ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
二階の通路を少しだけ広げ、急ぎで壁を整え、空き部屋をひとつ作った。
その隣には、新しく作ったゴブリン部屋がある。
一階はもうパンパンで、通路にあふれる事件が続いたため、ゴブリン部屋を二階層に移設したのだ。
「マスター、設置完了しました!二階のゴブリン部屋は、これで本格運用に移行です!」
「よし。じゃあドライアドを呼ぶ準備だな」
DP残高を確認する。
【現在DP:4081】
ギリギリだが、目標に達した。
「ドライアド生成、実行するぞ」
決定を意識する。二階の空き部屋で、土が静かに揺れ始めた。
床がふっと柔らかくなり、芽が出る。
その芽がふくらみ、ぱん、と音もなく弾けた。
そこに、女性が立っていた。
薄い緑の長い髪を後ろで緩く束ね、葉を編んだような衣服をまとい、樹皮のようなエプロンをつけている。
森の奥からそのまま抜け出してきたような佇まい。
どこか人を安心させる、深い緑の瞳がこちらを捉える。
「あなたが……このダンジョンの
優しい声、落ち着きがあり、包むような柔らかさがあった。
「ああ。えっと、名前は……そうだな。シルヴァ。今日から君の名前だ」
ドライアドは驚いたように目を瞬き、すぐに微笑んだ。
「まぁ、名前をいただけるなんて、光栄ですわ。シルヴァ……とても綺麗な響きです。ありがとうございます、マスター」
ぽんこが横で感心した声を出す。
「マスター、命名お上手ですね!」
「ほっとけ」
俺は軽く咳払いをし、シルヴァさんへ向き直る。
「まずできることを教えてくれ」
「はい。植物育成、植物操作、土壌の調整、湿度の管理、そのあたりでしたら、お力になれます」
「戦闘は?」
「ほとんどできません。つるを絡めたり、少し足を止める程度です。殴られたら倒れてしまいますね」
「正直で助かる」
本当に農業の専門家という感じだ。
「じゃあシルヴァさん。二階のゴブリン部屋と、その周辺環境づくりを頼みたい。それから、専門外だろうがゴブリンの世話も頼む」
シルヴァさんは穏やかに頷いた。
「はい、もちろん。マスターがお望みなら、できる範囲で精いっぱい動きます」
「全部丸投げしていいか?」
「構いませんよ。指示をいただければ、それに沿って整えていきますね」
この従順の姿勢は非常にありがたい。
「ぽんこ、権限を付与したい」
「はい!DP使用権限、地形変更権限、モンスターへの命令権限をシルヴァさんに付与できます!」
「全部頼む」
「全部ですか?新人管理職には権限が大きすぎます」
「二階層限定だ。ここならまだ探索者も来ない」
「なるほど、了解しました!」
ウィンドウが開く。
【管理権限変更を許可しますか?】
決定すると、シルヴァさんの足元で草がざわめいた。
「こんなに大きな権限、わたしでよろしいのですか?」
「俺一人じゃ管理しきれない。任せた」
「……ふふ。お任せいただけたこと、とても嬉しいです」
シルヴァさんの声は控えめなのに、どこか温かい。
「じゃあゴブリン部屋を見てもらおう」
「了解しました」
隣の繁殖部屋へ視点を移すと、シルヴァさんは小さく息を漏らした。
「これは……かなり密集していますね」
「225体いる。餌と場所が足りずに、頭打ちになった」
「この密度では落ち着かないのも無理ありませんね。環境を整えましょう」
シルヴァは部屋の床に手を添えた。
ふわり、と土が柔らかくなり、湿り気を帯び、空気が変わる。
「まずは土と空気を整えて、呼吸しやすい環境に。次に居住区と食料区を分けましょう。混在すると争いが増えますから」
