― 忘れられた温もり ―
翌朝。
村長から話を聞き終えた四人は、
焼け跡となった村を後にしていた。
「あの人は、どっちへ行ったんですか?」
ウインナーの問いに、村長は森の奥を指差す。
「北東だ。」
「山を越えた先へ歩いて行った。」
「足取りはゆっくりだった。」
「まるで行き先なんて決まっていないようにな。」
「ありがとうございます。」
深く頭を下げると、四人は同じ方角へ向かう。
今度こそ。
レイカに追いつくために。
数日が過ぎた。
旅は順調とは言えなかった。
各地で黒いローブの青年の噂は耳にする。
村を助けた。
盗賊を倒した。
魔物を討伐した。
しかし、その後には必ず同じ話が続く。
黒い炎。
焼け落ちた村。
無表情で立ち去る青年。
その度に四人の表情は曇っていった。
夜。
森の中で野営をすることになった。
焚き火の周りでは三人が静かに眠っている。
ユリだけは目を閉じることができなかった。
( もっと強くならなきゃ。 )
この数年間、ドロップに教わり続けた体術。
独学で学んだ剣術。
それでも、まだ足りない。
レイカを見つけた時。
私は何ができるんだろう。
そんな思いが胸をよぎる。
「少しだけ……。」
ユリは静かに立ち上がると、
眠っている三人を起こさないよう、
森の奥へ歩き出した。
月明かりだけが辺りを照らしている。
深呼吸を一つ。
構えを取る。
ドロップから教わった型を、
一つひとつ丁寧になぞる。
拳。
踏み込み。
受け流し。
蹴り。
何度も繰り返す。
額から汗が流れ落ちる。
「……まだ。」
「もっと。」
その時だった。
ガサッ。
草むらが揺れる。
ユリは素早く振り返った。
「誰?」
森の奥から数人の男が姿を現す。
粗末な服。
手には刃物。
その後ろからも、さらに人影が現れた。
「へへっ。」
「こんな時間に女一人か。」
「運がいいな。」
ユリは静かに構えを取る。
「そこを通して。」
男たちは笑った。
「嫌だと言ったら?」
「力ずくで通る。」
その一言で空気が変わる。
男たちが一斉に飛び掛かった。
ユリは拳を振るう。
一人。
二人。
素早い動きで倒していく。
「なっ……!」
「強ぇぞ!」
後ろから迫る男の腕を掴み、
そのまま投げ飛ばす。
蹴りを放ち、もう一人を吹き飛ばす。
しかし。
「まだいるの!?」
次々と男たちが現れる。
十人。
二十人。
数が多すぎる。
息が上がる。
体力も少しずつ削られていく。
囲まれた。
「観念しろ!」
男たちが一斉に襲い掛かる。
その瞬間だった。
――ゴォッ。
黒い炎が森を駆け抜けた。
「なっ……!」
一瞬だった。
男たちは吹き飛ばされ、地面へ転がる。
森の入口。
黒いローブを纏った一人の青年が立っていた。
月明かりに照らされ、
その姿だけが静かに浮かび上がる。
顔は影になり、表情は見えない。
「助けて……くれた?」
ユリは思わず呟く。
青年は答えない。
ゆっくりと倒れた男たちへ近付いていく。
男たちは恐怖で震えていた。
「ま、待ってくれ!」
「もう悪いことはしない!」
命乞いをする男。
しかし青年は足を止めない。
右手をゆっくり持ち上げる。
その手に、黒い炎が集まり始めた。
「……!」
ユリはハッとする。
「あの人たちは、もう戦えない!」
青年は反応しない。
炎はさらに大きくなる。
「やめて!」
ユリは青年の前へ飛び出した。
「もう終わったの!」
「これ以上傷付ける必要なんてない!」
青年はゆっくりとユリへ視線を向ける。
黒い瞳。
何も映していないような、冷たい瞳だった。
次の瞬間。
黒い炎がユリへ向けられる。
「っ!」
ユリは思わず身構えた。
青年は一歩。
また一歩。
静かに近付いてくる。
まるで目の前にいる相手を、
敵としか認識していないようだった。
ユリは動けなかった。
恐怖。
それなのに。
どこか懐かしい。
そんな不思議な感覚が胸を満たしていく。
青年はユリの目の前で足を止めた。
月明かりが、その顔を照らす。
その瞬間だった。
青年の瞳が、ほんの僅かに揺れた。
黒い炎が、小さく揺らぐ。
二人の間に静寂が流れる。
ユリは青年を見つめた。
「……?」
言葉にならない。
青年も何も言わない。
数秒後。
青年はゆっくりと視線を逸らした。
黒い炎が消えていく。
そして何事もなかったかのように踵を返すと、
そのまま森の奥へ歩き出した。
「ま、待って!」
思わず声を掛ける。
しかし青年は振り返らない。
黒いローブだけを揺らしながら、
闇の中へ姿を消していった。
森に静寂が戻る。
「……何だったの。」
ユリはその場へ座り込む。
怖かった。
今まで感じたことのないほどの恐怖。
それなのに。
胸の奥には、別の感情が残っていた。
あの人の近くにいた時だけ。
どこか懐かしい匂いがした。
焦げた匂いの中に混じる、言葉では表せない温もり。
「初めて会った……はずなのに。」
ユリは胸へ手を当てる。
鼓動だけが、いつまでも鳴り止まなかった。