-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第十一章

 

 

 

― 初めまして ―

 

 

 

森を抜ける風は穏やかだった。

 

暴走の傷は癒えていない。

 

それでもレイカとウインナーは並んで歩いていた。

 

しばらく沈黙が続く。

 

やがてレイカが足を止めた。

 

「……一つだけ。」

 

「約束してほしいことがある。」

 

ウインナーも立ち止まる。

 

「何?」

 

レイカは少しだけ視線を落とした。

 

「ユリには。」

 

「俺のことを話さないでくれ。」

 

ウインナーは驚いたように顔を上げる。

 

「でも!」

 

「レイカ!」

 

「それじゃ……。」

 

レイカは首を横に振る。

 

「駄目だ。」

 

「でも!」

 

「ユリには知る権利がある!」

 

「敵討ちだって!」

 

「全部――」

 

「だからだ。」

 

レイカの声が静かに響く。

 

「思い出した先に待っているのは。」

 

「幸せじゃない。」

 

「俺が。」

 

「敵だったという事実だけだ。」

 

ウインナーは唇を噛む。

 

「でも。」

 

「全部知らないままで生きるなんて。」

 

「残酷だよ。」

 

レイカは苦笑した。

 

「残酷なのは分かってる。」

 

「だけど。」

 

「あいつには。」

 

「笑っていてほしい。」

 

「それだけだ。」

 

「レイカは?」

 

その問いに、レイカは少しだけ目を細める。

 

「俺はいい。」

 

「……。」

 

「俺が選んだ道だ。」

 

沈黙。

 

風だけが二人の間を吹き抜ける。

 

「これは。」

 

「俺の我儘だ。」

 

「だから。」

 

「頼む。」

 

その一言に、ウインナーは目を閉じた。

 

昔から知っている。

 

レイカは一度決めたことだけは、絶対に曲げない。

 

何度説得しても。

 

何度止めても。

 

必ず、自分で背負う。

 

長い沈黙の末。

 

ウインナーはゆっくり頷いた。

 

「……分かった。」

 

「約束する。」

 

レイカも小さく頷く。

 

「……ありがとう。」

 

二人は再び歩き始めた。

 

森の出口まで、あと少しだった。

 

 

 

「ウインナー!」

 

遠くから声が聞こえる。

 

「ウインナー兄ちゃん!」

 

木々をかき分け、ドロップとケンが駆け寄ってきた。

 

「やっと見つけた!」

 

「心配したんだからね!」

 

ケンは勢いよく走ってきたが、その足が止まる。

 

「……。」

 

その視線の先。

 

黒いローブを纏う青年。

 

「兄ちゃん……。」

 

レイカは少し困ったように笑った。

 

「……悪い。」

 

たった二文字。

 

それだけで十分だった。

 

ケンの目には涙が浮かぶ。

 

「本当に。」

 

「本当に兄ちゃんなんだな……。」

 

ドロップも安堵したように息を吐く。

 

「生きてて良かった。」

 

レイカは照れ臭そうに視線を逸らした。

 

その様子を見て、ウインナーは小さく笑う。

 

「説明するよ。」

 

ウインナーはレイカのことを簡潔に話した。

 

炎神。

 

暴走。

 

姿を消した理由。

 

そして。

 

ユリの記憶。

 

話を聞き終えた二人は黙り込んでいた。

 

やがてレイカが静かに口を開く。

 

「一つだけ。」

 

「頼みがある。」

 

三人はレイカを見る。

 

「ユリには。」

 

「何も話さないでくれ。」

 

ドロップは目を伏せる。

 

「……本当に。」

 

「それでいいの?」

 

「あぁ。」

 

「俺が決めた。」

 

「思い出させるつもりはない。」

 

ケンも何か言おうと口を開く。

 

しかし。

 

レイカの表情を見て、何も言えなかった。

 

「……分かった。」

 

ドロップが静かに答える。

 

「約束する。」

 

ケンも頷いた。

 

「兄ちゃんがそう決めたなら。」

 

レイカは小さく頭を下げた。

 

「ありがとう。」

 

 

 

村へ戻ると、

 

騒ぎは少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 

壊れた家を直す者。

 

荷物を運ぶ者。

 

そして。

 

怪我人を治療する、一人の少女。

 

「はい。」

 

「これで大丈夫。」

 

優しく微笑むユリに、村人は何度も頭を下げていた。

 

「ありがとう。」

 

「本当に助かった。」

 

「そんな。」

 

「私は当たり前のことをしただけです。」

 

その笑顔を見た瞬間。

 

レイカの足が止まる。

 

変わっていない。

 

誰かのために笑う顔も。

 

困っている人を放っておけない優しさも。

 

何一つ変わっていなかった。

 

ただ一つ。

 

自分との思い出だけが、そこにはなかった。

 

胸の奥が静かに痛む。

 

それでもレイカは表情を崩さない。

 

「ユリ。」

 

ドロップが声を掛ける。

 

「みんな!」

 

ユリは嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「無事だったんだね!」

 

「うん。」

 

「心配かけてごめん。」

 

笑い合う四人。

 

その輪の外に、レイカは静かに立っていた。

 

ユリは不思議そうに首を傾げる。

 

「あれ?」

 

「その人は……?」

 

空気が止まる。

 

ウインナーも。

 

ドロップも。

 

ケンも。

 

誰も言葉が出ない。

 

レイカはゆっくり前へ歩いた。

 

胸の奥が締め付けられる。

 

本当なら。

 

名前を呼びたかった。

 

もう一度。

 

笑い合いたかった。

 

それでも。

 

自分で決めた。

 

この人の幸せを守ると。

 

レイカは小さく微笑んだ。

 

「……初めまして。」

 

「レイカだ。」

 

「この前はすまなかった。」

 

ユリも柔らかく笑い返す。

 

「初めまして。」

 

「私はユリです。」

 

差し出された手。

 

レイカは一瞬だけその手を見つめる。

 

そして、そっと握り返した。

 

「大変だったんですよね……。」

 

「落ち着かれて何よりです。」

 

「あらためて。」

 

「よろしくお願いします。」

 

その温もりは、何も知らない温もりだった。

 

レイカは静かに頷く。

 

「あぁ。」

 

「よろしく。」

 

その笑顔を見つめながら。

 

レイカは心の中だけで、

 

誰にも聞こえないように呟いた。

 

( ……これでいい。 )

 

( これが、お前の幸せなら。 )

 

そう言い聞かせるように、静かに目を閉じた。

 

 

 

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