ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
宴は、騒がしかった。
通路いっぱいに並んだゴブリン達が、好き勝手になにかを叩いて鳴らしている。
鍋もどきの鉄皿、石、骨。
とにかく音が鳴るもの全部だ。
酒はない。
あるのは、熱と汗と、土の匂い。
『勝ったぞ!』
『還ったぞ!』
『戦果だ!戦果!』
死んで還った連中はここにはいない。
だが、その不在ですら、祝いの形に組み込まれている。
生き残った二百が叫び、空の席が誇りとして残る。
ぽんこはゴブリンに混じって皿を叩きながら言う。
「宴です!宴ですよマスター!やっぱりやるべきでした!」
「お前が言い出したんだろ」
「そうです!先見の明です!」
チュウタは机の上で丸くなって、時々だけ『わぁ』と気の抜けた声を出す。
群体の損耗があったせいか、今日は少し大人しい。
俺は宴を横目に、通知ログを見ていた。
【DP獲得:+200,000】
この二十万。
今ここで、何に変えるか。
騒ぎの中で、俺は現実を考える。
守りは、形になった。
罠と森とシルヴァさん。
これは堅い守りだ。
でも、戦争は守るだけじゃ終わらない。
今回勝ったのは、奇策が刺さったからだ。
次も同じとは限らない。
戦況は進み、情報は増える。
次は成功しない確率の方が高い。
「……結局、戦争を勝ち抜くには攻めの戦力が要るな」
ぽんこが、ぱちっと切り替えた目で頷く。
「はい。幹部級の戦闘戦力は必須です」
宴の喧騒が遠くなる、頭の中でロジックを組み立てていく。
「今は攻める局面だ。守りはシルヴァさんがいる。なら、次は攻めの要が欲しい」
「マスター、珍しくまともです」
「褒めるな。お前に褒められると自信がなくなる」
俺はDP表示をもう一度見た。
「ぽんこ。攻め特化で、コスパがいいやつ。いないか。……シルヴァさんみたいな特化型」
ぽんこが、にやりとした。
「好きですねぇ、マスター……そんなマスターにおすすめな、ロマン兵器がいますよ」
「嫌な予感がする」
「いい予感です!」
ぽんこがメニューを開き、いくつかのモンスター候補が流れる。
だが、ぽんこは迷わず一つを選んだ。
選んだ瞬間、表示が赤くなる。
【生成:悪鬼】
【必要DP:200,000】
「……全額?」
「全額です!」
即答だった。
「ちょっと待て。二十万を一体に全部――」
「今、攻めるなら一点突破が一番コスパがいいです。中途半端に分けると、全部が中途半端になります」
理屈は分かる、分かるのが腹立つ。
俺は宴を見た。
1800のゴブリンを犠牲に勝利を勝ち取った。
ならばこの20万、ゴブリンに委ねるか。
「おい、お前ら。お前らが取ってきたこの20万、悪鬼の生成に全部使っていいか?」
一瞬の沈黙。その直後、歓声が上がる。
『いけいけー!マスター!』
『悪鬼たぁ
『弱かったら殴るぞー!』
『いや、強い方が殴りがいがある!』
『とにかく殴る!』
『俺らの戦果を全部突っ込むとは、さすがマスター!剛毅だぜ!』
ゴブリンたちは大盛況だ。
「……やるか」
「やりましょう!」
ぽんこが嬉しそうに、お団子を回す。
【生成:悪鬼】
その瞬間、宴の音が一瞬だけ遠のき、空気が変わった。
陣が、床に浮かぶ。
赤い光、熱。
森の湿り気とは違う、乾いた熱が立ち上る。
そこから、影が押し出されるように現れた。
薄紅色の肌。
上半身は裸。
線の細い身体にしっかりとついた筋肉、しかし無駄がない。
腕には古い傷の跡がいくつも走っている。
