ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
「ここが……ダンジョン、か」
UIの中で、先頭の青年が言う。
若い。17、8といったところだろうか。
「光苔だな。天然のやつもあるが、こう綺麗に並んでるのは植えられてる方だ」
答えたのは最後尾の男。
20代半ばくらいだろうか。
「ってことは、やっぱりダンジョンで確定ですか」
真ん中にいる少しだけ背の低い男が続ける。
先頭の青年と同じか、それより若く見える。
「確定だ。自然の穴なら、こんなに均一に光らねえ。おい、リオン。足元に気をつけろよ。最初の一歩で落ちて死ぬことだってあるんだからな」
「分かってますって」
最後尾の奴が仕切っている。
口振りからすると、他のダンジョンも知っているようだ。
リオンと呼ばれた先頭の男が、剣の柄に手をかけながら、慎重に歩き出した。
三人とも松明は手にしていない。光苔があるなら、それで足りるらしい。
「なんか、思ったよりそれっぽいね」
「何と比べてるんだ、エルノ」
「街で聞いた話だと、Eランクの穴なんて湿った穴とスライムが数匹程度のもんだってさ」
「……この街の連中はダンジョンを知らない。普通はある程度育ったらダンジョンのある街に出てっちまうからな。鵜呑みにすると死ぬぞ」
リーダー格の男の声には、僅かな緊張が混じっていた。
なるほど、いいことを聞いた。
この辺の探索者はダンジョン初心者らしい。
「カークさん」
先頭を行く男が、後ろを振り向かずに言う。
「何か、動いた」
通路の先。岩の陰で、床の上に透明な塊がふるんと揺れた。
「スライムだな」
カークと呼ばれた男が即座に判断する。
「おお、本当に出た。湿った穴とスライム。そのまんまだ」
「喜んでないで構えろ。リオン、お前前に出ろ。エルノは後ろから魔法の準備」
「了解」
リオンは剣を抜き、慎重に間合いを詰めた。
スライムは、ぷるぷると震えながらその場を離れようともせず、じっと敵を見ているように見えた。
「逃げねえな。やるぞ」
「はい」
踏み込み。剣先が、透き通ったゼリーのような身体を打ちつける。
切り口から粘液がこぼれ落ち、スライムはその場で崩れ落ちた。
「弱っ」
「Eのスライムはそんなもんだ。油断して足を取られたら痛い目も見るがな」
カークはスライムの残骸にしゃがみ込む。
中心近くに、小さな半透明の結晶が残っていた。
「魔石だ。これだけでも街に持ってけば、酒の一杯くらいは飲める」
「よしっ」
「これで!?ボロい商売だね、探索者」
若い二人が顔をほころばせる。
それをリーダー格の男がたしなめているのがUIに映っていた。
「はい、初心者スライム戦終了です」
ぽんこが淡々と実況を入れてきた。
「戦というほどのもんでもなかったな。ほぼほぼ叩き割られたゼリーだ」
「はい。入口の顔として、柔らかめに設定しました!」
「採算度外視の販促ってことだな」
【スライム死亡】
【再生成時間:1日】
「スライムさん一体、一日後に再生成されます」
「コストがかからないのはいいな」
「はい!使い放題です!」
「言い方」
とはいえ実際、スライムは初心者に倒させるための看板としては優秀だ。
倒しやすくて、見た目も分かりやすくて、ドロップもある。
こちらとしては「安全な入口のダンジョンですよ」と宣伝するための、必要な犠牲だと思うことにする。
「ぽんこ。探索者の様子、どうだ?」
「三人とも、まだ余裕があります。最初のダンジョンにしては当たりじゃないか。と言っています」
「当たりってなんだよ」
「楽に戦利品が出るという意味です!」
「まあ、あいつらの財布的にはそうだろうな」
あのスライム魔石をこの調子で何個か拾えれば、彼らにとっては悪くない稼ぎになるのだろう。
こちらは、現時点では特にメリットはない。
でも、ここを気軽に通える迷宮だと認識してくれるなら、その分は後で回収できる。
……はずだ。
視線をUIに戻す。
通路の奥へ進みながら、探索者たちは二体目、三体目のスライムと遭遇した。
いずれも、少し逃げようとしたところを追いかけて斬り倒す。
