ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
ここに来るまで、五日かかった。
片道五日。
地図上ではただの線だった距離を、実際に踏破するとこういう感じになるらしい。
大分、無理をしているはずだった。
歩いていないとはいえ、担架に乗せられ、身動きもとれずに五日間。
普通の人間なら、腰か尻か精神が悲鳴を上げる距離だ。
だが、不思議と身体は痛まない。
疲労感はある、しかし筋肉が悲鳴を上げる感じがない。
身体のこりも感じない。
「……やっぱり、生前より丈夫だな」
再構築体、という言葉が頭をよぎる。
この身体は、もう人間のそれとは違う。
だからこそ、ここまで来られた。
そして今。
俺は、遠征先のダンジョン入口前に立っている。
入口は、思っていたより小さかった。
想像はしていた。
チュウタの報告で把握していた地形。
それでも、実物は違う。
距離感が、違う。
俺は胸の前でコアを抱え直す、コアは腹に紐で固定することにした。
直径五十センチほどの黒い球体、背中に担いだり、腕で抱えたり色々考えたがどうせ戦ったら負けるんだ。
それなら腹に抱えているのが一番安全だろうという結論に落ち着いた。
『……配置、問題なし』
オトの声が前から飛ぶ、俺への報告と、隊への確認を兼ねている。
俺の前にはオト隊、左右にも薄く散っている。
背後にはイモ隊。
俺が完全に守られる陣形だ。
『進め!』
アニの短い一言で、全体が動いた。
一歩、踏み出した瞬間、大音量が耳を突く。
ゴブリンたちの叫声、足音、なんの音かわからない音
「……うるさいな」
思わず漏れた声に、イモが即座に応じる。
『はい。戦争はうるさいです』
石の壁、石の天井。
自分のダンジョンで見慣れた光景のはずだが、ここが他人の支配域だというだけでまるで別のものに見える。
壁が近い。
天井が低い。
ゴブリンたちがうるさい。
そんな中、前方で、反応があった。
『来る』
オトの声。
獣型、狼のようなモンスターが現れる。
次の瞬間、前列が動いた。
動きは速いが、慌ててはいない。
すぐに棍棒が一度振られ、鈍い音、短い悲鳴。
それで終わりだ。
血の匂いが、一瞬だけ強くなる。
「……弱いな」
軽く拍子抜けした俺は思ったまま口にした。
そこにイモが、静かに返す。
『強くはありません。ただ……』
「ただ?」
『マスターが襲われたら多分死にます』
その言葉に、背筋が冷える。
『敵!』
また狼型のモンスターが現れるが、少し見る目が変わる。
確かに俺は、あれに襲われたらひとたまりもないだろう。
自身の強化も真剣に考えるべきだな。
ゴブリンたちは、そんな狼型モンスターを簡単に撃退する。
『負傷者なし!』
『進行再開』
報告は淡々としている。
だが、俺の内側は違った。
コアを抱える腕に、無意識に力が入る。
ゴブリンたちの守りに、危険は感じない。
それでも、「もし」が浮かぶ。
ここで落としたら、素早い敵に奪われたら。
自分のダンジョンの中では、こんな想像はしなかった。
今は違う。
足元の感触。
風の流れ。
匂い、音。
全てが、「もし」を駆り立てる。
『マスター』
イモが声を落とす。
『今は、見ていればいいです』
「……分かってる」
俺は戦う側じゃない、前に立って戦うわけじゃない。
判断する側だ。
それでも、胸の奥の緊張は抜けない。
思ったよりも、落ち着かない。
そう考えながら、前を見ていた。
現在4階層。
大分時間が経ったが、侵攻は続いていた。
止まる理由がない。
前に進めば敵は現れ、処理すればまた道が開ける。
大きな損害もないが、得たものも特にない。
その繰り返しが、いつの間にか当たり前になりつつあった。
気づけば、肩に入っていた力が少し抜けている。
前方ではオト隊が淡々と安全を確保している。
ここからは見えないが、更に前方ではアニとラセツが道を切り開いているのだろう。
