―すれ違う想い―
夕日が山の向こうへ沈み始める頃、
一行は遺跡から街へ戻ってきた。
宿へ入ると、
全員がどっと疲れを吐き出すように、
椅子へ腰を下ろす。
しかし、その空気は重かった。
誰もが、遺跡で起きた出来事を、
整理しきれていなかった。
特にユリは、
自分の手を何度も見つめている。
手のひらからは、
時折小さな冷気が漏れていた。
沈黙を破ったのはウインナーだった。
「レイカ。」
「さっきのって……。」
「やっぱり神の加護なんだよね?」
レイカは静かに頷く。
「恐らくな。」
「……ユリは氷の神に選ばれた。」
その言葉に、ケンが目を丸くした。
「すげぇじゃん!」
「神の加護ってことはさ!」
「兄ちゃんと同じじゃん!」
ドロップも嬉しそうに笑う。
「おめでとう、ユリ!」
ユリは驚きながらも、
小さく笑顔を見せた。
「私も……。」
「みんなの力になれるんですね。」
しかし、
その笑顔は長く続かなかった。
「使うな。」
レイカの一言で、部屋の空気が止まる。
ユリは目を瞬かせた。
「……え?」
「その力は使うな。」
「覚える必要もない。」
全員がレイカを見る。
ユリは立ち上がった。
「どうしてですか。」
「危険だからだ。」
「それだけですか?」
「あぁ。」
「それだけで納得できると思いますか!」
ユリの声が宿に響く。
「私は!」
「みんなに守られてばかりでした!」
「回復しかできなくて!」
「戦うこともできなくて!」
「だから強くなりたいって思ったんです!」
「なのに!」
「戦わせてくれないんですか?」
レイカは表情一つ変えない。
「駄目だ。」
「どうして!」
「理由くらい教えてください!」
レイカは静かに目を閉じた。
「……言えない。」
「またそれですか!」
「私には何も教えてくれない!」
「私はそんなに信用できませんか!」
その言葉に、
レイカの瞳がわずかに揺れる。
しかし、
返ってきた言葉は変わらなかった。
「……それでも駄目だ。」
ユリは拳を強く握り締める。
「もういいです!」
椅子が大きな音を立てる。
そのまま宿を飛び出していった。
バタンッ!
静寂。
誰も動かなかった。
レイカは俯いたまま立ち尽くしている。
最初に口を開いたのはドロップだった。
「レイカ。」
「さすがに今のは酷いよ。」
レイカは黙ったまま。
ケンも珍しく真面目な顔になる。
「兄ちゃん。」
「俺でも傷付くぞ。」
レイカは答えない。
ウインナーだけが静かに口を開いた。
「レイカ。」
「理由があるんだよね。」
長い沈黙。
やがてレイカは小さく頷いた。
「あぁ。」
「でも。」
「……話せない。」
ドロップはため息をつく。
「だからって。」
「あんな言い方じゃユリは分からない。」
「守りたいなら。」
「もっと違う伝え方があるでしょ。」
レイカは何も言い返さなかった。
責められて当然だと思っていたからだ。
ドロップは立ち上がる。
「私、ユリのところ行ってくる。」
そう言って宿を出ていった。
宿から少し離れた広場。
噴水の縁へ座り込むユリの姿があった。
夕日を見つめながら、
静かに俯いている。
「こんなところにいた。」
ドロップが隣へ腰掛ける。
ユリは苦笑した。
「すみません。」
「飛び出しちゃって。」
「当然だよ。」
「私でも怒る。」
ユリは少し笑う。
「私。」
「嫌われてるんでしょうか。」
「レイカさんに。」
ドロップは首を横へ振った。
「それだけは絶対違う。」
「むしろ逆。」
「逆……?」
「レイカってね。」
「大切な人ほど不器用になるの。」
「守りたい気持ちが強すぎて。」
「全部間違える。」
ユリは静かに聞いていた。
「でも。」
「レイカさん。」
「理由を教えてくれません。」
「うん。」
「教えられない理由なんだと思う。」
「だから。」
「少しだけ信じてあげて。」
ユリは空を見上げる。
夕焼けが少しずつ夜へ変わっていた。
その夜。
宿を出たレイカを、
ウインナーが追い掛ける。
夜風の中、
煙草へ火を点けるレイカの隣へ並んだ。
「レイカ、待って。」
「……やっぱり。」
「ユリには戦ってほしくない?」
レイカは煙をゆっくり吐く。
「……あぁ。」
「もう失うのは、ごめんだからな。」
ウインナーは静かに頷く。
「それなら。」
「もっと言葉を選ばなきゃ。」
レイカは苦笑した。
「……分かってる。」
「でも。」
「俺はそういうのが苦手なんだ。」
「知ってる。」
「だから僕たちがいるんだ。」
少しだけレイカの肩から力が抜ける。
ウインナーは続けた。
「……恋人だったとは。」
「言えない?」
レイカは長く黙り込んだ。
そして、小さく首を横へ振る。
「……言えない。」
「どうして。」
「記憶が戻った時。」
「ユリはまた苦しむ。」
「俺が原因だからな。」
「笑って生きてほしい。」
「それだけだ。」
ウインナーはそれ以上、何も聞かなかった。
翌朝。
まだ日が昇り始めたばかり。
ユリは誰にも気付かれないよう、
宿を抜け出した。
「少しだけ。」
「練習してみよう。」
そう呟いた瞬間。
風を切る音が聞こえる。
ヒュン。
ヒュン。
広場の中央。
レイカが一人、炎飛を振っていた。
朝日に照らされる刀身が、
美しく輝いている。
ユリは木の陰からそっと見つめる。
その時だった。
レイカは振り向かないまま口を開く。
「……隠れてても分かるぞ。」
「!」
ユリは驚きながら姿を現した。
「すみません……。」
レイカは炎飛を納める。
少しだけ沈黙が流れた。
「昨日は。」
「頭ごなしに言って、すまなかった。」
ユリは目を丸くする。
「でも。」
「危険な目には遭ってほしくない。」
「それだけは。」
「譲れない。」
ユリは静かに問い掛ける。
「どうして。」
レイカは朝日を見つめながら答えた。
「……守りたいものくらい。」
「俺にもある。」
その横顔を見つめた瞬間。
ユリの胸が小さく締め付けられた。
理由は分からない。
初めて会ったはずなのに。
この人のその表情を。
昔から知っているような気がした。
ユリは小さく微笑む。
「……なんだか。」
「懐かしい気持ちです。」
レイカはゆっくりと目を見開く。
「……そうか。」
朝日だけが、
二人を優しく照らしていた。