ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜   作:土瓶サバ

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第44話 リングの空

ダンジョンの入口を出た瞬間、足が止まった。

 

光が、痛い。

 

入口から覗いた景色とは違う。

あのときはどこか遠くの風景だった。

 

今は、その風景の中にいる。

 

風が正面から吹いた。

土と草の匂い。

湿った空気、虫の羽音。

全部が一度に来る。

 

ダンジョンの中の森とは、匂いが違う。

なんというか、うるさい匂いだ。

 

「マスター、固まってます」

「......ちょっと待て」

 

見上げると、空がない。

 

いや、空に見える何かはある。

だが普通の青空ではない。

はるか頭上に、大地が弧を描いて続いている。

山があり、森があり、反対側の地表が帯のように伸びていて、その中央に白い光の線が走っている。

 

初めて見たときは「宇宙コロニーか」で済ませた。

 

今、その内側に立っていると、頭が見えているものを拒否する感覚がある。

空の代わりに地面が見えるというのは、理屈で分かっていても身体が追いつかない。

 

「ぽんこ、あの光って太陽なんだっけ」

「はい。正確には人工光源群ですが、この世界の人は太陽と呼んでます」

「思ったより近いな」

「遠いです。ぽんこの測定だと120kmくらいあります」

「......遠いな」

「はい。120km先の電球です」

「電球って言うなよ。ロマンがない」

「旧式なので!」

 

ゴブリンたちが、周囲で手早く隊列を組んでいく。

 

アニが前衛を並べ、オト隊が散る。

イモ隊が担架を整え、俺の乗る位置を示した。

 

木で組んだ枠に枝を張っただけの代物だ。

シルヴァさんの森の素材で、一晩で作ったらしい。

 

「……これ、本当に大丈夫なのか?」

 

落ちたら洒落にならない。

 

『問題ありません!試験中に三回、隊長が落ちましたが死んでません!』

「安心できねえよ」

 

『準備完了。出る』

 

アニの声で隊列が動き出す。

 

「マスター、行ってらっしゃい」

「留守番、頼んだ」

「はい。ダンジョンのことはお任せください。ぽんこ、留守番は得意です」

「得意なのか?」

「やったことないですけど、たぶん得意です」

「根拠ゼロだな」

 

「マスター」

「何だ」

「帰ってきてください」

「帰るよ」

「絶対ですよ」

「絶対だな」

 

ぽんこのお団子が一回だけ回転した。

 

 

 

揺れは少ない。

ゴブリンの足並みが揃っているからだ。

ただ、視界が低い。

地面に近い位置で、草の先端がちらちら目に入る。

 

森を抜けると、視界が開けた。

草原が広がっている。ここまでは普通だ。

ただ、遠くを見ると変になる。

 

地平線がない。

 

地面が水平のまま、ずっと先まで続いて、そこから上に曲がっていく。

目で追うと、草原が弧を描いて空の方向に上がっていって、霞んで見えなくなる。

 

リングの内側だから当たり前なんだが、見ると脳がバグる。

 

チュウタが肩に乗っている。

 

本体じゃなくて分体だ。

周囲の索敵と、ダンジョンへの中継を兼ねている。

 

『マスター、向こう。光ってる』

「あれ何だ」

『湖。反対側の地表の水面』

「湖が頭の上にあるのか」

『落ちない。たぶん』

「ぽんこみたいなこと言うな」

 

 

 

そして、夜。

 

光源が落ちて、リングの内側が暗くなった。

 

ゴブリンたちは止まらない。

寝る必要がないから、そのまま走り続ける。

 

揺れは変わらない。

足音のリズムも変わらない。

暗くなっても、こいつらのペースは同じだ。

 

担架の上で横になりながら、上を見た。

 

ダンジョンの中にはずっと天井があった。

壁があった。

支配域マップを開けば、自分の世界の端から端まで全部見えた。

 

外に出た。

外は広い。

 

反対側の地表に街の灯りが残っていて、それが頭の上にぽつぽつ見える。

星みたいだ。

ただし、星じゃなくて誰かの家の灯りだ。

 

空はあるが、空じゃない。

この世界は、広いだけの閉鎖空間だ。

 

「大きな、ダンジョンみたいだな……」

 

ゴブリンの足音を聞きながら、目を閉じた。

 

 

 

三日目。

 

景色が変わった。

丘陵が終わり、岩の多い荒地に入る。

植物が減り、道が険しくなる。

 

ゴブリンたちの足音が、岩を踏みしめる音にに変わった。

 

チュウタが分身を飛ばし、周囲を索敵している。

今のところ人間には遭遇していない。

 

このルートはアニとイモが事前に選定したもので、集落と街道を避けている。

 

当然だ。

ゴブリンの軍勢が街道を行進していたら、大騒ぎになる。

 

丘のへりに、石積みの壁が崩れた跡があった。

 

「あれ、家か」

『廃村。よくある』

 

俺のダンジョンの近くにも村がある。

アウル村、存在は知っているが見たことはない。

 

廃村とはいえ、初めて見るこの世界の村。

 

石壁の隙間から草が伸びていた。

誰かの家だったものが放置されている。

 

石造りの壁に、茅葺き屋根。

アウル村もこんな感じなんだろうか。

 

担架の上で、アウル村を想像しながら、それが流れていくのを見ていた。

 

 

 

「......五日って、長いな」

 

四日目の夕方、俺はぼんやりとそう呟いた。

 

『ダンジョン。あと一日くらい』

「一日か」

 

腹に括りつけたコアが、体温で少しだけ温かくなっていた。

 

ダンジョンの中では感じなかった重さが、紐を通じて腰に食い込んでいる。

 

これを守れなければ、全部終わる。

 

ゴブリンたちは黙々と歩いている。文句を言う者はいない。

アニが時々振り返り、俺のほうを確認する。目が合うと、小さく頷いて前を向く。

それだけだ。

 

 

 

五日目の朝。

 

目標のダンジョンが、視界の端に見えた。

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