ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
【side:アニ】
「キュ!」
号令が落ちた瞬間、アニはかちどきを上げる。
『進め!叫べ!武器を打ち鳴らせ!威嚇せよ!』
二千体のゴブリンがアニの声に応える。
怒鳴り声だけじゃない。
武器が打ち鳴らされ、足音が地面を叩き、空気が震える。
入口を跨いだ、その一歩。
戦争が、確定した。
数十のチュウタがダンジョン内に散らばっていく。
様子見は終わった。
狭い通路に、二千の足音が雪崩れ込む。
速度と物量と威圧で判断を奪う。
それが戦術だった。
先を行ったチュウタから、どんどん報告が上がってくる。
『偵察網、配備中』
『階段、発見』
『三階層……迎撃ある』
『早いな』
迎撃が想定より早い。
戦争に気付いていた可能性もある。
それでも、もう引けない。
ここで止まれば、踏み込んだ意味がなくなる。
押し込むしかない。
一階層を抜け、二階層。
ここまで入るまで、大した敵は出なかった。
普段から探索者相手にお土産をやっているようなモンスター達。
二階層半ばから、殺す気のモンスターが現れる。
そして、三階層。
『そろそろ消えるよ』
オトの低い声が落ちた。
気づくと、オト隊が溶けたように見えなくなった。
『私はそろそろ避難しようかな、嫌な予感がするし』
イモの声が、場違いに軽い。
軽い声に合わせるように動きも軽く、隊列の中からするすると抜けていった。
直後、前方の声が変わった。
勇猛な叫びが、悲鳴へ。
悲鳴から、断末魔へ。
ここに来るまで、モンスターは何度も蹴散らしてきた。
ゴブリンより強いものもいた。
それでも数で押し潰してきた。
――でも、今回は違う。
押し込む流れが、そこで一瞬止まる。
空気が冷える。
それでも、止まれば終わる。
『……来た。押し切れねぇ相手だ』
浮き足立つ気配を、声で踏みつけるように。
『止まるな。前へ出ろ。ここで崩れたら終わりだ』
アニの叫びが、通路の奥まで響きわたる。
『聞け!命知らずのゴブリン部隊!我らの真骨頂、見せてやれ!』
一瞬、前線の揺らぎが止まる。
沈みはじめていた雰囲気が立て直される。
次の瞬間、空気が破裂した。
鋭い衝撃音。
振動が床を伝い、足元から骨に響く。
前列が――消えた。
吹き飛んだ、ではない。
砕けた、潰れた、形を残さず染みになった。
通路の奥から、巨体が姿を現す。
オーガ。
名有りの幹部であろう。
背丈はゴブリンの軽く数倍、体積で言ったらゴブリン二十体分はある。
腕は丸太みたいに太く、持っている武器は武器と呼べる代物じゃない。
鉄塊。
振り下ろすたびに、通路の床が砕ける。
数で押す、という概念が通用しない。
オーガが一歩踏み出すたび、ゴブリンが消える。
叩かれて、弾かれて、砕かれて――ダンジョンに還っていく。
『押し切れねぇ相手だ』
アニは即座に判断する。
だが、退かない。
前に出る。
一歩。
誰よりも前に。
背後で、ざわめきが起きる。
オーガの前に立ちはだかるゴブリン。
端から見たら滑稽もいいところだ。
しかし――
『こっちも一応名有りなもんでな、腕試しだけさせろ』
アニはそう言って笑う。
それを受け、オーガも笑う。
アニが走る。
対してオーガは鉄塊を、横薙ぎに振る。
重い。
アニは斧を構え、真正面から受けた。
衝撃。
骨が鳴る。
視界が一瞬、白く弾ける。
次の瞬間、吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、床を転がる。
歯が立たない。
それが、はっきり分かる一撃だった。
オーガは追ってこない。
興味を失ったように、前へ進もうとする。
『……はは』
アニは短く笑う。
『なるほどな。こりゃ勝てねぇ』
だからこそ。
だからこそだ。
『お前ら、聞け!』
声が、前線を叩く。
