女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ!   作:人生変化論

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第1話 転生したけど曇らせがねぇ

 

曇らせが好きだ。

 

重要な局面で主人公を庇って死ぬヒロインが好きだ。そこからの絶望や闇堕ちなんて心が震える。

影で主人公に守られていたことを知らないヒロインが、後に後悔して絶望する展開が好きだ。大好きだ。

唯一心を開いていた存在が殺され、失意の毎日を送るなんて素晴らしいじゃないか。

 

無限に存在する曇らせの中でも、俺は誰よりも信頼されていた親友が、主人公を庇って死ぬタイプの曇らせが好きだった。

男だとか女だとかはナンセンス。囲っている仲間が多ければ多いほど良くて、より危険な状況であるほど良い。なお、全滅エンドは禁止とする。

 

曇らせの形は無限に存在すると言ったが、その後の展開も様々だ。怒りに震え復讐に走る者、絶望に耐えきれず命を絶とうとする者、傷を繕いながら日々を送る者。

 

ただ俺からすれば、これら全てが邪道であった。曇らせはそこに至るまでの展開、つまり信頼を築き上げる過程が重要なのであって、曇らせた後の展開は心底どうでもいい。寧ろ踏み台にして世界を救え。奇跡的な力で復活するな。敵として出てくるな。

 

当然、そんな作品は存在しなかった。自ら作品を書いてみるものの、どうも納得できない。社会の歯車として物のように使われながら執筆を続ける毎日は、長くは続かなくて。

 

 

そんな悲しき曇らせモンスターとして死んだ俺だから、何の奇跡か第二の生が始まった時は天からの祝福だと思ったよね。ほら俺そこそこ素行良かったし、優等生の皮かぶって生きてたし!

 

______けれど問題は、転生した世界が乙女ゲームだったってこと。殺すぞ。

 

 

 

□□□

 

 

「みんな、今日は来てくれてありがとうー!!最高のライブでしたっ」

 

巨大な会場に響き渡る大歓声。三色に光るサイリウム。

数えきれない程に多くの視線は、ステージに立つ俺へと向けられていた。

 

……そう、俺へと。

 

何度見ても信じられずに笑ってしまう。前世では特定のジャンルだけに興奮する異常一般男性で、女性に囲まれるなんて夢のまた夢だったのに。

 

「じゃ、次のライブでも待ってるからなー」

 

黄色い歓声に見守られながら、俺はステージを後にした。

 

 

「お疲れ様だよぉ、完璧な出来だったねっ」

 

「おい抱きつくな、男にされても嬉しくないんだわ」

 

舞台袖に戻ったのも束の間、ひしと抱きついてきたのは小柄な男。顔立ちは整っていて中性的な印象だが、その服装は俺と同じアイドル衣装に身を包んでいた。

 

「相変わらず、お嬢様たちは私の美しさにメロメロだったネ。キミたちが格好いいのは認めるが、私のオーラには勝てないようダ」

 

「お前人気投票最下位だろうがぶち殺すぞ」

 

「野蛮すぎるよね言葉遣いが。紳士の慎みを持とうヨ」

 

そして、キザに金髪をかき上げる長身の男。彼もまた、煌びやかな衣装だった。

 

 

ボクっ子ホモムーブアイドル、白雪透(しらゆきとおる)

エセ日本語キザムーブアイドル、九条エリオ。

 

___そして俺、長刀玲二(なぎなたれいじ)

 

今をときめく男性アイドルユニット、『idol trigger(アイドルトリガー)』。中高生を中心に人気を博し、今や武道館一歩手前とまで称される団体である。

……と同時に、本来は実在するはずのないグループだ。

 

 

アイドリッシュトリガーという乙女ゲームを知っているだろうか。

ジャンルはいわゆるアイドル育成系と、乙女ゲームの要素が合体したやつ。主人公兼プレイヤーであるマネージャーは、担当するグループの方向性や仕事を定め、トップアイドルを目指す、という内容らしい。それもうプロデューサーじゃんというツッコミは置いておきつつ。

 

らしい、と表現したのは実際にプレイしたことがないからだ。

数少ない曇らせコンテンツを食い漁るバケモノだった俺が、この手のジャンルに手を伸ばすはずがなく。ただ意外にも男女問わず人気の作品だったから、メインキャラと軽いゲーム性くらいは知っていた。

 

んで、ここまで語ったらもうわかるだろう。

心の奥底から曇らせを求めていた俺は、何故か乙女ゲームのキャラに転生してしまったのである。

 

「殺すぞ」

 

「出たっ、玲二くんの無差別暴言」

 

「やめた方がいいヨその美しくない口癖」

 

暴言も出るだろこんなん。

やっっと曇らせができると思ったのにさァ〜〜!転生って言ったら異世界とかそっち系だと思うじゃん、せめて現代異能学園都市とかであれよ!なんで曇らせとかいうワードからいちばん遠そうなアイドルなんだよ!主人公庇って死なせてくれよ!

