「ねえあっちゃん……あたし、上手く正直に伝えにくいんだけど、あっちゃんの事好きなの」
静まり返ったクリスタルワールドの空間で、響の震える声が響いた。
……最初は単に「負けたくない」という、子供の頃からずっと胸の奥にくすぶっていた行動理念に過ぎなかった。
けれど、ゼロワンの世界で誘われるように奇跡的に巡り合い、数々の大きな戦いを経て、ボーカリストだった自分は仮面ライダーになった。
同じだけの苦難を背負い、共に世界の荒波を潜り抜けてきた存在から、いつしか全く別の感情になり始めていたのかもしれない。
一つわかることは、そうなるまで決して早い時間ではなかったということだ。
奏の引き起こした事件もありもう元の世界にはいられるような空気ではなくなっていた。
パパとママに会うことすら避けるようになり、結局、或人の住処に転がり込む形で泊まり込みの生活を送った時期もあった。
そうして同じ屋根の下で長い時間を共に過ごす中で、想いは少しずつ、けれど確実に育まれていった。
それでも、それは未だに響の一方的な片思いでしかなかった。
ただじっと佇む或人の幻影を見つめながら、響は胸を締め付けられるような感覚を覚える。向こうが自分たち姉妹を本当はどう認識していたのかは、結局わからないままだったからだ。奏が少し前から或人に意識を向けていたことには薄々気づいていたけれど、まさかあんなドロドロとした歪な好意を向けていたなんて予想もしていなかった。
だからこそ、今になって彼女の意識が向かうのは、自分自身の「女の子」としての魅力だった。
「実際に聞くのが怖いから、答えてくれなくてもいいけど……あたしってあっちゃんから見て可愛かったかな?」
かつての自分なら、自信満々にはっきりと断言できていたかもしれない。けれど、今こうして人生のすべてを振り返るような瞬間を迎えてみると、急に自信がなくなっていく。ただの妹や友達と接するのとは何もかも感覚が違っていて、或人の前ではどうしても一人の女としての自分を意識せずにはいられないのだ。
「あっちゃんにも結構わがまま言ってきたこともあるし、男の人って……胸がおっきい人が好きなんでしょ、あたしなんて奏に比べてずっと……ひ、控えめだし」
こんな弱音を、こんな気恥ずかしい打ち明け話を誰かにしたのは生まれて初めてだった。
もしもいつも通りの日常が続いていたら、口に出すどころか思い浮かべることすら固く拒んでいただろう。
しかしもう何もかもが手遅れになってしまった、この終わりを待つばかりの特別な状況だからこそ、ようやく吐き出せた本音だった。
「あたしと奏は、ちょっと前にあたし達がカーレッジに勝った方の未来……A世界線って呼んでる方を見た。あっちだと色々とめちゃくちゃな事になってるけど、あたし達の子供が出てきたりして……」
運命がどこかで少しだけ違っていれば、自分は或人と結ばれ、そんな未来を歩むことがあったのだろうか。
しかし現実の自分たちはそうなれなかった。もうすでに一度敗北し、世界ごと滅び去ってしまったからこそ、今この分岐点に取り残されているのだ。
これから始まる新しい歴史、新しい物語の中で、或人はもう二度と響たちを愛することはない。それどころか、出会うことすらなくなってしまう。
「なら、あたし以外の人を好きになってもいいよ。人じゃなくてもいいし……足並みを揃えた人に幸せを願うべきかな……。でもお願い、忘れないで……。あたし達の思い出を覚えたままでいて、あたしの知ってるあっちゃんのままでいて……」
自分たちはこのまま、この場所に置き去りにされて消滅するか、あるいは他の人々とともに『D世界線』という新しい物語の波に飲み込まれていく。
