-キリエ-憐れみの賛歌   作:yasuteru

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第十九章

 

 

 

― 風の神殿 ―

 

 

 

気球船はゆっくりと高度を下げ、

 

巨大な遺跡の前へ降り立った。

 

長い年月を経てもなお、

 

崩れることのない石造りの神殿。

 

空気はひどく静かだった。

 

鳥のさえずりもない。

 

木々を揺らす風もない。

 

誰もが息を呑む中、

 

ウインナーだけが足を止める。

 

静かに目を閉じ、耳を澄ませた。

 

「……。」

 

「どうした?」

 

レイカが問い掛ける。

 

ウインナーはゆっくりと目を開いた。

 

「……風の声が聞こえなくなった。」

 

「え?」

 

ケンが首を傾げる。

 

「風の声って?」

 

ウインナーは遺跡を見つめたまま答える。

 

「耳をすませば、聞こえるんだ。」

 

「風に助けてもらったあの日から。」

 

「いつも助けてくれる。」

 

ケンが腕を組む。

 

「そういやさ。」

 

「ウインナー兄ちゃんの加護でさ。」

 

「どうやって神髄まで行ったんだ?」

 

ウインナーは少し懐かしそうに笑った。

 

「一年前に。」

 

「小さな遺跡があったの覚えてる?」

 

「みんなが、村で休んでいるとき。」

 

「僕が一人で向かったところなんだけど。」

 

「入口には、大きな風の紋章が刻まれてた。」

 

「何となく触れてみたんだ。」

 

「そしたら、突然景色が真っ白になって。」

 

全員が静かに耳を傾ける。

 

「目の前に、人が立ってた。」

 

「男性か、女性かわからない。」

 

「でも。」

 

「優しそうな人だった。」

 

「その人が言ったんだ。」

 

 

―――

 

 

『ようやく来たね。』

 

 

『私は風の神。』

 

 

『君を待っていた。』

 

 

―――

 

 

ユリが思わず息を呑む。

 

「風の……神。」

 

ウインナーは頷く。

 

「何のために強くなるのか聞かれた。」

 

「僕は。」

 

「守りたい人がいる。」

 

「だから強くなりたい。」

 

「そう答えたんだ。」

 

静かな笑みを浮かべる。

 

「その時だった。」

 

「身体中を風が包んでくれて。」

 

「その人はこう言ったんだ。」

 

 

―――

 

 

『やっと君の力になれる。』

 

 

『真髄までたどり着いたのが。』

 

 

『君でよかった。』

 

 

『私と。』

 

 

『お友達になってくれる?』

 

 

―――

 

 

レイカは何も言わない。

 

ただ静かに歩き続ける。

 

炎の神との違いを、誰よりも理解していた。

 

 

やがて一行は神殿の奥へ進む。

 

崩れた石柱。

 

朽ち果てた壁画。

 

床には風を模した紋様が刻まれている。

 

途中、

 

いくつもの罠を避けながら奥へ進むと、

 

一枚の巨大な扉が姿を現した。

 

中央には風の紋章。

 

しかし、その色は黒く濁っていた。

 

まるで墨を流し込んだように。

 

ウインナーの表情が変わる。

 

「……嫌な風が流れてる。」

 

レイカも炎飛へ手を添えた。

 

「警戒しろ。」

 

 

 

ギギギギギ……

 

 

 

重々しい音を立てながら扉が開く。

 

冷たい空気が流れ出す。

 

その先に、一人の男が立っていた。

 

「……ブリトー!」

 

ウインナーが叫ぶ。

 

だが返事はない。

 

俯いたまま微動だにしない。

 

「ブリトー!」

 

もう一度呼ぶ。

 

ゆっくりと顔が上がる。

 

その瞳は黒く染まり、

 

生気が感じられなかった。

 

「我の領域に立ち入ったな。」

 

「……全て排除する。」

 

低く響く声。

 

その瞬間。

 

暴風が部屋中を吹き荒れる。

 

 

「危ない!」

 

 

ドロップがユリを庇う。

 

ケンも雷を纏い身構えた。

 

レイカが一歩踏み出す。

 

しかし。

 

「レイカ。」

 

ウインナーが腕を広げる。

 

「……僕に任せて。」

 

レイカはブリトーを見つめ、静かに頷いた。

 

「あぁ。」

 

「助けてこい。」

 

ウインナーは白い刀を抜く。

 

「ブリトー!」

 

「聞こえるなら返事をして!」

 

返ってきたのは鋭い風刃だった。

 

 

ガキィン!

 

 

白刀で受け流す。

 

「くっ……!」

 

間髪入れずに暴風が襲う。

 

風が床を削り、石柱を砕く。

 

ウインナーは風を纏い、

 

紙一重で避け続けた。

 

「ブリトー!」

 

「聞こえる!?」

 

返事はない。

 

黒い風だけが荒れ狂う。

 

「排除。」

 

「排除。」

 

「排除。」

 

感情のない声だけが響く。

 

ウインナーは歯を食いしばった。

 

 

「ごめん。」

 

「少しだけ痛いよ。」

 

 

風が静かに集まり始める。

 

部屋全体を優しい風が包み込んだ。

 

 

「風のシンフォニー・第零番。」

 

 

さらに風が重なり合う。

 

 

 

「風の愛想曲――セレナーデ。」

 

 

 

激しい風ではない。

 

全てを包み込むような柔らかな風。

 

黒い風へ静かに触れていく。

 

ブリトーの身体を覆っていた黒い風が、

 

少しずつ剥がれ落ちる。

 

 

「……ぐあぁぁぁっ!」

 

 

苦しそうな叫びが響く。

 

黒い風が一点へ集まり、

 

人の形を作り始める。

 

漆黒の影。

 

禍々しい気配。

 

 

『……風神に選ばれし者か!』

 

 

『こんな…ところで……。』

 

 

その言葉だけを残し、

 

黒い影は霧のように消えていく。

 

静寂が戻った。

 

ブリトーが膝をつく。

 

 

「はぁ……はぁ……。」

 

 

ゆっくりと瞳に光が戻る。

 

「……ここは?」

 

周囲を見回す。

 

目の前にはウインナーたち。

 

「ブリトー!大丈夫かい?」

 

「なんで……君たちが。」

 

その時だった。

 

ブリトーの表情が一変する。

 

「……パルは?」

 

「一緒にいたはずなんだ。」

 

「あいつは……どこだ?」

 

 

その一言で、

 

全員の表情から笑みが消えた。

 

静まり返った神殿に、

 

不安だけが静かに広がっていく――。

 

 

 

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