 

アイトリの世界って気づいたのもアイドルなってからだったし!いや気づかねぇよ名前だけじゃ。意外とタレント的な才能あったんじゃねと思い上がったのに結局予定調和じゃねぇか!

 

「はぁ、こんな野蛮な男に負けるなんて。私史上初の屈辱だヨ」

 

「エリオくん僕にも勝ててないけどね」

 

「敵しかいないのかなぁうちのグループには」

 

せめて異能とか陰陽師とか存在してくれてたらなぁ。ただアイドルやって金稼いで終わるよ第二の人生。いや贅沢なのはわかってんだけどさぁ!人間なんぞ真の欲求を満たすまで乾きは治らないんだってぇ!

 

 

「なにを騒いでるんですか、バカ三人組さん?」

 

______来た。

呆れた表情で歩いてきたのは、長く綺麗な銀髪を揺らす、スーツ姿の女性。

彼女こそが、グループのマネージャーにして、プレイヤーの写し身。ある意味でこの世界の主人公とも言える存在。

 

月城しずく。俺たちを人気アイドルグループまで押し上げた立役者だ。

そして、この世界が女性向け乙女ゲームであるならば。

 

きっと、世界にとって最もイレギュラーな存在であるとも言えるだろう。

 

「……お疲れさん」

 

「散々歌い踊った後で暑いのはわかりますが、しっかり服を着てください。人気アイドルがそんなえっちい格好をしてはいけません」

 

「えっちいってお前な」

 

「兄さ……玲二さんはただでさえガードが緩いんですから。男性だからって油断しないでください」

 

「……悪かったよ」

 

 

「出たっ、しずくちゃんのお母さんムーブ」

 

「押し負ける玲二は新鮮だ、私にもその極意を教えてほしいものだヨ」

 

「うーん……このふたりって確か、養護施設時代からの仲なんでしょ?難しそうだよねぇ」

 

 

態々近寄ってきて、はだけた胸元のボタンを留めるしずく。

近くで見るとより分かる。雪よりも白い肌に、長いまつげ。顔のパーツは整っていて、プロポーションだってスーツでも隠しきれない程豊かだ。どうして、男性アイドルのマネージャーなんかやっているのか、わからない程に。

 

乙女ゲームにおける主人公が、どのように描写されるか知っているだろうか。

一枚絵で目元がぼかされながら登場したり、デフォルメされたキャラクリは行えたり。ゲームによって千差万別であるが、間違いなく言えることは。

 

しずくのように、ここまで極端な美少女として描写はされない。

 

 

「まったく……でも、無事にライブを成功させてくれたので、特別に許すとします。明日の夕食は、玲二さんの好きなものを作ってあげますよ」

 

「角煮でお願いしますしずく様」

 

「しょうがないですねぇ」

 

 

「夫婦みたいだねっ」

 

「外に漏れて炎上してないのが奇跡ではあるネ」

 

 

まあそんなもんどうでもいいんだけどな!

しずくがイレギュラーだろうが夢主的な概念だろうが、正直曇らせルートが思い浮かばない時点でどうでもいいんだよなぁ……。目の前で死ぬのも、この平和な世界線の日本じゃそこまで滾らない。敵から守って死にたいんだよね。ピンポイントにアイドルだけ破壊しにくる敵とか出てくんないかな。

 

ま、そんなこんなで。

 

転生しても変わり映えのない世界に来た俺は、美少女の手作り角煮と、レッスン後の曇らせ系小説を読み漁る時間を生き甲斐に、アイドル活動を頑張っているのである。いや大して前世と変わってねぇよ。

 

 

・・・

 

 

曇らせを愛する異常成人男性だった俺が、何故アイドルなんぞやっているのかと聞かれれば、それは生きるために他ならない。

 

どれだけ曇らせが好きでも飯は食わなければならないし、夜は眠らなければならない。転生した事実に気づいた五歳の時、すでに養護施設に預けられており、親の顔も名前も知らなかった俺にとって、金銭的な自由は全くなかった。

 

当然施設の大人たちは優しくしてくれたし、アイドルとして有名になっても変わらず接してくれるから、今でも仲はいい。けれど、高校大学と先を見据えた時、金銭的な問題が立ちはだかることは明白だった。

