ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜   作:土瓶サバ

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第33話 静かな戦争

戦闘ログを閉じたあと、俺は椅子の背にもたれて深呼吸した。

 

「……生きてる。よし」

「マスター、基準が低いです!」

「生きてるだけで百点の日もあるだろ」

「ありますけど!」

 

ぽんこがぷりぷりしながらも、どこか嬉しそうなのが腹立つ、いや、助かる。

 

「しかし……」

 

俺は戦争UIのウィンドウを開いた。

 

【残存管理者数:512】

 

「……相変わらず死者はゼロ、か」

「ゼロですね!」

 

ぽんこの声は明るい。

でも、この数字が妙に引っかかる。

 

今日みたいな襲撃が当たり前なら、ゼロのままなんておかしい。

誰かが先に潰されて、掲示板が騒いで、空気が変わって――そういう段階になっていてもいいはずだ。

なのに、静かすぎる。

 

「なあ、ぽんこ」

「はい?」

「静かすぎないか?」

「静かです。平和っていいですね!」

 

俺はメニューを開いて、いつもの場所を選ぶ。

 

【DM掲示板】

 

前に見た時から、少しだけ書き込みは増えている。

でも増え方が控えめだ。

 

「落ち着いてるな」

「落ち着いてますね。炎上させてみますか?」

「炎上は嫌だろ」

 

上から順に眺める。

 

『戦争UI、何から触ればいい?』

『勝利条件がよく分からん。どこを見ればいい?』

『戦争って、いつ開始判定なんだ?境界が曖昧で怖い』

『これ相手ダンジョンまで徒歩でいくの?無理じゃね?』

 

ぽんこが顔を近づけて、目を丸くした。

 

「……みんな、悩んでますね」

「悩み方が、まだ浅い」

 

浅いというか――危機感が足りない。

本気で潰し合ってるなら、もっと具体的になるはずだ。

 

「どこが落ちた」とか、「どうやって守った」とか、「誰が強い」とか、そういう実戦の匂いが前に出る。

 

でも今は、手順の確認ばかりだ。

入口で足踏みしてる感じ。

 

ブラフかとも思ったが、ブラフにしては空気がぬるすぎる。

 

俺は上までスクロールで戻り、投稿の時刻を眺めた。

そこで、はたと気付く、これ一番古い書き込みで2週間前だ。

 

頭の中のもやが一つ晴れた。

 

「……ああ、なるほど」

「なにがですか?」

「死者が出てない理由だよ。みんなまだ本気で戦争をはじめてないんだ」

 

ぽんこがぱちぱちと瞬きをした。

 

「えっ、でも戦争は、始まってますよ?」

「始まってる。でも全員がそう思っているわけじゃない」

 

俺は掲示板をもう一度見渡す。

戦争UIの触り方で躓いてる。

開始判定で悩んでる。

移動手段で止まってる。

 

つまり、まだ戦争の扉をちゃんと開けてないやつが多い。

そもそも、戦争の舞台に上がっていない。

 

考えてみりゃ、当たり前だ。

戦争が始まるまで、俺たちは戦争があることすら知らなかった。

初手で攻めようなんて奴はそうそういないだろう。

ほぼ全員、偶然接触し、戦争UIを解放したはずだ。

 

「だから静かなんだな」

「静かなの、そういう理由なんですね……!」

 

ぽんこが納得した顔をする。

俺は逆に、嫌なことに気づいた。

 

じゃあ、俺のところに来ているあいつは何だ?

 

みんなが扉の前で立ち止まってるのに、あいつだけは扉を抜けて、俺の喉元まで手を突っ込んできた。

 

俺は画面を閉じて、背もたれに体を預ける。

 

「……あいつが特殊なんだろうな」

「シャドウのマスターさんですか?」

「たぶん。こっちを見つけて、準備して噛みついてきた。しかも、逃げる手段まで用意して」

 

ぽんこがむっとした顔でお団子を回す。

 

「嫌です!嫌な人です!」

「嫌な人だな」

 

笑って言ったが、笑えない。

あいつは、こちらを戦争相手として認識している。

なら、どうするか。

俺は指で机をとんとん叩いた。

 

「守ってるだけじゃ、いつか踏み潰される」

「攻めます?」

「攻める。……でも、相手はあいつじゃない」

 

ぽんこが首を傾げる。

 

「どういうことですか?」

「戦争をはじめてない奴らが多いなら、戦争に気付いてない奴らはもっと多いだろ」

 

ぽんこの目がきらっと光った。

 

「さすが弱者キラー!汚い!」

「きれいごと言える状況じゃないんだ、シャドウのマスターが他のダンジョンを落としたら、うちも負けるぞ」

 

ダンジョンを落とせば成長する、管理権限も上がり、出来ることも増える。

 

今は、速度の勝負だ。

先に踏み込んで、先に管理権限を上げて、先に手札を増やす。

そうしないと、先に奴が手札を増やして攻めてくる。

 

ぽんこがうんうんと頷く。

 

「なるほど!ちゃんと作戦っぽいです!」

「作戦っぽいじゃなくて作戦だ」

 

言い返したものの、現実の壁がすぐ出てくる。

 

「ただ、問題がある」

「……場所、ですか?」

「そう。相手がどこにいるか分からない。」

 

ぽんこが、にやりとする。

 

「目はありますよ」

「……目?」

 

その瞬間、机の下からちょろちょろと小さな影が出てきた。

 

チュウタだ。

 

ネズミの皮をかぶったあいつが、ここぞとばかりに顔を見せる。

机の脚をよじ登ってくると、俺の前でぴたりと止まって――前足をばたばたさせた。

 

「キュッ!キュキュッ!」

「分かった分かった。落ち着け」

「キュッ!」

「落ち着けないか」

 

チュウタは机の端をこつこつ叩いて、外のほうを指す仕草をする。

次に、自分の頭をぽんぽん叩く。

 

言いたい、伝えたい、今すぐ。

その気持ちが伝わってくる。

 

ぽんこが嬉しそうに言った。

 

「ほら!チュウタさん、情報あります!」「そうだな……とうとうお前の出番か」

 

俺は苦笑して、チュウタを見下ろした。

 

「ずいぶん待たせたな」

「キュッ!!」

 

抗議みたいに鳴く。

そりゃそうだ。

 

俺は椅子から立ち上がり、メニューに指を伸ばした。

今一番必要なのは、罠でも武器でもない。

攻撃先を決めるための情報だ。

 

「よし。決めた」

「なにをですか?」

「念話を取得するぞ。お前の情報を、ちゃんと戦力に変える」

 

チュウタが尻尾をぴんと立てた。

ぽんこが拍手して「やったー!」と叫ぶ。

 

静かなダンジョンで、ネズミの鳴き声だけがやけに大きく響いていた。

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