ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
遠征開始から五日目の夜。
俺はいつもの椅子に座ったまま、地図UIを開いていた。
アウル村もイースも、ここからは遠い。
ましてや、敵のダンジョンは更に遠いのだ。
遠いはずだった。
なのに、地図を見ながらぽんこが得意げに言う。
「到着しました!」
「……は?」
「侵攻隊、目標地点に到達です!」
俺は思わず眉間を押さえた。
「五日で?」
「五日です!」
地図上の進行ラインが、ぐいっと伸びている。
俺の足で片道十五日、往復三十日。
それを、五日。
「……あいつら、何でそんなに速いんだよ」
ぽんこが、さも当然の顔で答える。
「走り続けられるからです!」
「それができるのが怖いって言ってんだ」
恐怖と同時に、少しだけ安心もあった。
遠征が賭けなのは変わらない。
だが、時間が短くなるだけで賭けの形は違ってくる。
俺は監視画面を切り替えようとして、手を止めた。
……切り替えられない。
現地の映像なんて、当然ない。
俺はここにいる。
俺の目は、ダンジョンの中にしかない。
地図の進行ラインも実は手書きだ。
「チュウタ」
机の端で、ちょこんと座っているチュウタに念話で話す。
『なに』
チュウタ本体は、ずっとダンジョンにいる。
「現地、どうだ」
少しだけ間があった。
チュウタが、頭の中で何かを整理する感覚が伝わってくる。
『……同期、安定してる』
「ちゃんと繋がってるか」
『うん。五百くらいで、並んでる』
ぽんこが横で補足する。
「現地までチュウタさん達が、五百メートルごとに同期してます。その情報を、ここにいるチュウタさんが受け取ってます」
俺は記憶を探る。
チュウタの群体は便利だが万能じゃない、繋がるには条件がある。
同期できる距離が限られている。
「……だから、途中に並べてる」
『そう。切れたら、わからなくなる』
「チュウタさん、途中に小隊を置いて、繋いでます」
五百メートルおきに、チュウタ、チュウタ、チュウタ。
森の中に、見えない通信の線を引くみたいにチュウタがいる。
その線が切れたら、遠征隊は俺から見えなくなる。
「人に見つからないように森を避けたり、逆に森に潜ったりするので、直線じゃないんです。だから余裕を見て多めに置いてます」
「迂回しても切れないように、ってことか」
『そう!道は使わない!人いる!』
人の目は、厄介だ。
遠征隊は二千。
ぞろぞろ街道を歩いたら、噂どころじゃない。
騒ぎになったら、目的地に着く前に詰む。
ぽんこが画面の端にメモを出す。
【侵攻隊:総勢約2000】
【進行:森林・谷沿い/人目回避】
【中継:500m間隔で配置】
「……二千が森を走るとか、すごい絵面だろうな」
「ゴブリンさん達、頑張ってます!」
「ゴブリン怖い」
でも、今はその怖さが頼もしい。
俺が動けない以上、手足がないと話にならない。
遠征隊が到着した。
なら次は――入る前の確認だ。
俺は息を整えて、ぽんこを見た。
「チュウタさんはいますが、本当の意味で現地の様子はわかりません。アニさん達に任せる形になります」
「分かってる。……だからこそ、最後の確認だけはきっちりやる」
ぽんこが頷く。
仕事モードだ。
『着いた!入口、ある!』
「入口の周りは?」
『石。木。くぼみ。隠れられる!』
ぽんこが、すぐ言葉を整える。
「遮蔽物あり。潜伏可能ですね」
「よし」
俺は戦力一覧を開いた。
アニ隊、オト隊、イモ隊。
それぞれがそこにいるはずだが、俺は直接見られない。
だからこそ、命令は単純にする。
俺はチュウタを見下ろした。
「全軍、まだ入ってないな」
『入ってない。みんな、隠れてる』
「先走るやつはいないか」
『いない。言った通り』
よし。
俺は背筋を伸ばす。
「誰も、先に入るな」
念話はチュウタにだけ届く。
だが、チュウタは現地の群体と同期している。
言葉は、必要な形で伝わる。
『わかった』
ぽんこが確認する。
「接触すると、相手側が管理権限レベルアップの条件を満たし、戦争UIが出ます」
「ああ。だから——」
俺は言葉を切る。
「入るなら、全員一斉だ」
『一斉』
短い返事、それでいい。
現地では、ゴブリン二千体が息を殺している。
俺には見えないが、その沈黙は、確かにここまで伝わってくる。
ぽんこが、小さなウィンドウを開いた。
【突入準備:完了】
俺は目を閉じた。
静かな掲示板。
戦争に気づいていない管理者達。
そして、俺のところにだけ噛みついてきたあいつ。
あいつみたいなのが増える前に、勝つ。
そのための遠征だ。
目を開ける。
ぽんこが、カウントを表示する。
【突入カウント】
数字が、静かに減っていく。
カウントが、ゼロに近づく。
全員同時。
それだけが、条件だ。
俺は息を止めた。
そして号令をだす。
「行け」