こうしてすべてを言葉にしてみて、響はハッと気づいたことがあった。自分が本当に恐れていたのは、ただ「忘れ去られること」そのものだけではなかったのだ。
これから先、或人と過ごす未来がないことだけじゃない。これまで積み上げてきた数々の大切な思い出も、そして、これから先で作っていくはずだった新たな体験も、もう二度と増やしていくことができない。その事実が、たまらなく怖くて、寂しかった。
確かに大変なことばかりの旅路だった。けれど、くだらない日常の範囲の中で、或人をはじめ、あらゆる世界から集まった仮面ライダーや仲間たちと出会い、共に過ごした日々は、響にとって何物にも代えがたい最高の宝物だったのだ。
それが、もう少しすれば、完全に尽きてしまう。
目の前の或人の幻影は、事前の警告通り何も答えない。肯定も否定もせず、ただ静かに、優しい眼差しで響を見つめているだけだった。
響は一歩、また一歩と彼との距離を詰め、その胸元にそっと手を添えた。涙で濡れた瞳をまっすぐに見上げ、今持てるすべての覚悟を唇に込める。
「あっちゃん、あたしとキスして……」
そうしえ2人は迫ろうとしていたその時……。
「おいコラ!! やっていいことと悪いことがあるだろうが!!」
ずっと二人の話している様子を黙って見ていたのだが、口づけが始まろうというところで首をへし折ろうとする勢いで響の頭を掴む。
「何よいいじゃない! 1回くらいならちょっといい思いしたって」
「私の目の前でやらないでって意味でもあるけど何を好き放題しようとしているって言いたいの!!」
「じゃ……じゃあ奏もあっちゃんとキスしていいから!」
「お下がりみたいな感覚で或人さん押し付けないでよ!! いいよ私は今更こんなことしたところで……虚しいだけなのはお姉ちゃんも分かってるでしょ」
「それは……そんなの分かってるけどどうすれば……」
こうして話は終わった、改めてまた仮面ライダー達と結論を付けなくてはならない。
だが或人と話していたら止まらなくなり、消えて欲しくないと願ったように二人で抱きしめる。
「やっぱり嫌! あっちゃんや皆ともっとやりたいことがいっぱいあるの!! クリスマスとかバカンスとか、ウェディングとか新婚旅行とか本当にやるのかな!?」
「最後2つはともかく私だって嫌だよ!! まだ試してないことだってあるのに……」
想いが塊になって白い光になっていく……。
人々が願えば、それに応えてくれる……それがエージェントの役割だ。
莫がここに来て、響に手を差し伸べる。
「……俺の思い出の中で思い出したことがある、エージェントという夢に焦がれて……夢と現実は違うこともあったけど、この夢を捨てなかった」
「だから俺は何回繰り返してもコートナンバーセブンであることを辞めなかった……音ノ小路響、君からのミッションを確かに受け取った」
『Protect Your Memories』
——思い出を守れ。
セブンの中で新しいミッションが出された。
これから先決して忘れない、崩壊した過去から託された言葉を莫は握りしめて手を伸ばす。
「セブンちゃん……じゃあもしかして貴方」
「ああ、少なくとも俺の答えは決まったよ……君たちは?」
「え? あたし達……あたし達がどうしたいか? ……あたし達が何をしたいのか」
響と奏が望んでいることは? それをするには?
莫に何かしらの意図はない、時空の流れ其の物に意図を感じる……クリスタルワールドの冒険で何度も経験していたからこそ察せられる。
——何かを誘導させられてないか? あの光の世界に入った辺りから露骨だったもので察せられるようになる、何か『特定の発言』を引っ掛けようとしているような……。
「……あいつか」
奏はすぐに気付き響に耳打ちする……これは何か露骨に怪しいと察せられるくらいには誘導してくれたのか?
