クリスタルハザードの勢いが膠着を見せ、怪人たちの勢力圏が縮まりつつある中、時の流れだけが残酷に、しかし確実に進んでいた。
次なる目的地は、水の世界『ゴボルレイク』。
かつて訪れたヒューキャニオンとはまた趣の異なる、清らかな湖と緑豊かな浮島がどこまでも連なる精霊の住処だ。
本来であれば息を呑むほど美しい自然溢れる世界なのだが、今の二人にそれを呑気に楽しむ余裕はない。
ここが推定通りなら、最後のクリスタルハザードにおける怪人たちの陣取り合戦の戦場となるはずの場所。先の2世界──ヒューキャニオンやエンデルガスが辿った悲惨な変貌を思えば(途中からウタのせいだが)、このゴボルレイクにどんな最悪の変化がもたらされているか分かったものではなかった。
それに加えて、オトノ──響には、この世界でどうしても成し遂げなければならない目的があった。
失われた自身の変身ベルト『音ノ小路ゼロディドライバー』の捜索だ。これまでの2つの世界で影も形も見つからなかった以上、最後に残されたこのゴボルレイクにあると考えるのが自然だった。
だがいざ足を踏み入れてみると、妙なことにゴボルレイクの景色には目立った大きな変化が見受けられなかった。
それどころか、あれほど世界を蹂躙していた怪人の姿すら、ここには見当たらない。不気味なほどの静寂が、透き通った水面をただ揺らしていた。
きらきらと光を反射する水面を虚ろな目で見つめながら、ウタ──奏は、もう存在しないはずの『これから』について思考を巡らせていた。
(……あのクリスタルが映した映像が、本当に正しい真実だというのなら)
自分たちはあの場所で、カーレッジ・フレインの手によって一度死んだのだ。
響はともかく、この自分が? ──そう自問自答してみるが、世界そのものがすべて滅ぼし尽くされたのだとすれば、それも無理のない話だった。
自分が今、なぜこうして生身の人間の体に戻っているのか、その理由も合点がいく。
今の肉体は元の世界にあった本物の体などではなく、仮面ライダー達同じくクリスタルの力で引き揚げられた歴史の残滓に過ぎないのだから。
クリスタルハザードを阻止した後に、どうやって元の世界に帰るか……これまではそればかりを考えていた。
しかしその前提が、根底から覆ってしまったのだ。帰るべき世界は、もうすでに存在していないという無慈悲な結末。
この件がすべて解決した後に、自分たちは一体どうなってしまうのだろうか。
深い泥のような絶望に沈みかける奏とは対照的に、響はそれでも、無理にでも前を向いて進もうとしていた。
「あんなこと忘れておいて……今更悩むわけにもいかないって」
響は自らに言い聞かせるように、震える声を絞り出す。
「それにカーレッジは世界を全部作り直すつもりで……そんな中であたし達だけが、その時のことを覚えているかもしれないじゃない」
おそらく、自分たちを含めた障害となる存在をすべて始末した後、あの男の手によって世界は新しく作り直されているはずだった。
響の知らなかった滅亡迅雷やゼインなどの『ゼロワンの世界の仮面ライダー』たちがこのクリスタルワールドに現れていたのも、あの大戦の後に歴史そのものが書き換えられた証拠に違いない。
「だったら尚更、クリスタルワールドのことだってほっとけない。こうしてあたし達に力が残っている以上、チャンスはまだあるんだから。たとえ今の自分が、歴史に埋もれた死人みたいなものだとしても……!」
ボロボロになりながらも、決して希望の光を消そうとしない姉。
その姿に、奏は冷徹な現実を突きつけずにはいられなかった。これ以上の傷を、姉に負わせたくなかったから……それ以上に、奏も相当追い込まれている。
「お姉ちゃん……分かっているとは思うけど、ここから出たとして、向こうがどんなことになってるか分からないよ? 会いに行ったところで、或人さんは前と違うし……そもそも、存在しているかどうかも……」
「それで諦めるのは、嫌。分かる!?」
響が強く言い返す。その瞳には、かつてないほど激しい感情が渦巻いていた。
「あたしはあっちゃんに会えないまま死んで、向こうがどうなったのかも知らないのよ!?」
「お姉ちゃん……」