「さっきのより、ちょっとだけ動きが良かった気がする」
「気のせいだろ」
「いや、そうだろうな」
背後からぼそっとリーダー格の男が補足する。
「モンスターは、こっちの動きに慣れてくると微妙に変わる。でもまあ、この程度なら問題ねえな。足元だけ、ほんと気をつけろよ」
「はい」
リーダー格の男によると、スライムの危険は暗闇から足に取り付き、転ばされること。
地形や罠との組み合わせではベテランの探索者ですら危ないとのことだ。
勉強になる。
「毒とかは大丈夫ですかね」
「このランク帯のスライムは、基本的には粘液だけだ」
男たちは三体分の魔石と粘液を袋に詰め、さらに奥へ。
やがて、通路が少しだけ狭くなり、天井も低くなる。
「気を引き締めろ」
リーダー格の男が声を潜める。
「こういう変化点の先に、罠か魔物がいるのが定番だ」
本当に勉強になるな、こいつ。
ダンジョンで雇えないだろうか。
その予想は……正解だ。
「グギャッ」
かすかな声が、壁の奥から聞こえてくる。
「今の、何だ」
「カークさん、分岐です」
慎重に角を覗き込んだ先頭の男の視界に、例の奴が飛び込んできた。
緑色の皮膚。ぎょろりとした目。粗末な棍棒。
「ゴブリンか!」
反射的に剣を構える。
だが、ゴブリンは突っ込む訳でもなく、敵を一瞥したあと、奥へと引っ込んでいった。
「逃げた?」
「様子見だな。単体行動か、仲間を呼びに行ったか」
リーダー格の男の声に、先頭の男が反応する。
「どうします?追います?」
「やめとけ。今回は構造の把握と第一印象の確認が仕事だ。ゴブリンの群れと初見でやり合う必要はない」
「でも、ドロップが」
「死んだら元も子もねえ。スライム三体ぶんだけでも、今日の飯代にはなる。調査報酬を合わせたら余裕で黒字だ」
そう言い切ると、男は踵を返した。
「引き返すぞ。入口からここまでの距離と構造、戻りながら覚えろ」
「え~ゴブリンくらい、倒せますよ。森でも倒したことありますし」
エルノと呼ばれた若者は、練がましく通路の奥を見ていたが、やがて後に続き、引き返していった。
「はい、ほどほどのところで撤退を選択しました。記録、50メートル!」
ぽんこの報告に、俺は小さく息を吐く。
「慎重だな。ゴブリン全部ぶつければ勝てなくはなかっただろうけど、生かして帰すのは難しい」
ぽんこも頷く。
「今回は、スライム3体やられました。探索者さんたちは全員生還。ギルドの報告にはスライムと、入口付近でゴブリンを確認と書かれるはずです」
「つまり、ごく普通のEランクダンジョンとして認識される、と」
「はい。Eランクでも最弱寄りの、初心者向けダンジョンです」
支配域マップから視線を外す。
さっきまで迷宮内にあった三つの光点は、穴の外へ出て行った。
「前に出てたのがリオン、軽そうなのがエルノ、後ろで指示出してたのがカーク、か」
記念すべき初めてのお客さんだ。
あの様子ならまた来るだろう。
「生きて帰ってくれた方が、こっちとしても都合がいいな」
「はい!いきなり彼らが死ぬと、このダンジョンの危険度が上がります。」
元気よく返事をする顔は、笑っているようで、どこか冷静でもある。
「さて、と」
俺は立ち上がり、コアの下を一周する。
迷宮が正式に見つかり、探索者が最初の一歩を刻んだ。
一階は当分、初心者向けの看板フロアとして調整を続ける。
その裏で、二階層以降に本気の防衛線を敷く必要がある。
「ぽんこ。次の優先作業、整理してくれ」
「はい、マスター!」
ぽんこの瞳のリングが明るく回転する。
「いち。コア部屋を守るための第二階層本格整備案の検討。
に。一階層の初心者用調整の継続。
さん。ゴブリンさんたちの運用方針と、今後の増員の策定。
よん。幹部モンスター導入のためのDP貯蓄計画」
「欲張りセットだな」
「はい!やることはたくさんあります!」
だが、そのどれもが必要だ。
基本は安全な一階層で稼いでもらい、二階層に来る身の程知らずで稼がせてもらうつもりだ。
そのためには、階層とコア位置の分離を進めつつ、二階層を本当の牙に変えていかなきゃならない。
「忙しくなってきたぞ」
俺は少し、ワクワクし始めていた。