莫がカプセムを開くとまた議論場が展開されて数々のライダーたちがまた席に立つ。
或人も響達を見守るように部屋の中心に座らされており、待ちくたびれていたのかジークが裁判長席であくびをしている。
「世界を越えた古臭いメロドラマは終わった? そろそろゼッツちゃん達も目立ちすぎたしここらではっきりライダー達と魔法使いちゃん達の答えを提示してくれる?」
「……それってあくまであたし達がこう決めたってだけで皆がそれに従うってわけじゃないのよね?」
「ああ、俺たちも俺達で結論を出す……だから気を使うこともない」
そうしてついに決断の時、これから多くの意見を聞くとしても響と奏はこれではっきりさせることになるのだ。
これから先の可能性でかわり果てた新しい世界では、たくっちスノーにまた手を貸すか、それとも完全に決別するか。
……彼やその仲間との冒険譚によって響や或人達は集まり一つになった、体験の数々も巡り合わせも彼が繋げてきた。
……響と奏の意思は決まっている。
「あたし達は諦めない……皆の思い出が消えてしまわない道を選びたい! あっちゃんだけじゃない! ここで生きたかった、やりたいことがあった皆、みんな!! み──んなと一緒に!!」
「……今回は忖度抜きに私もお姉ちゃんと同意見!」
「あたしがあたしであることが入れない理由なんて言うなら……あたしは『音ノ小路響』であることをやめる!!」
それは……目的のために自己を捨てるという新しい時空で生きていくための新しい手段。
この言葉を待っていたかのように大きな扉が開かれる、ゆっくりと門のように開かれてまるで入り口のように……手招きするように中が輝いて見える。
「これって……」
「そうだね……」
二人は扉を見るとしっかり目を合わせて……息ピッタリの動きで扉を蹴飛ばすと、クリスタルワールドの彼方まで扉が落ちていって消えてしまう。
何やらせっかくの一世一代のチャンスを潰してしまったような選択だが……響はそのまま大空の方を見て啖呵を切る。
「話の流れが見え見えなのよ!! あっちゃん達の関係は諦めきれないけど、あんたに協力するかとうかはそれはそれよ!!」
「どうせ議論の流れから新しい世界線だとかDからAに合流とか姑息に復活しようとしてたんでしょうね唾吐き返してやろうか?」
奏が本当にペッと吐き出しながら落ちていく扉を見下げる。
話が誘導されていることには響もなんとなく勘付いていた、たくっちスノーが議論に入ってきた辺りから不要論で『やっぱり必要』と言って欲しかったのは分かる。
それは思い出というものを人質に取っているからだ、自分に手を貸さなければ思い出も消える……だからまた力を会わせて奇跡的な復活を表現しリベンジを図っているようだったが、響の意思は固かった。
「本物の方のたくっちスノーなんでしょ! こんなくだらないことしたの! 確かに負けたことは悔しいけどカーレッジに対してどうこうするほどの筋合いも関係もないのよ!!」
「そうやって自分の優位性でいつも自分本位の話になるのが私は嫌で離れたかったって言ってるのに……」
もしもあの扉に入っていたら、結局途中からA世界線に合流するような形で変なことが起きていたことだろう。
そして響達はここに入るために名前を捨てて全く別の何者かになっていたのだろうか、ぞっとするがこれで仮面ライダー達にも意見がはっきり通せた。
……響と奏は、たくっちスノーに手を貸すことをやめた。
というよりは、完全に別の道を進んで二度と交わることがないようになった。
この結果を戦兎達は眺めることしかできなかった……。
「元はと言えばあの化物が撒いた種なんですから、カーレッジがどうとかたくっちスノーの何だとか、お二人だけで勝手にやって巻き込まないでもらいたいですね」
「そーよ! あたし達そこまで面倒みきれないんだから、ケジメはそっちで済ませてもらいたいんだから全く……」
完全に吹っ切れた二人を見て……莫もカプセムをポケットに仕舞い、答えを出す。
「ジーク、俺も決めた……もしかしたら、たくっちスノーを見つけたら手を貸すかもしれないし、何かしら王手を掛けるようなことはするかもしれない」
「——ただし、Codeの一件、コードソムニア、ゴアナイトメア……そしてジーク、一通り俺の物語で済みそうなことが完遂すれば俺は手を引く、その後の歴史にも関わらず生きる」
「あらゼッツちゃん意外な答え……今更お前にそんなことできるの? めちゃくちゃなんでも出来る期待の救世主なのに」
「買い被らないでくれ、俺は世界の平和を守りたいが……人柱じゃない、俺は特務機関Codeのエージェント『セブン』である以上に……ごく普通の好青年『万津莫』だから」
……そうして、過去のようにたくっちスノーに手を貸すべきか、否かという長い議論は幕を閉じることになる。
響と奏の結論はこうだ、二度とたくっちスノーの物語には関わらないように……『たくっちスノーのいない所で』『騒動や因縁と無関係に日常的に皆と過ごす』
要するに、カーレッジとの宿命のあれこれみたいなものは好きにやってもらうとして、自分達は本当にやりたいことをやる。
「あたし達はクリスタルワールドに残る!! ……っていうか、ここに住む!!」
「えっ!?」
その為に選んだことはこの場に残り続ける。
このガラクタしかない場所に停滞し続けることを選んだことにライダー達は驚き、ジークがいつの間にか肩を回すように背後に回っていた。
「あれぇ? 本当にそれでいいの? こんなゴミ溜めをマイハウス宣言とかさぁ……前向きな発言するべき立場じゃないか? 『希望は前に進むんだ!』とかそんな感じの……あ、オタクらの場合は『絶望に墜ちろ!』だっけ?」
「前にも進まないし、どこにも落ちていかない! どうせそうやって進んだ先にあるのはいつも通りの広がっていくだけのキリのない出来事でしょ……それにさ、ちょっと思い浮かんだことがあったんだけど」
「……そもそもなんであたし達って、結末求めて戦っていたんだっけ……?」
そもそもの話、自分達の『最終目標』はいかにして始まったのか?