「ちゃんと答えて。あたしはちゃんと知ってるし、今更言ったところでどうにもならないからはっきり言う。あたしは……あっちゃんの事が好きだったのかもしれない」
ずっと胸の奥底に秘めていた、しかしもう届くことのない淡い恋慕。それを吐き出した姉を、奏はただ静かに見つめた。そして、引きずられるようにして、奏自身の口からも、これまで誰にも──それこそ響にすら明かしたことのない、歪で、しかし紛れもない真実が零れ落ちる。
「私は……、お姉ちゃん以外に家族と呼べるものがいるのかとずっと思っていた。それなのに……不思議なことに私は執着するようになっていた」
奏は水面から響へと視線を移し、淡々と、だが決定的な言葉を告げた。
「或人さんの子供に」
「ええ……えっ、子供!? 今なんて言ったの!? 子供!?」
ゴボルレイクの静かな水面に、響の驚愕の叫びが木霊した。
「あっ大丈夫だよお姉ちゃん、略奪婚する気はないし私も或人さんには責任取ってお姉ちゃんと結婚してもらう以外に道はないし……私と或人さんの場合はちょっとした細工を……」
「奏!! 奏!! あんたやっぱりあっちゃんの事を……」
「それはまあ、そうやってなるみたいに話の……」
「あっちゃんの『ライジングカバンストラッシュ』を『オーソライズ!』する気なのはそっちもそうじゃないの!!」
「私そんな生々しいこと言ってないけど!?」
何を言ったのかは『Rの都合』でちょっとぼかすとして、自分達と飛電或人の仲はそこまでだったか?
いや……そんな大したことでない、ただあの時出会っただけ、あの物語にたまたま巡り合わせてそういう付き合いになった、運命が違えばまた違う出会い、違う末路になっていたことはジークの悪夢で学習している、でも……。
それでよかった、少なくとも今ここにいる『音ノ小路姉妹』はこの過程を得て満足している。
「もう一回あっちゃんに会えたとしたら、どんな風にになるのかな」
「……ごめん、それだけは考えたくないかも、本当に覚えてるのが私たちだけだったら」
「何? 奏も案外……寂しがり屋ね」
「うん、お姉ちゃんはそう思ってくれるならそれでいいから、私は……」
──
ゴボルレイクの奥深くへと進んでいくにつれ、それまで不気味なほどに静まり返っていた世界に、ようやく明確な『異変』が姿を現し始めた。
どこまでも広がっていた清らかな湖。その水面の色合い自体には、一見すると大きな違和感はない。だが、歩みを進めるごとに、鼻を突く強烈な刺激臭が辺り一面に漂い始めていた。さらに、クリスタルハザードによる影響なのだろう、湖の水位は以前に比べて明らかに、そして異常なほどに上昇している。
異変の正体を調べようにも、底の見えない不気味な湖へと自ら飛び込むほどの勇気は、今の二人にはなかった。
「ねえ、怪人に水棲系のものっていたっけ? ……うわ、それにしてもこの匂い、何?」
眉をひそめて水面を睨みつけるオトノに、隣に立つウタが冷徹な声を返す。
「多分、これはそういう生物的な汚染のしかたじゃない……。お姉ちゃん、ちょっと離れてて」
奏は手元で大事にならないよう注意を払いながら、湖の水をほんの少しだけ汲み上げた。そして、そこに小さな火種を近づける。──その瞬間、パッと青白い炎があっという間に燃え上がった。
今やゴボルレイク全体を満たしているこの液体は、澄んだ天然水などでは断じてない。アルコールのようにな高い可燃性を秘めた、極めて危険な液体へと変貌を遂げていたのだ。
ほんの僅かな量であっても、まるで篝火のように激しく炎上し続ける。もしこのゴボルレイクに巨大な火種でも投げ込まれれば、この美しかった精霊の住処は、瞬く間に逃げ場のない火の海へと化すだろう。
水の世界でありながら、その全てが凶悪な燃料に変わっている。これでは迂闊に超えることも、戦うことも難しい。
「だったら今回もこれしかないわね……お願い、ガヴ!」
『サモンライド! ガヴ!』
そこで二人は、今回もまた手元にある『ライドフィギュア』と『キョウカライドチップ』の力を頼ることにした。凍結の力を持つ**ブリザードソルベスタイル**の**仮面ライダーガヴ**をサモンライドし、その冷気で水の表面を分厚く凍結させて、安全な足場を作って進もうとしたのだが──。
──パァンッ!!!
