ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
「……全員集めるのは初めてか」
俺は支配域の境目に立って、支配域マップを確認した。
森の中、木々がここだけ生えていない円形の広場。
ここにぽんこが集合をかけている。
椅子はない。
俺はいい感じの根っこに腰をかけている。
最初に目に入ったのは、シルヴァさんだった。
木の根元に寄りかかっている。
寄りかかっている、というより、そこにそういう木が生えているみたいに馴染んでいる。
笑顔は穏やかで、手には湯気の立つ木の器。
何を淹れたんだろう、香草の匂いがする。
少し離れたところに、ラセツ。
腕を組んで、背中を太い幹に預けている。
目は森の奥を見ているが、前みたいに踏み込もうとはしない。
境界線を知っている目だ。
アニは、俺の少し右。
背筋がまっすぐで、堂々たる態度で地面に直接座っている。
その後ろには、オトとイモが控えている。
ぽんこは、俺の周りをふらふらしている。
今日は妙に機嫌がいい。
会議という言葉が好きなのか、単に全員が揃ったのが嬉しいのか、たぶん両方だ。
「マスター、幹部がほぼ揃いました!」
「ほぼってなんだ。誰が足りないんだ」
「いません!ほぼ、って言うと響きがいいので」
「意味がないだろ」
ぽんこが胸を張る。
ラセツが、鼻で笑った。
「相変わらず、うるせえな」
「うるさくありません!必要な情報を必要な速度で出しています!」
「速度の話じゃねえ。音量の話だ」
「音量調整機能はありません!旧式なので!」
「こいつ、どうにかしろよ」
俺が口を挟む前に、アニが小さく息を吐いた。
『……ラセツ、俺を見て言うな。マスターに言え』
「お前は反応が面白いからな」
『面白くない』
「面白い」
そう言いながら、ラセツはアニに一歩近づくでもなく、距離を保っている。
アニも張り合わない。
顔をしかめるだけで、視線は外さない。
張り合う気配はない。
あの日から、こいつは一段、別の場所に立つようになった。
シルヴァさんが、ふわっと笑った。
「あらあら。仲良しね」
「ちげえよ」
ラセツが即答する。
否定が速い。
速いのに、声に棘がない。
『仲良しだよ、シルヴァさん』
アニが気楽に答える。
そこにぽんこが間に割って入る。こういう時だけ妙に無邪気だ。
「仲良しです!」
「じゃあ、仲良しでいい。会議だ」
俺が言うと、空気がすっと変わった。
「全員、今の状況を共有する」
ぽんこが即座に補助に入る。
「現在、遠征二回目を終えて帰還済み。DPは追加で二十万。支援パックでコア位置表示が解放。幹部戦力は、守りがシルヴァさん、攻めがラセツさん、統率がアニさん。補給がイモ隊、隠密がオト隊。以上です!」
ぽんこは言い切って満足そうな顔をする。
俺は一度だけ深呼吸して、次の議題を出した。
「さて、次の遠征だ。往復十日。連戦が続いてる。こっちの留守中のリスクも増えてる」
オトが木陰で短く頷く。
イモはメモでも取っているのか、手元が動いた。
アニの指先が、計算するみたいに微かに動く。
ラセツは目を細めた。
シルヴァさんは、器を両手で包んだまま微笑んでいる。
俺は言葉を選ばずに言った。
「率直に言う。現地の空気を、俺が知らなさすぎる」
静かになった。
誰もすぐには口を開かなかった。
俺がダンジョンから出られない前提で動いてきたからだ。
俺は指示を出し、情報を受け取って、判断してきた。
全部、ここから。
安全な椅子に座ったまま。
アニが一番最初に反応した。視線が鋭くなる。
『……マスターが、現地に?』
ラセツも俺を見た、拒否ではない。
単純に、意外だという目だ。
オトが一歩、前に出た。
『危険です。撤退判断が遅れれば、全滅リスクが無視できません』