 

……思えば、曇らせという願望が叶わない未来を、心のどこかで受け入れてしまっていたのかもしれないな。

 

 

「ただいまー」

 

 

都内の高層マンション。

高校生という身分には無相応なこの部屋も、一年経てば慣れてしまった。

 

十四歳。街で芸能事務所にスカウトされた。

十五歳。イベントだの雑誌だの、細々と仕事をこなした。

十六歳。アイドルとしてデビューしないかと誘われ、透やエリオと出会った。

 

そして、今。

武道館も夢じゃないと言われる人気アイドルとして、最前線で歌って踊る。

 

曇らせが好きなだけの一般男性が、よくもまぁここまで来れたものだ。最も、それは俺に備わった才能なんかじゃなく、長刀玲二の流れ……ご都合主義、というヤツが働いただけなのだろう。

原作の玲二も、俺と同じように天涯孤独から成り上がったのか?それとも。

 

 

「……はぁ」

 

らしくない。今日はやけに気分が落ち込んでいる。ライブ終わりで疲れているからか?いや、ここ最近忙しくて、曇らせニウムを補給できてなかったからな。ネット小説でも漁る時間が必要なのかもしれん。

 

ぼーっとした頭のままソファに座り、電源のついていないテレビを眺める。液晶に映る自分の姿。

燃え盛るように赤い髪、整った目鼻立ち。元がソシャゲの世界だからか、派手な髪や容姿はそう珍しくない。しかしその中でも、特にイケメンと称されるのが、長刀玲二というアイドルだった。

 

こんだけイケメンなのに、女の子絡みのトラブルなんて一度も起こしてないんだ。事務所からしたらさぞ使いやすいだろうな。けどごめん、俺曇らせのシチュエーションにしか興奮できないんだわ!

 

「楽しい、んだけどなぁ」

 

アイドル活動は楽しい。ボイトレやダンスの先生はクソムカつくし、拘束時間は労基とか存在しないレベルで酷いけど、やりがいはある。

何より、女の子からちやほやされるのは気持ちいいしな。いくら俺の性癖が歪んでいても、人から評価されるのは嬉しいに決まってる。

 

けれど、長刀玲二として転生してから……いや、前世からずっとだ。ずっと、心の奥底が渇いている感覚。創作物で埋めようとしても、満たされないんだ。

 

「強欲、ってやつかね」

 

 

無音に耐えかねて何気なくつけたテレビ。

今日あった事実を淡々と伝えるニュースを流し見ていると、急に画面が騒がしくなる。

 

 

『えー、緊急で入ったニュースをお伝えします!郊外の___市において発生していたガス漏れですが、原因不明の引火によって大規模な火災に発展しました!現在、警察と消防が救命活動と消火を急いでおり……』

 

一転して非日常に包まれたニュース。喧騒から目を背けるように、電源を消す。

 

人生なんてこんなもんだ。突然非日常に巻き込まれることもあるし、死ぬ時は死ぬ。前世の俺だってそうだ。死に方なんて覚えていない。こうやってゲームの世界とはいえ、第二の人生を生きれているだけでもきっと、奇跡のような出来事で。

 

けど。それでも、満たされないものはある。

 

 

「異能でも超能力でも、降ってきてくれねーかなぁ」

 

 

・・・

 

 

真っ黒な空に包まれる街を、彼女は勇猛な足取りで歩いていた。

美しく輝く銀色は、まるで月の光を反射した星のよう。しかしその表情はわずかに歪んでいた。

 

「日本支部から派遣された月城です。本件の対応を担当していたエージェントは貴方ですか?」

 

「その通りです。インシデント発生後、市内にいた数名の異能者と対応に当たっていたのですが……どうにも規模が大きく。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 

「いえ。本件は本来、我々が予知し対応すべき事案でしたから。以降は日本支部が引き継ぎます。貴方たちは後方で回復に努めてください」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

性別も背丈も違う相手に、堂々と指示を出す。足を負傷しているのだろうか、庇うような様子を見せるエージェントは、安堵の表情でその場を去った。

 

「月城様。認識阻害、人払いの結界は構築済みです。各メディアには、ガス漏れが原因の大規模火災である、との情報を流布しました」

 

「通信環境は保てていますか?」

 

「はい。通信機はこちらに」

 

「ありがとうございます。それでは異能を行使し次第、作戦を実行します」

 

月城しずくに付き従うのは、彼女を信奉する数名の部下。彼女の特殊な異能に救われ、行動を共にする直属の部下たちだ。

部下の一人が持っていた通信機を受け取り、その先にいる複数の部隊に呼びかける。

 

