女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ!   作:人生変化論

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第2話 大学生と変わらない

 

「おはようございます、ねぼすけさん」

 

「おう、おはよ」

 

翌朝、と言っても午後に片足を突っ込んだ時間。

ようやく起きた俺の部屋を訪ねてきたのは、艶やかな銀髪をお団子に結んだ美少女だった。

 

月城しずく。人気アイドルグループ『idol trigger』のマネージャーであり、俺の...なんだ?幼馴染兼妹分的な存在だった。

 

「遅起きなのは昔から変わりませんね」

 

「毎朝起こしてくれる誰かさんがいなくなったからな」

 

「そんなこと言うなら同棲しますよ」

 

大方男性から言うべき台詞だろ。冗談だよな?

 

「施設の頃は良かったですが、いま一緒に暮らしたら刺されてしまいます。玲二さんのファンの女性に」

 

「ガチ恋なんぞいないだろ俺に」

 

「......」

 

「なんだその反応」

 

純粋なファン数ならば、先日行われた人気投票からわかるように、俺がグループ内ではトップ。ただファンの貢ぎ方は、ほぼホスト営業のエリオがぶっちぎっているし、ガチ恋と称されるコアなファンは透についているイメージがある。

異常性癖に目をつぶれば俺清純派だしなうん。

 

「さあ、早速ですが今後のスケジュールについて話しましょう。玲二さんは座って待っていてください」

 

「や、コーヒーくらいは出すぞ」

 

「玲二さんより私の方が、この家のキッチンに慣れていますので。任せてください」

 

俺の家なんですがそれは。

年下に世話される精神年齢三十オーバーの男。情けないンゴ......

 

リビングの椅子に座り、コーヒーを入れるしずくをぼーっと眺める。

 

しずくは俺と同じ養護施設の出身で、親の存在を知らないという点で境遇が似ていた。年齢の近い子どもも俺たち以外にいなかったから、兄弟のように仲が良かったな。

成長するにつれ、性別の差という自意識が芽生えたのか、流石に距離感は遠くなってしまった。けれど、芸能界にスカウトされた俺に続いてこの世界に飛び込み、今やマネージャーとして、俺だけではなくエリオや透の世話までしている。アイトリはしずくに頭が上がりませぬ。

 

「お待たせしました、本日のコーヒーです」

 

「今日は何の豆かな」

 

「インスタントですが」

 

微笑みながら二つのマグカップを置いたしずく。

綺麗な顔立ちに大きな瞳。俺なんかよりも、彼女こそアイドルに相応しいであろう美貌。

果たしてそんなしずくは、本当に原作通りの存在なのだろうか。

 

大前提として、『アイドリッシュトリガー』はアイドル育成系というジャンルであると同時に、乙女ゲームの要素を合わせ持つ珍しいゲームだ。

プレイヤーは担当マネージャー、要するに月城しずくを現身としてゲームをプレイする。攻略対象であるアイドルは、俺が知る限り三人。白雪透、九条エリオ。そして、長刀玲二。

 

俺がこの世界に転生したとしても、しずくが主人公であるという設定に変化がないのであれば、この世界はかなり俺___長刀玲二のルートに寄っているように思う。

当然ながらアイトリは簡単な概要しか知らないし、本編でどのような展開が繰り広げられるのか、もう既にシナリオはスタートしているのか、全くわからない。

 

けれどしずくが俺に向けてくれる感情が、メンバーの二人に対するものより大きいことは、幾ら異常性癖の俺でもわかる。

 

 

「さて、今後のスケジュールです。レッスンは早速明日から再開します。明日はダンスレッスンで午後はお休み。明後日はボイトレと、次回のツアーライブと活動方針の会議です。またグッズ案の提出期限も迫っているので、エリオさんや透さんと話し合いながら……」

 

コーヒーで一息ついたのも束の間、怒涛のスケジュールラッシュ。

人間のやるスケジュールじゃねえよ、休みくれ休み。じっくり曇らせ小説を鑑賞する時間が欲しいんじゃあ。

 

とは言っても、スケジューリング能力には定評あるしずくだからな。俺たち三人が限界を迎えるギリギリの予定を組んでくれている。あらやだ、知らないうちに調教されちゃってるのかしらん。

 

「と、一週間のスケジュールはこのようになっています。何か異論はありますか?」

 

「ナイデス」

 

「よろしい」

 

前世のアイドルたちもこんな生活してたんかな。素直に尊敬である。

 

 

「先日のライブは大成功でしたね、玲二さん」

 

「おかげさまで、な。あそこまでキャパ大きい箱は初めてだったし、流石に緊張したけど」

 

