― 新たな旅立ち ―
窓から差し込む朝日が、
静かに部屋を照らしていた。
レイカはゆっくりと目を開ける。
身体を起こそうとすると、
脇腹に鈍い痛みが走った。
「……っ。」
思わず顔をしかめる。
今までの戦いで負った傷は、
まだ完全には癒えていないようだった。
周囲を見渡すと、
一脚の椅子に寄り掛かるようにして、
眠っているユリの姿が目に入る。
その手には、いつの間にか乾いた布が握られていた。
一晩中、看病をしていたのだろう。
「……。」
レイカは静かに立ち上がる。
眠りを妨げないよう足音を殺し、ユリの前まで歩いた。
「……優しいところは。」
小さく苦笑する。
「変わらないな。」
届くはずのない独り言だった。
レイカはそっとユリを抱き上げる。
軽い身体だった。
起こさないよう慎重にベッドへ寝かせ、
乱れた布団を肩まで掛け直す。
ユリは少し寝返りを打っただけで、
そのまま静かな寝息を立て続けた。
レイカはその寝顔を少しだけ見つめる。
「……ゆっくり休め。」
そう呟くと、音を立てないよう部屋を後にした。
朝の空気はひんやりとしていた。
レイカは懐から煙草を取り出し、
火を付けようとする。
その時だった。
ヒュッ、と風を切る音が耳に届く。
視線を向けると、
広場でウインナーが一人、木刀を振っていた。
何度も。
何度も。
汗を流しながら、
一つひとつの動きを確かめるように。
レイカは煙草をしまい、静かに近付いた。
「剣術に目覚めたのか。」
突然の声に、ウインナーは振り返る。
「レイカ!」
「もう起きても大丈夫なの?」
「あぁ。」
「傷は痛むが、動けないほどじゃない。」
ウインナーは安堵したように笑う。
「良かった。」
レイカは木刀へ目を向ける。
「少し見せろ。」
「え?」
「構えだ。」
ウインナーは言われるまま構える。
レイカは腕を組み、しばらく眺めたあと口を開いた。
「重心が高い。」
「もっと腰を落とせ。」
「踏み込みは足からだ。」
「上半身だけで振るな。」
「……うん!」
ウインナーは何度も構え直す。
レイカは一歩前へ出た。
「来い。」
「お願いします!」
木刀がぶつかる音が朝の村へ響く。
数合。
短い手合わせだった。
「そこだ。」
「力み過ぎだ。」
「風は押すものじゃない。」
「流すんだ。」
「……!」
ウインナーは目を輝かせながら頷いた。
「まだまだ敵わないな。」
「にしても、なぜ剣術を?」
ウインナーが木刀を見つめながら話す。
「どうしても、レイカに追いつきたくて。」
「剣術を学んだら。」
「レイカの積み重ねたものを知れる気がして。」
レイカは呆れた表情で答える。
「俺自身が言うのはなんだが……。」
「俺の事、好きすぎるだろ。」
「え?そうなのかな……?」
「たまに剣術は見てやる。」
「それよりも、身体の基礎だ。」
「……うん!」
やがて村も賑わい始める。
「ふぁぁ……。」
寝癖をつけたケンが大きな欠伸をしながら現れた。
「兄ちゃん!」
「もう起きてたのか!」
「おはよう!」
「あぁ。」
「寝坊助だな。」
「うるさいなぁ!」
そのやり取りに、ドロップが思わず笑う。
少し遅れてユリも部屋から出てきた。
「あれ……?」
「レイカさん?」
「ベッドに運んでくれました?」
「寝ていたからな。」
「怪我してるのに……申し訳ございません。」
「構わない。ゆっくり休めたか?」
「ええ、おかげさまで。」
「治療助かった。ありがとう。」
「どういたしまして。」
「とはいえ、絶対安静ですよ?」
「……わかった。」
レイカが頭を掻くと、
皆が小さく笑った。
戦い続きだった日々の中で、
久しぶりに穏やかな朝だった。
朝食を終え、一同は机を囲む。
レイカは懐から一枚のカードを取り出した。
「昨日も話したが。」
「これは数年前。」
「“C”を名乗る奴を倒した時に手に入れたものだ。」
机へ置かれたカードを、全員が見つめる。
レイカは続けた。
「昨日現れた敵は、アントとビーと書いていた。」
「頭文字は”A”と”B”。」
ドロップが腕を組む。
「ABC……。」
「そういうこと?」
「あくまで推測だ。」
レイカは静かに答える。
「だが、この”C”だけで終わるとは思えない。」
ウインナーがカードを見つめる。
「AやBにも、同じようなカードがあった可能性は?」
「あるかもしれない。」
「だが、昨日の敵は消滅した。」
「カードを持っていたのか。」
「そもそも存在するのか。」
「何一つ分からない。」
ケンは首を傾げた。
「じゃあ全部予想?」
「あぁ。」
「確証はない。」
「だからこそ情報が欲しい。」
その時、ユリが口を開く。
「街へ行って聞き込みをしてみませんか?」
「同じような敵を見た人がいるかもしれません。」
レイカは静かに頷く。
「俺もそう考えていた。」
「まずは街だ。」
「手掛かりを探そう。」
誰も異論はなかった。
新たな目的が決まった瞬間だった。
支度を終え、五人は村の入口へ向かう。
そこには多くの村人たちが集まっていた。
「もう出発されるんですね。」
「本当にお世話になりました。」
レイカは歩みを止める。
ゆっくりと村人たちへ向き直ると、深く頭を下げた。
「……すまなかった。」
突然の謝罪に、村人たちは顔を見合わせる。
レイカは静かに続けた。
「守り切れなかった。」
「怪我人も出た。」
「家も壊れた。」
「俺がもっと早く来ていれば。」
「被害は少なくできたはずだ。」
村は静まり返る。
すると、一人の老人がゆっくり前へ出た。
「何を言うんです。」
「あなたが来てくださらなければ。」
「私たちは今、生きてはいません。」
一人の女性も微笑む。
「家ならまた建てられます。」
「でも、命は戻りません。」
小さな子どもが元気よく叫んだ。
「お兄ちゃん!」
「助けてくれてありがとう!」
その言葉をきっかけに、村人たちが次々と口を開く。
「ありがとう。」
「本当に助かりました。」
「あなたは命の恩人です。」
「ありがとう。」
「ありがとう。」
感謝の言葉が、静かな村へ広がっていく。
レイカは少し困ったように笑い、
照れ隠しのように頭を掻いた。
「……そうか。」
それだけ答える。
その横顔を見ながら、ウインナーは静かに思った。
( やっぱりレイカは。 )
( 誰かを守るために戦う人なんだ。 )
「行こう。」
ウインナーの声に、皆が頷く。
「あぁ。」
レイカを先頭に、五人は歩き始めた。
新たな手掛かりを求めて。
まだ見ぬ真実を追いかけるために。
一行は、次なる街へ向かって歩みを進めた。