-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

83 / 90
第十二章

 

 

 

― 変わらない優しさ ―

 

 

 

村に戻ると、

 

辺りはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 

倒壊した建物の片付けをする者。

 

怪我人を運ぶ者。

 

そして、

 

ユリは休む間もなく村人たちの治療を続けていた。

 

「次の方、どうぞ。」

 

穏やかな笑顔。

 

その姿を見つめながら、レイカは静かに目を伏せる。

 

「レイカさん。」

 

ユリが振り返る。

 

「あなたも怪我をしています。」

 

「こちらへ来てください。」

 

「……あぁ。」

 

レイカは素直に椅子へ腰を下ろした。

 

ユリは傷口を見るなり、小さく息を呑む。

 

「これは……。」

 

「かなり深いですね。」

 

肩から脇腹にかけて走る裂傷。

 

さらに全身には火傷や打撲がいくつも残っている。

 

「こんな状態で動いていたんですか?」

 

「……みたいだな。」

 

「無茶しすぎです。」

 

少し呆れたように笑いながら、

 

ユリは丁寧に傷へ手を添えた。

 

「氷華流────雪解」

 

白く、仄かに冷たい。

 

淡い光がレイカの身体を包み込む。

 

「……相変わらず。」

 

レイカは思わず呟いた。

 

「え?」

 

「いや。」

 

「何でもない。」

 

ユリは首を傾げながらも、再び治療へ集中した。

 

その様子を、ウインナーたちは静かに見守る。

 

しばらくして。

 

「これで応急処置は終わりました。」

 

ユリはほっと息を吐いた。

 

「今日は絶対に安静にしてください。」

 

「分かった。」

 

レイカは立ち上がろうとする。

 

その瞬間だった。

 

視界が大きく揺れる。

 

「っ……。」

 

膝から力が抜ける。

 

「レイカさん!」

 

ユリが慌てて身体を支えた。

 

しかし、レイカの意識はすでに遠のいていた。

 

「レイカ!?聞こえる!?」

 

「兄ちゃん!!!」

 

ドロップ、ケンの声が聞こえる。

 

だが声はだんだん遠ざかっていき、

 

そのまま静かに目を閉じる。

 

「気を失っています!」

 

「早く部屋へ!」

 

村人たちも駆け寄り、レイカを寝室へ運ぶ。

 

「おそらく、暴走の反動……。」

 

「しばらくは目を覚まさないかもしれません……。」

 

その言葉に、部屋は静まり返った。

 

 

 

夜。

 

村は静かな眠りに包まれていた。

 

ケンは布団へ入るなり、

 

疲れ切ったように眠ってしまった。

 

寝息だけが静かに響いている。

 

その隣では、

 

レイカが深い眠りについたままだった。

 

ユリは椅子へ座り、

 

濡れた布で額を冷やしている。

 

「……早く良くなってくださいね。」

 

そう呟く声は、とても優しかった。

 

 

その姿を見届けたウインナーは、

 

静かに部屋を出る。

 

外へ出ると、ドロップが月を見上げていた。

 

「眠れない?」

 

「うん。」

 

ドロップは苦笑する。

 

「少し歩こう?」

 

「いいよ。」

 

二人は並んで森へ向かった。

 

夜風が心地よく吹き抜ける。

 

しばらく無言で歩き続けた。

 

やがてドロップが立ち止まる。

 

「ねぇ。」

 

「このままでいいの?」

 

ウインナーは静かに隣へ立つ。

 

ドロップの瞳には涙が浮かんでいた。

 

「やっと会えたのに。」

 

「初めまして、なんて……。」

 

声が震える。

 

「ユリは何も悪くない。」

 

「レイカも何も悪くない。」

 

「それなのに。」

 

「どうして二人が……。」

 

「こんな思いをしなくちゃいけないの?」

 

涙が一粒、頬を伝った。

 

「こんなの。」

 

「悲しすぎる……。」

 

ウインナーは空を見上げる。

 

星が静かに輝いていた。

 

「僕も。」

 

「辛いよ。」

 

「レイカがどれだけユリを大切に思っていたか。」

 

「ずっと見てきたから。」

 

「だったら!!!」

 

ドロップは涙を拭う。

 

「話してあげればいいじゃない!」

 

「全部思い出してもらえば!」

 

「思い出さないとしても────」

 

ウインナーは首を横に振る。

 

「僕もそう思った。」

 

「今日。」

 

「何度も止めた。」

 

ドロップは驚いたように見る。

 

「でも。」

 

「レイカは譲らなかった。」

 

『これは俺が決めたことだ。』

 

その言葉が頭に蘇る。

 

「覚悟を決めていた。」

 

「だから。」

 

「僕は約束した。」

 

「ユリには話さないって。」

 

ドロップは拳を握り締める。

 

「優しすぎるよ。」

 

「レイカは。」

 

「全部一人で背負って。」

 

「何も言わない。」

 

涙が止まらなかった。

 

「そんなの。」

 

「ずるいよ……。」

 

ウインナーは優しくドロップの頭へ手を置いた。

 

「きっと。」

 

「レイカは。」

 

「自分が幸せになることなんて。」

 

「もう考えてない。」

 

「ユリが笑ってくれれば。」

 

「それだけでいいって思ってる。」

 

ドロップは静かに目を閉じる。

 

「本当に。」

 

「愛してるんだね……。」

 

「うん。」

 

「誰よりも。」

 

二人はしばらく言葉を失った。

 

夜風だけが木々を揺らしている。

 

やがてドロップが小さく笑う。

 

「でも。」

 

「ウインナーも変わったね。」

 

「え?」

 

「昔だったら。」

 

「もっと感情のまま動いてたと思う。」

 

「……そうかな。」

 

「うん。」

 

ウインナーは照れ臭そうに笑った。

 

「レイカに追いつきたくて。」

 

「必死だったから。」

 

「だからこそ。」

 

「レイカの気持ちに答えたかったんだ。」

 

「覚悟を無駄にしたくなかった。」

 

「…少しは成長出来たかな?」

 

ドロップは優しく微笑む。

 

「十分だよ。」

 

「今のウインナー。」

 

「すごく格好いい。」

 

「えっ。」

 

思わず顔が熱くなる。

 

「そ、そんな急に言われると。」

 

「ふふ。」

 

久しぶりにドロップが笑った。

 

その笑顔を見て、ウインナーも自然と笑顔になる。

 

「ありがとう。」

 

ドロップはそっとウインナーの腕へ寄り添う。

 

「少しだけ。」

 

「こうしててもいい?」

 

「もちろん。」

 

ウインナーは優しく答えた。

 

二人は肩を並べ、静かな夜空を見上げる。

 

誰も言葉は交わさない。

 

それでも、お互いの温もりだけで十分だった。

 

 

 

部屋へ戻ると、

 

明かりは小さく灯されたままだった。

 

レイカは変わらず眠っている。

 

その傍らでは、ユリが椅子へ座ったまま眠っていた。

 

額を冷やすための布を手に持ったまま。

 

最後まで看病を続けようとしていたのだろう。

 

その姿を見て、ドロップは静かに微笑んだ。

 

「記憶がなくても。」

 

「ユリはユリなんだね。」

 

ウインナーも小さく頷く。

 

「あぁ。」

 

「優しいところは。」

 

「何も変わってない。」

 

静かな寝息だけが部屋へ響く。

 

誰も知らないまま。

 

誰も気付かないまま。

 

それでも、

 

失われなかったものは確かにそこにあった。

 

その穏やかな夜は、

 

誰にも邪魔されることなく、

 

ゆっくりと更けていった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。