アイドル活動を始めて二年近く、芸能界で言えば三年間は活動を続けてきたわけだが、前世はただの一般人。大勢に注目される経験なんぞまともに積んでないから、今でもライブの際はそれはもう緊張する。

 

「玲二さん、緊張隠すの上手ですよね。あんなに堂々と踊ってたのに」

 

「隠すのはな。ポーカーフェイスってやつよ」

 

こちとら曇らせでしか興奮できない性癖を、前世合わせて三十年近く隠し通してる男だぞ。今更緊張なんぞ顔に出すようなヘマはしないわ。

 

懐かしいなぁ。あれは俺がまだ未熟だった前世の学生時代。授業中に隠れて曇らせ小説を読んでいたら、あまりにも好みのシュチュエーションが来てしまって顔面崩壊、雄叫びを上げてしまう始末だった。気が狂ったのかと保健室に担ぎ込まれたのは今でも汚点である。

 

プロの曇らせニストは余計なところで情けない姿を見せてはいけないからな。普段は頼れるくせに、ここぞという時に仲間を庇って死ぬ。常に最強の自分を演じなければ、いざという時に美しく散れないわけよ。

 

「……施設で一緒に育って、気づいたら随分遠くへ来ちゃいましたね」

 

「だな。あの頃は金を稼ごう、自立しなきゃって必死だったし。そう考えたら、今の生活は幸せだよ」

 

別に、施設の環境が悪かったわけではない。

職員さんたちは優しいし、ご飯だって腹一杯食えた。

 

けれど、俺は前世の記憶を。しずくは年齢にしては聡明で大人びていたから、将来に対する不安ってのは強かった。

なんとかして金を稼ごうと思って、未成年のガキにできることは少なくて。

 

人生が変わったのは、あの日芸能界にスカウトされてから。

 

「兄さんのおかげです。ずっと頑張って、たくさん勉強して努力していたのを、私は知ってます」

 

この世界が『アイドリッシュトリガー』である、という事実にもっと早く気づいていれば、俺としずくの人生はまた違ったのかもしれない。

 

ただ、俺が知っていたのはキャラクターと概要だけで、それも遠い昔に見た程度の記憶。異世界に転生できなかった悲しみと、人生に対する不安でいっぱいだった当時の俺にとっては、アイトリと転生した世界が繋がらなかった。

 

気づいたのは何がきっかけだっただろうか?

エリオと透と出会ったとき、いやそれよりも前に、たしかしずくが______

 

「私は、兄さんに頼ってばかりで」

 

「いや、それは違うぞ」

 

しずくは自己評価が低いきらいがあるからな。

『idol trigger』をここまで人気アイドルにしたのは誰の手腕だと思ってる。芸能界の歴も浅い、我が強くまとまりのない俺たちをレッスンにぶちこんで、「まとも」にしたのは間違いなくしずくの功績だ。

 

それに、メタ的に見てもしずくは主人公。アイドル育成ゲームというからには、いつか俺たちをトップアイドルまで引き上げる。最後には、攻略対象の誰かと結ばれて幸せになるのだろうから。

 

「しずくがいなかったら、間違いなく今の俺はいない。第一、食生活も予定も管理してもらってるんだ、もうしずくがいないと生きていけないな。ははっ」

 

「ぐふッ」

 

うーん我ながらクズ男発言。年下の妹分にこれとか死んだほうがいいか。

気持ち悪い発言にしずくも吐血。ごめんて。

 

「軽率な言動は控えてください兄さん、死人が出ます」

 

「言い過ぎだろ」

 

そこまで?殺すぞ俺自身を。

曇らせ狂いと美少女JK、天秤にかけると俺が吹っ飛んでくまである。命に優劣など、あります。

 

「やっぱり俺には似合わんな」

 

こういう営業は、透やエリオの専売特許だ。歯が浮くようなキザな台詞とか、愛してるだの大好きだのなんて言葉は、前世で言う相手がいなかった俺にはハードルが高い。この容姿に生まれ十七年だが、前世で根付いた価値観は未だ消えようとしない。

 

前世の俺が死んだ記憶は明確にあるし、終ぞ曇らせることがなかった前世には未練はない。もうちょい親孝行すればよかったな、とか。職場には俺が抜けて申し訳ないな、とか。あとは置いてきた妹がちょっぴり心配だけど、まああいつは強かだしなんとか生きてくだろう、とか。

 

転生とかいうファンタジーな現実に直面しても、なんだかんだで適応するものだ。

 

 

でもさァ!あとちょぴっとだけ世界線変えれたらなァ!話題だったあの鬼退治系漫画とか、呪いで戦う現代世界とかであればさ〜〜!!

