― 変わらない優しさ ―
村に戻ると、
辺りはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
倒壊した建物の片付けをする者。
怪我人を運ぶ者。
そして、
ユリは休む間もなく村人たちの治療を続けていた。
「次の方、どうぞ。」
穏やかな笑顔。
その姿を見つめながら、レイカは静かに目を伏せる。
「レイカさん。」
ユリが振り返る。
「あなたも怪我をしています。」
「こちらへ来てください。」
「……あぁ。」
レイカは素直に椅子へ腰を下ろした。
ユリは傷口を見るなり、小さく息を呑む。
「これは……。」
「かなり深いですね。」
肩から脇腹にかけて走る裂傷。
さらに全身には火傷や打撲がいくつも残っている。
「こんな状態で動いていたんですか?」
「……みたいだな。」
「無茶しすぎです。」
少し呆れたように笑いながら、
ユリは丁寧に傷へ手を添えた。
「氷華流────雪解」
白く、仄かに冷たい。
淡い光がレイカの身体を包み込む。
「……相変わらず。」
レイカは思わず呟いた。
「え?」
「いや。」
「何でもない。」
ユリは首を傾げながらも、再び治療へ集中した。
その様子を、ウインナーたちは静かに見守る。
しばらくして。
「これで応急処置は終わりました。」
ユリはほっと息を吐いた。
「今日は絶対に安静にしてください。」
「分かった。」
レイカは立ち上がろうとする。
その瞬間だった。
視界が大きく揺れる。
「っ……。」
膝から力が抜ける。
「レイカさん!」
ユリが慌てて身体を支えた。
しかし、レイカの意識はすでに遠のいていた。
「レイカ!?聞こえる!?」
「兄ちゃん!!!」
ドロップ、ケンの声が聞こえる。
だが声はだんだん遠ざかっていき、
そのまま静かに目を閉じる。
「気を失っています!」
「早く部屋へ!」
村人たちも駆け寄り、レイカを寝室へ運ぶ。
「おそらく、暴走の反動……。」
「しばらくは目を覚まさないかもしれません……。」
その言葉に、部屋は静まり返った。
夜。
村は静かな眠りに包まれていた。
ケンは布団へ入るなり、
疲れ切ったように眠ってしまった。
寝息だけが静かに響いている。
その隣では、
レイカが深い眠りについたままだった。
ユリは椅子へ座り、
濡れた布で額を冷やしている。
「……早く良くなってくださいね。」
そう呟く声は、とても優しかった。
その姿を見届けたウインナーは、
静かに部屋を出る。
外へ出ると、ドロップが月を見上げていた。
「眠れない?」
「うん。」
ドロップは苦笑する。
「少し歩こう?」
「いいよ。」
二人は並んで森へ向かった。
夜風が心地よく吹き抜ける。
しばらく無言で歩き続けた。
やがてドロップが立ち止まる。
「ねぇ。」
「このままでいいの?」
ウインナーは静かに隣へ立つ。
ドロップの瞳には涙が浮かんでいた。
「やっと会えたのに。」
「初めまして、なんて……。」
声が震える。
「ユリは何も悪くない。」
「レイカも何も悪くない。」
「それなのに。」
「どうして二人が……。」
「こんな思いをしなくちゃいけないの?」
涙が一粒、頬を伝った。
「こんなの。」
「悲しすぎる……。」
ウインナーは空を見上げる。
星が静かに輝いていた。
「僕も。」
「辛いよ。」
「レイカがどれだけユリを大切に思っていたか。」
「ずっと見てきたから。」
「だったら!!!」
ドロップは涙を拭う。
「話してあげればいいじゃない!」
「全部思い出してもらえば!」
「思い出さないとしても────」
ウインナーは首を横に振る。
「僕もそう思った。」
「今日。」
「何度も止めた。」
ドロップは驚いたように見る。
「でも。」
「レイカは譲らなかった。」
『これは俺が決めたことだ。』
その言葉が頭に蘇る。
「覚悟を決めていた。」
「だから。」
「僕は約束した。」
「ユリには話さないって。」
ドロップは拳を握り締める。
「優しすぎるよ。」
「レイカは。」
「全部一人で背負って。」
「何も言わない。」
涙が止まらなかった。
「そんなの。」
「ずるいよ……。」
ウインナーは優しくドロップの頭へ手を置いた。
「きっと。」
「レイカは。」
「自分が幸せになることなんて。」
「もう考えてない。」
「ユリが笑ってくれれば。」
「それだけでいいって思ってる。」
ドロップは静かに目を閉じる。
「本当に。」
「愛してるんだね……。」
「うん。」
「誰よりも。」
二人はしばらく言葉を失った。
夜風だけが木々を揺らしている。
やがてドロップが小さく笑う。
「でも。」
「ウインナーも変わったね。」
「え?」
「昔だったら。」
「もっと感情のまま動いてたと思う。」
「……そうかな。」
「うん。」
ウインナーは照れ臭そうに笑った。
「レイカに追いつきたくて。」
「必死だったから。」
「だからこそ。」
「レイカの気持ちに答えたかったんだ。」
「覚悟を無駄にしたくなかった。」
「…少しは成長出来たかな?」
ドロップは優しく微笑む。
「十分だよ。」
「今のウインナー。」
「すごく格好いい。」
「えっ。」
思わず顔が熱くなる。
「そ、そんな急に言われると。」
「ふふ。」
久しぶりにドロップが笑った。
その笑顔を見て、ウインナーも自然と笑顔になる。
「ありがとう。」
ドロップはそっとウインナーの腕へ寄り添う。
「少しだけ。」
「こうしててもいい?」
「もちろん。」
ウインナーは優しく答えた。
二人は肩を並べ、静かな夜空を見上げる。
誰も言葉は交わさない。
それでも、お互いの温もりだけで十分だった。
部屋へ戻ると、
明かりは小さく灯されたままだった。
レイカは変わらず眠っている。
その傍らでは、ユリが椅子へ座ったまま眠っていた。
額を冷やすための布を手に持ったまま。
最後まで看病を続けようとしていたのだろう。
その姿を見て、ドロップは静かに微笑んだ。
「記憶がなくても。」
「ユリはユリなんだね。」
ウインナーも小さく頷く。
「あぁ。」
「優しいところは。」
「何も変わってない。」
静かな寝息だけが部屋へ響く。
誰も知らないまま。
誰も気付かないまま。
それでも、
失われなかったものは確かにそこにあった。
その穏やかな夜は、
誰にも邪魔されることなく、
ゆっくりと更けていった。