ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜   作:土瓶サバ

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第37話 初勝利

【side:アニ】

 

「キュ!」

 

号令が落ちた瞬間、アニはかちどきを上げる。

 

『進め!叫べ!武器を打ち鳴らせ!威嚇せよ!』

 

二千体のゴブリンがアニの声に応える。

怒鳴り声だけじゃない。

武器が打ち鳴らされ、足音が地面を叩き、空気が震える。

 

入口を跨いだ、その一歩。

戦争が、確定した。

 

数十のチュウタがダンジョン内に散らばっていく。

様子見は終わった。

狭い通路に、二千の足音が雪崩れ込む。

 

速度と物量と威圧で判断を奪う。

それが戦術だった。

 

先を行ったチュウタから、どんどん報告が上がってくる。

 

『偵察網、配備中』

『階段、発見』

『三階層……迎撃ある』

 

『早いな』

 

迎撃が想定より早い。

戦争に気付いていた可能性もある。

 

それでも、もう引けない。

ここで止まれば、踏み込んだ意味がなくなる。

 

押し込むしかない。

 

一階層を抜け、二階層。

ここまで入るまで、大した敵は出なかった。

普段から探索者相手にお土産をやっているようなモンスター達。

 

二階層半ばから、殺す気のモンスターが現れる。

 

そして、三階層。

 

『そろそろ消えるよ』

 

オトの低い声が落ちた。

気づくと、オト隊が溶けたように見えなくなった。

 

『私はそろそろ避難しようかな、嫌な予感がするし』

 

イモの声が、場違いに軽い。

軽い声に合わせるように動きも軽く、隊列の中からするすると抜けていった。

 

直後、前方の声が変わった。

 

勇猛な叫びが、悲鳴へ。

悲鳴から、断末魔へ。

 

ここに来るまで、モンスターは何度も蹴散らしてきた。

ゴブリンより強いものもいた。

それでも数で押し潰してきた。

 

――でも、今回は違う。

 

押し込む流れが、そこで一瞬止まる。

空気が冷える。

それでも、止まれば終わる。

 

『……来た。押し切れねぇ相手だ』

 

浮き足立つ気配を、声で踏みつけるように。

 

『止まるな。前へ出ろ。ここで崩れたら終わりだ』

 

アニの叫びが、通路の奥まで響きわたる。

 

『聞け!命知らずのゴブリン部隊!我らの真骨頂、見せてやれ!』

 

一瞬、前線の揺らぎが止まる。

沈みはじめていた雰囲気が立て直される。

 

次の瞬間、空気が破裂した。

鋭い衝撃音。

振動が床を伝い、足元から骨に響く。

 

前列が――消えた。

吹き飛んだ、ではない。

砕けた、潰れた、形を残さず染みになった。

 

通路の奥から、巨体が姿を現す。

 

オーガ。

 

名有りの幹部であろう。

背丈はゴブリンの軽く数倍、体積で言ったらゴブリン二十体分はある。

 

腕は丸太みたいに太く、持っている武器は武器と呼べる代物じゃない。

 

鉄塊。

 

振り下ろすたびに、通路の床が砕ける。

数で押す、という概念が通用しない。

オーガが一歩踏み出すたび、ゴブリンが消える。

叩かれて、弾かれて、砕かれて――ダンジョンに還っていく。

 

『押し切れねぇ相手だ』

 

アニは即座に判断する。

だが、退かない。

 

前に出る。

一歩。

誰よりも前に。

背後で、ざわめきが起きる。

 

オーガの前に立ちはだかるゴブリン。

端から見たら滑稽もいいところだ。

しかし――

 

『こっちも一応名有りなもんでな、腕試しだけさせろ』

 

アニはそう言って笑う。

 

それを受け、オーガも笑う。

 

アニが走る。

 

対してオーガは鉄塊を、横薙ぎに振る。

 

重い。

アニは斧を構え、真正面から受けた。

 

衝撃。

骨が鳴る。

視界が一瞬、白く弾ける。

次の瞬間、吹き飛んだ。

壁に叩きつけられ、床を転がる。

 

歯が立たない。

それが、はっきり分かる一撃だった。

 

オーガは追ってこない。

興味を失ったように、前へ進もうとする。

 

『……はは』

 

アニは短く笑う。

 

『なるほどな。こりゃ勝てねぇ』

 

だからこそ。

だからこそだ。

 

『お前ら、聞け!』

 

声が、前線を叩く。

 