手には細かく鋭いトゲを持つ細めの金棒――というかあれ釘バットだな。
目が開く。
端正な顔立ち、しかし目つきが悪い。
悪すぎる。
「……チッ」
第一声が、それだった。
ぽんこが、平然と言う。
「生成成功です。悪鬼、です」
悪鬼は周囲を見回し、宴の喧騒に眉をひそめた。
ゴブリン達が歓声を上げる。
新しい強者の匂いを嗅ぎつけたみたいに、前に寄ろうとする。
「寄るな。潰すぞ」
だが、ゴブリン達は引かない。むしろ盛り上がる。
『潰せ!潰せ!』
『いいぞ!強いぞ!』
『殴られたら還れる!』
こいつらも大概だ。
悪鬼が舌打ちする。
その視線が、俺に向かう。
「……お前が
言葉が荒い、礼儀があるのか無いのか微妙な線。
ちょっと怖いが、目は逸らさない。
「そうだ」
俺が答えると、悪鬼は一歩だけ近づく。
「名を寄越せ」
ぽんこが横で「ほらほら」と催促するように頷いた。
俺は悪鬼を見上げた。
その目は、冷めているようにも、燃えているようにも見える。
「ラセツ。お前は、ラセツだ」
「……ラセツ」
「悪鬼ラセツ、安直ですが及第点です!」
噛むように繰り返し、悪鬼――ラセツが笑う。
笑い方が、どうにも凶悪だ。
「いい。悪くねぇ」
「気に入ったなら働け」
「言われなくても敵がいれば殴る」
「お前も殴りたがりかよ」
ぽんこが、淡々と続ける。
「では能力説明を――」
ラセツが、被せる。
「先に言っとく」
低く、はっきり。
「俺はこのダンジョンの中じゃ本気を出さねぇ」
ざわめきが一瞬、静かになる。
「昔な。俺ら鬼は、
釘バット、もとい金棒を肩に乗せ直す。
「説明しますね。鬼種は自領域では出力制限が掛かります。およそ半分。仕様です」
「仕様じゃねぇ。信念だ」
「またの名を調整です。鬼種は非常に強力な能力を持ちますので管理AIによってナーフされました。」
「てめぇ、喧嘩売ってんなら買うぞ?コラ」
「鬼種は自領域で溜めたエネルギーを敵領域で一撃に込めて解放します。」
「溜めるのはエネルギーじゃねぇ、覚悟だ」
「打てるのは一発だけか?」
「『だけ』じゃねぇ。『一発で終わらせる』んだ」
「はは、確かにこりゃロマン兵器だな、気に入った」
ラセツが俺を見る。
「守りには使うな」
「分かってる」
「守りは守りの連中の仕事だ。俺が出るのは筋が違う」
言い切りだった。
「攻め専用だな」
「ああ。攻める時だけ呼べ」
「分かった。運用は単純だ。守りはシルヴァさん。攻めはラセツ。役割を混ぜない」
ラセツが、少しだけ顎をしゃくる。納得の仕草らしい。
「で、ラセツ。お前の一撃はいつ切る?」
「
「えらく素直だな」
「
言い方は荒い。
だが、主従はわきまえているようだ。
俺はDP表示を見た、そこに二十万はもうない。
だが、外へ出る刃が増えた。
ぽんこが、地図UIを開く。
点がいくつも灯り、次の標的が黙って待っている。
「次の遠征、いつにします?」
宴の喧騒がまた耳に戻る。
ゴブリン達が叫び、叩き、笑っている。
いつのまにかラセツが混じって殴りあいになっている。
あ、一体ぶっ飛ばされた。
あいつらは、遠征なんて何でもないという顔をしていた。
俺は椅子の背を叩いて、立ち上がる。
「よし。今は早ければ早いほどいい。二日後には出発にする」
ぽんこが、ぱっと笑う。
「はい!第二ラウンドですね!」
ラセツが遠くから、笑った。
「外、行くんだろ!早くしようぜ!」
宴の音が一段大きくなる。
世界は点で見えるようになった。
なら、次はその点を潰して回るとしよう。