女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ! 作:人生変化論
誰もいない空間をぽつりぽつり、そろりそろり。
ドッキリ企画と思いきや逆ドッキリにかけられていた俺は、なんとしても悪ガキ共に一泡吹かせようと策を練っていた。
「くそっ、どこで見てやがるアイツら」
ショッピングモール内を歩き回ったものの、人の姿ひとつ見当たらない。よくもまあいちアイドルの動画撮影に、こんな大掛かりな仕込みをしたものだ。ダンストレーナーのお姉さんも子供たちもエキストラだったんだろうし、相当な金が掛かっているハズだ。
どーせ監視カメラとかでモニタリングしてんだろーなァ!安全圏から眺めやがって、俺は檻の中のライオンじゃねぇぞ。
どうする?どこまでがアイツらの予想の範疇だ?
俺が困り果てたところでネタバラシの可能性もあれば、イカれているエリオがいるんだ、そのままショッピングモール二十四時間生活なんてのが始まる可能性すらある。もう全裸になって叫び散らしてやろうかな。ごめんしずくさん、俺アイドル辞めます。
とはいえ、俺は未だ自認トップアイドル。転生してからの十数年で仕込まれたコンプラが剥がれることはなく。
ってことで、行き詰まった俺が選んだのは。
「うおおおおおお!」
全力逃走です。
気分はさながら逃走中。ハンターから逃げます、カメラとか気にしません。
取り敢えずはこのショッピングモールから脱出する、話はそれからだ。幾ら芸能事務所の財力がバックについているとはいえ、街全体を巻き込んでるなんてことはないだろう。隠しカメラが無さそうなところまで行けば、流石のアイツらも焦るに違いない。
ダンスレッスンで仕込まれた体力をフル活用。こちとら毎日ダンスおばさんに鞭打たれてるからなァ!前世の貧弱体とは訳が違うんじゃい。
アイドル長刀玲二、衆目を気にしない全力疾走。気にする衆目がないからなはっはっは。
風のようにテナントが並ぶ区間を走り去り、モールの入り口へ。
幸い自動ドアは機能しているようで、近づくとすぐに開いた。
「うお、眩しっ……」
想像以上の明るさに、思わず顔を背ける。
こんなに晴れてたか、今日?ってよりかは、思っていた以上にモールの中が暗かったのか。
「あは。おにーさん、ドア開けてくれた〜」
「ん?」
甘ったるい、溶けてしまうような声。
建物の中からは見えなかったが、ドアの目の前にはひとりの少女が立っていた。
なんだこいつ?
背丈からして中学生くらいだろうか。肩ほどまでの亜麻色の髪に、あどけない笑顔。さぞクラスではモテるんだろうという美少女ではあったが、俺が気になったのはその頭。
猫耳だ、猫耳。
カチューシャか何かか、可愛らしい耳がふたつほど顔を覗かせていた。
「中に入れなかったからさ〜、わたし困ってたんだぁ」
「あー……それは、すまん」
「?なんでおにーさんが謝るの〜?」
どうやらこのコスプレ少女も、俺と同じくクソ野郎共の被害者らしい。
大方、ショッピングモールに遊びに来た子供ってとこだろう。なのに動画撮影なんて理由で貸し切ってるものだから、外から入ることができずに足止めを喰らってた、ってとこまでは容易に想像できる。
すみません……ウチのメンバーと事務所がすみません……確かになんで俺が謝ってんだよ。
「ありがとね〜。おにーさんに特大のぴーすあげちゃう。ぴーすぴーす」
なんだこいつ可愛いな。
俺はロリコンではないというのに、このあどけない笑顔は眩しい。子供はこうでないとな。今はすっかりクールビューティーなしずくも、施設時代はこうして甘えてくれたものだ。
ぴーすをくれる少女にぴーすで返していると、彼女はふと何かを思い出したように言った。
「ばいばいだね、おにーさん。わたし、欲しいものがあるから来たんだ〜。ドア開けてくれてありがと〜」
欲しいもの、か。
『ばいばいですね、兄さん。あ、あの。最後に______』
『欲しいものが、あるんです』
あの日彼女は、潤んだ目で俺を見上げて。
「おにーさん?」
「っ」
現実に引き戻される。
黙ってしまった俺を心配してか、少女はじーっとこちらを見つめていた。
「あ、ああ。なんでもない、引き留めて悪かった……」
と、そこで。
思い浮かんでしまったひとつの悪巧み。
少女がショッピングモールへ入っても、きっと望みの品は買えない。今は俺たち『idol trigger』が貸し切っていて、テナントの店は全て営業していないからだ。実際にここへ来るまでも、従業員の姿ひとつないことは確認済み。
ならば。
「______なあ、猫耳ガール。俺とここから抜け出して、一緒に飯でも行かないか?」
彼女に視線の高さを合わせ、アイドル活動で培った精一杯のスマイルを向けながら、クソ野郎どもを出し抜く一手へと踏み出した。
……いや、誘拐じゃねーから。あれもしかして逮捕される?
