ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜   作:土瓶サバ

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第22話 チュウタ

二階層のマップをぼんやり眺めていた時だ。

 

「……あ」

 

ぽんこが小さく声を漏らした。

 

「マスター、ちょっとおかしな反応が出ました」

「おかしな?」

「はい。生命反応ひとつ。サイズはネズミさんくらいなんですけど……」

 

ぽんこが指先でマップの端を拡大する。

 

「ラベルがモンスターですね。普通のネズミじゃちょっとできない動きをしています」

「敵か?」

「いえ、所属はこのダンジョンです。敵ではありません」

 

通路の隅をなぞる細い線。

よく見ると壁や天井を走ったり、何メートルもジャンプしたり、確かに普通のネズミじゃなさそうだ。

 

「……見るか」

 

俺は立ち上がり、UIを映像に切り替える。ぽんこも横に並んで、同じ映像を覗き込んだ。

 

通路の隅。光苔の薄暗い光の中、岩の影をちょろちょろ動く影がある。

 

「ネズミだな」

 

見た目だけなら、どこにでもいる害獣だ。細い尻尾、薄汚れた毛並み、小さな耳。

ネズミは岩の影で立ち止まり、ひげをぴくぴく動かしながら周囲を確認する。

その横顔を見たとき、ふと違和感を覚えた。

 

「……ちょっと寄れるか?」

「ズームします」

 

映像がじわりと拡大される。毛並みの一本一本まで見える距離。

そこで、ようやく気付いた。

 

「……おい」

「はい?」

「毛皮の下、なんか透けてないか?」

 

毛の隙間。そこに、わずかに光を通す透明の層が見えた。体の輪郭も、よく見ると動くたびに弾むようにゆがむ。

 

「……ネズミじゃないな、これ。中身スライムだ」

「ですね。外見はネズミさん、体はスライムさん。擬態種でほぼ確定です」

 

そこで、ふと頭に引っかかる。

 

「スライムと言えば……」

 

俺はぽんこを見る。

 

「最初に作ったスライム、いたろ。ネズミ退治担当のやつ。あいつ、今どうしてる?」

「ええと……」

 

ぽんこの瞳のリングが高速回転を始めた。

 

「ログ検索しますね。スライムNo.1、ネズミ担当……」

 

数秒後、ぽんこが目を丸くした。

 

「いました。生存中です」

「生きてたのか。どこで何してることになってる?」

「今見てるあの子ですね。種族がラットスライムに変わってます」

「やっぱりか」

 

「はい、ちょっと呼びますね、その間ログでも見ていましょう。」

 

ぽんこはラットスライムに指示を出し、ウィンドウを展開する。

 

【ラットスライム】

・元個体:スライムNo.1

・備考:外界活動ログあり

 

ログが続いて流れる。

 

「……ネズミ捕食数、合計1005匹。内訳は、迷宮内325、迷宮外680」

「働きすぎだろ」

「最初のネズミを狩れって命令を、ずっと続けていたようです」

 

申し訳なくなるレベルで真面目だった。

 

「外界活動ログってのは?」

「ここ、見てください」

 

ぽんこがタイムラインを指さす。

 

「外までネズミを狩りに行ってたみたいですね。支配域の外まで行くと、ログが一度途切れます」

「つまり、外に出てる間は何も見えない」

「はい。支配域の外では、監視もログも届きません。戻ってきたときに、個体の変化がわかる程度ですね」

 

ラットスライムが部屋まで来た。

 

「これは、進化したってことか?」

「はい!モンスターは成長すると上位種族へ進化することがあります。この子はネズミばっかり食べてたことで特殊進化条件を満たしたみたいですね!新種ですよ」

 

俺はラットスライムを見ながら考える、せっかくの特殊個体だ。

特別なことに従事させたい。

 

「この見た目なら諜報活動とか得意そうだな」

 

しかし、一匹というのはなんとも心もとない。

特殊個体だ、外でやられてしまったら、もう手に入らない。

 

「こいつ、自然繁殖で増やせないかな?」

 

その瞬間だった。

ラットスライムの身体が、ぷるんと大きく震えた。

 

