ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
シルヴァさんは二階層をじわじわいじり続けた。
最初の数日で、乾いた岩と砂利だった床が少しずつ水分を含んだ黒土に変わっていき、畑のようにきれいな地面になった。
一週間もすると、黒土の上に点々と苔が生え、壁際には、芽とも草ともつかない小さな緑が伸び始めた。
十日目には、その緑が草と苗とに分かれ、野原のような風景を作り出していた。
そして、今日。
二階層へ降りる階段の前で、俺は思わず鼻をひくつかせた。
「お、緑の匂いがしてきたな」
二週間前まで、ただの岩と土だったはずだ。
今ははっきりと、湿った土と若い葉の匂いがする。
ぽんこが胸を張る。
「はい!まだ木はありませんが、森化が進んでいます!」
「お前がいばるな」
通路の奥へ目をやると、現れたのは地上の野原のような風景だった。
地下とは思えないほどに明るい。
光苔もシルヴァさんの『家庭菜園』にかかればここまでできるそうだ。
「シルヴァさん、いるか?」
「はい、こちらに〜」
相変わらず、地下迷宮とは不釣り合いなほど牧歌的で、落ち着いた雰囲気をまとっている。
「すごいな。ドライアドって4,000DPだろ?安すぎないか?バグ?」
俺が思ったまま尋ねると、シルヴァさんはくすりと笑った。
「まあ……でもマスター、ドライアドはそれくらいの価値しかありませんよ。私たちができるのは自分の縄張りの中を緑化することだけ」
「十分じゃないか」
「いえ、ドライアドは戦う力がありませんもの。縄張りなんて自分の木の根元くらいです」
シルヴァさんは本当になんてことのない口調で言う。
「じゃあシルヴァさんは?」
「ふふふ……自分で広げられる支配域、命令を聞いてくれるモンスター。マスターが階層の権限を全部くださったから、今この階層は全て私の縄張りです」
「なるほど!道理です!階層権限とはすなわち上位者の証、まさしく縄張りです」
「こんなに大きな縄張りをもったドライアド、見たことも聞いたこともありませんわ」
「全部渡したせいで強くなってるってことか?」
「はい。わたしが特別というより……マスターが特別だったのでしょうね」
横でぽんこが真顔で頷く。
「つまり、バグはシルヴァさんじゃなくて、マスターのほうでしたね」
「お前、その言い方どうにかならんのか」
「じゃあ、想定外のシステムハック型マスターで!」
「もっと悪くなってないか」
シルヴァさんが優しく笑う。
「あらあら……でも、わたしはお役に立ててとっても嬉しいですよ、マスター」
「ゴブッ!」
草をかき分けて現れたのは、三兄妹の長男アニだった。
堂々と胸を張り、通路中央に立つ姿は、すでに前衛の貫禄だ。
続いて、影からするりと出てくる次男オト。
最後に、小さな芽を両手で包むように持った三女イモがとことこと小走りでついてきた。
「お前ら、よくやってるな」
アニが誇らしげに胸を叩く。
「ゴブッ!」
シルヴァさんが土を撫でながら言う。
「マスター。二階層はもうすぐ森になりますわ。ちゃんと見守ってくださいね?」
ぽんこが、いつものトーンで補足する。
「はい!環境安定度50%突破!このペースなら、数日で森林階層の基礎が完成します!」
「よし、シルヴァさん。全DP突っ込んでいい、二階層をどんどん広げてくれ。天井も高くして、だだっ広い空間を作ろう。全て森にして構わない。
せっかくだ、シルヴァさんの利点を限界まで活かそう」
「いいですね!どんどん育てましょう!」
「あら、嬉しい。ふふふ……お任せください、マスター」
さらに二週間後。
二階層の空気はまるで別物になっていた。
二階層はサッカーコートくらいまで広がった。
まだ広さとしてはだいぶ心許ないので、壁を併用して探索距離を稼ぐ形にしているが、いつかは広大な森の階層にしたい。
「……来るたびに変わってないか?」
「マスター、報告します!シルヴァさんが来る前に比べて、二階層の植物密度が172,562%です!」
「でかすぎて逆にわからん数値だな」
「順調ってことです!」
ぽんこは誇らしげだが、横のシルヴァさんは首を傾げた。
「ぽんこちゃん。まだまだ少し控えめでは?森と言うのなら……広さも密度も三倍は欲しいところですね」
「三倍!?」
ぽんこが目を丸くする。
しかしシルヴァさんはさらりという。
「森は命を育む場所。広がれば広がるほど、育める命は増えていきます」
シルヴァさんが足元の土を手に取り、言う。
「ほら。微生物さんもそう言っていますわ」
「微生物……さん?」
「マスター!説明します!微生物とは――」
ぽんこの説明を聞きながら、どうやら森はまだまだ広げることになりそうだな、などと考えていた。