-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第九章

 

 

 

― 風の愛想曲(セレナーデ) ―

 

 

 

黒炎が森を呑み込む。

 

木々は音を立てて燃え、地面は黒く焼け焦げていく。

 

その中心には、頭を抱え苦しむレイカの姿があった。

 

 

 

「来るなぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

轟音と共に黒炎が爆発する。

 

吹き荒れる熱風に、

 

ウインナーは腕で顔を庇いながら必死に踏みとどまった。

 

 

「レイカ!」

 

 

返事はない。

 

あるのは、獣のような唸り声だけ。

 

黒炎はさらに勢いを増し、周囲を焼き尽くしていく。

 

「このままじゃ……!」

 

ウインナーは拳を強く握った。

 

 

( レイカは、まだ戦ってる。 )

 

( あの黒炎の中で。 )

 

( だったら僕は――。 )

 

 

「絶対に諦めない。」

 

 

風が吹く。

 

優しく。

 

しかし、力強く。

 

ウインナーの身体を淡い緑色の風が包み始める。

 

「風よ……。」

 

「僕に力を貸して。」

 

その瞬間。

 

森全体の風が、一斉にウインナーへ集まり始めた。

 

葉が舞う。

 

枝が揺れる。

 

黒煙さえも風に巻き込まれ、渦を描いていく。

 

レイカがゆっくり顔を上げた。

 

その瞳に映るのは、ただ黒炎だけ。

 

何も見えていない。

 

「……ッ!」

 

黒炎が一直線に放たれる。

 

ウインナーは大きく跳躍した。

 

風を足場に空を駆ける。

 

「遅い!」

 

空中で身をひねり、黒炎を紙一重でかわす。

 

着地と同時に地面を蹴る。

 

一瞬でレイカの懐へ潜り込む。

 

「目を覚まして!」

 

拳を振るう。

 

しかし。

 

レイカは片手で受け止めた。

 

そのまま黒炎が腕を這う。

 

「くっ……!」

 

風で炎を吹き飛ばし距離を取る。

 

( 強い……。 )

 

( これが炎神に飲まれたレイカ。 )

 

それでも。

 

昔のような圧倒的な差は感じなかった。

 

受け止められる。

 

避けられる。

 

渡り合える。

 

「やっと……。」

 

ウインナーは自然と笑っていた。

 

「やっとここまで来れたんだ。」

 

レイカが駆ける。

 

黒炎を纏った拳。

 

ウインナーは風を纏った拳で迎え撃つ。

 

 

 

――ドォンッ!!

 

 

 

衝撃が森を震わせる。

 

互いに数歩後退。

 

再び踏み込む。

 

炎。

 

風。

 

炎。

 

風。

 

激しい攻防が続く。

 

「レイカ!」

 

「聞こえてるんでしょ!」

 

返事はない。

 

黒炎だけが答える。

 

何十合目かの衝突。

 

ウインナーはレイカの拳を受け流し、

 

その身体を投げ飛ばした。

 

レイカは空中で体勢を立て直し、木へ着地する。

 

黒炎が枝葉を焼く。

 

「お願いだから……!」

 

「戻ってきてよ!」

 

その叫びに。

 

レイカの身体が一瞬だけ止まった。

 

「……。」

 

しかし次の瞬間。

 

黒炎がさらに激しく燃え上がる。

 

 

「ガァァァァッ!!」

 

 

苦しそうな叫び。

 

炎神が抵抗している。

 

「そうか……。」

 

ウインナーは静かに目を閉じた。

 

「レイカを倒すんじゃない。」

 

「レイカを助けるんだ。」

 

ゆっくりと息を吸う。

 

風が止まる。

 

森が静まり返る。

 

黒炎だけが揺れている。

 

そして。

 

ウインナーは静かに両手を広げた。

 

「これが……。」

 

「僕が辿り着いた答え。」

 

足元から柔らかな風が流れ始める。

 

一つ。

 

また一つ。

 

風が音色を奏でる。

 

まるで森そのものが歌っているようだった。

 

「……レイカ。」

 

「僕、風の加護の真髄に辿り着いたんだよ。」

 

「必ず、助ける。」

 

 

 

「――風のシンフォニー・第零番。」

 

 

 

風が幾重にも重なり、美しい旋律を描き始める。

 

黒炎は飲み込もうと襲い掛かる。

 

しかし、その風は戦わない。

 

押し返さない。

 

ただ優しく包み込む。

 

 

 

「――風の愛想曲(セレナーデ)」

 

