― Z様のために ―
朝日が木々の隙間から差し込む。
昨夜の出来事を思い返しながら、
ユリは静かに焚き火を見つめていた。
「……それで、その人は行っちゃったんだ。」
ドロップが静かに尋ねる。
ユリは小さく頷いた。
「うん。」
「山賊を倒してくれた。」
「でも……その後、私まで攻撃しようとしてきた。」
ケンは腕を組み、難しい表情を浮かべる。
「兄ちゃんが……。」
「信じられねぇ。」
ユリは続けた。
「でもね。」
「顔を見た瞬間だけ。」
「攻撃をやめたの。」
その言葉に、ウインナーはゆっくり目を閉じる。
「……レイカだ。」
「急ごう。」
「きっと、この近くにいる。」
四人は荷物をまとめると、再び向かった。
近くの村。
宿場町。
行商人。
旅人。
見かける人全員に、
黒いローブの青年について尋ねた。
「見てないな。」
「聞いたことはある。」
「黒い炎の噂なら……。」
確かな情報は得られない。
夕方になっても成果はなかった。
「入れ違いになったのかな……。」
ユリが呟く。
その時だった。
「た、助けてくれぇーー!!」
遠くから悲鳴が響いた。
四人は顔を見合わせる。
「行こう!」
ウインナーが駆け出した。
辿り着いたのは小さな村だった。
家々から煙が上がっている。
村人たちは必死に逃げ惑っていた。
そして、その中心にいたのは二体の異形。
一体は、細長い身体に六本の足。
頭には長い触角。
まるで巨大な蟻。
額には赤く刻まれた”A”の文字。
もう一体は、黒と黄色の縞模様をした身体。
背中には透明な羽。
鋭い針のような尾。
巨大な蜂を思わせる姿だった。
額には”B”の文字。
「何だ……あいつら。」
ケンが息を呑む。
二体は同時にこちらを向いた。
そして。
「Z様のために。」
感情のない声。
全く同じ口調。
全く同じ抑揚。
「Z様のために。」
それだけを繰り返す。
「村人から離れなさい!」
ドロップが飛び出す。
拳が”A”へ叩き込まれる。
確かな手応え。
しかし。
身体が霧のように消えた。
「えっ!?」
次の瞬間。
別の場所に”A”が立っている。
「分身……!?」
今度は”B”が羽を震わせる。
その身体が一瞬で増え始めた。
一体。
二体。
五体。
十体。
あっという間に村中が”A”と”B”で埋め尽くされる。
「なんだよ、この数!」
ケンが雷を放つ。
数体は倒れる。
しかし、すぐ後ろから同じ姿が現れる。
「キリがない!」
ユリも体術で応戦する。
一体を倒す。
しかし、また一体。
倒しても倒しても減らない。
「Z様のために。」
「Z様のために。」
「Z様のために。」
耳障りな声だけが響き続ける。
ウインナーは辺りを見回した。
「みんな!」
「本体を探して!」
「分身を倒しても意味がない!」
「分かった!」
四人は散開する。
しかし。
どれも同じ姿。
どれも同じ気配。
見分けがつかない。
「くっ……!」
ドロップが村人を庇いながら戦う。
「早く逃げて!」
子どもを抱えた女性が必死に走る。
その背後へ”B”が迫る。
「危ない!」
ユリが飛び込む。
間一髪で女性を突き飛ばす。
自分が代わりに攻撃を受ける。
「きゃっ!」
地面へ転がる。
「ユリ!」
ドロップが駆け寄ろうとする。
しかし、その前にも”A”が立ちはだかる。
「邪魔!」
拳を叩き込む。
また消える。
「もう!」
「どれが本物なの!」
ケンも息を切らしていた。
「数が増える一方だぞ!」
村人たちは逃げ惑う。
四人は守るだけで精一杯だった。
「Z様のために。」
「Z様のために。」
「Z様のために。」
無数の声が重なり、村中へ響く。
その時だった。
――ゴォォォォッ。
黒い炎が、静かに揺れた。
空気が変わる。
熱風が吹き抜ける。
“A”も”B”も、一斉に動きを止めた。
四人も同時に振り返る。
村の入口。
黒いローブ。
長い黒髪。
右手から静かに漏れ続ける黒い炎。
その青年は、何も言わず立っていた。
風がローブを揺らす。
その姿を見たユリは、小さく息を呑む。
「……あの人。」
昨夜、自分を助けた青年。
ウインナーの瞳が大きく揺れる。
「レイカ……。」
ケンは思わず一歩前へ出た。
「兄ちゃん……!」
ドロップは言葉を失う。
黒いローブの青年は、誰の声にも反応しない。
ただ静かに。
“A”と”B”だけを見つめていた。
「…………。」
沈黙。
次の瞬間。
“A”と”B”がゆっくり口を開く。
「Z様のために。」
無数の分身が、
一斉に黒いローブの青年へ向き直る。
レイカは、ゆっくりと一歩踏み出した。