アニが難しい顔で口を挟む。
『でも、必要なことでもある。現地判断の精度は、ここにいる限り上がらない』
ラセツが面白そうにアニを見る。
「お前もそっち側か」
『賛成してるわけじゃない。ただ、理由は分かる』
短い沈黙。
危険だ。
だが、必要でもある。
その二つが、それぞれの中でぶつかり合っていた。
シルヴァさんが器を置き、言う。
「遠征中のダンジョンの守りもありますわ。最悪、私たちは全滅してもいい。でもダンジョンコアはマスターの命。これを危険に晒すのは許容できません」
「コアは……しょうがない。重荷かもしれないが、シルヴァさんなら大丈夫だと信じている」
「命に代えてもお守りしますわ。それでも、マスターがいる時に比べたら危険は桁違い……」
守りの要として、シルヴァさんの意志は固い。
だがこれは必要なことだ。
シルヴァさんの説得を続けようとした、その時。
ぽんこが、何の気なしに言う。
「持って行けばいいじゃないですか」
全員の視線が、一斉に集まる。
「……は?」
俺が間抜けな声を出した。
「コアは持ち運べます」
皆が唖然とする中、一足先に立ち直ったアニが尋ねる。
『確認だ。持ち運び中、ダンジョンの位置はどうなる』
ぽんこが即答する。
「ダンジョンの位置は動きません。入口は入口のまま。支配域もそのまま。コアだけが移動します」
イモが、興味深そうに近づいてくる。
『……管理上の問題は?』
「ありません。コアの管理は、コアがどこにあっても管理できます。マスターの権限も途切れません」
「ぽんこ……それ、もっと早く言え」
ぽんこが首を傾げる。
「聞かれなかったので」
その言葉にアニが応える。
『聞く前提がない』
俺も同意だ。
だが、ぽんこは聞かれなければ答えない。
だが、これは言え。
ラセツが、ふっと笑った。
「面白え。お前、外に出られるのか」
「面白がるな」
「面白えだろ。ずっと中で吠えてただけだったのに」
「吠えてない」
俺が言うと、ラセツは肩をすくめて黙った。
黙る時は素直だ。
シルヴァさんが、あらあら、と小さく笑う。
シルヴァさんも安心したようだ。
オトが俺のところに来て言う。
『護衛は僕の隊が付く。緊急時はマスターだけ連れて逃げる』
イモも頷く。
『補給班としては、軽量化と非常食の比率を上げます。撤退ルートは複数案を用意します』
アニが言った。
『見るだけなら問題ない。前に出ないなら、隊の動きは崩れない』
ラセツが鼻で笑う。
「足を引っ張るなよ」
俺は一瞬だけ言い返しそうになって、やめた。
ここで言い返すと、収拾がつかなくなる。
シルヴァさんが、俺を見た。
「ちゃんと帰ってきてね」
シルヴァさんの目が怖い。
声は優しいのに、圧が命令だと言っている。
俺は、全員を見た。
ぽんこの得意げな顔。
アニの落ち着かない目。
オトとイモの、動かない気配。
ラセツの試すような視線。
怖い目で微笑むシルヴァさん。
俺は息を吐いて、決めた言葉を口にした。
「次は、俺も行く」
ぽんこがぱっと明るくなる。
「はい!現地の空気、吸いましょう!」
「吸うだけで済めばいいけどな」
ラセツが、口角だけ上げた。
「やっと戦争っぽくなってきた」
アニが小さく頷いた。
『……了解。最初は俺が隊をまとめる。マスターは一旦後方で様子見で頼む。それでいいか?』
「余計なことをする予定はない」
『予定は信用しない』
「厳しいな」
『前線だからな』
誰も笑わなかった。
笑う場面じゃない。
だが、空気は重くなりすぎてもいない。
会議は終わった。
次の段取りは、もう動き始めている。
俺は自分のコアを、初めて「持って出る」ことになる。
中に籠もって指示を出すだけの俺は、ここで一度終わる。
次は、俺も現地に立つ。