毛皮ごとゼリーが振動し、そのまま真ん中からゆっくり裂けはじめる。ゼリーが二つに分かれ、毛皮もわさわさと割れるように分かれる。

数秒後、そこにはネズミが二匹並んでいた。

 

「……増えたな」

「増えましたね」

 

二匹のネズミが、まったく同じタイミングでひげを動かす。同じ角度で振り向き、同じ間合いで一歩下がる。

 

「ぽんこ、ステータス詳細」

「はい、表示します」

 

【ラットスライム】

・戦闘能力:微弱

・スキル:【分裂】【群体】

 

「分裂はさっきのやつだな。群体が気になるな」

「説明、出しますね」

 

【群体】

自分から分裂した個体と群体を形成し、記憶・経験・感覚情報を共有する。

ただし、距離によって情報は減衰する。

 

「……つまり?」

「何体に分かれても、感覚は全部つながったままです」

 

ぽんこが指を一本立てて続ける。

 

「離れていても意志疎通できますし、分裂した先で見聞きしたものも、全部本体に届きます」

「完璧じゃないか」

 

思わず笑いが出た。

 

「諜報用として、これ以上ないんじゃないか。見た目はどこにでもいるネズミで、スライムだから隙間も入れる。分裂して情報共有できる」

 

ラットスライム二匹が、こちらを見上げ「キュッ」と鳴いた。

やる気は十分に見える。

 

「よし。仕事を決めよう」

 

俺は膝を折り、ネズミたちと視線を合わせるつもりで話しかける。

 

「本体は迷宮の中で安全確保と、情報のとりまとめと分裂。分裂体はダンジョンの外、村、街道、街。人間が集まる場所に出て、人間の様子を見てこい」

 

二匹が同時に耳をぴんと立てる。

 

「誰が来るのか、どんな装備か、どんな話をしているか。分かる範囲でいいから、覚えておけ」

 

ラットスライムは「キュキュッ」と短く鳴き、尻尾を一度だけぴんと立てた。

 

「分裂も、必要なだけやれ。ただし、ネズミが多すぎて人間に大掃除されそうになったら抑えろ」

「キュッ」

 

ぽんこが横から小声で補足する。

 

「ラットスライムさん、知能も少し上がってますから、やりすぎは危ないぐらいは理解できると思います」

 

「最後に、お前に名前をやる。チュウタだ」

「キュ!」

 

「じゃあ――行ってこい」

 

そう言うと、チュウタはくるりと背を向け、通路の壁際を素早く駆けていった。

 

普通のスライムとは比べものにならない速度だ。

壁際で身体の形を大きく変えて、岩の隙間へ潜り込むように消えていく。

 

「……行ったな」

「マスター、チュウタって……シルヴァさんとの差がすごいですよ。名付けはモンスターにとって大切な儀式ですんで、真面目につけてあげてください」

 

ぽんこが責めるような目で言う。

 

「ネズミだからじゃないぞ、命令を遂行し続ける忠誠心を称えて忠太だ」

「なんと!マスターさすがです!」

 

嘘だ、ネズミだからだ。

しかしそんなことはどうでもいい。

 

「これで、村の噂話とか、探索者さんの会話とか、ネズミ目線の情報が入ってきます」

「穴の中にいながら、外の様子が分かるわけか」

「はい。ダンジョンにとって、それはかなり大きいですよ」

 

俺は支配域マップを一度閉じた。

見える範囲だけ見ていても、世界は広がらない。けれど今、このダンジョンには外につながる小さな目ができた。

 

「ネズミDPも稼ぐし、外の情報も拾ってくる。いい部下を持ったな」

「最初のスライムさんをちゃんと働かせたマスターの功績ですよ」

「忘れてただけなんだが」

 

ぽんこがくすっと笑う。

 

「今度帰ってきたら、ちゃんとよくやったって言ってあげてくださいね」

「ああ。なでるくらいはしてやるか」

「たぶんベタベタになりますよ?」

「やっぱりやめとく」

 

そんなくだらないやり取りをしながら、俺はコア部屋の天井を見上げた。

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