言葉は静かだが、動きはとても手際が良い。
「配置も任せていいか?」
「はい。こちらで整えていきますね」
シルヴァが手を伸ばすと、部屋の真ん中についたてのような壁がせり上がる。
「ゴブリンさんたちは、こうした区切りがあればだいたい理解してくれますよ」
実際、数体がついたてに合わせて、居場所を移しはじめていた。
「次に、食べられる植物を用意しましょう」
シルヴァは土に指先を軽く押し当てた。根が伸び、そして小さな芽がぽつぽつと生える。
一体のゴブリンがそれをかじり――目を丸くした。
「ゴブ……!」
なんとも嬉しそうな顔だ。
続けて数体が集まり、芽をむしゃむしゃと食べ始める。
泣いている奴すらいる。
「落ち着いたな」
「食事の時は争いが減ります。かわいいわねぇ、この子たち」
そう言いながら、シルヴァさんはゴブリン部屋全体を見渡した。
「少し時間は必要ですが……より健全な環境にしていきますね」
見る見るうちに植物が増え、ゴブリン達はその根をかじる。
皆に行き渡ったようで、争いはなくなっていた。
と、その様子を眺めていると、ふいに、ある発想が頭をよぎった。
「シルヴァさん。これ、二階層全体に植物を広げるって、できるか?」
「できますよ?」
即答。
「え、そんな簡単に?」
「はい。私の能力は『
「マジか」
ぽんこがすかさず補足する。
「マスター!DPが必要なのは範囲の拡張、つまり支配域を広げる時だけです!森を作るのは、シルヴァさんの能力でほぼ無料!」
「家庭菜園、強すぎるだろ」
俺はしばらく沈黙し、二階層のマップと、シルヴァさんの姿を交互に見た。
そして、答えはひとつに収束する。
「……二階層を森にするの、ありだな」
ぽんこが飛び跳ねる。
「ようやくその発想に到達しましたねマスター!!」
「お前は何様だ」
シルヴァさんは、少し目を細めて微笑んだ。
「森。良い響きですわね。ゴブリンさんの食料も隠れ場所も自然に増えますし。森の迷宮は、侵入者がとても迷いやすいのです」
「じゃあ、やっぱり森化だな」
「はい。お庭づくりは大好きです」
そこで、彼女は少し意味深に首を傾げた。
「ただ……マスター。ひとつ申し上げてもよろしいかしら?」
「ん?」
「普通のダンジョンでは、ドライアドのような低ランク精霊に地形権限やDP権限なんて、絶対に渡しませんよ」
「そうなのか?」
「そうですよ!普通は権限を渡すのは最上級モンスターだけです!」
「うちの最高幹部だぞ?」
「そりゃそうですけど……」
「ふふ。でもマスターは、わたしに権限をくださった。でしたら、遠慮なく好きなだけ広げますわね?」
少し悪戯っぽく微笑んで、シルヴァさんは両手を軽く上げた。
――次の瞬間。
二階層全体の空気が震えた。
壁が湿り、床が掘り起こされる。
「うわ、もう始めてるのか?」
「ええ。岩を砕き、土に変える植物ですわ。森を作るには、まず地面の下から優しく広げていきますの」
「シルヴァさん、本当に頼りになるな」
「まぁ。そう言っていただけると、嬉しくなってしまいますわ」
ぽんこがウィンドウを操作しながら言う。
「マスター、これより二階層強化月間に切り替えます!」
「そうだな。一階層は初心者向け、二階層で森化を進める」
「粉飾設計ですね!」
俺は二階層の地形マップを見渡した。
根が伸び、二階層は少しずつ森が広がっていく。
「よし――」
「森化計画、正式に始動だ」
「ふふ、どんなお庭にしようかしら。どうか、楽しみにしていてくださいね?マスター」
柔らかな声なのに、その奥には確かな力を感じた。
二階層は、静かに、しかし確実に変わり始める。
Eランクの皮を被ったまま、ダンジョンの中に森が育ち始めた。