「うわっ!?」
激しい爆鳴音と共に、歩みを進めた先の流氷が弾けるように爆発し、鋭い破片となって飛び散った。
この液体は固形化するとそのまま最悪の『火薬』のような性質へと変質してしまうらしい。
少しの刺激、それこそ自重による圧力を与えるだけで、容易に炸裂して周囲を巻き込む地雷へと変わるのだ。
凍らせて進むこともできない……しかし水位は高く、この広大な湖をどうにかして超えないことには、先へ進むルートはどこにも存在しなかった。
そうなると、残された移動方法は、嫌でも一つに絞られる。
「……泳ぐしかないよ、お姉ちゃん!」
「泳ぐ!? ちょっと待って、こんな格好で!?」
響が驚愕の声をあげるが、何はともかく進むしか選択肢はない。世界のほぼすべてを包み込もうとしているこの巨大な可燃性の湖を、彼女たちは直接泳いで渡らなくてはならなくなったのだ。
幸いにも、体が底へ沈んでいくような感覚はしない。だが、この大水量を泳ぎ切るだけでも一苦労なのは明白だった。何より──。
「ねえウタ、あたし達、服の替えなんて持ってきてないし……乾かす手段だって、ライドフィギュアの中にも持ってないんだけど。本当にどうするつもりなのよ……」
「そこは気にしなくてもいいよ。お姉ちゃんがどんな姿(なり)になっても、ここで見てる人なんか誰もいないしね」
奏は事もなげに言い放つ。だが、それ以上に厄介な問題がすぐに二人の身体を襲った。
水に浸かった瞬間に異様に身体が重くなり、下へと引きずり込まれるような感覚に陥ったのだ。慌てて原因を探ると、その違和感の正体は、彼女たちが身につけている『ライドフィギュア』と『キョウカライドチップ』だった。
どうやら、このクリスタルワールドを構成する結晶体は、この特殊な水を吸うと著しく重量が増していく材質だったらしい。
つまり、多くのライドフィギュアを抱えたままでの遊泳移動は不可能……最悪の場合、重さに耐えかねてそのまま窒息する危険性すらあった。
仕方がなく、二人は持っていく戦力を吟味し、本当に最低限のフィギュアだけを選別して持ち込むことに決めた。
「ねえお姉ちゃん。この際だから、着ている服も最低限にしたほうが少しは泳ぎやすいと思うんだけど?」
「……じゃ、じゃあ、あんただけそうしてなさいっ!」
響は顔を真っ赤にしながらそう突っぱねる。
奪われた自身のベルト『音ノ小路ゼロディドライバー』を捜索するため、そしてこの世界の危機を止めるため。彼女たちはかつてないほどに制限された、限られた力のみで、この危険極まりないゴボルレイクの攻略へと挑むことになる。
そうして、本格的に泳ぎ始めた頃……沈んだら一環の終わりの中で頑張ってバシャバシャと泳ぐ二人。
結局選んだのは2種類、ゼッツとエグゼイドだ……2つとも必需品のように欠かせないものになっており、戦力としては申し分ないが……まだ足りない。
グリオンに成すすべもなく倒され、ヒューキャニオンでジークに会ったことを考えると……流れ的にはゴボルレイクであのボッカ・ジャルダックと再会してもおかしくない。
「紛れもなくあたし達真っ向からやっても勝てないでしょ……多分ここにあたしのベルトあるはずなんだけど、それでも勝てるかってところね」
「私も人間相手ならともかく、今の姿で怪人となると厳しいかも……なんて言ってられないし、どうにかしないと」
しばらく泳ぎ続けること数分前、ようやく先が見えてヘトヘトになり一旦休憩……もちろん普通だったら怪人があちこち蔓延っているはずの世界でこんなこと自殺行為にも等しいが、こうして泳いでいる間にも怪人の姿は一向にない、水質が変化していることを除いてまるで平和なクリスタルワールドのようにしか思えない。
……しかしそれでいて不気味だ、静かすぎるのだから。
近くでは未だに水の流れる音しか響いて来ない。
生き物の気配が微塵もしない。
「ねえ知ってる? 何の音も聞こえない無響室っていう場所……ここにいると簡単に人って狂うんだって」
「今そんな話しないでよ……怖くなるから、怪人ってあんなに反応があったのになんでピクリとも出てこなくなるのよ」
「……ただの賑やかしだからじゃないの?」
「え?」
……これまで現れた敵が尽く姿を消していること、仮面ライダー滅亡迅雷、武神鎧武、ジャマト……更に数々の怪人達。
ちょっと姿を見せてはその世界を支配しているような素振りは見せているが、実のところまだ一度も奴らのような存在と戦闘していない、全くどこで何やら……これを彼女は『賑やかし』と判断した。
