ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
入口の方が、やけに騒がしい。
ダンジョン内の様子はUI越しに観察できる。
さながら監視カメラだ。
まだ光苔が増えきっていない、一番外側の暗い通路。
そこに酒の匂いと、雨の音。
そして下品な笑い声が響いていた。
「おい見ろよ、洞窟だぞこれ。なんだ?宝でも隠してんのか?」
「バカ、こんなとこ誰も来ねえよ。雨しのぎにちょうどいいってだけだ」
「へっ、だったら酒盛りだろ。ちょうどいい、あの酒開けようぜ」
声だけで、ろくでもないのが分かる。
ひとりは、古い革コート。
ボロボロの革の隙間から覗く腕は、泥だらけの包帯だらけ。
腰に吊るした剣は、刃こぼれより乾いた黒い染みの方が目立つ。
もうひとりは、片耳が欠けていて、落ち着きなく周囲を見回している。
背負っている袋はパンパンで、銀器や布袋がはみ出していた。
最後のひとりは、太い腕に刺青。
歩き方が妙にふらついている。
ぽんこが、ふっと息を呑んだ。
「推定飲酒量、かなり多め。推定意識レベル、ふにゃふにゃです」
「ふにゃふにゃか」
「ふにゃふにゃです!観測結果は正確です!」
ぽんこの瞳のリングが回転を速める。
軽口とは裏腹に、完全に戦闘モードだ。
盗賊たちの会話が続く。
「よーし、まずはこの銀皿売ろうぜ。昨日の婆さん、泣きながら差し出してきたっけな!」
「へっ、泣く暇あんなら働けってんだよな」
「なあ、あの娘どうしたっけ?」
「知らね。死んでんじゃねえの?どっちでもいいけどよ」
UIで盗賊の様子を観察する。
「うん、悪人だなこれ」
「はい。少なくとも善良な村人ではありません」
その後も盗賊達の犯罪自慢が続く。
盗賊たちはまだ、ここをただの天然洞窟だと思っている。
その油断は――致命的だ。
気付かれなければ、難を逃れるかもしれない。
このまま静かにしていれば、こちらにはこないかもしれない。
だが、俺はもう知っている。
殺らなければ、殺られる。
戦い慣れた三人相手に勝てるなんて驕りはない。
先手必勝。
不意打ちで、潰す。
そんな中、ひとりが立ち上がり、酒を持ったままフラフラと奥へ歩いていく。
「俺、ちょっと奥見てくるわー。宝の匂いすっからよぉ」
ぽんこが、いつもより低い声で告げた。
「マスター。先行一名、単独行動……やりやすいです」
「了解」
盗賊の足が、暗がりへ、一歩。
「――あ?」
そのまま、地面に消えた。
DPで設置した、落とし穴。
「先頭の生体反応、消失を確認。DP500、獲得です!」
一瞬だった。
ぽんこが小声で続ける。
「マスター。残り二名、いま初めて異常事態だと気づきました。酒を落としました。動揺しています」
盗賊たちの声が荒れる。
「おい!コダンがいねえぞ!」
「なんだよこれ。待てよ、誰かいんのか!!」
「ふざけんな!出てこいコラァ!」
入口からは、怒声と金属音。
そして――足音がこちらへ向かってくる。
俺は槍の柄を握り直した。
新しく召喚したモンスターが、暗がりの奥で低く息を潜めている。
「マスター。これより先は、準備どおりに進められます」
「ああ。十分だ」
俺は、もう迷わない。
この二人は迷宮に来た「敵」だ。
一歩前へ出る。
そして――静かに口を開く。
「さあ、ダンジョンを……開始しよう」
通路を進んでくる盗賊の足音が、洞窟の中を反響する。
力強く重い、荒々しい足音だ。
「おい!どこだコラァッ!!出てこい!!」
怒号が響きわたる。
その声色に、一瞬身が固くなるが、冷静に聞けば、見えてくるものもあった。
威嚇、警戒、奴らもまた、こちらを探っている。
ぽんこが、俺の横で、小さく声を落とした。
「マスター。敵二名。視界狭窄、心拍数増加、動揺32%。奇襲、成功率はかなり高いです」
「……いけると思うか?」
「いけます!というか、いかないともったいない状況です!」
相変わらず言葉の選び方がひどい。
「よし」
短く答える。
UIには、通路を駆ける盗賊。
やたらと声を張り上げ威嚇しているが、肝心の警戒はおざなりだ。
通路には腰くらいまである巨大な岩、岩を除けようと迂回する、その瞬間。
「行け」
その奥に潜んでいた影が、一斉に躍り出た。
――ガッッ。
足を打たれ、盗賊が転がる。
岩の裏から飛び出してきたのは、三体のゴブリンだ。
背丈は低い、せいぜい俺の腹ぐらい。
けれど、その動きは人間の大人と変わらない。
緑の皮膚、露出した腕や肩には細い筋肉が浮き出ていて、握っている棍棒は十分に殺傷力がある。
盗賊の片方が、目を剥いた。
「うわっ!?なんだこいつら!」
返事代わりに、ゴブリンの棍棒が再度振り下ろされる。
――ドガッ。
その瞬間、二体目のゴブリンが背後に回り込み、足首を刈るように蹴り払った。
盗賊の足が交差し、踏ん張る前にバランスを失い倒れる。
「く……っそ……ゴブリンだと……?」
呻きながら、男が歯を食いしばる。
ゴブリンたちは、逃げ腰になった盗賊の動きを読むように散開した。三体がわずかに距離を取り、三角形を描く。
前、横、逃げ道の先。
完全に狩りの隊列だ。
倒れ込み、身動きが取れなくなった盗賊が、震えた声を上げる。
「ロブ兄。やばい。こいつら普通のゴブリンじゃない」
「うるせぇ!お前そいつら足止めしとけ!!」
怒鳴りながら、兄貴分らしき男は背を向けて走り出した。
通路は狭い。
すれ違うことも難しい幅だ。しかも、ところどころに段差や緩いカーブがある。
逃げられる道は、ひとつしかない。
その道の先に、俺がいる。
分岐の影に体を寄せて隠れながら、呼吸を整える。
自分の鼓動の音がうるさい。
盗賊が走ってくる音と、自分の鼓動が混じる。
突くだけ、突くだけ、それだけを練習し続けた。
今、その突くだけのフォームで槍を構えている。
盗賊の足音が近づいてくる。
地面を蹴る、重い足音。
心臓が早い。それでも、手は震えない。
突くだけ、だ。
ぽんこが、微かに息を呑む。
「マスター……刺突、最適距離まであと三秒。不意打ち補正、最大値です」
三秒後。
盗賊が俺の隠れている脇道の前を通り過ぎる。
ほんの瞬間、盗賊の体が無防備にさらけ出された。
その一瞬で、俺は地を蹴った。
重心が前に傾き、全身の力を込めて腕を突き出す。
槍先が、盗賊の腹へ一直線に伸びた。
刺突が届く、その瞬間。
俺は、心の中で静かに考えた。
ここからが……俺の「ダンジョン」だ。