ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
それから三ヶ月が経った。
あの日の反省から、ダンジョンの構造は大きく変えた。
まず二階層を新設した。
一階層と同じ洞窟型で、ゴブリンが二体ずつ出る配置にした。
一階層は単独、二階層は二体。
探索者にとっては順当に危険度が上がったように見える。
階段を見つけたリオン達がギルドに報告した結果、二階層の存在は公式に認識されたが、二階層まで来る連中は多くはない。
森は三階層に移した。
『階層を挿入』機能で二階層は三階層へスライド、二階層を追加できた。
エクセルみたいなダンジョンだ。
森は、もう最初の頃の植物混じりの通路ではない。
歩いてみると東京ドーム一個分くらいの感覚がある。
それ以上に、密度がすさまじい。
木々の影が薄暗く重なり、根は地面の上で複雑に絡み合い、足を踏み出すたびに湿った土が柔らかく沈む。
「……もう完全に森だな。今さらだが」
「すごいですねぇ、シルヴァさん」
「これ、普通のモンスターだったら何DPくらいの種族の能力だと思う?」
「んー……五十万くらいですかね?まぁ初期DPでは買えないと思いますよ」
「はー、五十万。五十万あったらどんなモンスターが生成できるんだ」
「上位幹部の最下位種か、下位幹部の上位種あたりですね!」
「上なのか下なのかよくわからんな」
「上位幹部の最下位種はレッサーデーモン(虚弱)。下位幹部の上位種はストロングベビースライムとかですかね」
「強いのか弱いのかもわからなくなったぞ」
シルヴァさんは、俺たちのそんな会話をクスクス笑いながら聞いていた。
「でも、ここからは育つ速度が少しずつ落ちていきますわ。植物たちが無理をしなくて済むようになる頃です」
シルヴァさんは、細い枝にそっと触れながら言った。
湿った風が通り抜け、葉がかすかに揺れる。
「ちゅう!」
「おお、チュウタ」
そこへチュウタがやってきた。
「……しかし、盲点だったな」
「そうですね……まさか、チュウタが喋れないことをマスターが失念しているとは」
そう、チュウタに諜報させることにしたのはいいが、諜報結果を伝える方法がないことに後から気付いたのだ。
「まぁいい、念話スキルを取るまでの辛抱だ」
一時はチュウタ諜報網の破綻かと思われた欠点だったが、解決策を見いだした。
それが念話スキル。
「『念話』があれば、知能のあるモンスターとは会話ができます!世界をつなげるスキルです!」
「DP40,000、今や現実的な数値だな」
あれから三カ月、未だ届かないがそれでも貯められる未来は見えてきた。
「ちゅう!」
「そうだな、チュウタはそれまで分裂個体の数を増やすのと、諜報網の整備を続けてくれ」
森の通路には、ゴブリンが絶え間なく行き交っている。
「現在、ゴブリンはおよそ三千体です。毎日十組ほどの探索者さんが来て、百体以上を狩っていきます」
「毎日百体以上……そりゃ増えてもすぐ減るわけだ」
生成ゴブリンは二十体以降は増やしていない。
ほとんど繁殖ゴブリンで回している形だ、それでも倒された分は翌日には補充される。
「ちなみに探索者側の死亡者は月1.5名程度、平均の半分、1/600のペースをキープしています」
「ゴブリン三千体殺されて、探索者は一人か二人死亡。探索者ってのはいい商売だな」
言いながらゴブリンを眺める。
三千体規模ともなると、完全に社会だ。
材料を運ぶ者、土を掘る者、植物を採る者、食事の準備をする者までいる。
「しかし……なんというか」
通路を歩いていた数十体のゴブリンを見つめながら呟く。
「やられるのがわかってて増やして、探索者に突っ込ませるのは、ちょっとやるせないな。よくみんな従ってくれるよ」
ぽんこが一瞬だけ瞬きをし、不思議そうな顔で言った。
「マスター。名付けていないモンスターに、自我はありませんよ」
「……え?」
「知りませんでしたか?名前を持たないモンスターは、個体としての意識を持ちません。行動はすべて種族単位の共有本能です。生成モンスターも、繁殖モンスターも変わりません」
「ちょっと待て。それって……」
「倒されても、ダンジョンに還るだけです。また別の個体として生まれます」
言葉を失っていると、隣でシルヴァさんが微笑んだ。
「そういう仕組みなのですわ。森の子たちは、森に還り、また生まれる。それが自然の巡りというものです」
「じゃあ……名前をつけた奴らは?」
「名を持った瞬間、その子はもうただの個体ではなくなりますの。ダンジョンへ還る道は閉じてしまいます」
ぽんこが補足する。
「命名モンスターは存在が固定されます。自我が生まれ、種族としてのリスポーンもしなくなりますので、再生成枠からも外れます」
「つまりシルヴァさんが死んでも、ドライアドはリスポーンしない」
「はい。ですから名付けはモンスターにとって、特別な儀式なのです!扱いには注意してくださいね。使い捨てるのは絶対にだめです」
「いや、捨てねえよ」
「当然です!」
自分たちの話題が出たせいか、ちょうどアニが胸を張って通路を歩いてきた。
オトは影から音もなく出てきて、イモは葉っぱを両手に抱えて追いかけてくる。
三ヶ月でこいつらも大きく育った。
アニは前衛部隊の中心らしく背も胸板も厚くなり、声を一つ上げれば周囲のゴブリンが姿勢を正す。
オトはほとんど見失いそうなほど気配を消すようになり、いつの間にか隣にいて、いつの間にか消えている。
イモは植物の成分を嗅ぎ分けるような仕草をするようになり、シルヴァさんの横で根っこを並べている姿をよく見かけた。
三人とも、もう立派な班長だ。
ダンジョンは軌道に乗ってきた。
一階は初心者向けの洞窟、二階はゴブリンが二体ずつ出る稼ぎやすい洞窟、三階は森。
このままいけば、そこらの探索者には負けないようになるだろう。
あとは勇者に目をつけられないこと。
それだけは死守しなきゃならない。
などと考えていたのが悪かった。
まるでそれがフラグだったかのように、それは突然やってきた。
「マスター!ダンジョン入口に生体反応!異常な速度で進行しています!」