-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第十七章

 

 

 

―すれ違う想い―

 

 

 

夕日が山の向こうへ沈み始める頃、

 

一行は遺跡から街へ戻ってきた。

 

宿へ入ると、

 

全員がどっと疲れを吐き出すように、

 

椅子へ腰を下ろす。

 

しかし、その空気は重かった。

 

誰もが、遺跡で起きた出来事を、

 

整理しきれていなかった。

 

特にユリは、

 

自分の手を何度も見つめている。

 

手のひらからは、

 

時折小さな冷気が漏れていた。

 

沈黙を破ったのはウインナーだった。

 

「レイカ。」

 

「さっきのって……。」

 

「やっぱり神の加護なんだよね?」

 

レイカは静かに頷く。

 

「恐らくな。」

 

「……ユリは氷の神に選ばれた。」

 

その言葉に、ケンが目を丸くした。

 

「すげぇじゃん!」

 

「神の加護ってことはさ!」

 

「兄ちゃんと同じじゃん!」

 

ドロップも嬉しそうに笑う。

 

「おめでとう、ユリ!」

 

ユリは驚きながらも、

 

小さく笑顔を見せた。

 

「私も……。」

 

「みんなの力になれるんですね。」

 

しかし、

 

その笑顔は長く続かなかった。

 

 

「使うな。」

 

 

レイカの一言で、部屋の空気が止まる。

 

 

ユリは目を瞬かせた。

 

 

「……え?」

 

 

「その力は使うな。」

 

「覚える必要もない。」

 

 

全員がレイカを見る。

 

ユリは立ち上がった。

 

 

「どうしてですか。」

 

「危険だからだ。」

 

「それだけですか?」

 

「あぁ。」

 

「それだけで納得できると思いますか!」

 

 

ユリの声が宿に響く。

 

「私は!」

 

「みんなに守られてばかりでした!」

 

「回復しかできなくて!」

 

「戦うこともできなくて!」

 

「だから強くなりたいって思ったんです!」

 

「なのに!」

 

「戦わせてくれないんですか?」

 

レイカは表情一つ変えない。

 

「駄目だ。」

 

「どうして!」

 

「理由くらい教えてください!」

 

レイカは静かに目を閉じた。

 

「……言えない。」

 

「またそれですか!」

 

「私には何も教えてくれない!」

 

「私はそんなに信用できませんか!」

 

その言葉に、

 

レイカの瞳がわずかに揺れる。

 

しかし、

 

返ってきた言葉は変わらなかった。

 

「……それでも駄目だ。」

 

ユリは拳を強く握り締める。

 

「もういいです!」

 

椅子が大きな音を立てる。

 

そのまま宿を飛び出していった。

 

 

バタンッ!

 

 

静寂。

 

 

誰も動かなかった。

 

レイカは俯いたまま立ち尽くしている。

 

最初に口を開いたのはドロップだった。

 

「レイカ。」

 

「さすがに今のは酷いよ。」

 

レイカは黙ったまま。

 

ケンも珍しく真面目な顔になる。

 

「兄ちゃん。」

 

「俺でも傷付くぞ。」

 

レイカは答えない。

 

ウインナーだけが静かに口を開いた。

 

「レイカ。」

 

「理由があるんだよね。」

 

長い沈黙。

 

やがてレイカは小さく頷いた。

 

「あぁ。」

 

「でも。」

 

「……話せない。」

 

ドロップはため息をつく。

 

「だからって。」

 

「あんな言い方じゃユリは分からない。」

 

「守りたいなら。」

 

「もっと違う伝え方があるでしょ。」

 

レイカは何も言い返さなかった。

 

責められて当然だと思っていたからだ。

 

ドロップは立ち上がる。

 

「私、ユリのところ行ってくる。」

 

そう言って宿を出ていった。

 

 

 

宿から少し離れた広場。

 

噴水の縁へ座り込むユリの姿があった。

 

夕日を見つめながら、

 

静かに俯いている。

 