剣が振られ、音が鳴り、すぐに静かになる。
誰も声を上げず、振り返りもしない。
そんな中、イモが一人、チョロチョロ動いては小さく声を漏らしていた。
『むむ……』
俺に向けた言葉ではない。壁や床を見ながら、完全に独り言だ。
『なるほどなるほど……』
『へぇ……面白いですねぇ』
何が面白いのかは分からないが、妙に楽しそうではある。
『あー、そういう感じかぁ……』
次の瞬間、声の調子が変わった。
『この辺、安全ゾーンです』
「理由は?」
『今まで襲われてないです』
「それだけか」
『それだけです』
そりゃそうだ、としかいいようがない。
少し進んだところで、前方から金属音と短い悲鳴が聞こえた。
俺が反応するより早く、イモがぽつりと呟く。
『あの声は……』
一拍置いてから、こちらを向く。
『今の悲鳴は味方です』
「まずいのか?」
『いえ、大丈夫です』
視線を前にやると、ゴブリンが一体、転んで呻いているだけだった。
すぐに立ち上がり、何事もなかったように列に戻っていく。
オト隊は相変わらず無言で、完全に護衛に専念している。
通路が分岐した。
右は細く暗く、左は広く見通しがいい。
「どっちだ?」
『むむ……』
イモは首を傾げ、右の通路をじっと見る。
ひとしきり眺めたあと、こちらを向く。
『右は行き止まりです』
「じゃあ左か」
『はい。なので右に行きます』
何か宝や、隠し通路でもあるのだろうか。
そうして、右の通路に進むと確かに行き止まりであった。
「で、どうすればいいんだ?」
『はい、行き止まりだとわかったので戻りましょう』
なんだったんだ。
そんなことをしているうちに、俺自身も、周囲を見る余裕が出てきた。
転がる岩の残骸、雑に形成された跡、放置された探索者のゴミ。
報告では気づけなかったであろう細部が、自然と目に入る。
「……このダンジョン、作りが甘いな」
『ふむ……』
イモは壁を眺めながら、ぼそっと言う。
『んーなんだろう、甘いというより作りかけみたいな……いや……うーん、まぁいいか……そうですね!』
「まぁいいかって言ったか?」
進行は順調だった。
敵は弱く、処理は早い。
距離の近さにも、少しずつ慣れてきている。
血の匂いにも鼻が慣れてきた、慣れていいのかわからないが。
「……観光してる気分になってきたな」
思わずそう言うと、イモが小さく声を上げる。
『皆様ご覧ください。右手に見えますのが、壁です』
「おい」
少し楽しそうに辺りを見回す。
『前方に見えますのが……あ、この辺、景色いいですねぇ』
そう言ってイモが示した先は、大広間。
こちらは高台になっていて、全体が見渡せる。
アニ隊とラセツが大量のウサギ型モンスター相手に奮闘している。
そこまで強くはないようだが、頭に生えた角による、低い位置での突進にそれなりに怪我人が出ている様子だ。
「戦場だぞ」
『はい。戦場です……アニ兄ちゃんー!そのウサギの角、取っといてー!』
『おー、わかったー』
なんとも平和なやりとりだ。
ウサギ型モンスターを片付けて、更に進む。
やがて階段が現れた。
下へ続くものだ。
『五階層目です』
「思ったより早いな」
階段を下りると、空気が変わった。
湿り気が増し、音が重くなる。
「……そろそろ本気出してくるか?」
『むむ……』
イモが周囲を見回し、首を傾げる。
『あれ?おかしいな……』
独り言が続いたあと、こちらを見る。
『下がないぞ?これ……まぁ進みましょう』
何か聞こえたが、ここが最下層ということだろうか。
そして5階層を進む、敵は少し強くなった。
熊型モンスター、先ほどより大きめのウサギ型モンスター、群を統率する狼型モンスターも出た。
それなりに死傷者は出したが、それでも危機に陥ることもなく、探索は順調に進む。
しかし、何も見つからない。
通路も部屋もあるが、次の階層へ続く構造も、コア部屋も見当たらないのだ。
「さて、どういうことだ?」