『ぶっ飛ばされたが、俺は生きてる!――ってことは、俺らは負けないってことだ!』
それでいい。
勝てない。
だが、負けない。
それが、何よりの成果だ。
立ち上がり、後ろへ下がる。
その代わりに声を張る。
『前へ出ろ!』
短い命令。
『戦え!倒されろ!勇猛な死こそ我らゴブリンの誉れ!戦果を引っさげてダンジョンへ還るのだ!』
その言葉に、迷いはなかった。
ゴブリン達が応える。
叫びながら、前へ出る。
叩き潰され、物質へと変わる。
――還っていく。
モンスターは死ぬとダンジョンへと還り、また生まれてくる。
ゴブリンたちにとって、死は終わりじゃない。
ダンジョンに還ることは、敗北じゃない。
戦って還ることは、誇りだ。
オーガが叩く。
数体がまとめて消える。
それでも、列は途切れない。
アニは後方に立ち、戦線全体を見渡す。
『詰めろ!間を空けるな』
『倒れるなら前だ!後ろに下がるな』
勝つつもりはない。
押し返すつもりもない。
ただ、押しとどめる。
オーガが踏み出すたび、前列が消える。
そのたびに、次が埋まる。
死が積み重なり、時間が削られる。
死に際の叫びが、通路を満たす。
――時間は、稼げている。
『チュウタ、オト隊はどうだ』
『そろそろ』
『よし』
オト隊はチュウタと共にダンジョンマスターを強襲する手はずだった。
オト隊が本命。
アニ隊は、おとりと足止め。
それが、作戦だった。
【side:敵ダンジョンマスター】
俺はベレン。
生前は畑を耕して、村で暮らしていたはずだ。
気づいたら、黒い球の前に立っていた。
頭の中に、意味の分からない単語が流れ込んできて、今までの常識が意味のないものになった。
状況を考えるに、俺は死んだのだろう。
ダンジョンには主がいる、おとぎ話だと思っていたが、それに俺はなったらしい。
それからは手探りで迷宮を回してきた。掘って、作って、生成して。
たくさん失敗もした。
死にそうになったこともあるし、やりすぎて目を付けられたこともある。
だが、相棒もできた。
なけなしのDPを突っ込んで生成したオーガ。
あまり知能は高くないが、2人で相談しながらなんとかやってきた。
そうやって、ようやく安定してきた。
そのはずだった。
人間じゃない、モンスターの群れ。
何が起きたかはわからなかったが、相棒はあんな奴らには負けない。
なら大丈夫だ。
そう思った瞬間、目の前に窓が出た。
戦争。
他のダンジョンマスターがいる。
さっきからネズミがうろついていたのは気づいていた。
だが、気にするほどでもないと思って放っていた。
違う。
あれが肝だった。
目の前のゴブリンの群れを見て、喉が乾く。考える暇はない。
先に殺すしかない。
「散れ!ゴブリン風情が!」
俺は踏み込んだ。
強化した腕力で斬りかかる。
「グギャ」
先頭のゴブリンが言うと、周りのゴブリンが前に出る。
攻撃を受け止める。
視界には、横をすり抜けるゴブリンが映る。
まずい、ダメだ。
そっちは……
「グギャギャ」
刃が、コアに突き立つ。
一撃。
ひびが入る。
「やめろ――!」
二撃。
ひびが広がる。
三撃。
砕けた。
【side:アニ】
オーガの動きが止まった。
鉄塊を振り上げたまま、固まる。
体に走る、光のひび。
笑い声が途切れる。
次の瞬間。
消滅。
霧のように、跡形もなく消えた。
叩き潰されかけていたゴブリン達が、動きを止める。
静寂。
そして、理解する。
『……やった、のか』
前線に残った者は、ほんの一部だ。
だが、立っている。
『……退くぞ!』
即座に判断した。
『戻れ!深追いするな!』
ダンジョンは消えない。
コアが砕けても、空間は残る。
モンスターも残る。
戦いは終わった。
勝利は取った。
これ以上死ぬ理由はない。
アニたちは、来た道を引き返す。
死んだ者は、ダンジョンに還る。
生きている者は、戦果を持ち帰る。