ただのイベントを盛り上げるための賑やかし。
「ねえお姉ちゃん、こんなときになんだけどちょっと賭けない?」
「本当にこんなときね……賭ける内容ってなに?」
「ギガスタルの正体が、お姉ちゃんがリバイスの世界で出会ったギフの時みたいに……その正体がカーレッジ・フレインだったら潔く命を絶つ」
「選択肢が壮絶ね……まあ言いたいことは分かるわ、じゃああたしは、カーレッジがその正体であることは前提としてもっと凄いことが起きることに賭ける! そっちが当たったらあたしの前で二度とネガティブなことを言わないこと!」
「……ははは、なにそれ、カーレッジが出てくることは前提なんだ、変なの」
「そりゃまあ……そうでしょ、あたし達がこうしてはっきりと意識して覚えていること、あいつが察してないはずないし」
いずれはクリスタルワールドすら超越してカーレッジと戦うことになるだろう、それが避けられないものであると察して。
それを感じているのか奏がずっとため息を吐いており……元気づけるのが姉の務めとして、奏の肩を持つ。
「よし奏! ゼロワンを探すわよ!」
改めて響は最初の目的でもあった仮面ライダーゼロワンのライドフィギュアが必要と思うようになった。
戦力というよりは願掛けのようなもの、自分以上に奏にとってあっちゃんにそばにいてほしいという自分の不安を押し隠して……近くにあるクリスタルを削る。
「お姉ちゃん……」
「あっちゃんがすぐ近くにいると思えばなんとかなる……気がするでしょ?」
「……こういうときにそういうものに頼ろうとするの、バカっぽいよ……ちょっとは見直したけど」
そうしてなんとか陸地に上がり、ある程度は水気を飛ばして近くにあるクリスタルを削る。
しかしここでまたゴボルレイクに起きている異変に気づく、ヒューキャニオンやエンデルガスでもちょっとやりすぎたところはあるがゴボルレイクはもう既に奇妙なところがある。
クリスタルが……少ない。
元々2つの世界でも根こそぎ奪い取るレベルで採掘したり回収はしていたのだが、自分達が通りかかる前からクリスタルが全く埋まっていないし生えてもいないわけである。
「ウタ、またクリスタルがあの温泉みたいにドロドロになってることってある?」
「可能性としてはゼロじゃないけど……ここはそんなに熱くないしそれで溶かすのは無理があるよ、元々水の世界だし……いや、でも無くなる手段でいえば……お姉ちゃんが最初に会ったボッカ・ジャルダックってグラニュートなんだよね?」
「グラニュートとクリスタルが何か関係あるの?」
「私も小耳に挟んだ程度の知識だけど、グラニュートは主食が石……というか鉱物だったような」
「え!? じゃああのバケモノってクリスタル食べるの!? 一番後回しにしちゃダメなタイプじゃないなんでもっと早く言わないの!」
「3つの世界どっち道同じことになるだろうと思っていたから……それにほら、生物的な常識として食べられる量としてはたかが知れてるし……」
「なんかそれ言われると便利すぎる言葉ね生物的なとか……じゃああれ? もしかしなくてもゴボルレイクって手遅れ?」
「積んでるわけではないと思うけど……ギガスタル復活は避けられないし、ゆくゆくはメモル達に全部伝えるのがめんどくさいところもあるんだよなぁ」
「実際あたし達の件って、どこからどこまで説明すればいいのかしらね……下手すればこうして3つの世界を巡って進んでいた時より長くなるかも」
「あの仮面ライダーゼインがクリスタルになったものがあたし達も使えたらいいんだけど……あれ? そういえばあれって、ゼインの姿で見かけたの最初の1回だけじゃない?」
「今更気付いたの……? 多分あれも賑やかし要員というか、話を盛り上げるための雰囲気作りというか……私はそれを意図的に避けるように行動はしてたけど」
曰く、何か変なことというか盛り上がりどころみたいなものが向こうから生えてくることもクリスタルワールドでも珍しくなかったのが……例のアイツの仕業ではないのかと勘ぐってしまい、意識してそれを無視したり大きく逸らすような真似をしていたという。
「じゃあヒューキャニオンやエンデルガスをめちゃくちゃにしたのって」
「うん本命はわりとそれもある、カーレッジの仕業じゃないなら後で元の体に戻った時にでも直せばいいやと思ってたし」
「改めてクリスタルワールドの皆からすればいい迷惑ね……」