「こちら月城。作戦を開始します」

 

短く呼びかけ、しずくは軽く瞳を閉じる。

 

______その身に宿すは、月の光。覆い隠された霧を晴らし、真実を明らかにするために。

 

 

「……井上隊はそのまま北上。C級が二体、D級が四体ですが十分に倒せます。高坂隊は北西に三百メートル進み、B級二体を足止めしてください。撃破は難しいでしょうから、足止めで構いません。宮崎隊は東方向のビルを捜索してください。生存者の集団が集まっている場所があるはずです。救命した後、高坂隊と合流しB級二体の撃破を目指してください」

 

『『『了解』』』

 

 

各隊長から帰ってきた返事に頷き、瞳を開く。

目を閉じていたはずなのに、寧ろ今の方が暗く感じる。だって、それもそうだ。今日は曇天。月の光なんて、全く出ていないのだから。

 

「……流石、月城様の異能です。超広範囲の探知に、異形の等級や生存者を見分ける精密さ」

 

「過剰な賞賛ですよ。範囲や敵の数によって、脳への負荷が増えていく。それに______」

 

 

『月城様ッ!倒し損ねたB級が一体、そちらへッ!』

 

「私、戦闘能力はからっきしですから。こういう事故があると、すぐに死んでしまいます」

 

 

途端、轟音が響く。

建物を破壊しながら迫ってくるのは、人の手足をツギハギにして、どこから拾ってきたのだろう、仏像の頭だけを頭部と思われる部分に載せた、醜悪な見た目の化け物。

 

それは正しく、異形と呼ばれるに相応しい。

 

「ひっ……」

 

「貴方たちは、B級以上の個体を現場で見るのは初めてでしたか。獣を形取るC級以下とは違い、明らかに人間に悪感情を抱かせる姿で出現します。容姿を選択できる知性があるのか、はたまた裏にいる誰かが手を引いているのか______」

 

「つっ、月城様!お逃げください!我々が盾に!」

 

後ろに控えていた部下たちは、咄嗟にしずくの前へ出る。日本支部では有名な話だ、最強の異能者とも呼ばれる彼女が、戦闘能力では誰よりも劣るということは。

けれど、彼らの足は揃って震えていた。異形の、理解できない造形。腕も足も、人間のものと瓜二つ。この体を作るために、一体何人を殺してきたのだろう?そもそも、奴らに感情はあるのか?だって、あの仏像の頭は、こっちを見て笑っているようにも思えて。

 

「大丈夫ですよ。私の弱点は、私が最も理解していますから。ね?」

 

「______エリオさん」

 

 

「『吹っ飛べ』」

 

 

途端、轟音が響く。

紙切れのように、子供が遊ぶ玩具のように。醜悪な異形は、最も簡単に吹っ飛ばされた。

 

 

「遅いですよ、何をちんたらとやっているのですか」

 

「いやいやしずく嬢、三時間前までライブやってたんだヨ。シャワーくらい浴びないと、レディたちに逃げられちゃうからネ」

 

「あら、あちらのレディは懲りずに向かってきてくれるみたいですけど」

 

「私ってば罪な男だ。異形の化け物まで虜にしてしまうとはネ」

 

 

視線の先では、起き上がった異形がこちらを睨む様子が見えた。

頭部は石でできた仏像なのだから、当然表情は変わらず微笑んでいる。しかし、エリオを見つめる視線には明らかな殺気が宿っていた。

 

先ほどの衝撃によってか、異形の手足はあらぬ方向へ折れ曲がっていた。けれどそんなもの関係ないと、曲がった手足を無理やり動かして突進を始める。最も人間とかけ離れた、ありえない挙動。異形が異形たる所以。

 

「ライブは成功したのに、迷惑な話だネ。……要らないんだよ。異形も、異能も」

 

少しの憎しみと、哀愁を持って異形を睨む。

 

 

「『ぶっ壊れろ、全部』」

 

 

音はなかった。

血液も、悲鳴の一つも流さず。異形は頭部と四肢を分断され、静かに崩れ落ちた。

 

「……言霊。感情を言葉に乗せ、現実を上書きする異能。対異形では最優とされる異能ですが、ここまで強く感情を乗せられるのは、貴方くらいです。エリオさん」

 

「貴女に言われるとは光栄だネ、最強の異能者さん」

 

「や、やめてください」

 