「こんなところにいた。」

 

ドロップが隣へ腰掛ける。

 

ユリは苦笑した。

 

「すみません。」

 

「飛び出しちゃって。」

 

「当然だよ。」

 

「私でも怒る。」

 

ユリは少し笑う。

 

「私。」

 

「嫌われてるんでしょうか。」

 

「レイカさんに。」

 

ドロップは首を横へ振った。

 

「それだけは絶対違う。」

 

「むしろ逆。」

 

「逆……?」

 

「レイカってね。」

 

「大切な人ほど不器用になるの。」

 

「守りたい気持ちが強すぎて。」

 

「全部間違える。」

 

ユリは静かに聞いていた。

 

「でも。」

 

「レイカさん。」

 

「理由を教えてくれません。」

 

「うん。」

 

「教えられない理由なんだと思う。」

 

「だから。」

 

「少しだけ信じてあげて。」

 

ユリは空を見上げる。

 

夕焼けが少しずつ夜へ変わっていた。

 

 

 

その夜。

 

宿を出たレイカを、

 

ウインナーが追い掛ける。

 

夜風の中、

 

煙草へ火を点けるレイカの隣へ並んだ。

 

「レイカ、待って。」

 

「……やっぱり。」

 

「ユリには戦ってほしくない?」

 

レイカは煙をゆっくり吐く。

 

「……あぁ。」

 

「もう失うのは、ごめんだからな。」

 

ウインナーは静かに頷く。

 

「それなら。」

 

「もっと言葉を選ばなきゃ。」

 

レイカは苦笑した。

 

「……分かってる。」

 

「でも。」

 

「俺はそういうのが苦手なんだ。」

 

「知ってる。」

 

「だから僕たちがいるんだ。」

 

少しだけレイカの肩から力が抜ける。

 

ウインナーは続けた。

 

「……恋人だったとは。」

 

「言えない?」

 

レイカは長く黙り込んだ。

 

そして、小さく首を横へ振る。

 

「……言えない。」

 

「どうして。」

 

「記憶が戻った時。」

 

「ユリはまた苦しむ。」

 

「俺が原因だからな。」

 

「笑って生きてほしい。」

 

「それだけだ。」

 

ウインナーはそれ以上、何も聞かなかった。

 

 

 

翌朝。

 

まだ日が昇り始めたばかり。

 

ユリは誰にも気付かれないよう、

 

宿を抜け出した。

 

「少しだけ。」

 

「練習してみよう。」

 

そう呟いた瞬間。

 

風を切る音が聞こえる。

 

 

ヒュン。

 

ヒュン。

 

 

広場の中央。

 

レイカが一人、炎飛を振っていた。

 

朝日に照らされる刀身が、

 

美しく輝いている。

 

ユリは木の陰からそっと見つめる。

 

その時だった。

 

レイカは振り向かないまま口を開く。

 

「……隠れてても分かるぞ。」

 

「!」

 

ユリは驚きながら姿を現した。

 

「すみません……。」

 

レイカは炎飛を納める。

 

少しだけ沈黙が流れた。

 

「昨日は。」

 

「頭ごなしに言って、すまなかった。」

 

ユリは目を丸くする。

 

「でも。」

 

「危険な目には遭ってほしくない。」

 

「それだけは。」

 

「譲れない。」

 

ユリは静かに問い掛ける。

 

「どうして。」

 

レイカは朝日を見つめながら答えた。

 

「……守りたいものくらい。」

 

「俺にもある。」

 

その横顔を見つめた瞬間。

 

ユリの胸が小さく締め付けられた。

 

理由は分からない。

 

初めて会ったはずなのに。

 

この人のその表情を。

 

昔から知っているような気がした。

 

ユリは小さく微笑む。

 

「……なんだか。」

 

「懐かしい気持ちです。」

 

レイカはゆっくりと目を見開く。

 

「……そうか。」

 

朝日だけが、

 

二人を優しく照らしていた。

 

 

 

 

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