第六十三章
―第三の封印―
―限界―
静寂。
神殿は黒炎に包まれていた。
天井は崩れ落ち、
古代文字は燃え尽き、
石畳は赤く溶けている。
その中心。
レイカは炎飛を地面へ突き立て、辛うじて立っていた。
「…………。」
炎神の暴走。
その反動は想像を遥かに超えていた。
身体中の感覚が消えていく。
右腕は動かない。
左脚にも力が入らない。
視界は霞み、
呼吸をするだけでも激痛が走る。
それでも。
レイカは倒れなかった。
その視線だけは、
燃え続ける黒炎の先を見据えていた。
ゆっくりと一人の男が歩いてくる。
メザン。
その姿も決して無傷ではない。
黒炎によって衣服は焼け焦げ、
全身に深い裂傷が刻まれていた。
それでもなお笑っている。
「……見事だ。」
「自ら仲間まで焼き払うとは。」
「そこまで壊れるとは思わなかった。」
レイカは答えない。
ただ静かに睨み返す。
メザンは肩を竦めた。
「しかし。」
「終わりだ。」
右手を掲げる。
巨大な闇が集まり始める。
黒い槍。
今までとは比べ物にならないほど巨大な魔力。
神殿そのものが悲鳴を上げる。
「これで。」
「全て終わる。」
⸻
―覚悟―
レイカは静かに目を閉じた。
動けない。
もう身体は限界だった。
黒炎も消え始めている。
暴走すら終わろうとしていた。
「……。」
小さく息を吐く。
耳元へ手を伸ばす。
左耳。
そこには三つの銀色のピアス。
一つ目。
二つ目。
そして。
最後の封印。
レイカは静かに笑った。
「……もう。」
「抑える必要もない。」
小さく呟く。
その声は誰にも届かない。
「……全て消し去る。」
指先で三つ目のピアスへ触れる。
ゆっくりと外した。
カチッ。
小さな音。
ただ、それだけだった。
⸻
―封印解除―
世界が止まった。
風が止まる。
炎が止まる。
闇さえも静止した。
神殿全体が沈黙する。
メザンの表情から笑みが消えた。
「……何だ。」
レイカの身体から、
今までとは比較にならないほど膨大な力が溢れ始める。
黒炎。
紅蓮の炎。
蒼い炎。
それらがレイカの身体から放たれる。
「な、なんだこれは。」
メザンも驚きを隠せない。
そして、最後にレイカの身体に宿ったのは。
白い炎だった。
「これだけは。」
「俺は扱えなかった。」
「だから、使わなくとも強くなった。」
「だが。」
「守るのものも何も無い。」
「どうでもいい。」
静寂。
そして。
神殿全体を震わせる。
柱が砕ける。
床が割れる。
天井が崩れ落ちる。
古代文字は一瞬で消滅した。
「馬鹿な……。」
「なんだ力は……!」
メザンが初めて後退する。
レイカはゆっくりと顔を上げた。
瞳は静かだった。
怒りもない。
憎しみもない。
「……終わろう。」
その一言だった。
⸻
―最後の一太刀―
メザンは叫ぶ。
「止まれぇぇぇぇ!!」
巨大な闇が神殿中を覆う。
無数の術式。
黒い雷。
闇の槍。
全てがレイカへ放たれる。
しかし。
レイカは歩く。
ただ一歩。
また一歩。
静かに歩き続ける。
闇は届かない。
術式は、
触れた瞬間に消滅していく。
身体に纏う白い炎。
それが全てを燃やすように。
メザンの瞳に初めて恐怖が宿る。
「何故だ!」
「何故消える!!」
レイカは答えない。
炎飛を静かに構える。
「…………。」
一閃。
音すら聞こえなかった。
神殿全体が白い閃光に包まれる。
次の瞬間。
メザンの身体へ一本の斬撃が走った。
「……こ…んなところで……。」
それだけ言い残し、
メザンの身体は、
静かに揺らめく白い炎に、
無になるように燃えていく。
風が吹く。
長かった戦いは終わった。
⸻
―崩壊―
しかし。
勝利の静寂は訪れなかった。
神殿全体が大きく揺れる。
ゴゴゴゴゴ……。
封印を支えていた術式。
メザンの闇。
レイカの解放された力。
全ての均衡が崩れた。
柱が倒れる。
壁が裂ける。
黒炎が再び燃え上がる。
「……っ。」
レイカは動けない。
三つ目の封印を解いた代償はあまりにも大きかった。
その時だった。
崩れ落ちた壁の向こうから、一筋の光が漏れる。
「……?」
瓦礫の奥。
今まで誰にも知られることのなかった隠し部屋。
その中には――
無数の禁貨が、静かに輝いていた。
レイカはその光を見つめる。
そして、小さく息を吐いた。
「……これなら。」
ゆっくりと、その部屋へ足を踏み入れる。
長い戦いの、本当の終わりが始まろうとしていた。