ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
遠征隊が戻ってきた翌日。
ダンジョン内は、久しぶりに静かだった。
ゴブリン達はそれぞれの持ち場に散り、罠の補修や通路の掃除をしている。
アニは前線の配置を見直し、オト隊はもう姿が見えない。
チュウタは机の端で丸くなり、ぽんこは何かのメニューを忙しなく操作していた。
そんな中。
「……なぁ」
低く、苛立ちを含んだ声が響いた。
振り向くと、ラセツが腕を組んで立っている。
上半身裸、金棒を肩に担いだまま。
昨日までの遠征で暴れ足りなかったのか、明らかに落ち着きがない。
「このダンジョン、守りは森の女が仕切ってるんだろ」
ラセツが顎をしゃくる。
「シルヴァさんのことか」
「ああ」
視線はダンジョンの奥、森領域の入口に向いていた。
「強いって聞いた」
「……聞いた?」
「ゴブリンが言ってた。『シルヴァさんは強ぇ』ってな」
嫌な予感がした。
「……何をするつもりだ」
「決まってんだろ」
ラセツが、にやっと笑う。
好戦的な笑顔だ。
「試す」
ああ、やっぱり。
止めるべきか、一瞬迷った。
だが、シルヴァさんの顔が脳裏に浮かぶ。
まぁシルヴァさんなら大丈夫か。
「……ほどほどにしとけ」
「分かってるって」
分かってない顔だった。
ラセツは、そのまま森領域に足を踏み入れる。
瞬間――
「まあ」
柔らかい声が、どこからともなく響く。
「今日はずいぶん元気な子が来たのね」
森が、ざわりと動いた。
木々が揺れ、蔦が蠢き、地面の起伏がわずかに盛り上がる。
そこに、シルヴァさんが立っていた。
いつも通りの、穏やかな笑顔。
優しげで、のんびりした雰囲気。
――だが、周囲の森は完全に臨戦態勢だった。
「お前が、シルヴァか」
「ええ。そうよ」
シルヴァさんは微笑んだまま、首を傾げる。
「どうしたの?遊びに来たの?」
「……ちょっとな」
ラセツが金棒を地面に下ろす。
軽い音。
だが、その仕草は完全に戦闘前だった。
「守り役って聞いた。どんだけやれるか、見たくてよ」
ゴブリン達が、少し離れた位置で固唾を呑む。
アニは腕を組み、黙って見ている。
シルヴァさんは、困ったように笑った。
「あらあら……元気なのはいいけど」
「構えな」
言いながらラセツが一歩、前に出る。
その瞬間。
森が――叩きつけられた。
巨大な樹木の根が地面を割って跳ね上がり、ラセツの胴を真正面から殴る。
「――っ!?」
鈍い音。
空気が潰れる。
ラセツの体が、後方へ吹き飛んだ。
岩に叩きつけられ、土煙が上がる。
「……なっ!?」
ラセツが起き上がろうとして、止まる。
足元。
いつの間にか、蔦が絡みついていた。
引き剥がそうとした瞬間、横から別の根が飛んでくる。
――ドンッ!
腹部に直撃。
息が詰まる。
「ちょ、待て待て待て!」
ラセツが叫ぶが、止まらない。
上から。
横から。
下から。
森の質量が、容赦なく襲いかかる。
「ふふ、大丈夫よ」
シルヴァさんは笑顔のままだ。
「ちゃんと、死なない程度にしてるから」
「そういう問題じゃねぇ!!」
金棒を振り回そうとするが、振り切れない。
蔦が絡み、根が絡み、体勢が崩される。
――ドゴンッ!
最後は、巨大な幹が横殴りに飛んできた。
ラセツの体が宙を舞い、地面に転がる。
しばらく、動かない。
「……」
静寂。
ゴブリン達が、恐る恐る様子をうかがう。
『……死んだ?』
次の瞬間。
「……やべぇ」
地面に伏したまま、ラセツが呟いた。
「やべぇ奴だ……」
ゆっくりと起き上がる。
顔に、はっきりと怯えが浮かんでいた。
シルヴァさんが、歩み寄る。
優しく、頭に手を置く。
「無茶しちゃだめよ。あなた、力が制限されているんでしょ?」
「……あ、ああ」
ラセツは、ごくりと喉を鳴らした。
「……シルヴァの姉御」
「あら。かっこいい呼び方ね」
完全に、屈していた。
遠くで見ていた俺は、ため息をつく。
「……力関係、はっきりしたな」
「ですね」
ぽんこが、どこか満足そうに頷いた。
ラセツは、森の入口からそそくさと戻ってくる。
さっきまでの威勢は、どこにもない。
「……なぁ」
「どうした」
「このダンジョン、もしかしてやべぇな?」
「何を言ってる」
「今さらです!」
ラセツは、素直だった。
アニが、その様子を見て小さく笑う。
少しだけ、肩の力が抜けた顔だ。
強さには、いろいろある。
前に出て壊す強さ。
後ろで支える強さ。
守る強さ。
それぞれが、役割を持っている。
俺は、その光景を見ながら思った。
このダンジョン、案外バランスがいい。
戦争の中で、奇妙な安心感が生まれ始めていた。