・・・
「うま〜!」
「……よかったよかった」
少女を誘拐?してやってきたのは、全国的に有名なイタリアンチェーン店。
予想通りというか、しずくたちが貸し切っていたのはショッピングモール内のみだったようで、少し離れれば街は普段と変わらない様子を見せていた。
「悪いな、付き合わせて」
「いーよいーよっ、お友達にギャフンと言わせるんでしょっ!わたしそういうの好きだよ〜、ふくしゅーってやつ?」
「友達には復讐するもんだからな。そして曇らせる」
「復讐!曇らせ!」
なんだこの猫耳ガール、将来有望だぞ!
復讐と曇らせは密接に関わっているのでね。復讐の末に発覚した真実、結果的には誰も悪くない、殺してしまった親友……ああなんて気持ちの良い響きなのだろう、これはもう絶頂である。語彙がキモい。
ここに来るまでに、彼女にはある程度の事情を話していた。俺の顔を見ても特にリアクションがない辺り、長刀玲二というアイドルは知らない様子ではあったが、念のため身分や名前はボカして伝えている。
「それにそれに、おにーさんの奢りなんだもんね、ぜんぶっ!」
「おうおう、おにーさんはこれでも金持ちだからな。腹いっぱい食え」
「やったー!こんなにいっぱい食べれるの初めてっ!」
嬉しそうにドリアをドカ食いする猫耳ガール。
こんなにとは言うが、一丁前に遠慮しているのか頼んだのはドリアとドリンクバーだけ。ガキなんぞ腹一杯食うべきだし、大人にはそれを微笑ましく見守る義務がある。
アイドルになって一番嬉しかったことだって、施設のガキどもに好きなものを好きなだけ食わせてやれることだしな。俺としずくが施設を出てからも、二人して頻繁に訪ねては、外食に連れて行くことが密かな楽しみだった。
「んで?ミミの欲しいものってのは、結局何だったんだよ」
コーラをストローで啜りながら、俺は猫耳ガール……ミミへと尋ねる。
彼女がそう呼んで欲しいと言ってきた愛称。猫耳だけにミミとは、あだ名か偽名だろうが安直なネーミングだ。
ちなみに俺はゼロ。玲二、れいじ、0時ってことでゼロ。身バレ防止のためによく使う偽名だけど、俺だって人のこと口が裂けても馬鹿にできません、すみません。
「ほしーもの?」
「なんでお前が忘れてんだよ。最初に会った時言ってたじゃねーか、欲しいものがあるから来たって」
「う、うえ〜、なんだったけ」
むむむと顔を顰めながら、必死に思い出そうとするミミ。
「わたしね、おねーさまにお願いされてたの」
「お姉様?」
様付けとは、随分と仰々しい呼び方をするものだ。まあ、猫耳コスでそこらを出歩いている時点で普通ではないけれども。
「いのう……ちから……心臓、うばってこい、だったっけ」
「そりゃまた物騒な」
なんてことだ。ここにも俺みたいな厨二病の因子があるぞ。
異能に力に心臓だと?中学生男子が妄想する定番の設定揃いじゃねーか。
こんなワードが出てくるあたり、お姉様とやらは相当に厨二病を拗らせていて、ミミは訳も分からずそれに付き合わされているのだろう。
お姉様のやってることが、曇らせに飢えるがあまり脳内で仮想の設定を組み上げて日常を過ごしていた俺と同じだ。あの日の妹のつまらなそうな表情は忘れない、アーメン。
とはいえ。
お姉様とやらには同情する。俺も実際に通った道だし、未だに拗らせていることは否定できない。同じ病気のよしみだ、ここはひとつ姿の見えないお姉様に乗ってあげることとしよう。
「……それ以上踏み込むな、と言っておけ」
「え?」
「お前のお姉様とやらに、だ。異能に心臓。お前のお姉様は、既に目覚めているんだろう?無駄に足掻こうとするな。それ以上踏み込めば、奴等に……『執行部』と正面でやり合うことになるぞ」
いや執行部ってなんだよ。生徒会執行部とかのアレか?ぶっちゃけ名前の響きだけで採用されてるよな、執行部。
俺流厨二病の流儀、それっぽいトーンでそれっぽいワードを並べておけばそれっぽくなる。結局はフィーリングンゴねぇ。
適当話を真剣に受け止めてしまったのか、ごくりと唾を飲み込んだミミ。
冗談だよと笑いかけようとしたその時、既に彼女の姿は目の前から消えていた。
「は?」
どこに行った猫耳ガール。今の今までここにいたよな?
曇らせを熱望するあまり、幻視してしまった妄想だったのか……とも思ったが、テーブルには食べ終わったドリアの残骸が置いてある。その隣には、ドリアとドリンクバーの代金、きっちり500円がぽつりと置かれていた。
「兄さんッ!」
「玲二くんー!」
「おお、なんだなんだドタドタと」
謎の現状に呆けていると、血相を変えたしずくと透が店へと飛び込んできた。
この様子じゃ、俺の逃げ出すという逆逆ドッキリは成功だったらしい。やったね!
「……ったく、俺の奢りって言ったのに」
この500円は、猫耳ガールにいつか返すとしよう。