ダンジョンマスターは世界の下請管理職 〜剣と魔法かと思ったら、スペースコロニーとディストピアだったので配下を育てて乗っ取ります〜 作:土瓶サバ
「このダンジョン、入口ができようとしてるかも、しれません」
俺は反射的に周りを見渡す。
今のダンジョンは、コア部屋と三メートルの通路だけ。
広さで言えば、玄関付きのワンルーム。
こんなものダンジョンというより、ただの部屋だ。
そこに外へ通じるドアが勝手にできようとしている。
「いやいやいや。これでそれはまずいだろ」
短い通路の先にひび割れのように滲んでいた光は、数秒のうちに一本の筋になり、その筋はやがて岩肌を押し広げるように淡く膨張していった。
ぱきり、と乾いた音。
ついで、押し返されるように空気が流れ込む。
気圧差ってやつだろうか。
次の瞬間。
岩壁が消え、通路の先にぽっかりと外の世界が開いた。
吹き込んでくる空気は冷たく、土だけではない、色々な匂いが飛び込んでくる。
ダンジョンとはまるで違う、生きた空気だ。
ぽんこが胸に手を当てて、ほっと息をついた。
「よかった」
心底安心した声で言う。
「外から破壊されたわけではありません」
「破壊されてたら困るんだが」
ぽんこは続ける。
「ダンジョンは一定の成長段階に入ると、自動的に入口を生成します。本来はもっと大きくなってからなんですが。今回、かなり早いです」
「早いのか?」
「はい。ぽんこ基準で異常です」
「その基準がどれくらい信用できるのかはさておき」
「ぽんこ基準は絶対です!」
ぽんこは自信満々だが、こういうのは自信満々な奴が一番危ないのだ。
俺は一歩、入口に近づく。
「それにしても」
視界が、一気に開けた。
目の前には空があった。
いや、空に見える何かだった。
遠く、はるか上方に大地が弧を描いている。
そう、前方ではなく、上方。
山が逆さまにそびえ、森が垂れ下がり、海が光を反射していた。
空間全体が巨大な輪の内側に存在している。
太陽に似た光源が、天井に真っ直ぐ線のように存在している。
「なんだこれ。地面が丸まってるのか」
「リング型、いやわかりやすく言うならドーナツ型、の内部ですね。この世界は巨大な環状構造で構成されています」
「人工物か?」
「はい、この世界は宇宙コロニー、通称『リング』の中です」
「……は?」
ぽんこが急に得意げに胸を張った。
「宇宙コロニーとはですね――巨大な人工居住環境でして!」
「ちょっと待て。説明始める前に心の整理させろ」
ぽんこはぴたりと止まる。
「宇宙、なのか?」
「はい、宇宙です!」
「そっか。宇宙かぁ。そっかぁ。」
ああ、言われてみれば確かにインストールされた知識にあるわ。
宇宙だ、ここ。
「マスター、理解が追いついていませんね?」
「いや追いつきたくないっていうか」
ぽんこはダンジョンの外側を指差す。
「地表には人間の暮らす区域、森、海、山、平原などが存在します。マスターのダンジョンは、その一部分の地下に位置しています」
「じゃあ、普通の人間がすぐそこにいるってことか」
「距離によりますが、存在します」
「距離は」
「非公開です」
「そこは教えろよ」
「ぽんこにも分かりません」
「ポンコツか」
「旧式です。便利な言葉です」
前方を見上げると、垂直な大地がゆっくりと弧を描いて続いている。
まるで巨大な建造物の内部に閉じ込められたような、そんな眺めだった。
「しかしまあ、とんでもない世界だな」
「はい。とんでもない世界です。ぽんこもたまに混乱します」
「混乱するのか」
「します。旧式なので」
「そこは揺るがないな」
リングの光が入口から差し込み、通路の岩肌を照らす。
急に世界が広がったように感じた。
「外がこんななら、侵入者も色々いそうだな」
「います。動物、村人、探索者、その他色々です」
「その他が気になるが、それよりもだ」
「はい。今はダンジョンを整えるのが急務です」
俺は深呼吸し、外の光をもう一度見た。
「この世界で生きていくのか。広すぎるだろ」
「広いですが、マスターとぽんこで一歩ずつ進めば大丈夫です」
「根拠あるのか」
「ありません。気持ちです」
「そこは気持ちかよ」
「気持ちです。ぽんこ、大事だと思ってます」
曖昧だが、悪くない言葉だった。
「よし。戻るか。とにかく急がなきゃならん」
「はい。ぽんこも全力でお手伝いします」
外から差し込む光を背に、俺たちはダンジョンへ戻った。
外から流れ込む風には、何かの気配が混じっている気がした。
人か、動物か、ただの風か。
そこまでは分からない。
ただ、ここが外とつながったことだけは分かる。
ダンジョンは、もう密室ではなくなった。
「あ……遠くに生命反応。多数。」