 

未だ顔を両手で隠すしずくを眺めながら、そんな贅沢な願望を喚き散らすのだった。

 

 

 

「(〜ッ!自分がかっこいいことを自覚してください、バカ兄さんっ)」

 

 

・・・

 

 

短すぎる休日を終え、今日からレッスン再開だ。

昨日はあれからしずく特製の角煮を食べ曇らせ小説を漁る、至福の時間を堪能した。やはり娯楽……娯楽は全てを解決する……。

 

休み明けの仕事したくない現象に襲われるけれども、今の俺は人気急上昇中のアイドル。どれだけ億劫でも仕事はせねばならないし、日々の鍛錬を怠ってはパフォーマンスが低下する。あれバトル漫画の世界線?

 

まぁ、元一般人の俺がそこそこ見栄え良くステージに立つには、レッスンが必須なわけで。

 

 

「……お疲れ様っす」

 

都内にあるダンススタジオの一室。そこそこ広い部屋に入ると、複数人から挨拶が返ってきた。

ここは俺たちアイトリが所属する芸能事務所が抱えるスタジオで、ダンスやらボイトレやらを行える設備が揃っている場所だ。会議室なんかもあるから、事務所ってよりこっちに来る機会の方が多いな。

 

ダンスレッスンってのは二種類あって、基礎練と振り入れ。今日は前者の基礎練であるため、同じ事務所のアイドルたちが複数人同時に受けることが大半だ。そこそこ売れてるやつらから、現在売り出し中の若手まで、壁際を見れば顔見知りのタレントがちらほらいる。

 

「玲二くーん!」

 

とてとてと駆け寄ってきた小柄な男は、同じくアイトリのメンバーである白雪透。

黒く艶やかな髪をボブに切り揃えて、大きな瞳の傍には可愛らしい泣きぼくろ。庇護欲をそそるその容姿は、アイドル好きのお姉様方から莫大な支持を集めている。

 

……と同時に、狙って薔薇営業してくるホモアイドル野郎。

 

「えへへ〜、二日ぶりっ!」

 

「抱きつくな抱きつくな、男にされても嬉しくないんじゃ」

 

「ファンの子達は喜んでくれるのに」

 

そりゃファンはな。女の影があるよりは男同士の絡みの方が嬉しいだろ。

 

「女アイドルは百合営業、男は薔薇営業なんだよどうせ。ガチじゃない」

 

「出た玲二くんの過激発言」

 

俺を爆弾扱いしないでいただきたい。事実を述べているだけですわー!

 

この世界、元が女性向け作品だからか、やけにホモホモしい場面が度々ある。

当然何かしらの行為がガッツリ描写されるわけではないし、貞操概念が逆転してるとかではない。ただちょぴっとだけ同性愛に寛容だったり、露骨なサービスシーンが挟まったりする。なんかレッスン中のアイドル共が薄着だったりな。

 

とはいえ、誰が見ても美少女であるしずくがいたり、仕事繋がりで女性の知り合いもそこそこいるから、ガッツリユニコーンに配慮された作品だった、ということでもないのだろう。アイトリは男性人気もあるとかで話題になってたしな。

 

「今日はエリオくんもしずくちゃんも来ないからさー、寂しかったよ」

 

「あれ?しずくは聞いてたけどエリオもか」

 

事務所で打ち合わせがあるとかで、レッスンには同行できないとは聞いていた。

エリオもいないなら、あいつがソロで受ける仕事の打ち合わせか何かか。喋らなければイケメンで周知されているエリオだから、写真集だとか雑誌の仕事多いんだよなあのエセホスト。

 

「うへぇ……エリオいないなら標的減るだろーが」

 

「だねぇ。僕らにばっかスパルタだもんあのダンスおばさん」

 

ダンスおばさん、とは俺たちのダンス練を担当する先生の通称だ。

数々の人気アイドルを担当してきたとかで腕は確かなんだが、レッスンがキツすぎてなぁ。とんでもない運動量とスパルタ指導で俺たちを責めてくるのである。なんて特殊プレイですかコリは。

 

「なーにが『売れ始めたアイドルをレッスンでボコすのが趣味なのよオホホ』だ、殺すぞ」

 

「ああ玲二くんいつもの出てる出てる。アイドルらしからぬ言動だからそれ」

 

かといって技術的には尊敬できるから、簡単に逆らえないのが困る。

才能ある人間ほど性格終わってるのなんだよ、社会の縮図だよ。

 

「玲二くんはダンスちょー上手いからいいじゃん。僕なんてダメダメだから、いつも叱られてばっかでさぁ」

 

「ボイトレでいっつも満点もらってるお前に言われたかねぇよ」

 

俺たちアイトリの面々は、各々で得意な分野が違っている。

俺はダンス、透は歌唱力。エリオはビジュアルとか美容の面に特化していて、別々の方面で仕事を貰うことも多かった。

 