 

 

その瞬間。

 

優しい風がレイカを包んだ。

 

黒炎が揺れる。

 

暴れる。

 

抵抗する。

 

だが風は離れない。

 

怒りを受け止めるように。

 

悲しみを抱きしめるように。

 

静かに。

 

穏やかに。

 

黒炎を包み続ける。

 

 

「ガァァァァァァッ!!」

 

 

レイカが苦しそうに叫ぶ。

 

黒炎が何度も噴き上がる。

 

そのたびに風は優しく寄り添う。

 

まるで「もう大丈夫だ」と語りかけるように。

 

やがて。

 

激しく燃え盛っていた黒炎が、

 

少しずつ小さくなっていく。

 

「くっ……そ、何だこの風は…!?」

 

やがて、炎の加護の神の意思が遠くなる。

 

右手から溢れていた炎が消え。

 

瞳に宿っていた黒い光が揺らぐ。

 

 

「……ぁ。」

 

 

レイカの膝が崩れた。

 

風は静かに消えていく。

 

森を包んでいた熱気も、少しずつ薄れていった。

 

ウインナーはゆっくりと歩み寄る。

 

肩で息をしながら。

 

全身傷だらけになりながら。

 

「レイカ……。」

 

返事はない。

 

レイカは地面に片膝をついたまま、

 

荒く息を繰り返している。

 

やがて、

 

その閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。

 

黒炎ではない。

 

見慣れた、あの瞳がそこにはあった。

 

黒炎は消えた。

 

だが、その身体は今にも、

 

崩れ落ちそうなほど傷だらけだった。

 

ウインナーも同じだった。

 

服は焼け焦げ、腕には無数の切り傷が刻まれている。

 

二人の間には、しばらく言葉がなかった。

 

風が木々を揺らす音だけが静かに響く。

 

やがてレイカが口を開いた。

 

「……ウインナー。」

 

「本当に、強くなったな。」

 

ウインナーは苦笑する。

 

「やっと言ってもらえた。」

 

「ずっと、その一言が聞きたかった。」

 

レイカは小さく笑い、すぐに表情を曇らせた。

 

「だからこそ……。」

 

「俺は、お前たちの前から姿を消した。」

 

「……。」

 

「これ以上、一緒にいれば。」

 

「必ず傷付ける。」

 

「実際に、さっきもそうだった。」

 

ウインナーは静かに首を振る。

 

「違う。」

 

「レイカは最後まで戦ってた。」

 

「黒炎の中で。」

 

「僕には分かった。」

 

レイカは目を閉じる。

 

「……止められなかった。」

 

「俺じゃ。」

 

「だから離れた。」

 

「それしか方法がなかった。」

 

ウインナーは一歩近付いた。

 

「一人で苦しむことが、方法だなんて思わない。」

 

「レイカ。」

 

「僕たちは仲間だよ。」

 

「……仲間だからこそだ。」

 

レイカは静かに言う。

 

「仲間だから。」

 

「巻き込みたくなかった。」

 

「また誰かを傷付けるくらいなら。」

 

「俺一人で全部終わらせる。」

 

「全部って何?」

 

ウインナーの声が強くなる。

 

「全部一人で背負って。」

 

「全部一人で決めて。」

 

「それで本当に終わると思ってるの?」

 

レイカは答えない。

 

沈黙だけが流れる。

 

そして。

 

「……ユリの記憶を消したのは。」

 

「俺だ。」

 

その言葉に、ウインナーの身体が固まる。

 

「……え?」

 

レイカは視線を逸らしたまま続けた。

 

「あいつには。」

 

「普通の人生を歩いてほしかった。」

 

「俺といた記憶がある限り。」

 

「あいつは幸せになれないと思った。」

 

「だから。」

 

「俺を忘れさせた。」

 

ウインナーは拳を強く握る。

 

「そんな……。」

 

「そんな理由で……。」

 

レイカは何も言わない。

 

「仲間との記憶まで消すなんて!」

 

その瞬間だった。

 

レイカがゆっくり顔を上げる。

 

「……違う。」

 

短く。

 

はっきりと。

 

「俺は。」

 

「俺だけの記憶を消してくれ。」

 

「そう頼んだはずだ。」

 

「……え?」

 

今度はウインナーが言葉を失う。

 

レイカも驚いたように目を細める。

 

「ユリは……。」

 

「お前たちのことまで忘れていたのか?」

 

「覚えてないよ!」

 

「僕も!」

 

「ドロップも!」

 

「ケンも!」

 