『ぶっ飛ばされたが、俺は生きてる!――ってことは、俺らは負けないってことだ!』

 

それでいい。

 

勝てない。

だが、負けない。

 

それが、何よりの成果だ。

 

立ち上がり、後ろへ下がる。

その代わりに声を張る。

 

『前へ出ろ!』

 

短い命令。

 

『戦え!倒されろ!勇猛な死こそ我らゴブリンの誉れ!戦果を引っさげてダンジョンへ還るのだ!』

 

その言葉に、迷いはなかった。

ゴブリン達が応える。

 

叫びながら、前へ出る。

叩き潰され、物質へと変わる。

――還っていく。

 

モンスターは死ぬとダンジョンへと還り、また生まれてくる。

ゴブリンたちにとって、死は終わりじゃない。

ダンジョンに還ることは、敗北じゃない。

戦って還ることは、誇りだ。

 

オーガが叩く。

数体がまとめて消える。

それでも、列は途切れない。

 

アニは後方に立ち、戦線全体を見渡す。

 

『詰めろ!間を空けるな』

『倒れるなら前だ!後ろに下がるな』

 

勝つつもりはない。

押し返すつもりもない。

 

ただ、押しとどめる。

 

オーガが踏み出すたび、前列が消える。

そのたびに、次が埋まる。

死が積み重なり、時間が削られる。

 

死に際の叫びが、通路を満たす。

――時間は、稼げている。

 

『チュウタ、オト隊はどうだ』

『そろそろ』

『よし』

 

オト隊はチュウタと共にダンジョンマスターを強襲する手はずだった。

 

オト隊が本命。

アニ隊は、おとりと足止め。

それが、作戦だった。

 

 

 

【side:敵ダンジョンマスター】

 

俺はベレン。

生前は畑を耕して、村で暮らしていたはずだ。

気づいたら、黒い球の前に立っていた。

頭の中に、意味の分からない単語が流れ込んできて、今までの常識が意味のないものになった。

状況を考えるに、俺は死んだのだろう。

ダンジョンには主がいる、おとぎ話だと思っていたが、それに俺はなったらしい。

 

それからは手探りで迷宮を回してきた。掘って、作って、生成して。

たくさん失敗もした。

死にそうになったこともあるし、やりすぎて目を付けられたこともある。

 

だが、相棒もできた。

なけなしのDPを突っ込んで生成したオーガ。

あまり知能は高くないが、2人で相談しながらなんとかやってきた。

 

そうやって、ようやく安定してきた。

そのはずだった。

 

人間じゃない、モンスターの群れ。

何が起きたかはわからなかったが、相棒はあんな奴らには負けない。

なら大丈夫だ。

 

そう思った瞬間、目の前に窓が出た。

戦争。

他のダンジョンマスターがいる。

 

さっきからネズミがうろついていたのは気づいていた。

だが、気にするほどでもないと思って放っていた。

違う。

あれが肝だった。

 

目の前のゴブリンの群れを見て、喉が乾く。考える暇はない。

先に殺すしかない。

 

「散れ!ゴブリン風情が!」

 

俺は踏み込んだ。

強化した腕力で斬りかかる。

 

「グギャ」

 

先頭のゴブリンが言うと、周りのゴブリンが前に出る。

攻撃を受け止める。

視界には、横をすり抜けるゴブリンが映る。

まずい、ダメだ。

そっちは……

 

「グギャギャ」

 

刃が、コアに突き立つ。

一撃。

ひびが入る。

 

「やめろ――!」

 

二撃。

ひびが広がる。

 

三撃。

砕けた。

 

 

 

【side:アニ】

 

オーガの動きが止まった。

鉄塊を振り上げたまま、固まる。

 

体に走る、光のひび。

笑い声が途切れる。

 

次の瞬間。

消滅。

 

霧のように、跡形もなく消えた。

叩き潰されかけていたゴブリン達が、動きを止める。

静寂。

 

そして、理解する。

 

『……やった、のか』

 

前線に残った者は、ほんの一部だ。

だが、立っている。

 

『……退くぞ!』

 

即座に判断した。

 

『戻れ!深追いするな!』

 

ダンジョンは消えない。

コアが砕けても、空間は残る。

モンスターも残る。

 

戦いは終わった。

勝利は取った。

これ以上死ぬ理由はない。

 

アニたちは、来た道を引き返す。

 

死んだ者は、ダンジョンに還る。

生きている者は、戦果を持ち帰る。

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