-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第六章

 

 

 

― 忘れられた温もり ―

 

 

 

翌朝。

 

村長から話を聞き終えた四人は、

 

焼け跡となった村を後にしていた。

 

「あの人は、どっちへ行ったんですか?」

 

ウインナーの問いに、村長は森の奥を指差す。

 

「北東だ。」

 

「山を越えた先へ歩いて行った。」

 

「足取りはゆっくりだった。」

 

「まるで行き先なんて決まっていないようにな。」

 

「ありがとうございます。」

 

深く頭を下げると、四人は同じ方角へ向かう。

 

今度こそ。

 

レイカに追いつくために。

 

 

 

数日が過ぎた。

 

旅は順調とは言えなかった。

 

各地で黒いローブの青年の噂は耳にする。

 

村を助けた。

 

盗賊を倒した。

 

魔物を討伐した。

 

しかし、その後には必ず同じ話が続く。

 

黒い炎。

 

焼け落ちた村。

 

無表情で立ち去る青年。

 

その度に四人の表情は曇っていった。

 

夜。

 

森の中で野営をすることになった。

 

焚き火の周りでは三人が静かに眠っている。

 

ユリだけは目を閉じることができなかった。

 

( もっと強くならなきゃ。 )

 

この数年間、ドロップに教わり続けた体術。

 

独学で学んだ剣術。

 

それでも、まだ足りない。

 

レイカを見つけた時。

 

私は何ができるんだろう。

 

そんな思いが胸をよぎる。

 

「少しだけ……。」

 

ユリは静かに立ち上がると、

 

眠っている三人を起こさないよう、

 

森の奥へ歩き出した。

 

月明かりだけが辺りを照らしている。

 

深呼吸を一つ。

 

構えを取る。

 

ドロップから教わった型を、

 

一つひとつ丁寧になぞる。

 

拳。

 

踏み込み。

 

受け流し。

 

蹴り。

 

何度も繰り返す。

 

額から汗が流れ落ちる。

 

「……まだ。」

 

「もっと。」

 

その時だった。

 

 

ガサッ。

 

 

草むらが揺れる。

 

ユリは素早く振り返った。

 

「誰?」

 

森の奥から数人の男が姿を現す。

 

粗末な服。

 

手には刃物。

 

その後ろからも、さらに人影が現れた。

 

「へへっ。」

 

「こんな時間に女一人か。」

 

「運がいいな。」

 

ユリは静かに構えを取る。

 

「そこを通して。」

 

男たちは笑った。

 

「嫌だと言ったら?」

 

「力ずくで通る。」

 

その一言で空気が変わる。

 

男たちが一斉に飛び掛かった。

 

ユリは拳を振るう。

 

一人。

 

二人。

 

素早い動きで倒していく。

 

「なっ……!」

 

「強ぇぞ!」

 

後ろから迫る男の腕を掴み、

 

そのまま投げ飛ばす。

 

蹴りを放ち、もう一人を吹き飛ばす。

 

しかし。

 

「まだいるの!?」

 

次々と男たちが現れる。

 

十人。

 

二十人。

 

数が多すぎる。

 

息が上がる。

 

体力も少しずつ削られていく。

 

囲まれた。

 

「観念しろ!」

 

男たちが一斉に襲い掛かる。

 

その瞬間だった。

 

 

 

――ゴォッ。

 

 

 

黒い炎が森を駆け抜けた。

 

「なっ……!」

 

一瞬だった。

 

男たちは吹き飛ばされ、地面へ転がる。

 

森の入口。

 

黒いローブを纏った一人の青年が立っていた。

 

月明かりに照らされ、

 

その姿だけが静かに浮かび上がる。

 

顔は影になり、表情は見えない。

 

「助けて……くれた?」

 

ユリは思わず呟く。

 

青年は答えない。

 

ゆっくりと倒れた男たちへ近付いていく。

 

男たちは恐怖で震えていた。

 

「ま、待ってくれ!」

 

「もう悪いことはしない!」

 

命乞いをする男。

 

しかし青年は足を止めない。

 

右手をゆっくり持ち上げる。

 

その手に、黒い炎が集まり始めた。

 

「……!」

 

ユリはハッとする。

 

「あの人たちは、もう戦えない!」

 

青年は反応しない。

 

炎はさらに大きくなる。

 

「やめて!」

 

ユリは青年の前へ飛び出した。

 

「もう終わったの!」

 

「これ以上傷付ける必要なんてない!」

 

青年はゆっくりとユリへ視線を向ける。

 

黒い瞳。

 

何も映していないような、冷たい瞳だった。

 

次の瞬間。

 

黒い炎がユリへ向けられる。

 

「っ!」

 

ユリは思わず身構えた。

 

青年は一歩。

 

また一歩。

 

静かに近付いてくる。

 

まるで目の前にいる相手を、

 

敵としか認識していないようだった。

 

ユリは動けなかった。

 

 

恐怖。

 

それなのに。

 

どこか懐かしい。

 

そんな不思議な感覚が胸を満たしていく。

 

青年はユリの目の前で足を止めた。

 

月明かりが、その顔を照らす。

 

その瞬間だった。

 

 

青年の瞳が、ほんの僅かに揺れた。

 

黒い炎が、小さく揺らぐ。

 

二人の間に静寂が流れる。

 

ユリは青年を見つめた。

 

「……?」

 

言葉にならない。

 

青年も何も言わない。

 

 

数秒後。

 

 

青年はゆっくりと視線を逸らした。

 

黒い炎が消えていく。

 

そして何事もなかったかのように踵を返すと、

 

そのまま森の奥へ歩き出した。

 

「ま、待って!」

 

思わず声を掛ける。

 

しかし青年は振り返らない。

 

黒いローブだけを揺らしながら、

 

闇の中へ姿を消していった。

 

森に静寂が戻る。

 

「……何だったの。」

 

ユリはその場へ座り込む。

 

怖かった。

 

今まで感じたことのないほどの恐怖。

 

それなのに。

 

胸の奥には、別の感情が残っていた。

 

あの人の近くにいた時だけ。

 

どこか懐かしい匂いがした。

 

焦げた匂いの中に混じる、言葉では表せない温もり。

 

「初めて会った……はずなのに。」

 

ユリは胸へ手を当てる。

 

鼓動だけが、いつまでも鳴り止まなかった。

 

 

 

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