アイドル育成系というジャンルであると考えれば、ゲーム的にはキャラクターのステータス差をつけた結果なんだろう。前世ではまともに経験がなかったダンスだけれど、明らかに成長度合いが他の分野に比べて早かったしな。

 

それにダンスの上手い人気アイドルなんて、ダンスおばさんのいい的だ。何も嬉しくねー……。

 

「僕も早く、上手に踊れるようになりたい」

 

透は目を伏せて、少しだけ悲しそうに呟いた。

 

「玲二くんもエリオくんも、身長高くてかっこいいでしょ。でも、僕はチビだし運動神経悪いし。僕がいるから、グループの方向性もまとまってないし」

 

久々に萎えモード入ってるな。

 

透の言う通り、グループの方向性はバラバラで一貫性がない。

K-popだの韓流アイドルの流行りだの、現実のブームが反映されているこの世界において、グループ単位の強みがない俺たちは難しい立場にいる。

 

ダンスもそこそこ、歌もそこそこ。

個性が強くて、あくまで個人技のぶつかり合い。

 

今でこそ誇れるくらいの人気を手にしたが、結成当時は未来なんぞ全く見えなかった。こいつら一丁前に我は強いし、話し合いでも全く譲らないし。

それでも。だからこそ光るものがある。

 

「ばーか」

 

「わっ」

 

透のちっさい頭に手を当てて、乱暴に撫でる。

 

「他人のこと見過ぎなんだよ、お前もエリオも」

 

「……玲二くん」

 

「お前のやりたいことは何だ、ダンスか?媚び売って人気になること?違うだろーが。歌ってる時の透、死ぬほど楽しそうなんだから」

 

曇らせという欲望に従って生き、抱えたまま死んだ俺だからこそ。

死ぬ時は一瞬で、どれだけ心から願っていても、どうしようもなく終わる日は来る。

 

だから。

 

「やりたいことやっとかないと、後悔すんぜ?」

 

転生みたいな奇跡が起きても、叶わないことだってあるんだからさ。

 

 

「……そうだねっ!じゃあダンスやりたくないから帰ることにするよ」

 

「ふざけんなお前も俺と共にサンドバックとなれ」

 

それとこれとは話が別だわ。

 

逃げようとした透の首根っこをむんずと掴み拘束する。

痛い痛いと抵抗する透の表情に、先ほどまでの憂鬱さは残っていなかった。

 

 

まあ、こんな感じで。

アイドル育成ゲームのキャラクターに相応しく、どいつもこいつも拗らせている。恐らく『アイドリッシュトリガー』というゲームは、月城しずくこと主人公が、拗らせたアイドル共を叩き直しながら恋愛をする、そんな内容なのだろう。

 

間違いなく攻略対象には、俺も含まれていて。

長刀玲二という男は、どんな物語があったのだろう。

天涯孤独であるということ。両親の記憶がないということ。両親はおろか、親戚の一人も見つからないということ。

 

転生してから、気になる情報はいくつもあった。どれもがアイドル系とは思えない内容で、ストーリーの予想が全くできない。

 

世界を超えて、俺は初めて曇らせ以外のゲームに興味を持っていた。

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

「しんどいしんどいしんどいしんどい」

 

まじでふざけんなよあのババア。普段エリオに向いてる分のヘイトが全部俺に来たんだが。振りミスったらボロクソ言われるし、これもう訴えたら勝てるんじゃないかな。下手な漫画の修行パートよりも修行してるだろこれ。

 

無事?レッスンを乗り越え、俺と透は大の字に寝転がっていた。

とはいってもライブで体力が鍛えられている俺たちはまだマシな方で、周囲にはアイドルたちの屍が積み上がっている。

 

「機嫌良さそうだったね、ダンスおばさん」

 

「若いアイドルいじめるのが趣味だからな」

 

「言い方」

 

俺が曇らせ好きな異常性癖であるように、彼女はきっとダンスいじめが性癖なのだ。ダンスいじめって何だよ。

 

くそ、早急に低下したメンタルを回復せねばなるまい。

気合いで起き上がって、滝のような汗を流す透に言った。

 

「透もこの後オフだよな?サウナ行くぞサウナ。いつもの個室予約してあるから」

 

「えっ!行きたーいっ!」

 

そこそこ知名度が高い俺たちだから、食事もサウナも基本個室を使えとしずくに口酸っぱく言われているからな。前世も今世も一般的な金銭感覚で生きてきたから、結局チェーン店ばっか行ってしまうけれども。

 

「いざレッツ整い」

 

「ととのいー」

 

 

透とサウナで追加の汗を流し、帰りに牛丼を食って帰った。やってることそこらの大学生と変わんないじゃねぇか。

 

 

 

 

 

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