「誰一人、覚えてなかった!」

 

長い沈黙。

 

レイカは額に手を当て、小さく息を吐いた。

 

「……そういうことか。」

 

「バンキング。」

 

「最後の最後で……やってくれたな。」

 

苦笑とも諦めともつかない表情だった。

 

「俺は。」

 

「ユリから俺だけを消してくれと言った。」

 

「仲間との思い出まで奪うつもりなんてなかった。」

 

ウインナーはゆっくり問い掛ける。

 

「じゃあ。」

 

「レイカも今、初めて知ったんだね。」

 

「あぁ。」

 

「想定外だった。」

 

「……だが。」

 

「もう変えられない。」

 

「どうしてそう決め付けるの!」

 

ウインナーの声が森へ響く。

 

「まだ会ってもいないのに!」

 

「ユリは!」

 

「ずっと苦しんでるんだよ!」

 

レイカは目を閉じた。

 

「だからだ。」

 

「だから会えない。」

 

「なんで!」

 

「思い出したら。」

 

「また苦しむ。」

 

「また俺が傷付ける。」

 

「そんなの!」

 

「レイカが決めることじゃない!」

 

ウインナーは叫ぶ。

 

「ユリがどうしたいか!」

 

「レイカは聞いたの!?」

 

レイカは黙る。

 

「聞いてないでしょ!」

 

「勝手に全部決めて!」

 

「勝手に一人で消えて!」

 

「それが優しさだと思ってるの!?」

 

レイカはゆっくり拳を握る。

 

「……優しさじゃない。」

 

「俺の我儘だ。」

 

その答えに、ウインナーは言葉を失う。

 

レイカは続けた。

 

「俺は怖い。」

 

「また、大切なものを傷付けるのが。」

 

「今度こそ。」

 

「取り返しがつかなくなる。」

 

「だから。」

 

「近付かない。」

 

「それが一番安全なんだ。」

 

ウインナーは首を横に振る。

 

「違う。」

 

「レイカ。」

 

「それは逃げてるだけだ。」

 

レイカの瞳が揺れる。

 

「僕は。」

 

「さっき黒炎の中にいた。」

 

「それでも。」

 

「レイカは最後まで僕を殺せなかった。」

 

「それが答えじゃないの?」

 

「まだ。」

 

「レイカは負けてない。」

 

「まだ戦えてる。」

 

レイカは小さく笑った。

 

「……甘いな。」

 

「その甘さが、お前の良いところでもある。」

 

そう言って立ち上がる。

 

足元はふらついている。

 

それでも前を向く。

 

ウインナーはその背中へ声を掛けた。

 

「どこへ行くの!」

 

レイカは立ち止まる。

 

振り返らない。

 

「わからない。」

 

「俺に宛なんてない。」

 

ボロボロの身体でレイカに近づき、腕を引く。

 

「じゃあ!僕たちと一緒に旅をしようよ!」

 

「今はブリトー達と別れちゃったけど。」

 

「一人になろうとしないで……。」

 

「頼むから……。」

 

「二度も勝手に居なくならないで……。」

 

ウインナーは涙が堪えきれない。

 

その涙をレイカは、悲しい目で見つめる。

 

「……すまない。」

 

「どんな選択肢を選んでも。」

 

「悲しませてしまうんだな。」

 

「もう、俺のことは忘れ────」

 

 

「忘れるわけない!!!!!」

 

 

突然の怒号にレイカは驚く。

 

「どんな気持ちで探してたと思ってるんだ!」

 

「一人で抱えるなって言ったのはレイカだ!」

 

「なんでそれを君がしているんだ……。」

 

「そんなの……辛すぎる……。」

 

「僕は、そんなことさせない為に。」

 

「これだけ強くなったんだ。」

 

ウインナーはレイカを抱き寄せる。

 

「……みんなに話せなくてもいいから。」

 

「僕には本当のこと、教えてよ。」

 

「頼むから、一人を選ばないで。」

 

「その辛さを知ってるからこそ、止めてるんだ。」

 

「もう、誰も、失いたくない……。」

 

涙が止まらないウインナーを、

 

優しく抱きしめ返し、

 

「………本当にすまなかった。」

 

「ありがとう。」

 

「落ち着いたら、俺の話を聞いてくれ。」

 

「一人にして、悪かった。」

 

 

子供のように泣きじゃくるウインナーを、

 

弟のように、頭を撫で、抱きしめた。

 

レイカは、人の温もりを久しぶりに感じた。

 

 

 

 

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