― 風の神殿 ―
気球船はゆっくりと高度を下げ、
巨大な遺跡の前へ降り立った。
長い年月を経てもなお、
崩れることのない石造りの神殿。
空気はひどく静かだった。
鳥のさえずりもない。
木々を揺らす風もない。
誰もが息を呑む中、
ウインナーだけが足を止める。
静かに目を閉じ、耳を澄ませた。
「……。」
「どうした?」
レイカが問い掛ける。
ウインナーはゆっくりと目を開いた。
「……風の声が聞こえなくなった。」
「え?」
ケンが首を傾げる。
「風の声って?」
ウインナーは遺跡を見つめたまま答える。
「耳をすませば、聞こえるんだ。」
「風に助けてもらったあの日から。」
「いつも助けてくれる。」
ケンが腕を組む。
「そういやさ。」
「ウインナー兄ちゃんの加護でさ。」
「どうやって神髄まで行ったんだ?」
ウインナーは少し懐かしそうに笑った。
「一年前に。」
「小さな遺跡があったの覚えてる?」
「みんなが、村で休んでいるとき。」
「僕が一人で向かったところなんだけど。」
「入口には、大きな風の紋章が刻まれてた。」
「何となく触れてみたんだ。」
「そしたら、突然景色が真っ白になって。」
全員が静かに耳を傾ける。
「目の前に、人が立ってた。」
「男性か、女性かわからない。」
「でも。」
「優しそうな人だった。」
「その人が言ったんだ。」
―――
『ようやく来たね。』
『私は風の神。』
『君を待っていた。』
―――
ユリが思わず息を呑む。
「風の……神。」
ウインナーは頷く。
「何のために強くなるのか聞かれた。」
「僕は。」
「守りたい人がいる。」
「だから強くなりたい。」
「そう答えたんだ。」
静かな笑みを浮かべる。
「その時だった。」
「身体中を風が包んでくれて。」
「その人はこう言ったんだ。」
―――
『やっと君の力になれる。』
『真髄までたどり着いたのが。』
『君でよかった。』
『私と。』
『お友達になってくれる?』
―――
レイカは何も言わない。
ただ静かに歩き続ける。
炎の神との違いを、誰よりも理解していた。
やがて一行は神殿の奥へ進む。
崩れた石柱。
朽ち果てた壁画。
床には風を模した紋様が刻まれている。
途中、
いくつもの罠を避けながら奥へ進むと、
一枚の巨大な扉が姿を現した。
中央には風の紋章。
しかし、その色は黒く濁っていた。
まるで墨を流し込んだように。
ウインナーの表情が変わる。
「……嫌な風が流れてる。」
レイカも炎飛へ手を添えた。
「警戒しろ。」
ギギギギギ……
重々しい音を立てながら扉が開く。
冷たい空気が流れ出す。
その先に、一人の男が立っていた。
「……ブリトー!」
ウインナーが叫ぶ。
だが返事はない。
俯いたまま微動だにしない。
「ブリトー!」
もう一度呼ぶ。
ゆっくりと顔が上がる。
その瞳は黒く染まり、
生気が感じられなかった。
「我の領域に立ち入ったな。」
「……全て排除する。」
低く響く声。
その瞬間。
暴風が部屋中を吹き荒れる。
「危ない!」
ドロップがユリを庇う。
ケンも雷を纏い身構えた。
レイカが一歩踏み出す。
しかし。
「レイカ。」
ウインナーが腕を広げる。
「……僕に任せて。」
レイカはブリトーを見つめ、静かに頷いた。
「あぁ。」
「助けてこい。」
ウインナーは白い刀を抜く。
「ブリトー!」
「聞こえるなら返事をして!」
返ってきたのは鋭い風刃だった。
ガキィン!
白刀で受け流す。
「くっ……!」
間髪入れずに暴風が襲う。
風が床を削り、石柱を砕く。
ウインナーは風を纏い、
紙一重で避け続けた。
「ブリトー!」
「聞こえる!?」
返事はない。
黒い風だけが荒れ狂う。
「排除。」
「排除。」
「排除。」
感情のない声だけが響く。
ウインナーは歯を食いしばった。
「ごめん。」
「少しだけ痛いよ。」
風が静かに集まり始める。
部屋全体を優しい風が包み込んだ。
「風のシンフォニー・第零番。」
さらに風が重なり合う。
「風の愛想曲――セレナーデ。」
激しい風ではない。
全てを包み込むような柔らかな風。
黒い風へ静かに触れていく。
ブリトーの身体を覆っていた黒い風が、
少しずつ剥がれ落ちる。
「……ぐあぁぁぁっ!」
苦しそうな叫びが響く。
黒い風が一点へ集まり、
人の形を作り始める。
漆黒の影。
禍々しい気配。
『……風神に選ばれし者か!』
『こんな…ところで……。』
その言葉だけを残し、
黒い影は霧のように消えていく。
静寂が戻った。
ブリトーが膝をつく。
「はぁ……はぁ……。」
ゆっくりと瞳に光が戻る。
「……ここは?」
周囲を見回す。
目の前にはウインナーたち。
「ブリトー!大丈夫かい?」
「なんで……君たちが。」
その時だった。
ブリトーの表情が一変する。
「……パルは?」
「一緒にいたはずなんだ。」
「あいつは……どこだ?」
その一言で、
全員の表情から笑みが消えた。
静まり返った神殿に、
不安だけが静かに広がっていく――。