やや誇張された呼び名に慣れていないのか、しずくは恥ずかしそうに顔を伏せる。

そも、最強とはいっても情報戦に限る。情報を元に実行する異能者が居ないければ、有効に活かすこともできない。こと戦闘に限れば、圧倒的な出力で異形を蹂躙するエリオの方が、間違いなく優れているだろうに。

 

 

「しずくちゃん、お待たせ」

 

「透さん。生存者は無事でしたか?」

 

「うん、支部の人たちと協力して救出済み。宮崎隊は指示通り、B級の撃破に向かってもらってるよ」

 

 

しずくとエリオのそばに降り立ったのは、女性の雫よりも小柄な影。

エリオと同じく、アイトリのメンバー。つい数時間前まで、大舞台で黄色い歓声を浴びていた、白雪透だった。

 

「んで、しずくちゃんは大丈夫かなーって急いで来てみたけど……余計な心配だったみたいだねっ」

 

「私がいるからネ」

 

「……あのねぇエリオくん、そもそも僕の方が先に現地入りしてるの、意味わかんないからっ!エリオくんの方が家近いでしょ、どっちかとゆーと!」

 

ぷんすかと怒る透に、流石のエリオも罰が悪そうな表情を浮かべた。

 

「すみません、透さん。貴方にはいつも単独行動をさせてしまって」

 

「いーよいーよっ。ほら、僕の異能ってそういうの得意だし」

 

得意げに胸を張るも、背丈はエリオどころかしずくよりも低いものだから、頼り甲斐よりも可愛らしさが勝っていた。

 

 

「にしてもさー。異形の撃破よりも一般人の保護を優先するなんて、異能力者の中では珍しいよ?」

 

「……私は、異能力者のそういうところが嫌いです」

 

明らかな嫌悪感を滲ませるしずく。

異能力者とはそういうもので、ステレオタイプの人間ばかり。自分たちが特別だと信じて止まず、一般人を無力で非力な存在だと見下す。

 

「透、それは今更というものだ。平和であることが、異能を知らないということが、如何に尊いのか。()と親しい私たちが、一番理解しているよネ?」

 

「……そうだね。ごめん、失礼なことを言っちゃった」

 

「別に、いいです」

 

この場にいるのは、『idol trigger』のメンバー二人と、そのマネージャー。

異能力者として異形と戦う彼らと違い、唯一異能に関して何も知らない男を、この場の誰もが思い浮かべる。

 

「兄さんを、私たちの世界に巻き込んではいけない。兄さんは絶対に、幸せにならないといけない。アイドルとしてたくさんの人を幸せにして、いつか普通に結婚して、普通の幸せを掴まなければならないんです。その未来に、異能も異形も要らない」

 

 

「……『私が幸せにする!』とか言えないあたり、拗らせてるよねぇ」

 

「本人の前では恥ずかしがるくせに、こういう時は『兄さん』呼びが復活してますからネ」

 

 

「そこっ!コソコソとうるさいですよ!」

 

赤く染まった顔を誤魔化すように、ぶんぶんと頭を振る。

尚もにやけ面を止めない二人を睨みつけてから、声を張り上げた。

 

「エリオさんは私と共に井上隊の支援、透さんは高坂隊の支援に向かってください。いつまでもニヤニヤしないさっさと働く!」

 

「ごめんじゃん〜」

 

「ごめんネ〜」

 

「まったくもう……」

 

有事の際にも変わらない様子のアイドルども。いつもの光景を繰り広げる彼らに安堵しつつも、やはりここには、大切な兄がいるべきだ。『idol trigger』は、三人揃ってのグループなのだから。

 

 

「早急に片付けましょう。明日は兄さんのためにお料理をするのですから。夜更かしなんてしていられません」

 

 

 

□□□

 

 

 

アイドリッシュトリガー。通称アイトリ。

このゲームは発売前、アイドルを育成しトップを目指す内容で知られていた。事前に発表された主要キャラはわずか三人、育成画面のUIも安っぽい。流行りに乗っただけの量産系ゲームだろうと、まともに注目されていなかった。

 

事件は、発売後に起きる。

 

______曰く、このゲームのシナリオはなんかヤバい。

______曰く、想像してた方向性と全く違う。

 

______曰く、選択肢を間違えると、担当アイドルが簡単に死亡する。

 

 

最初は、乙女ゲームが好きなお姉様方から。一般層を飛び越え、ノベルゲーが好きな層に広がり、果てには鬱ゲー好きのマニアまで。誰にも期待されていなかったはずのゲームは、気づけば唯一無二の地位を確立していた。

 

 

『アイドルたちが異能を手にし、ハードな見た目の化け物と戦う乙女ゲーム』という地位を。

 

 

 

 

 

 

 

 




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