り。
子供たちの笑い声。
「平和ね。」
「ああ。」
二人は夕焼けを見つめた。
-星空の約束-
その夜――。
夕食を終えた一行は、
思い思いに気球船へ集まっていた。
誰からともなく夜空を見上げ、
穏やかな時間が流れていた。
そんな静けさを破ったのは、
やはりダイフクーだった。
「なあ。」
「旅が終わったら、お前ら何したい?」
全員が顔を上げる。
ダイフクーはニヤリと笑った。
「もっと言えばよ。」
「結婚とか考えたことあるか?」
一瞬、時間が止まる。
「「「…………。」」」
最初に口を開いたのはレイカだった。
「……さあな。」
あまりにも即答だった。
ダイフクーが思わず吹き出す。
「早っ!!」
ブリトーも肩を震わせる。
「聞く前から否定したね。」
レイカは腕を組んだまま答える。
「……否定はしていない。」
ユリが横目でレイカを見る。
「私は少しだけ考えたことあるけど。」
レイカがちらりと視線を向ける。
ダイフクーが身を乗り出した。
「おっ!聞こうじゃねぇか!」
ユリは少し照れくさそうに笑った。
「毎日二人でご飯を食べて。」
「たまには喧嘩して。」
「笑って。」
「そんな毎日なら、幸せかなって。」
「当たり前の毎日を。」
「一日を大切に過ごしたい。」
レイカは何も言わない。
煙草を取り出そうとする。
ユリがじっと見つめる。
「……。」
レイカは小さくため息をつき、煙草をしまった。
ダイフクーが腹を抱える。
「もう完全に尻に敷かれてるじゃねぇか!」
「違う。」
「何が違うんだよ!」
笑い声が夜空へ響く。
今度はダイフクーがウインナーへ向いた。
「ウインナー。」
「お前は?」
「えっ!?」
突然話を振られたウインナーは肩を震わせる。
その隣ではドロップも顔を真っ赤にしていた。
「ほら。」
「ドロップと付き合えたことだし。」
「考えたことくらいあるだろ?」
ウインナーは少しだけ考えたあと、照れながら笑う。
「……あるよ。」
ドロップが目を丸くした。
「え?」
ウインナーは少しだけドロップの方を見る。
「ドロップとなら。」
「毎日笑って暮らせると思う。」
静まり返る気球船の木々たち。
次の瞬間。
「「うおおおお!」」
ダイフクーが頭を抱えた。
「言った!」
ブリトーも思わず苦笑いする。
「聞いてるこっちが恥ずかしいよ。」
シャーベットも小さく微笑んだ。
「らしいな。」
ドロップは耳まで真っ赤だった。
「もう……。」
「そういうこと普通に言うの反則。」
ウインナーは困ったように笑う。
「……そう思うから。」
ドロップは照れ隠しに肩を軽く叩いた。
「……ずるい。」
自然と二人の手が重なる。
誰も茶化さなかった。
その光景があまりにも自然で、温かかったからだ。
その空気を壊したのはケンだった。
「結婚って何?」
全員が固まる。
ブリトーが笑いを堪えながら答える。
「好きな人と家族になること。」
ケンは「ふーん」と頷き、少し考え込む。
そして満面の笑みで言った。
「じゃあ俺、お兄ちゃんと結婚する!」
「出来ない。」
「出来てもお断りだ。」
レイカが即答する。
「えぇーーーっ!!」
ケンが大げさに肩を落とした。
ダイフクーは腹を抱えて笑い転げる。
「振られた!」
ブリトーも笑いながら肩を叩く。
「残念だったね。」
レイカはケンの頭を軽く撫でた。
「兄弟でいいだろ。」
「もっと静かになればいい子だけどな。」
ケンは少し考えてから、にっこり笑った。
「そっか!」
「じゃあそれでいい!」
その無邪気な返事に、
一同は再び笑いに包まれる。
笑い声が落ち着く頃。
静かな風が吹き抜けた。
ダイフクーが星空を見上げる。
「こういう時間。」
「ずっと続けばいいのにな。」
誰も返事をしなかった。
皆、同じことを思っていたからだ。
ウインナーは静かに夜空を見上げる。
満天の星。
隣には大切な仲間たち。
守りたい人たち。
ゆっくりと息を吸い込み、小さく微笑んだ。
「……終わらせよう。」
皆がウインナーを見る。
「全部。」
その一言に、誰も異論はなかった。
レイカは静かに頷く。
ユリは穏やかに微笑む。
ドロップはそっとウインナーの手を握る。
ダイフクーは力強く拳を握り締めた。
ブリトー、シャーベット、ケンも、
それぞれ決意を胸に夜空を見上げる。
気球船は星空の下をゆっくりと進んでいく。
その先に待つ、
失われた地――サラミッドへ向かって。