それは結末を迎えたら自分達の長い戦いは、引っ張られるように続く歴史が終わると思っていたからだ。
しかしそれは違う、そうやって足掻けば足掻くほど逆に利用されているのではないか? その結果があのA世界線ではないのか? 正義のヒーロー達は真面目だからこそ、この負のスパイラルに気づかずとんでもないことになっていった。
だから少し能天気なところもある響は別の観点をなんとか見出した。
……何もしなくていいんじゃないのか?
「ちょっとダラダラゴロゴロするだけ、冒険とか抜きにしてのびのびするだけ、それで良かったんだと試してみたいのよ、終わることに固執してたけど……」
「だからお姉ちゃんの意思を私も一度尊重してみることにしたの、このクリスタルワールドを軸にして永遠の理想郷を作り出す……文字通りの停滞、平和を」
「これを他の皆にも言うのか?」
「もちろんよ、全員に賛同してもらえるわけではないことは分かってるけど……」
「でもお姉ちゃん、このガラクタまみれの場所でどうやって過ごすのか聞いてもいい? さっき鬼ごっこしたときはすぐ飽きたのに」
「あっ、その点に関して言えば何の問題もないでしょ? だってここは『終わったものすべてが残っている』ってことでしょ? 見方を変えれば……」
「……ああ確かに! たくっちスノーとカーレッジ以外全てがここにある!」
カーレッジが捨てたモノを何しようが響の勝手だ、ガラクタを寄せ集めるようにクリスタルを回収していき、奏からメモを貰って図面のようなものを書き殴る。
それはまるで家を作ると言うよりは、カーレッジがやっていたような世界其の物を作るようなものである。
本気でこのクリスタルワールドを軸にして新しい自分達の理想郷を作る気である。
更にそれだけではない……。
「ねえ奏、ちょっと待って……これ、何もあたし達に限った問題じゃないんじゃ、利用されてる人達って……」
「ああお姉ちゃんもなんとなく察したよね、うんそうじゃないかな、カーレッジの物語に利用される世界線が変わっただけなんだから」
意味深な発言に、いつでもD世界線に向かえるようにしていた莫も響の方を見る。
これはただやり直すだけじゃない、D世界線の方にも何か関与するつもりであることはすぐに分かる。
「まさかD世界線にも何か関与するつもりなのか?」
「そりゃもう、あたし達だけいい思いするわけにもいかないじゃない……D世界線の方だって同じ状況でしょ」
物語が縦1列で全て歴史と共に繋がっているだけでやっていることは同じ。
年代が伸びていくだけ、年を取っておじいさんおばあさんになっていくぐらいしか違わない。
何せ何か大きな事があったとしても、キャラクター達は何らかの熱い加護のように死ぬことも少なかった。
そこから死ぬとしたら、おおよそは寿命くらいか。
「……で、なんか有名なバトル漫画とかでもあるけど死んでも終わりって感じじゃないのよね……100年200年もしたらなんか生き返ってそうなのよね……戦いのためだけに」
「だからあたしは決めた! D世界線で終わった歴史も、A世界線でなくなった未来と過去も全部ここに移動できるようにする!」
つまりは。恐らく文字通りの『分岐点』として用意された空間をそのまま帰る場所にしてしまう。
D世界線で生を通しきった後、命は一度きり。
まるで撮影が終わった後の楽屋、役を演じ終えた演者はこれで終わり、誰にも認識出来ない場所に帰る。
それがこの場所となる。
「よし! じゃあ改めて作り直さないと、まずはクリスタルワールドからでしょ!」
「えっ、クリスタルワールド……もっと知り合いからでもよくない?」
「何言ってるの奏、あたし達は元々『魔法使いオトノ』と『吟遊詩人ウタ』として冒険してたんだから……せてて、それっぽく締めたくない?」